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実験したい王女様 後編

 結局、朝食を摂った後すぐに俺は彼女に付き合うこととなった。

 アンナさんはどうやら書簡でメレディス団長に報告を行うらしく、今この場には居ない。領主の転送陣――悪用を防ぐため使用には許可が必要なものだ。しかも本当に小さな物資しか送れない――を利用させてもらえるかもしれないので、意外と早く連絡は出来そうだと柔らかく笑っていた。


 ともあれ、既に眼を爛々を輝かせているこの王女様の暴走を見張らなくてはならないわけだ。


「ところでどういった実験をされるのですか」


 個人的にも魔法には興味がある。だから、こうして付き合うのは決して悪い気分ではない。寧ろ師匠の本分は魔術師であったから懐かしくさえ思えるほどだ。


「そうだなぁ……あまり複雑なことも派手なことも出来なそうであるし。魔法陣でも弄るか新しく魔法を開発するか、かな」

「十分複雑なことをされていると思いますが」

「そうかな?」


 魔法を使えない身だからだろうか。彼女とは感覚がどうも乖離している節がある。


「魔法陣の改良は私の至上目標でもあるし、魔術師ならば多分皆やっていることだろう。キミ、魔法の原理は分かるか?」

「世界に何らかの事象の改変を望むもの、ですよね」

「うむ。まぁ端的に言えばそういうことになる」


 この辺りは師匠とも話した記憶がある。世界とは情報の集積体だ――というようなことも述べていた。それを読み取り、書き換えるのが魔法の原理だとも。

 情報の集積体。その言葉にピンと来なかった俺は前世の記憶から勝手にアカシックレコードのようなものかと納得していた。アカシックレコードは原始からのあらゆる事象が記録されている。そんな世界の記憶ともいうべきものがあるという概念だったはずで、多分近しいものだろうと。


 実際には魔法は使えないのだ、その辺りはわかりやすければ何でも良いとも思っている。事実、一部の魔術師は過去未来の読み取りに長けていたりするようであるし。未来を含めた情報が世界の根幹にあって、それを引き出しているとすれば辻褄が合わないこともない。


「魔法のプロセスというのはつまり、世界を理解した上で自分の魔力によって望む事象が起こるよう世界を書き換える、というものになる。この辺りの感覚は魔術師によって違うらしいな。あまり他の魔術師を知らぬからなんともいえぬが」

「……まさか、カトレア様の魔法は独学ですか?」

「それこそまさか。あまり、と言ったろう。これでも王族教育は最低限受けてきた身だ。宮廷魔術師に教えを受けたこともあるよ。もっとも、彼らの一部から殺されかけたこともあるが」


 うわぁい宮廷社会怖い。いや知ってたけど。良くぞ俺が仕えるまでに生きていてくださったよなぁ……。


「ちなみに私の感覚は、扉を開けるというものだ。そのための鍵が魔法陣というわけだな」

「ふむ?」

「鍵穴に鍵を差し込むだろう? それの出来が悪いとどうしても、扉を開けるのに苦労するのだ。魔法陣の改良とはつまりそういうことだよ」

「あぁ、なんとなくわかりました」


 世界に干渉するなんて大掛かりな過程を踏むのだ。それには相応の苦労があるらしい。実際、この世界の人間の殆どは魔力を持つらしいが、それでありながら魔術師と呼ばれる域にまで魔法に熟達するのは一握りの人間だ。その多くは教育を受ける機会に恵まれる貴族になる。


 魔法を扱う。ただそれだけがどれだけの才能、或いは努力によって成る専門技術か思い知らされる。……俺に至っては魔法適性ゼロであるから、本当にどうしようもないのだが。今の戦闘スタイルの取っ掛かりとなった師匠が居なかったら割りと詰んでたかもしれない。


「有り余る魔力で無理やりぶち破る、という選択肢もあるがそれは流石にあまりスマートではないしな」


 実際、そんなふうに才能だけでゴリ押しする魔術師も居るのかもしれないな、とふと思った。


「色々あるものですねえ」

「それはそうだ。未だにわからないことも多い領域の世界だ。だからこそ実験が必要なんだよ」


 最後の方、めっちゃ力込めて言ってたぞ。ほんとに実験大好きなんだな。


「で、魔法陣の改良は良いとして、新魔法というのは? 何かアイデアでもあるんですか」

「うむ。ちょっと思いつきがあってな。キミがほら、偽物の血を使って私をヒヤヒヤさせたろう」

「あぁ、あの時の」


 ヒヤヒヤしてくれていたのか。やっぱりあの時声をあげていたのはカトレア様だったんだな。心配してくださる優しい性根が心に沁みる。


「あれ、魔法で咄嗟に作れたら便利だと思うんだ」

「そうですか……?」


 いや、確かに色々と用途はある。だがそれは戦闘の駆け引きにおいてだ。或いは偽装死――あ。


「気づいたようだね。最悪、私の立場の場合に死を偽装できるかもしれない。それは大きなことなんだよ」

「血だけじゃどうにもならない気がしますが」

「ハッタリに使えるぐらいだろうね。だから、死体モドキも一緒に作れると良いな、と」

「割りと発想が物騒すぎませんかね王女様!?」


 いや分からなくもないし理も利も理解できるがかといって乱暴な発想であるのは変わりがない。色々と警戒して最悪自分が死んだことにして逃げるというのは、確かに切り札になる話だが――おいおいおい。


「最近私は氷の生成に凝っていたろう?」

「そういえばちょっと言ってましたね」

「あれも、ほら。証拠の残らない凶器になったりしないかなと」

「正当防衛ですかね、それとも暗殺する側の話ですかそれ……?」


 物騒すぎる。実験や魔法について研究することそのものが楽しくて好き、というのも彼女の様子から事実であろうが、その目的性というか向かう方向が彼女の立場と問題を感じさせずにはいられない。


 いや、うん。なんだっけ、前世の記憶には推理小説だか探偵漫画だったかで読んだ記憶が確かにあるよ。証拠の残らない凶器というか、なんというか。お約束ではあるけどさぁ!

 確かに魔法でそれ作って、また魔法で溶かして消滅させれば事実調査を混乱はさせられるだろうが……若干お粗末な気もする。どうなんだろう、実際にやったわけじゃないからわからん。


「それにしても血ならともかく偽死体までとなると難しくはありませんか」

「そうなのよな。血は水を作る魔法に近い方法でいけると思うんだが、人体となると黒魔法に近しい方法論になるのかもしれない。単純な肉塊を作ればいいというわけでもないだろうし」


 少しグロい話になってきた気がする。黒魔法……禁術とされ、関連する記述がある書の所持が原則禁止されている物騒なシロモノだ。厨二的ロマンはあるが、現実的には恐ろしいだけだ。それらを操り、大陸を揺るがした事態は何度となくある。歴史書をあたり、或いは師匠からそういう話を聞くだけでも寒気がする。


「確か人造人間(ホムンクルス)は……」

「成功例がない。土人形(ゴーレム)ならばまだ記録があるし、研究次第では実現できるかもしれないが」


 ホムンクルスとゴーレムはまるで違う。人間を模した生物としての存在を作るべくした人造人間の作製理念と、自律的に動く人形を生み出そうとして土塊(つちくれ)から作り出すゴーレムは、そのアプローチから理想とする答えまで異なってくるのだ。当然、ホムンクルスの研究は黒魔法扱いであり、そうでなくとも成功例などどこにも残っていないというのが通説だ。


 生命の誕生は神の御業。どうもそういう認識らしい。俺も違和感なくそれを受け入れてはいる。転生などしてしまっていることだしな。


「だからまぁ、当座は血を作れたら面白いかなーと思っていてね」

「あ、でしたら体内の血を増やすのとかはどうですかね」


 折角なのだ。本物の血も作れるような魔法があれば面白いと思う。怪我をして出血が酷いときとかなどに、増血できたら中々良いのではなかろうか。


「血が流れ出ると死ぬとはいうしな。やってみよう」


 そんなこんなでわいきゃいと魔法談義をして過ごした。いや、久々の二人きりで実に充実した時間であった。



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