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従者ですから

「それで良いか?」

「正直に申せば、もう少し決断的に言っていただきたく思いましたが……まぁ良いでしょう」


 メレディス団長は困ったように片眉を上げて微笑んだ。


「む、何故そのような反応をするのだ」


 メレディス団長のその反応を理解できない、とカトレア王女が小首を傾げる。可愛い。


「利益の最大化を図るならば、どちらかに全ベットしたかったのに折衷案を出されたからですよ、我が主」

「む? むむむ……」


 どういうことだ、と直ぐに問い返さずあくまで自分で考えてみようとする。その仕草が愛おしく思える。


「あぁ、そうか。騎士団長殿にとってみると、コーディ王子を選ぶならば直ぐさま恭順を誓ったほうが良いということか。だが私が様子を見て、と言ってしまったことでひとまず保留せねばならなくなった、と?」

「その通りです。正確にはもう、保留どころか離反を勧める選択ですが」


 白竜騎士団は強力な武力集団だ。仮にフィフティフィフティの可能性でカトレア様が起つ、というのであればその際に彼女の手元にそれがあるかないかは極めて大きな要素になる。

 イザという時に内応させるため、今は表向きコーディ殿下に従ってもらうという手筋もあるが、本音としては真正面から戦うための武力として欲しい。

 そうなれば、白竜騎士団は離反してアシュベリー家に召し抱えられる方がカトレア様にとっては余程良い。アシュベリー家にとっては少々リスクを飲み込む決断となるであろうが。

 だがメレディス団長は躊躇わなかった。


「カトレア王女。我等の剣を然るべき時、貴女様に預けたく思います」


 そう言って剣を鞘から引き抜き掲げ、騎士の宣誓をした。いつの間にか背後に並んでいた彼女の部下たちもまた、それに倣っていた。


「我等白竜、護国の牙!」

『我等白竜、護国の牙!』

 白竜騎士団の合言葉を団長が叫び、団員全てが続いて復唱する。

 そして彼女は重々しくうなずきながら、王女に向けて言った。


「ラウルスの存亡の危機にて、王女カトレアが起たんとするならば。この牙、救国の為に捧げましょう」



「…………」

「何か?」

「いや、その、だな」


 困惑したようにするカトレア様。こうして誰かから何かを委ねられるということに不慣れなのだろう。そしてどう受け取っていいか戸惑っている。


 ――信じ切れず。さりとて疑いたくない。そんな心理が手に取るようにわかる。

 俺はその揺れる姿に助太刀しようと耳打ちした。


「受けても良いと思いますよ。どのみち、彼女たちがそう決断したならば裏切りようがありません。そうする退路を断つことになりますから」

「む、う」


 彼女に感情で語りかけても、おそらく納得はしまい。だから実利をもって、理をもって語る。騎士団はコーディ殿下を信任出来ぬから、致し方なく(・・・・・)カトレア様を頼るのだと。神輿として担ぐつもりなのだと。

 それは事実でもあり、だからこそ王女が気に病まず済む材料でもあった。お互い様なのだ。後ろ盾がない王女と、担ぐべき神輿に困っている大貴族、その意思を託されたメレディス騎士団長。彼女たちの同盟はあくまで利害の一致によるものだと、そう教える。


「……分かった。そなたらの献身、感謝する。ラウルスのため、私が起つことになったならば……よろしく頼む」


 ようやく、といった感じで。王女は頷いてくれた。

 それに対してメレディス団長はホッと安堵したように微笑んだ。


「それでは部下をつけますので、速やかに脱出を。その後の手筈は彼女に聞いてください」


 そう言って、メレディス団長は一人の騎士を俺たちに紹介した。


「アンナ・ホフマン従騎士であります!」


 若い、おそらくカトレア様と年かさは殆ど変わらぬであろう女騎士であった。燃えるような赤髪が印象的な彼女は長剣を佩いている。その身のこなしは従騎士(見習い)とは思えないほどセンスがあるように見えた。


「ケヴィン殿、貴殿が居れば護衛は十分かもしれないが、うちの若いので最も才能ある騎士がアンナだ。良ければ経験を積ませてやってくれ」

「あの試合は見ておりました! ケヴィン殿とご一緒できて光栄ですっ。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますっ!」


 素直というか実直というか。真っ直ぐな瞳を向けてくる彼女に俺は苦笑いする。だがまぁ、色々考えて団長殿が選抜した人材であるのはよく分かった。

 王女様と同性であること。これだけでも重要だ、今後の逃亡生活において異性である俺だけでなく同性のサポートが得られるのはとても心強い。加えて年齢も同じぐらいとなれば、話も合うであろうしギクシャクとしたことにはなりづらいだろう。

 この性格もプラスポイントだ。俺の実力を知り、偏見で見ないならば余計な諍いも起こりづらい。俺の判断も尊重してくれるであろう。

 最後に、そういった条件を満たしながらも才覚ある者を選んだというメレディス団長の判断と厚意。如何に俺達の事を考えてくれ、カトレア王女を迎え入れるという提案が本気であったか。それを伝えているわけだ。


「有り難くご厚意、受けとりたく思います」

 メレディス団長にそう告げると、彼女は「うむ」と頷いてくれた。



※ ※ ※



 それから数日が経った夜。


「それにしてもケヴィン殿は手馴れておりますね」

「従者ですから」


 感心するように、しかしどこか寂しそうに話しかけてきたアンナに俺は、苦笑混じりにそう返す。

 目の前には今夜の寝床、野営用のテントがある。俺は木の下ででも微睡んでいれば良いが、カトレア様や従騎士とはいえ女性であるアンナを寒空の下、異性とともに寝かせる訳にはいかない。

 何よりカトレア様はこうして城から出た経験が皆無のはずだ。そうなると、このような形で夜を過ごすことに心理的にも身体的にも負荷がかかる。まだ気丈に振る舞われているが、相当に辛いはず。


「いえ。準備が良いのもそうですが、手際が……」

「あぁ、まぁ」


 ここはそれほど人里から離れた場所でこそないが、快適な場所でもない。だがしかし、追手を考慮しなければならないこの状況下、悠長なことは出来ないのだ。

 少なくとも人混みに紛れることの出来る都市に着かないかぎり、宿を利用するような真似はできない。野営しなければならない日数は多いといえる。

 従者である為にあらゆるスキルを磨いた俺。それは、この時さえも想定していたのだから――


「んー、少しだけ身の上を話しても?」

「構いませんよ。興味があります」


 焚き火がぱちぱちと音を鳴らす。夜を照らす炎に翳されて、若き従騎士の赤髪がより映えて見えた。

 カトレア様は既に就寝されている。というか、寝かせた。その内にアンナにも仮眠を摂ってもらい、俺と見張りを交代してもらう手筈になっている。

 この点だけでも、彼女をつけてもらえたことが幸運だったと言える。俺たちを貶めようとする陰謀がないことはカトレア様の嘘判別の魔法(センスライ)で実証済であるしな。


 ――センスライマジ便利。カトレア様が濫用してきたのも頷ける。

 信頼関係を築くならば、あまり無闇に使って良い魔法ではないし人前では厳禁だと思うが……この非常時、最低限でも敵と味方が見分けられるというのは本当に大きい。

 最悪、俺が一人でアンナも監視し、その上でカトレア様を守り続けなければならなかった。善意が善意として機能していないこともありえたのだ。

 とにかく、一時の味方だ。俺は自分がスキルを磨いた背景を少し話すことにした。


「一年ほどですけど、旅をした経験がありましてね」

「ええと……? 城生まれだと聞いていましたが」

「成人するまでの話です」


 この世界では、十六になると成人として認められる。俺は今十八、そしてカトレア様が十五だ。今年でお互いに一つ歳を取るから、カトレア様は成人間近という年齢にある。

 この内乱(クーデター)のタイミングは、そのこともあったのだろう。カトレア様が成人したならば、王位継承権を持つ者は皆大人となる。それを区切りとして、国王はそのまま第一王子に王権を移譲していた可能性がある。自身の他の子どもたちに役職を振り分けつつ、正統後継者を宣言するには絶好のタイミングだ。

 ともあれ。


「成人する前に親に直談判したのです。見聞を広めたいと」

「ですが、そう簡単に許可が降りる話ではないように思います」

「うん、説得に二年はかかったかな……」


 遠い目をしたくなるような日々だった。下級の使用人の息子として生まれた身であるが、これでもうまく振舞ってきたほうだと思う。大人たちに自分の才覚を認めさせ、帰還後に必ず城勤めをする契約を結ぶまで、相当に苦労をした。

 魔術と弓の師匠に教えを乞えたのもこの時だ。というか、あの人との出会いがあったからこそ外に出る決意が出来たともいえる。


「まぁ、そんなこんなありまして」

「そんなこんな」


 良いところを飛ばされた、と頬を膨らめたような気がした。この真っ直ぐな見習い騎士の少女は、好ましい気性を持っている。


「色々ありすぎて一夜じゃ語りきれないのですよ。ともあれ、そうして外に出た経験が今に活きているわけです」

「……一応納得しました」

「そういうアンナさんはどうして騎士を?」


 釈然としない顔のままの彼女に、今度はこちらからと質問を投げかけた。


「私も簡単に話しますが、実家が男爵家でして」

「アンナさんは貴族なのですね」

「えぇ、でも騎士団に入った際に従騎士として身分替えが行われましたから」


 騎士は力さえあれば平民でも歓迎される職種だ。それ故か、騎士団に所属すると身分を振りかざすことのないよう『身分替え』という契約が交わされる。

 これは騎士団に所属している間、一時的に貴族も平民も身分を剥奪される契約だ。その代わり、騎士団預かりの身ということで様々な便宜がはかられる。


 そのせいか騎士団は長子が入るものでないということで、領主候補でない人物が放り込まれる場所となっている。

 ――その代わり騎士団を長年勤めあげるか、或いは並外れた功績によって名誉騎士と認められれば一代貴族として立場を保証されることになる。

 これを目当てに入団する平民たちも、そこそこ多い。メレディス団長が俺に入団を勧めていた理由の一つでもあるな。

 無論、メレディス団長も名誉騎士だ。現役で働きながら貴族としての地位を確立することの出来る人間が、団長を務めると言い換えても良い。


「お察しの通り末子でして。実は兄……次兄も騎士団に所属しています」

「ほう」

「兄は事務畑の人間なのですが、団長の副官として随分と気に入られていますね」


 ……もしや、銀髪のあの男だろうか。良く団長について歩いていて、記憶に残っている姿があった。名を確かクラークとか言っていた気がする。


「もしやクラークさんの……」

「あぁ、はい。クラークは私の兄です。ご存知でしたか」


 やっぱり、というように頬を掻いた彼女は気恥ずかしそうに俯いた。


「……まぁ、そういうことです。どうせならと家族と同じ道を選んで、でも私は頭が良いわけではないので我武者羅にやっているというか。だから、団長とあんな戦いが出来るケヴィン殿と仕事をしてみたいと、今回の任も志願した次第であります」


 なるほど。兄とは違う自分だが、だからこそもっと強くなりたいと。貪欲に上を向いているのか。確かにメレディス団長が気に入りそうな娘だ。

 ……今度の陰謀のことも、あんまり理解しきれていないのだろう。王女様が危ないから助けよう、ぐらいのことしか考えていないに違いない。


 でなければこんなに真っ直ぐ、こうしてはこないだろうから。


「もし、どうにも出来ないことがあったら逃げても良いからな」

「どうしてでありますか?」

「騎士ならば、真の主に出会えるまで死ねないだろ?」


 冗談混じりに言った。事情を全て呑み込んで、或いは覚悟して忠義を尽くすというならばともかく。そうでもないのに命を張らせるわけにはいかない。

 無鉄砲と勇気は違う。覚悟がなければ、それは時に害悪にすらなる。


「……ケヴィン殿は随分と古めかしい言い方をしますね。真の主、なんて」

「白竜では国家に奉仕せよ、とでも教えるんだったか?」

「はい。騎士たればこそ、国のために命を散らすは本懐と」


 結構なことだと思う。だが、それはひとえに集団の理想だ。組織としての建前だ。

 メレディス団長のような、集団を背負える人間ならばその建前を貫き通せもするだろうが――彼女のような見習いに徹底させるのは酷というもの。

 その未来ある前途を考えれば、可能性を考えれば。生き残ることこそが最も大事だと思う。


「ならば、俺からのお願いということになるかな。……無闇に命を散らさないでくれ。カトレア様のトラウマになる」

「あぁ……そういうことですか。王女様のため」

「うん」


 まだ彼女は精神的に不安定である。騎士団の忠を受け取ると、女王として国を割って起つと幾ら言葉で決意したところで、色々なものが一瞬で喪われた事実は彼女を苛んでいる。

 事実……この数日だって寝付かせるのに毎回苦労しているのだ。自分で見張りもやる、などと言い出された時は困り果てたものであったし、うなされて起き上がった彼女を再び寝かしつけるといった作業をしたのだって一度や二度じゃない。


「優しいですな、ケヴィン殿は」


 自分の命を心配するなどと、いう意味か。王女様を思って、という意味か。

 どちらにせよ、俺は笑ってこう答えるしかない。



「従者ですから」



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