お嬢様可愛い。
お嬢様可愛い。
まじやばい。超可愛いんですけど。
「か、返したまえ!」
「ダメです。また寝不足になるのがわかりきっているのですから」
ぴょん、ぴょんと跳びはねる金髪の女の子。ネグリジェのようなゆったりとした服を着て寝室で騒ぐ彼女に目を細める。
カトレア・オルブライト王女は極まった魔法マニアである。
「貴女に魔導書を持たせたまま寝かせるなと、仰せつかっているのです。諦めてください」
「~~~~! 生意気だぞ、ケヴィン・スペンサー! 私の従者だというならそれ相応に振るまいたまえ!」
じたばたとでもしそうなほどの剣幕だが、品のない仕草はしまいと心がけているのだろう。実際に駄々をこねるような様子はみせないが、全身がプルプルとしている辺りから、内心では暴れたいほどに感情が爆発しているであろうことは想像に難くない。
少女から女性になろうとしている、そんな彼女が見せる仕草に俺はつい甘い顔をしたくなってしまう。顔がニヤつきそうになる。
「貴女様の従者たればこそ、夜更かしされては困ると厳しくさせていただくのです」
慇懃無礼にお辞儀をしてみせる。にんまりとした唇を隠すためである。
「解任だ! 解任してやる!」
「お言葉ですがお嬢様。私は王より命ぜられてここに居ます。そして、貴女は何人の使用人を追いやったのですか」
「数えてなどいないからわからぬよ。少しでも不審な素振りを見せたものは近づけないようにしている。そもそも異性の従者を入れたのはこれが初めてだ。全く父上は何を考えておられるのやら」
一目惚れしてから何年かかっただろう。王城の使用人として生まれたことを知った時、誰かに忠誠を誓うことも労働に生き続けることもピンと来なくて目眩がしたものだったが、彼女の存在によって俺は生きる目的を得ることが出来た。
ちょっと小柄で淑女たらんとしていて、そのくせちょっと子供っぽくて、興味の向く方向に暴走する女の子。うん、実に良い。大好きだ。
お姫様であり、守ってあげたい儚い魅力をもっていて、それでいて強がるように癖のある口調であることもプラスポイントといえよう。着飾るとこれがまたキラキラとして可愛いのだ。
一目惚れした理由はもっと別にあるが、俺は彼女の何もかもを肯定してしまいたい。それぐらいに好ましい方だった。苦しい境遇で健気に生きている彼女を守るのは男の本懐だ!
――俺と彼女の関係は問題だらけの王女様と新米従者であり、信頼を得るにはまだまだ時間が必要であろう。
だが良いのだ。俺は楽しい。前世というものの記憶があり、無為な人生を生きたと悔いた自分が、こうしてやり直せる機会とモチベーションを手に入れることが出来たのだ。
楽しくないわけがない。
「従者として優れていると陛下に認められ、尚且つ貴女様を守れる程度に腕が立つからこそ、こうして私は居るのです」
「……知っている。何日かともにしたが、認めたくないことにキミの手際はすこぶる良い。護衛の腕については分からないが、父上が認めたのならば相応に強いのだろう」
そこで王女様は目をそらし、ため息をついた。憂いと不信と、複雑な感情に揺れる瞳。それは俺のことを果たして信用すべきであるか? 彼女がそう考えているのがまるわかりだ。
「だが、私がキミを信用できるかどうかは別問題だ」
頷く。彼女の事情は俺も知っている。そしてだからこそというべきか、人を信じ切れないこの王女に俺は惚れ込んだのだ。
是非とも、彼女の力になりたいと心底思った。
それが今の俺の生きる目的。転生者ケヴィン・スペンサーの存在理由。
「だから私は私のために魔法を学ぶのだ! 返したまえ!」
「ダメです」
「試したい理論があるのだ、ちょっとだけなら良いだろう!?」
上目遣いでグッと迫ってくる。だが俺はそれには負けない。いや、負けてあげたいけどそういうわけにはいかないのだ。踏ん張るような心持ちで、拒絶の言葉を吐く。
「実践込みとか朝までコース不可避じゃないですか。もっとダメです」
「くっ……!」
ぴょんぴょん。
なんだかんだ言いながら、その自慢の魔法で取り返そうとしたりしない辺り、天然なのか、こちらを案じてくれているのか。
――なんどでも言う、お嬢様可愛い。