謎の美少女登場なのです!
第四試合は、前の三試合よりも長めだった。
斧使いと大剣使いの重量級の戦いで迫力はあったものの、同じくらいの力量だったのか、決め手となる一撃が出せずにいて長期戦になった。
どうやら、勝ったのは斧使いみたいだ。
さて、次は俺の試合だな。
逸る気持ちを抑えて、装備の点検をする。
「ようやく、サクジロウの出番だな。みんな勝ち進んだんだ、遅れをとるんじゃねぇぞ」
「頑張るのです、サクジロウ」
「プヒーッ」
オルトガ師匠が発破をかけてくれて、ディベルとアレキサンダーが応援してくれている。
「もちろん、負ける気はありませんよ」
軽く柔軟しながら、そう返事をした。
「サクジロウ君は、強いから大丈夫だよ」
「そうね、私の矢より速く動けるんだもの」
「しかし、油断はいけませんよ。それが命取りになる可能性もありますから」
ツェイスさんとサナエさんとガナンドさんも、それぞれ声をかけてくれた。
仲間以外との対人戦は初めてだが、これまで行ってきた特訓はダテじゃない、モンスターで実践も積んできた。必ず勝ってみせるさ。
「第五試合の選手は準備をお願いします」
いままでと同じように呼び出しがかかり、控え室に向かった。あっ、そういえば二つ名を考えるの忘れてた。仕方がない、ぽんこつ女神が考えたやつでいいか。
「それでは、第五試合の選手をお呼びしましょう。駆け出しの冒険者、疾風の刃サクジロウ!」
審判が俺の名を呼んだ。
自分で考えたわけではないが、いざ呼ばれてみると結構恥ずかしい。ディベルは、はじめ『女神の下僕』とか言ってたが、それは却下するとともに額に手刀をくらわせておいた。
ここが、アルドネアス王国ではないといっても、どこで誰が聞いているのかわからない以上、『女神』という言葉を使うべきではないというのに、ぽんこつ女神ときたら。
そんなことを思いながら、入場口から中央に向かって歩きだす。ふと観客席を見ると、ディベルが一際大きく手を振る姿が見えた。
「それでは、続いて選手をお呼びします。謎の美少女、黒の鋼拳オルティーヌ!」
審判がそう叫ぶと、反対側の入場口から対戦相手が現れる。
どうやら、俺の相手は女の子みたいだ。背は、ディベルより少し高いくらいか?長い髪を後ろで結っている。
見た感じ、俺よりも軽装でピッタリとした黒い革の様な服を着ているな。あちこちにベルトが付いているのは、体格や戦闘スタイルによってサイズや余裕を調整するためだろう。
そして、その腕には黒い籠手と、脚にも黒い臑当を身に付けている。その、厳つい形は防具と言うよりも、武器と言った方がいいだろう。
なるほど、格闘技主体の戦闘術で戦うスタイルのようだ。
俺は、オルティーヌと呼ばれた女の子の目を見る。
瞳の奥に凄い気迫を感じる。幼い見た目に反して、かなりの強さを持っているだろう。
しかし、ここにも自分のことを美少女と言ってしまう奴がいたとは。
だんだん、オルティーヌが可哀想な子に見えてきた。
「よろしくお願いします」
「今日は、よろしくな兄ちゃん」
お互いに軽く挨拶する。
ちょっと変わった喋り方をする子だな。
所定の位置まで行き、バックラーからダガーを抜き構える。
「奴が作った、あの化物を倒した実力、どの程度のものか見せてもらうよ」
オルティーヌが、こちらに構えながら呟く。
「なぜ君がそれを!?」
だが、俺の言葉を遮るように審判の合図が叫ばれる。
「第五試合開始っ!」
一瞬、耳を疑い聞き返そうとした。
だが、試合が始まってしまっては問いただすことはできない。
しかし、あの件のことを知っていると言うことは・・・。
「ボーッとしてると、怪我するよっ!」
言うが早いか、オルティーヌが一気に詰め寄り拳を放つ。
鋭い音がして、オルティーヌの籠手が俺の頬を掠めた。
くっ、奴の言葉に動揺して隙を見せてしまった。
頭を切り替えて、戦いに集中しなくては。
「なかなか、やるじゃないか。今のは、わざと外したんだろ?」
「だって、兄ちゃんがあの程度の言葉で動揺しちゃうんだもん。それに、直ぐ倒しても面白くないしね」
「それは悪かった、素直にあやまるよ。だが、ここからは簡単にやられるつもりはない」
これは、後でオルトガ師匠に怒られるだろうなぁ。
もし、今の攻撃を食らってたら後で地獄のしごきが待っていただろう。
そんなことを考えながら、再びオルティーヌに向かい構えをとる。
「兄ちゃんは、どこまで私の攻撃についてこれるかな?」
連続でオルティーヌが放つ拳を、危なくもなく避ける。
フェイントも入れて揺さぶってくるが、その攻撃はたいして速くはない。
大口叩く割には、大した攻撃ではないな。もしかして、遊ばれてるのかな?
それに合わせるように俺も反撃をする。
オルティーヌも、軽やかなステップで躱していく。
「おっ、兄ちゃんもなかなかやるね。でも、当たらなければなんてことないよ」
「お褒めに預かり嬉しいね。で、一つ質問なんだが」
お互いに、のらりくらりと攻撃と回避を繰り返しながら会話をする。
オルティーヌの真意が見えないな。
もし、あの子が秘密結社ゴルデアバースの構成員の一人なら、なぜ公の場所に出てきた?
「質問に答えてもいいけど、条件があるよ」
「その条件とは?」
「私に勝つことができたら、いくらでも答えてあげる」
「なるほど、その約束忘れるなよ」
オルティーヌが放つ連撃を躱し、最後に腕が伸びきる一撃が来るのをギリギリまで避けずに待つ。
「じゃあ、知ってることを全部話して貰おうかっ!」
伸びきったオルティーヌの右のストレートを掴み、その流れのまま反転し体を潜り込ませオルティーヌの体を浮かせた。
持ち手を手前に引き、オルティーヌを舞台に叩きつける。
「ちっ!その掴みにくい服のせいで勢いが足りなかったか」
「ふーっ、危ない危ない。まさか、兄ちゃんも体術使えるのかぁ」
だが、変な服の所為で引きが甘かった。
オルティーヌは、叩きつけられることなく先に足を着き、海老反りのまま踏ん張り、体を捻って弾かれたように飛び退けた。
あの、体にピッタリとした服がちゃんと掴めなかったせいで、片手でしか落とせなかった為に勢いが殺されたのだ。
「その服厄介だなぁ、と思う反面少し欲しいと思ったわ」
「これいいでしょ。ただ、ピッタリすぎて体のラインが出るのが嫌なんだけどね」
ふむ、全身真っ黒で分からなかったが、よく見るといいスタイルだとわかる。
女神エインディベル程ではないが、俺好みの胸だ。
「兄ちゃん、目がエッチだよ」
そう言って、オルティーヌが蹴りを放ってきた。
いかん、思わずオルティーヌの胸を凝視しすぎた。
「そろそろ本気出すよ!」
それに怒ったのか、オルティーヌが息吹を使い気を練りはじめる。
かなりの練気の使い手のようだ。多分、アレキサンダーに勝るとも劣らない闘気レベル。どんどん気が膨らんでいくのが肌で感じることができる。
「あ、あれ、俺勝てるかな?」
思っていた以上のオルティーヌの気の大きさに、俺は弱気になる。
参ったな、このところ特訓でアレキサンダーと戦ってなかったしなぁ。
こんなことなら、練気の特訓増やしておくんだった。
オルティーヌの膨らんだ闘気が収束する。
「さぁ、私の本気を見せたよ。兄ちゃんも、本気を見せてくれるんでしょ?」
あぁ、オルティーヌから駄豚と同じ気配が漂う。
どうして、俺の周りはみんなチートな能力持つ奴が多いんだ?
「やるだけのことはやってみるさ」
申し訳ない感じにそう言って、俺は静かに目を瞑った。
すると、真っ暗な世界に様々な色の靄が浮かんでくる。
次第に輪郭が施され、次々とはっきりとした形に変わり、鮮やかな映像を生み出した。
「ん、どうしたの?兄ちゃん寝てるの?それとも、私の凄さに驚いて諦めてたのかな?」
オルティーヌが蹴りを放つ。先程とは速さも威力も段違いの蹴りだ。一撃でもくらったら確実に危険な攻撃。
だが、それは俺に当たることなく空を切る。
「あれ、外れた?」
逆にオルティーヌが驚いている。
立て続けに拳と蹴りを放っくるが、それも俺に当たることはなかった。
それもそのはず、俺は目を瞑っているがオルティーヌの一挙手一投足がはっきりとわかるのだ。
「これが、俺の今の本気だ」
俺は目を瞑ったまま、オルティーヌに向かってニヤリと笑う。
これは、サナエさんとの特訓中に偶然編み出した隠し技。
暗殺術で、姿を消したサナエさんをどうやって捉えるか困っていた時に偶々発見した技なのだ。
サナエさんとの特訓中どうしたものかと目を瞑って考えていた時に、突然頭の中に色の靄のようなものが浮かび上がり、その場の風景を朧げに作り出した。
どうやら、周囲の様々な気を感じ取り、頭の中に仮想空間が生み出されたようだ。そのおかげで、目視で見つけることができなかったサナエさんを捉えることができた。
その後、特訓で何度も使っているうちに、さらに鮮明に見えるようになった上に、相手の動きの予測や攻撃の軌道が視えるようになったのだ。
オルトガ師匠曰く、前に教えてもらった心眼かそれに類似した技だろうとのこと。ただ、目を瞑っているようでは、練度が甘いと言われた、相変わらず厳しい。
そういや、オルトガ師匠は心眼を目を開けたまま使ってたな。
それはさておき、俺はオルティーヌに向かって、どうだと言わんばかりにドヤ顔をするが。
「凄いよ、兄ちゃん!それなら、私も超本気でいくよ」
あ、まだ超があるんだ。
どうしよう、本当に勝てるか怪しくなってきたわ。




