才能ってなんなのです!
俺達がいた漁港都市メルオルから内陸にある中継商業都市カナイまでは、歩いて三日程の距離にある。
キレスウェイン公国の北に位置するメルオルの街、そこから南西に位置するカナイの街。
ガナンドさんは、俺たちが猿モンスターと戦った旧王都跡付近は危険と判断し、大きく迂回しより西に進路を執るように指示していた。
今のところ、進行は順調でこれといった問題も無く一日目が終わろうとしていた。
「一応、本日は予定より早く進むことができたので、この場所で営設を行いたいと思います」
商隊の動きが止まり、ガナンドさんの秘書の人の声が聞こえた。
日が暮れる前に到着した場所は、大きく開けた小高い丘陵になっていた。
たしかに、ここなら全方位が見渡せ警戒しやすいだろう。
荷車を停車させ、馬を指定場所に連れて行く。
既に他の冒険者が、いくつかの荷車のからテントやキャンプ道具を降ろしている。
それじゃ、俺達も野営の準備をするか。
「おーいディベル、設営するから来てくれ」
「わかったのです」
「プヒーッ」
いつものように、ディベルの袖からテントとキャンプ道具を出していく。
今回は、商会の方で食事等は用意してくれるというので、調理器具類は必要ないな。
うちのテントは、他の冒険者達よりの大き目のものだ。なにせ、ディベルの謎の袖のおかげで荷物がかさばることがない。
ディベルが、袖から次々に荷物を出している。
大の男が三人入っても、余裕の大きさのテントを二つ組み立てる。
冒険者達の注目を集めているのは、組み立てた大きなテントか、それともディベルの謎の袖か?
周りがざわざわしてるが、気にしないで作業を進める。
「凄いね、こんな大きなテント運んでない思ってたけど、どうしたんです?」
ガナンドさんが商会陣営のところから戻ってきた。
「お帰りなさい、ガナンド氏。これは、ディベルちゃんの袖から出したんです」
「すげぇだろ、嬢ちゃんの袖にはどんなものでも入っちまうんだぞ。大きさとか重さも関係ない、便利な袖だ」
「そうなのです、なんでも入るのです!」
「プヒプヒプッヒーッ」
ツェイスさんとオルトガ師匠の説明に、得意げになったディベルが踏ん反り返っている。
いつも慎ましい胸が、さらに慎ましく見えてしまうのが残念なところだ。
しかし、誰もこの袖のこと不思議に思わないんだな。
「今日の晩御飯貰ってきたよ~」
食事を貰いに行ってたサナエさんが戻ってきた。
思っていた以上に早い配給だな?
「おう、思ったより早いな」
「うん、私が行ったときには、既に用意されていたからね」
「サナエ、ありがとうなのです」
「プヒー」
「こちらも終わったら、食事にしましょうか」
俺が最後の点検をして戻ったら、既にオルトガ師匠が酒盛りを始めていた。
食事も、携帯用の保存食だけでなく、ちゃんと調理したもので温かいものもあった。
料理人が同行してくれると助かるな。
俺達は、いつものように賑やかに食事をした。
「さて、ここまでは何の問題もなく進んできたが、逆に何も無いのが不気味だ」
「そうですね。まぁ、今日はモンスターとの戦闘もたいしたことなく、予定より早く進めたのはよかったのですがね」
「自警団の言っていた、モンスター亜種っていうのはどうしたんですか?」
「そういえば、そんな話もあったわね」
ひととおり食事も終わり、くつろぎながら今日の状況の話をした。
ガナンドさんが言うには、何度かモンスターが出てきたが、モンスターの亜種は確認されてないそうだ。
ついこの間までは、あちこちで見たと冒険者から報告があったらしいが、今日は未だ見た人がいないという。
あぁ、なんか嫌な予感がしてきたなぁ。
そんなことを思いながらも、夜は更けていくのであった。
次の日も天気は良かった。
他の冒険者達よりも早起きしていた俺達は、朝から軽い特訓していた。
「せいっ」
「はっ」
「とりゃ」
「どっこい」
「サクジロウは死ぬ」
「プヒプヒ」
本日は、体術の特訓だ。
武器を使うと回りに迷惑だからな。
しかし、途中で聞き捨てならない言葉を聞いたぞ。
あの、ぽんこつ女神め。
「よろしくお願いしますね」
今、俺はサナエさんと対峙している。
ツェイスさんは豚と、ディベルはガナンドさんだ。
珍しい組み合わせだな。
オルトガ師匠は、夜の見張りをしていたので寝ている。
ガナンドさんも一緒に見張りだったのに、特訓に付き合ってくれていた。
サナエさんが、拳を打ち込んでくる。
普段は弓を使って戦うサナエさんだが、いざというときに役に立つとオルトガ師匠に言われたので体術も始めたのだ。
「はっ」
「とりゃ」
サナエさんの攻撃は、早くて的確なのだが軽すぎるのが弱点だ。
なので、オルトガ師匠に気を操るコツを教わっているが、なかなか思うようにいかないらしい。
「ふぅ、なかなか難しいわね。気を練るのはできるのだけど、拳に乗せるのが上手くいかないのよね」
「たしかに、頭では分かっていても上手く操れるものじゃないね。もう一度、落ち着いて気を操ってみてください」
実際に気を練れるが、どうやら拳に乗せる前に霧散してしまうらしい。
これができるようになると、攻撃や防御に生かせるようになる。
サナエさんの場合は、矢を放つときに気を乗せることで、意識した味方への誤射を無くせるらしい。
俺も、脚に気を乗せることによって加速や、空中での反転を可能にしている。
ツェイスさんが、槍をまるで生き物のように操っているのも気を乗せているかららしい。自覚しないで使いこなしてるのだから、かなり才能があるんだろうなぁ。
ちなみに、一番使いこなしているのはアレキサンダーだ。オルトガ師匠曰く、既に闘気の域までいっているらしい。
「ツェイスとアレキサンダーちゃん凄いね」
あぁ、本当に凄いわ。
少し離れたところで、一人と一匹が対峙している。
先ほどから、構えたまま一歩も動いていない。
しかし、ここからでも感じるくらいに気が高まっているのが分かる。
たぶん、お互いの気のみで戦っているのだろう。
ツェイスさんも、オルトガ師匠の修行に参加してから、めきめき強くなっている。
元が、トレーニング好きで才能があって良き師匠に出会って、これ以上ないくらいの状況だろう。
ただ、ライバルは豚だがな。
「ガナンドは、凄い魔法使いなのです」
「ディベルお嬢も、なかなか凄いですよ。なにせ、私が知らない魔法使っているのですから」
こっちはこっちで、また不思議なことをやっている。
なにやら、魔法自体を発動させずに体に纏わせて戦う方法らしい。
これは、ガナンドさんが考えた魔法の運用で、騎士団にいた当時のアルドネス王国でも他に使える者がいなかったとか。
そんな凄い魔法だけど、ぽんこつでも女神なだけあって使えているらしい。
ディベルが体に光の粒子を纏い、動くたびに輝く軌跡を作る。
それだけを見れば、本当に女神のようだ。
「みんな凄い!わたしも負けないようにがんばらなくちゃ」
そういって、気を練るところからはじめるサナエさん。
だが、この人の凄いところは、環境に順応する能力が高いところだ。
さらに、理解力と応用力、空間認識能力に状況把握能力。
そして、気配を消すことに秀でていて、それらを駆使した隠密能力は、オルトガ師匠曰く暗殺者になれるらしい。
そういえば、エルフだから自然の中に溶け込むのは簡単だって言ってたな。
オルトガ師匠とガナンドさんの地獄の特訓で、逃げるために色々覚醒したらしいが。
いかなる状況でも、先読みができること。さらに、完全に自分の気配・・・、いや存在を消せること。
最終的には、あの二人から逃げ切ったことがある、恐ろしい能力だ。
攻撃に転化できないだけで、ツェイスさんと同じように無意識に気を操ってるんだろうな。
俺の周りは才能ある奴ばかり集まるなぁ。
別に悔しくなんかないよ、泣いてなんかいないんだからね。
「お前ら、朝から元気だな」
オルトガ師匠が起きてきたのは、アレキサンダーが勢い余って地面にクレーターを作ったときだった。
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面倒ごとに巻き込まれる前に、特訓の成果を確認です。




