聖域に転移
巻き込みたくはない。
出来れば、連れて行きたくもない。
それでも、これが運命ならば。
宿命ならば、従うほかはないのだと、言い聞かせる。
「サノイ皇子。手伝って欲しい」
「……何を?」
サノイ皇子は、とても利口であり、口数は少ないが頭の回転が早い青年だった。なかなかに苦労をしている人生を送っているが、それを「不幸」だとは微塵も感じていないところが、彼のよさでもあると思う。
「ルシエルさん……僕たちは」
リオス。彼は実に慎重な青年だ。天真爛漫で自由奔放なラナンの「保護者」に、相応しい器の持ち主だと思う。そして、彼の剣の腕は齢二十二にしては、見事なものだ。銀髪銀眼というのもまた、珍しいものであり、これは、彼の「村」の特有の色である。古代……この星がまだ「地球」と呼ばれていた頃に存在していた、「日本」という国の末裔とも言われているのだが、私の調べによると、日本人とは黒髪黒眼の……そう、黒魔術士のような容姿であると記憶している。どこかで遺伝子情報が崩れたのか……或いは、末裔ではないのか。未だ、定かではないことのひとつである。
「俺たちは、レイアスを潰しに来ただけだ」
レナンはというと、つい最近までフロート側の人間……「ラバース」の傭兵として、ここに居る「アース」の討伐任務についていた者だ。しかし、私とも面識を持ったこともあり、結果ラバースを脱退し、今では双子の兄「ラナン」と共に、レジスタンス「アース」の一員として、活動をしている。レナンの瞳は、カガリのものとは違い、海を想像させる深い青の光を宿していた。髪の色や身体のつくりは、ラナンと瓜二つである。色白で華奢。背丈は百六十前後というところだろう。年は二十歳だが、見た目はとても成人しているようには見えない。瞳も大きくつぶらで、どこからどう見ても、少女であった。もっとも、そんなことをレナンに言ってしまうと、何をされるか分からない。
「ルシエル様……すみません。廊下を出てすぐに、彼らを見つけてしまったので……その……」
カガリは申し訳なさそうにしているが、こうなってしまえばカガリの取った行動は正しいと言わざるを得ない。万一、他の兵士にでも見つかれば、それこそ大事に至っていたし、血気盛んなレナンが今は一緒……となれば本当に、レイアスに食ってかからないとも言えない。
レイアスは強敵だ。
この人数、「今」の「アース」の力で勝てるほど、甘いものではない。
「聖域ってさ、何があるんだ?」
意外と「打倒フロート」を掲げる前に、私の方へと興味を示したのは、リーダーであるラナンだった。私の描いた魔法陣を、にっこりと笑みを浮かべながら眺めている。悪びれた様子もない、悪戯っぽいところもない。純粋、そのものである。
「今は……」
私は答えようとしてから、言葉を止めた。今あるものは、クリスタルと化した、人柱「アリシア」のみ。他にあるものはと考えれば、「緑」しか思い当たらない。
「何か、特別なものがあるのですね……ルシエル様」
やはり、勘がよくなってきている私の愛弟子。カガリは、間違いなく「神々に選ばれし者」であり、「神々の血」を引くものである。もしかすると、転移の魔術によって導かれてしまうかもしれない……新たなる、「人柱」に。それだけは避けなければならない。私は、カガリをここへ残していこうと考え直した。
「カガリ。部屋の外へ出ていなさい」
「……? 急にどうしたのですか、ルシエル様」
もちろん、カガリは怪訝な顔をして実に不満そうだ。だが、私は考えを変えるつもりはない。
「いいから、行きなさい」
「ルシは、カガを巻き込みたくないんだ」
にっこりと、私に笑顔を向けたラナンは、年齢も倍近く離れている私のことを、見透かしているかのような風貌だった。
「聖域。そこへ行けば、何かが分かるんだろう? だったら、さっさと行こうぜ。俺は時間を無駄にしたくはない」
レナンだ。この双子と言ったら……。私は思わず苦笑を漏らした。カガリを追い返す口ぶりを忘れてしまったではないか。
「ルシエル様。私も行きますから……絶対に」
「まったく。頑固な弟子を持ったものだ」
「ルシエル様!」
「はいはい」
カガリが何に怒ったのかはすぐに察しがついた。私が師匠であるということを、彼らに……いや、誰にも知られたくはないのだ。
ついうっかり、私が口を滑らせるということも、珍しい。今はやはり、感情に身を流されているのかもしれない。
あまりにも、アリシアのことが気になって。
あまりにも、人柱の存続が気になって。
あまりにも、聖域の現状が気になって。
「さて、行こうか……サノイ皇子、魔力を借りたい。この魔法陣の中心に手を重ねてくれるかい?」
「構わないが……聖域に行けば、世界は救われるのか?」
もっともな質問だ。だが、これには正確に答えることができない。何故ならば、私の「先導者」としての力が、揺らいでいるからだ。聖域の現状も今の私では、行ってみなければ分からないという情けない話だ。
ただ、言えることがひとつだけある。
「神々のはじまり。生命のはじまり……そして、終わりの場所」
私は魔法陣に手をかざすと、魔力を注ぎはじめた。すると、「緑」色の光が輝きはじめた。「緑」とは、この世界では「神」の力と言われている。
「聖域へ行けば……分かると思う。いや、分かるはずだ。そして、止めなければならない」
風が巻き起こる。
「何を止めるんだ?」
緑の光は、ラナンを包み込んでいた。
「神々の、怒りを……」
サノイ皇子の力も借りて、私の魔術は発動した。
ドクン……と、心臓が脈打ったと思った次の瞬間。
私の部屋は強い光に包まれた。
目を開けるとそこは、荒み果てた地だった。
「えーっと、ここが聖域?」
ラナンの飄々とした声が聞こえる。だが、私は動けない。身体中の力が抜けてしまったかのように、その場にうずくまるしかない。
「……っ」
声を出そうとしても、それさえも許されない。
「ルシエル様!?」
カガリが私の目線に合わせるように、跪いて顔を覗き込んでくる。息が詰まる。それは、フラッシュバックを起こしているせいか、「転移」という高度な魔術を使うことによって、魔力を削がれたからか……。
或いは、その両方か。
私は間違いなく、帰ってきたのだ。
「聖域」に。
我が、故郷に……。