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暴走する神

普通の生活がしたかった。


ただ、「幸せ」になりたかった。


多くを望んだつもりは、一度もないのに……。




まさか、あんなことになるなんて、このときは思いもしなかった。




アリシアは、くるくると巻いたブロンドの髪色で、癖のある毛を胸辺りまでたらしている。青い瞳はとても優しく、いつでも私のことを、隣で見守ってくれていた。

 毎日、毎日、村や家での居心地の悪さと戦い、私はそこから出来るだけ離れようと、日々森へと逃げ込んでいた。だが、まだ子どもだった私には、そこから本気で抜け出すことは、諸々の事情により、出来なかった。父のかけていた空間を歪めるバリアが、森を囲んでいたこともあった。

尤も、十五になった頃の私になら、その魔術すら打破するほどの力を備えていた為、ひとりで逃げ出すことも可能ではあった。ただ、それをしなかったことには理由がある。その「力」の存在を知られてしまっては、益々父は私を欲し、固執するだろうと踏んだのだ。




私の立場は「神護り」の後継者へと導かれてしまう。


それは「自由」が欲しかった私としては、どうしても避けたかった。


 私は遂に決断し、アリシアと共に村を飛び出すことにした。




 だが、それが全て間違っていたのだ。


 私は……全てを失うこととなった。


 この世の全てに興味を持たなかった私が唯一執着していた、存在。


 「アリシア」さえも、失ってしまったのだから……。




 森の中を逃げている最中、足元がぐらつくほどの轟音が響いた。


 それでも、私とアリシアは走り続けた。




 そして私たちは無事に、森を抜けだすことが出来た。


 はじめて目にする「聖域」の外は、やけに空が低く、空気も薄く感じた。


 それでも、私はようやく「自由」を手にし、大切な「伴侶」を得たのだと、こころから喜びを感じていた。




 そこで、二年間。


 私はアリシアと共に過ごした。




 しかし私は、内心で大きな不安と罪悪感を抱き続けていた。


 村のことが今更気になってしまい、アリシアに提案した。




「村の様子を見に行こう」




 アリシアも、快く賛成してくれた。


 そのときだった。




「ねぇ、ルシエル……」

「わかっている……村の方からだ」

「でも……でも、そんなはずはないよ! 村は結界が張られた聖域だもの!」

「その、結界を張っていたのが俺の魔力だったとしたら……?」

「え……っ?」


 俺は、嫌な予感しかしなかった。父上が黙って「聖域」の根源を自らの魔力から、俺の魔力へと転換していたとしたら……? もしもそうだとしたら、コアを失くした「聖域」は、崩壊をはじめる。エネルギー源がないのだから、神々を祀る器が失くなってしまうのだ。


「聖域」


 地図には記されていない、幻の地。


 限られた人間……「神の許し」を得たものしか、出入りの出来ない特別な場所。


 その場所を、人間たちには見つけることは出来ないはずだった。


「……父上は、結界を自らの力ではなく、俺の力へと転換していたんだ、きっと」

「そんな……だったら、ルシエルが気づくはずだよ!」

「あぁ、そうだ。気づくはずだ……本来ならば。もう、父上を凌駕したと俺は思っていた。だが、術者レベルとしては、まだ甘かったということだろう」

「村は……私のお父さんは、リヴァー様はどうなるの!?」

「……急いで戻ろう、アリシア」

「だけど……っ!?」


 嫌な風が吹いた。


爆音と共に煙が上がり、その煙からは血の臭いが混じっているようだ。


恐れていた「戦争」が、今、起きている。


「アリシア……キミはここで待っていてくれ。俺は、村へ戻って再びコアを張る」

「敵……だよね。敵が来ているんでしょう? ルシエルが死んじゃう!」

「俺は死なない。必ず戻る……だから、ここで待って……」


 その刹那。


 目の前に「緑色」の光が走った。


「ルシエル……今のは?」

「神が、お怒りになっている」

「私たちは、間に合うの?」

「……っ」


 俺は、アリシアの手を離すとひとり、村の方に向かって駆け出した。村が近づけば近づくほど、異臭が立ち込める。全ては、俺が招いたことだ。俺がなんとかしなければ、誰がやるというのだ。

 それに、俺にしか出来ないはずだ。「聖域」を築き上げるほどの力を持って生まれた稀有な存在。選ばれし者。嬉しいなんて、とても思わなかったが、今の俺には守りたいものが出来た。大切な「家族」。その家族のためならば、「コア」として生きてもいいとさえ、思えた。

 だから、今はとにかく村に戻らなければならない。間に合わなくてはならない。村が破壊され尽くされる前に、戻らなければ……。

「ここを抜ければ、村だ」

大きな木を尻目に、私は緑の光のもとへと駆け込んだ。そこで見たものは……この世のものとは思えない、おぞましいものだった。

「……っ」

思わず息が詰まる。ブラウンの髪は、この五年で胸板辺りまで伸びていた。それが風によってなびく。

血の臭いと、皮膚が焼けただれた臭い、そして、家々を焼き尽くした炭の臭いが入り混じって、鼻を刺激する。

敵の姿はないが、誰が「敵」だったのかは、すぐに分かった。倒れている者の防具には、書物で読んだ「フロート」国の紋章が刻まれていた。

「父上……兄上!」


見渡す限り「赤」。


生存者、ゼロ。




 可笑しい。


 フロートの者か、この村の者。


 どちらかが、生き残っていなければ、不自然だ。




 いや、神が滅ぼしたというのならば、筋は通る……か。


 神の力は、これほどまでにも強大であったのだ。




 俺は、違和感を覚えながらゆっくり、村の中を歩み進んでいった。



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