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青き決断

 現実とは、夢物語ではない。


 物語のように、筋書き通りにはいかないものである。




「……村を出ようと思う」

ルシエルは唐突にそう切り出してきた。あまりにも突然の沈黙の終わりだったから、私はルシエルが何を言ったのかすぐに理解することができなかった。きょとんとしてルシエルを見ていると、ルシエルは私が理解していないことを悟ってくれたみたい。

「この村を、出ようと思うんだ」

「えっ……村を!?」

あまりにも衝撃的なことで、私は思わず耳を疑ったわ。だってルシエルは、いずれはこの村の統領になる存在。そんな彼が村を出ようだなんて……。

 前々から、そんな運命に縛られたくはないって言っていたわ。でも、自分しか統領になることができないことも分かっていたから……その運命に、身を委ねてきた。けれども今、それから逃げ出そうとしている……?

 やっぱり、昨日何かあったんだ。何か、よほどのことが……あったんだわ。私は、確信した。

「父さんに……結婚しろと言われた」

心臓が脈打った。一気に私の思考回路が止まってしまった。ただ、その言葉だけが何度も何度も、頭と心の中を駆け巡る。

 いつかはそういう日が来るって分かっていた。ルシエルはこの村を、世界を支えていかなくてはならない存在だから。跡取りをつくるためにも、いずれはすぐれた能力を持つ女の人と共に生きなくてはならないって。

 けれど、そんな日が来るのはもっとずっと後のことだと思っていたの・。

「うん……」

私は、それしか言うことができなかった。

「顔もよく知らないような子と、結婚しろ……そう、言われた」

ルシエルは顔を覆い隠し、絶望に呑まれていた。それは逃れられない宿命。ならば私は、そんな彼を支えてあげなくちゃいけない。そう、分かっているんだけれども、どうしても言葉がでてこなかった。


 それだけ私にとっても、ショックなできごとだったから……。


「俺は……嫌だ。自分の生き方は、自分で決める。宿命なんかに、従いたくはない」

私だってイヤだよ。できることなら、わたしがルシエルの傍にずっと居たい。片時も離れたくなんてない。けれども……仕方がない。そう、言い聞かせるしかないじゃない。

 ルシエルは、私とは違うんだから。私のような、ただの村人じゃないんだから……。私のわがままで、ルシエルを自分のものにすることなんてできないし、私にはそんな権限もない。


 だから私は、うなだれるルシエルに何の言葉もかけてあげられなかった……。


 しばらく私たちは、言葉もなく沈黙を守っていた。身動きひとつすることもなく、ただじっと、これから先待っている喜べない未来を見つめていた。

 楽しかった昨日までの日々が、フラッシュバックしてくる。まるで、今まで夢を見ていたみたい。あんなにも居心地がいい毎日だったのに、それが一瞬にして壊れて去ってしまった。


 現実って、こんなにも痛いものなんだって……はじめて知った。


「アリシア……結婚しよう」

長く続いた沈黙を破ったのは、やはりルシエルの方だった。それも、第一声は爆弾発言だった。

「結婚……?」

私の勘違いなのかもしれないけれど、なんか今の言い方って……私に求婚しているようじゃなかった?

 そうであって欲しい期待と、そうであったときに生まれて来る様々な問題に対する不安と、勘違いだったときの恥ずかしさとに心が奪われている今の私は、とにかく次のルシエルの言葉を待つことぐらいしかできなかった。

「俺は……アリシアと結婚したい。アリシアとしか、したくない」

決定的だった。不謹慎かもしれないけれど、私、今すごくドキドキしてる。すごく、嬉しい気持ちになったの。

 一緒に居たいって思っていたのは、私だけではなくてルシエルもだって……それが、本当に嬉しく感じたの。

「私だって……私だって、ルシエルのお嫁さんになりたいよ!」

思わずそう、本音が出てしまった。いい終わってから急に恥ずかしくなって、目をあわせられなくなっちゃったんだけど……ルシエルの方も、すごく顔を赤く染めていた。そして、どこか嬉しそうにしていた。

「アリシア、今の言葉……嘘じゃないよな?」

恐る恐る聞いているところが、ちょっといつものルシエルっぽくなかった。はじめてみたかもしれない。

「うん、嘘じゃないよ」

するとルシエルは、急に立ち上がって私に手を差し伸べた。よく分からないけれどその手をとり、そのまま立ち上がった。急にどうしたのかと、目をぱちぱちしていると、ルシエルは部屋にある一番大きな窓を全開した。

「今すぐ、村を出る」

「……えぇ!?」

今まで考えたことも、思ったこともなかったことだったけれど、ルシエルは本気みたい。目を見れば分かるわ。それだけ、今のルシエルには選択肢がないみたいだった。

「父さんは、すぐにでも俺をそのひとと結婚させようとしている。だから、逃げるなら今しかないんだ」

「でも、逃げるって……どこに!?」

私たちは、世界を知らない。生まれてからずっと、この村と周辺の森しか見たことがないんだもの。書物などで、世界がとっても大きいってことは知っているわ。けれども、私たちは見たことがない。

 そんな状況でいきなり村を飛び出して、どこに行くっていうの? このあたりの山に身を潜めるつもりなのかしら?

「どこだっていい。とりあえずは村をでて森に行く。後のことは、それから考えればいい」

どこに逃げたところで、無駄なことなんじゃないか……そういう不安も正直なところあった。だって、ルシエルのお父さんは村の統領。誰よりも不思議な力を持ち合わせているんだもの。力の波動が強いルシエルの居場所をつかむことなんて、いとも容易いことなんじゃないかなって思うの。

「森に逃げたって、変わらないよ」

私は、窓から外へ飛び出すのをためらっていた。ルシエルはすでに窓のサンのところに足をかけていて、出る気満々なんだけど……。私はどうしても、決心することができなかった。

 ルシエルと一緒にいたい。でも、村を出る……そんなことをしてもいいものなのか、すぐには判断がつけられなかったの。ルシエルが村を出たら、一体誰がこの村の統領を継ぐの? 統領になるべきもののみが継ぐ力を持ち合わせない、ルシエルのお兄様方が継ぐことになるの?

「何が変わらないんだ?」

ルシエルは少し、ムッとしていた。私がルシエルを拒んでいるように映ったのかもしれない。決して、そういうわけじゃないんだけれども……。

「だって、リヴァー様にすぐに見つかるわ」

キッと私のことを強く睨んだ。鋭い眼光は、直視しているだけで足がすくんでしまいそうなほど、迫力があった。

「そんなヘマはしない。俺にだって考えがあるんだ。それに、俺には父上を欺くだけの力がある」

これまで、絶対的であった存在であるリヴァー様を欺く……。やっぱり、胸にひっかかることが多かった。

「アリシア、決断してくれ。俺と来るのか、来ないのか」

そこまで強く言い切ると、ルシエルはふと辛そうな顔を見せた。その顔が、あまりにも悲しそうだから……思わず、ルシエルの手を強く握り返してしまった。

「……アリシア、俺はたとえキミが来ないと言っても、村を出る」

そこまでの覚悟を持っているのなら……私も、腹を決めたわ。リヴァー様にも、お父さんにも、申し訳ないことをすることになるけれども、私はやっぱり、ルシエルのことが、好きだから。


 好きなら、何をしてもいい訳じゃない。


 でも、ルシエルが「不幸」になるのが分かっていながら、何もしないでいるのは……イヤ。


「ルシエル、行こう!」

その言葉を聞いて、ルシエルはふと笑みを浮かべた。そして、先に窓の外へと飛び降りる。颯爽と地面に降りると、すぐに私の方を見た。

「アリシア、早く」

「うん!」

そして、私も同じように窓の外へと飛び出した。それを、ルシエルが上手に受け止めてくれた。私はブロンドの髪をくるくると巻いているくせっ毛を風になびかせながら、青い瞳でルシエルのことを見つめた。前髪は眉毛が隠れるあたりでぱっつんと切っている。

 ルシエルは、風の流れを読んで、ひとの居ない通りを探していた。誰かに見つかってしまってはいけないから、慎重に道を選んでいるみたい。

「アリシア、西から森に出よう」

そう言うと、ルシエルは私の手を再び握り直した。これって……駆け落ちっていうのかな。私は少し照れくさそうにしながらも、ルシエルの手を握り返した。




 今思えば、この選択が間違っていたのかもしれない。


 私たちは、ただ、幸せになりたかった。


 それだけだったのに……。



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