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言葉に出来ない

 居場所が欲しかった。


 強制的な居場所ではなく、自発的な居場所。


 心地よいと思える居場所。


 ずっと……探していた。




 目を覚ましたとき、すでに太陽は傾きはじめていたわ。私が起きても、ルシエルはまだ起きる気配がなかったから、そっと私だけベッドを降りた。ちょっと、お腹も減っていたの。だから、何か作ろうかと思って。

「おはよう」

私は居間にいるお父さんに挨拶した。お父さんはちらっとだけ私を見ると、また顔を元に戻した。何か大工仕事をやっているみたい。お父さんは、何かを作るっていうことがすっごく好きなの。

「今日は随分と起きるのが遅かったな」

作業を続けつつも、お父さんは声をかけてきた。私は私で、手を動かしながらそれに応えていた。居間と台所の間には壁はなく、繋がっているから料理をしながらでもお話できるの。

「うん、ごめんね」

別に怒っているような口調でもなかったけれど、私は謝った。いつもはちゃんと早く起きているから、もしかしたら心配していたかもしれないって思ったの。そういえば、お父さんはご飯食べたのかな?

 私のお母さんはもう、いないんだ。私がずっと小さかったときに、病気で死んじゃったんだって。あまりにも小さい頃だったから、お母さんのことは少しも覚えていない。

 でもね、寂しくはないんだ。私にはお父さんがいるし、隣には同い年のルシエルがいたから。寂しいときはいつも、お父さんやルシエルが傍にいてくれたから。

 私はきっと、世界中の誰よりも幸せなんだと思う。こんなにも大切に思える人が、こんなにも近くにふたりもいるんだから。

「お父さん、ご飯は食べたの?」

お父さんもまだ食べていないのなら、ルシエルの分と合わせて3人分用意しなくっちゃいけないからね。はじめに確認をとっておこうと思ったの。後から分かったら、二度手間になっちゃうから。器用だし、色々なものを作ることが好きなお父さんだけど、料理は作れないんだ。

「いや、まだだよ」

「じゃあ、今から作るね」

野菜を貯蔵庫からいくつか取り出して、簡単に水で洗った。土が洗い落ちればそれで充分だから。下手に力入れてごしごししたら、せっかくの野菜に傷がついちゃうもんね。

「三人分作るのかい?」

それを聞いても、何の違和感もなかった私は、そのままお父さんの問いかけに答えちゃった。

「うん、そうだよ」

でも、答えた後に気がついたの。この家にいるのは、普通なら私とお父さんのふたり。だから、作る料理もふたり分のはず。それなのに……私は三人分っていう言葉にうなずいてしまった。私は、恐る恐るお父さんの方を見てみた。昨夜、リヴァー様に怒られたことはお父さんも知っているから……。昨日の今日で、またルシエルと遊んでいたなんて知られたら。家に上げていた何てことを知られてしまったら……。

 私は知らず知らずのうちに、作業を止めその場で固まっていた。

「ルシエルくんが来ているんだな?」

嘘を吐いても、無駄だってことは分かっていた。お父さんは気付いている。だから私は、ゆっくりと頷いた。

「アリシア?」

叱られると思った。ううん、私が叱られるだけならいいの。ルシエルを、家に帰さなくちゃいけなくなったら……それが、怖かった。今のルシエルを、あの家でひとりにさせちゃいけないって、何かがそう言っている。だからどうしてもここに、ルシエルを置いていたかったの。守りたかったの。

「お願い、お父さん。私、何でもするから……だから、ルシエルを今日一日、ここでかくまってあげて!」

するとお父さんは、くすくすっと笑っていた。何がおかしいのか分からないけれど、怒られるよりはいいかな……なんてことを、思ったりもした。でも、どうして笑っているのか理由が分からない限りは、不安であることに変わりはない。私は、その笑みの真意が気になった。

「アリシア。別に僕は、ルシエルくんをリヴァー様に引き渡そうなんてことを考えてはいないよ。ルシエルくんは、僕にとっても息子のような存在だからな。あの子が嫌がることを、強要したくはないんだ」

そう言って、お父さんは優しく微笑みかけてくれた。それを見て私の目頭は、熱くなった。

「お父さん……」

台所を飛び出して、そのままお父さんに飛びついた。そして、ぎゅっとお父さんを抱きしめた。するとお父さんも、私のことを抱き返してくれた。

「ありがとう、お父さん!」

お父さんは、私の頭を数回撫でてくれた。私、お父さんのこと本当に大好き。いつも優しくてあったかくって。ルシエルもきっと、そう思ってると思う。

「さぁ、お礼はいいからアリシア。お昼を作ってくれないか? もう、お腹がぺこぺこだよ。ルシエルくんも、そろそろお腹をすかせる頃なんじゃないのかな?」

それを聞いて、私は体をお父さんから離した。そして、慌ててまた台所へ戻った。お父さんもまた、椅子に座りなおして何かを作り始めた。


 しばらくしてから料理ができて、私はルシエルを起こしに部屋に戻った。お父さんが、ルシエルも一緒に居間でご飯をしようって言ってくれたから、そこで一緒に食べようと思ったの。

 居間のテーブルに、椅子は四個付いているんだよ。ひとつはお父さん、ひとつは私の。そして後のふたつは、ルシエルと……お母さんの分なの。

 姿は見えないけれど、お母さんはいつでも私の傍にいてくれているんだって。お父さん、前にそう言っていたから。お母さんの席も、ちゃんと残しておきたかったの。

 ルシエルの席は……いつの間にか、自然の流れで出来ていたわ。ルシエルは、この家にいるのが普通なの。席があって当たり前。そういう……存在だった。


「ルシエル、起きた?」

ノックもせずに部屋に入っちゃったこと、私は少しだけ後悔した。

 ドアを開けてみると、ルシエルはすでに起きていて、ベッドの上に腰掛けていたの。そして……私が部屋に入ると同時、私とは反対方向に顔を向けた。まるで、私を拒否るすかのように素早く顔を背けてしまった。

 どうしてルシエルが私を拒んだのか……私は知っている。ドアを開けた瞬間に、ちらっとだけどルシエルの顔が見えたから。

(ルシエル……泣いていた?)

見間違えたのかもしれない。でも、私の目には確かにそう映ったような気がするの。

 声をかけるのが怖かった。ルシエルはまだ、私とは反対の方向を見ている。下を向きながら、手で目を覆い隠しながら……。

「……ル」

「何?」

声をかけようと思ったら、ルシエルは私の言葉を遮り、先に言葉を言い終えた。そして、私の方を向いてくれた。目を隠していた手をどけて、いつもの綺麗な目で私を見ている。涙も、そこにはない。

 いつものルシエルに戻っている……ように見えた。言葉だって、いつものように短かった。

「あ、うん……ご飯できたから、呼びに来たの」

見てはいけないものを見ちゃったんじゃないかって……思っていた。その上ルシエルが、こんなにも優しく振舞ってくれるのを見ると、余計に胸が苦しくなってきた。

 間違いないよ。ルシエルは、泣いていた。何を思って泣いていたのかが分からないことも、寂しかった。

「……アリシア?」

「いこっか」

ふたりっきりでいたら、何だか気まずい。そう思った私は、くるっと向きを変えると居間の方に向かって早足で進んでいった。しばらくルシエルはそこから動かなかったみたいだけど、後からちゃんと居間まで来た。

 居間に入るとまず、目が合った私のお父さんと軽く会釈を交わした。自分がここに居てもいいのか不安になったのか、ちらっとルシエルは私の方に目を向けた。ルシエルの視線を感じた私は、ただ黙ってうなずいた。ルシエルが何を聞きたいのか分かっていたから。

 ルシエルも、私の答えが分かったみたいで、ふっと息をつくとルシエルの席に着いた。

「すみません、お邪魔しています」

お父さんは、くすっと笑みをこぼした。お父さんとルシエル。あんまり言葉を交わすことはないんだけど、仲が悪いわけじゃないんだよ。本当に、お父さんはルシエルのことを自分の息子のように思ってるから。それにルシエルも、お父さんのことを尊敬してるって前に話してた。

「今度からは、ちゃんと玄関から入って来なさい。僕らはいつだって君のことを、歓迎するから」

お父さんにそう言われて、ルシエルはちょっとだけ顔を赤くしていた。そのまま下を向いて、「はい」とだけ答えた。感情をあまり表に出していないけれど、ルシエル、本当はすっごく喜んでるんだよ。私たちはちゃんと、分かってる。

「お待たせ~!」

私はふたりの前に料理を置いた。私自身、結構お腹がすいていたから、簡単に作れちゃうチャーハンにしたの。山盛りのがお父さんとルシエルの分。私のは、ふたりに比べたら少し少なめに盛った。

 体は女の子のように細く、背も高い方じゃないルシエルも、お父さん並に食べるんだよ。あの体のどこに食べたものを蓄えているのか。いつもすごく不思議だった。

 背のことに触れるとルシエル、すぐに機嫌を悪くするから、いつもこういう話題はだせないんだよね。

「……ご迷惑をおかけいたします」

食べている途中、ルシエルは箸を止めてそう呟いた。それからまたしばらく、ルシエルは動きを止めてじっと食べかけのチャーハンに目を落としたまま、ぼんやりとしていた。私もお父さんもご飯を食べることをいつの間にか止め、そんなルシエルに目を向けていた。

 元気がない。ルシエルはひどく悲しそうな瞳で、私の作ったものを見ていた。

「何か、あったのかい?」

はじめに言葉を切り出したのはお父さんだった。ルシエルは、目だけを動かしてお父さんの方を見た。でも、口は閉ざしたまま。しばらくしてからまた、目線をしたに落とした。

「ルシエルくん。できれば、話して欲しいんだ。君の力になりたい」

ルシエルは、またしばらく考え込んでいた。それから、私とお父さんの顔を交互に見て……首を、横に振った。

「何でもありません」

そういわれてしまっては、もう、何も言い返せない。そうか……って、話題を打ち切るしかなかった。

 それからは他愛のない会話を繰り返して、食事の時間を終えた。ごちそうさまって食器を流しのところまで持っていくと、洗い物は後回しにしてルシエルと私は、部屋に戻った。


 会話もなく私の部屋まで戻った。部屋に戻ってからも、ルシエルは会話をするつもりはまったくないみたい。沈黙を守ったままベッドに腰をかけて、そのまま俯いていた。




 そしてそのままルシエルは、ますます暗く沈んでいった。



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