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力拒む者

 やわらかな、風が吹く。


 心地よい空間、香り。


 見慣れた顔。


 優しく、穏やかな寝顔。




「……あのぉ?」

小鳥のさえずりが聞こえて、やわらかな光が差し込んでくる中、私は自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。でもそのとき、いつもの部屋とは何かが違うことに気がついたの。

「あぁ、起きた? おはよう」

そこには、見慣れたひとがいた。肩くらいまで伸びているブラウンの髪は後ろでひとつに束ねて、腕の袖は腕までまくっている。白の薄っぺらい生地の服を身にまとっていて、とても動き易そうな格好。

彼、「ルシエル」は、あんまり高い……そう、高貴な格好をしたがらないの。森に行くのに、そんな高価な服はいらないって……。そういうところも、私は好きなんだよね。


「いいの? ルシエル。今日は家から出るなって、リヴァー様に……」

「いいんだ」


早朝、まだ誰も起きていない頃を見計らって、こっそりと窓から自分の部屋を抜け出すと、今度はすぐさま私の部屋の前まで来て、この部屋の窓から部屋の中に入って来たんだって。それから私が起きるまでずっと、この部屋の掃除をしていたみたい。統領の子が何をしているのか……って感じかな。おかげさまで、部屋がすっかり片付いてる。私自身、あまり物を散らかす方ではないんだけど、ルシエルは私の上を行くきれい好きなんだよね。村にゴミとか落ちていると、放っておけないらしくて、ちゃんと拾い集めているの。ルシエルって偉いよね。


 さて、今はというと……片づけをして疲れちゃったみたい。ベッドにもたれかかりながら、ルシエルはうとうととしていた。私はその隣に並んで座っているんだけど、もう少しでルシエルの頭が私の肩にくっつきそうなくらいの距離にいた。

「本当にいいの? また、叱られちゃうよ?」

「叱られてもいい」

ルシエルはたいてい短文で応えてくる。そして、ひどく寂しそうな目をしているの。

ルシエルはよく、こんな目をしていた。どこか遠くを見つめている。こんなにも近くにいるのに、とても遠くに感じるの。

「……森には、行かなくていいの?」

いつもの日課だから、きっと行きたいって言うと思った。でも、違ったわ。ルシエルはふっと息をついてから、答えてくれた。

「森に行けば、アリシアも家から出ることになるから……今日は、我慢する」

照れる様子もなく、さらっとそう言った。私のことを気遣ってくれてること、すごく嬉しかった。でも、こうやってルシエルをかくまっている時点で、リヴァー様には怒られるような気がするんだけどな。そのことはまぁ、あえて口にはしなかった。

 ただ、ルシエルはあくまでも森へは私と一緒に行くこと前提で考えているけれども、ひとりで森へ行って、帰ってくることは考えていないのかな。私が迎えに行く前に、ルシエルが自分で帰ってくるっていう手もあると思うんだけど、それは頭の中にないのかな?

「うん、ありがとう」

しばらく、肩を並べて座っていた。言葉もなく、じっと……。でも、それだけでも幸せだった。心地のよい時間が雲とともに流れていった。

「……怖いんだ」

何の前触れもなく、ルシエルはそう呟いた。私に話しかけているという感じでもない。ただ、ぽつりと言葉を発しただけのよう。私は返事をするわけでもなく、そっとルシエルを見つめた。そしてルシエルはひとり、言葉を続けた。だから私は、黙ってルシエルの言葉を聞いていた。

「自分の持つ力に、どんな意味があるのかを知ることが……怖い。それに、力があるところには戦争が起こると、昔から言われている」

ルシエルが自分の気持を話すことって、あんまりない……。酷く傷ついたときとか、酷く不安になったとき……。話してくれるのは、いつもそういうときなの。精神が不安定になっているときに、誰かにすがるようにルシエルは自分のことを話し始める。自分ではどうにもできなくなった思いを、和らげるために。

昨日、私と離れた後に、色々と嫌なことがあったのかもしれない。前にこうやって話してくれたのは、リヴァー様と激しい喧嘩をした後だった。頬を叩かれたらしく、その時は左頬が赤く腫れあがっていたのを覚えている。

「だから、俺がここに居たら、村が争いに巻き込まれてしまうんじゃないかって……常々、思うんだ」

ルシエル……それでいつも、あなたは村から離れたところにいるの? それであなたは、いつも独りでいるの? みんなを守るために……争いに、巻き込まないようにするために?

「……大丈夫だよ」

そんなのは、寂しいよ。ひとりで全部背負い込むなんて、辛いよ。誰かが傍にいないと、ひとは生きてはいけないもの。それに、もしも誰かが争いを起こしに来たら? ルシエルひとりでは、どうにもできないよ。

私はルシエルの肩にそっと頭を下ろした。ルシエルに、顔を見られたくなかったから……。なんだか、泣けてきちゃいそうで怖かった。

私が泣いたら、言葉に説得力がなくなっちゃう。それに、ルシエルだって泣くのを我慢しているのに……私が泣いていたら駄目だから。だから・……必死に、泣くまいと目を硬くつむった。

「例えその力を求めて争いが起こったとしても、私がみんなとルシエルを……守ってあげる」

「えっ……?」

ルシエルが一瞬、ぴくっと反応した。俯き加減だった顔を、ふっとあげたのかもしれない。

「大切なひと……ルシエルを守ることが、私の存在意義だもん」

どうして、ルシエルだったのかな。誰よりも「争い」や「権力」を好まないルシエルに、どうして強い力が宿らなくちゃいけなかったのかな。統領になりたがっているザイール様たち他兄弟に、力が継承されればよかったのに……。そう思うと、すごく辛い。神様はいじわるだって……思っちゃう。

「違う」

私は思わず目をぱっちりと見開いた。否定する言葉が返ってくるとは、思っていなかったから。その瞬間、ルシエルと思わず目があっちゃって……慌てて視線をそらした。

「違うって……何が?」

視線を不自然にそらしちゃって、ルシエルは少し、気にしちゃったかもしれない。質問しても、すぐに答えは返ってこなくて。ルシエルは、少しだけ間をおいた。

「……アリシアは、生きているだけでいいんだ。生きてくれているだけで、俺の救いとなっている」

せっかく目をそらしたのに。それを聞いて思わず振り返っちゃった。ルシエルと思いっきり目が合った。それからしばらく、私は目をぱちくりと瞬きしていた。今、ルシエルが言ったことが、なんだか夢のように思えて……。

昨日から、どうしちゃったんだろう。ルシエルは、どうしてこう私に嬉しい言葉をかけてくれるのかな。

「アリシアは守らなくていい。守るのは……俺の役目だから」

言い終わると同時……だったかな。急なことでびっくりした。

「きゃっ……」

いきなり……抱きしめられた。もう、胸はさっきからバクバクと言いっぱなし。このまま壊れちゃうんじゃないかってほど、ドキドキしていた。

「好きなひとを守れないようじゃ、男失格だ」

それを聴いた瞬間、私は耳まで真っ赤になった。


今、なんて言った?

 

「好きな……ひと?」

そんなこと、はじめて言われた。今まで、お互い傍にいることが当たり前となっていたから、そんな言葉を掛け合ったことなんてなかった。異性として意識されていないんだと思っていた。私の……片思いだと、ずっと思っていた。

「……はじめてだね。好きって言ってくれたの」

抱きしめられながらも顔をちょっと上げてみた。すると、きょとんとしたルシエルの顔が見えた。青い綺麗な目。優しい目。それが、こんなにも近くにある。それだけでまた、私の胸は高鳴る。

「そうだったか? 俺は前々からアリシアのこ……」

そこまで言うと、ルシエルは自分がどれだけのことを口にしているのかに気づいたらしい。急に恥ずかしくなったみたいで、一気に顔が真っ赤になった。それから少し咳払いをして、言葉を飲み込んじゃった。

「前々から……なぁに?」

意地悪っぽく聞き返してみた。するとルシエルは、私の頭をガシっと押さえ込んで自分の顔を見られないようにした。慌てようがなんだか可愛らしくって、私はくすくすと笑った。それを横目でじっと見ていたルシエルは、口をへの字に曲げてムッとすると、私の髪の毛に手を押し当てて、そのままくっしゃくしゃっとかき乱してきた。

「あぁ~っ……ちょっと、やめてよ~っ!」

私の髪の毛は、サラッサラでストレートのルシエルとは対照的で、くるっくるのくせっ毛なんだよね。しかも今は寝起きだから、見るに耐えないくらいのひっどい頭をしてるのに……。こんなにもくしゃくしゃにされたら、あとで直すの大変じゃない。

 うるうるっとした目でルシエルを見ると、ふんって感じで視線をそらした。

「おかえしだ」

ルシエルはそう言うと手を止めて、急に立ち上がった。それから、何の断りもなく私のベッドの上に寝転び、ご丁寧に布団まで被ってしまった。枕の隣に置いてあるぬいぐるみと頭を並べて、横になっているルシエルの姿はなんだか……おかしな感じがした。

きょとんとその光景を見ていると、ルシエルは片目だけ開けて声をかけてくれた。

「俺は寝る」

うん、見れば分かる……って、思わずつっこみたくなっちゃった。おかしくなってまた、くすくすと笑った。すると、何だか不満げな顔で私の方をルシエルは見ていた。首をかしげてその様子を見ていると、ルシエルはくるっと寝返りをうって、私とは反対の、壁側に顔を向けて布団をすっぽり被っちゃった。どうも、怒ってるように思えるんだけど……何を怒っているのか、私には分からない。

「ねぇ、ルシエル? 怒ってるの?」

ルシエルは、本当に言葉が少ない。だから、顔とか仕草とか、そういうもので心を感じ取ってあげなくっちゃいけないの。だけど今は、布団を被られちゃって顔も見えないし……だから、分かってあげられない。

「ねぇ、ルシエル?」

声をかけても返事をしてくれない。寝ちゃった……っていう感じはしないから、起きてるはずなのに……私の声、聞こえているはずなのに応えてくれない。

 何だか、寂しくなってきて……。知らず知らずのうちに、私の目には涙が溢れていた。

「ルシ、ひっく……」

悲しくって、悲しくって……。言葉も、出てこなくなっちゃった。

「……っ!?」

私が泣いていることに気付いてか、ルシエルはいきなり飛び起きた。目を見開いて口をぱくぱくさせて、とにかくすっごく慌てているみたい。ベッドから降りて私の元まで駆け寄って、それから手を落ち着きなくバタバタと仰がせていた。

「アリシア……? 何を泣いてるんだよ」

私はぎゅっと涙をぬぐってみた。でも、まだまだ止まる様子はなくって、目からこぼれてくる。それを見て、ルシエルはそっと私の目の下に指を当てて涙を止めようとしてきた。

「頼むから、泣かないでくれ」

そう言う、ルシエルの方が泣き出しそうな声をしていた。彼を悲しませたくはないから、私はまたぐっと涙をぬぐった。でも、まだ溢れてきそうだったから、ちょっとの間下を見ていた。涙が、頬を伝わずに床に落ちるように……。

 最後の一滴が床に落ちてから、私はもう一度だけ涙を手でぬぐうと、にこっと笑顔を作った。そして、顔をあげる。そこには案の定、とっても悲しそうな顔をしたルシエルがいた。こんなルシエル、見ていられないよ……。

「うん、泣かない」

微笑みかけてもルシエルは、しばらくそのまま悲しそうな顔を続けていた。困ったな……と思って、私はどうしたいいのかを考えた。でも、どうしたらいいのかなんて分からない。私、考えることって苦手なんだ。

 どうしていいか分からないまま、ただ時が過ぎていく。段々何を考えていたのかさえ分からなくなっちゃうほど、頭が混乱してきた。

 そんな時、ふと私にルシエルが体重を預けてきたの。頭を私の肩の部分にもたれさせ、寄りかかってきた。

「眠い……アリシア」

もうあと数秒もすれば、このまま眠ってしまいそうなくらいルシエルはふらふらだった。だから私は、ゆっくりとルシエルがベッドに横になるのを手伝った。

 でも、どうしてこんなにも眠いのかな。昨日はよく、眠れなかったのか……それとも掃除を頑張りすぎちゃったのかな?

それとも……精神的なものなのかな。そうだとしたら、ちょっと心配だった。

 枕にルシエルの頭を乗せ、布団をかぶせてあげてから私は、そっとベッドから離れようとした。するとルシエルは、不意に私の腕をつかんできたの。何か用事があるのかと思って、しばらくルシエルの言葉を待っていたんだけど、いくら待ってもいっこうに何かを話し始める気配はなかった。

「どうしたの?」

だから、私の方から声をかけてみたの。するとルシエルは、何かを言いかけようとしつつも口ごもり、耳元まで赤くしてそっぽを向いていた。これじゃあ、さっきの繰り返しじゃない。

「ルシエル……言ってくれなきゃ、分からないことだってあるんだよ?」

そう思った私は、今度はちゃんと聞いてみることにしたの。分からないものは、分からないんだもん。だったら、分かるようにすればいいんだわ。

ルシエルは、私がまた泣き出すと思ったのかな。すっごく小さな声だったけれど、しばらくしてから自分の思いを話してくれた。

「……一緒に、寝ないか?」

私は思いもしなかったルシエルの言葉に、思わず耳を疑って立ち尽くしちゃった。ルシエルの心臓の音が、ここまで伝わってくるんじゃないかってぐらい、この部屋の空気は緊張していた。

 言葉が出てこなくって、ただ、ぼ~っとルシエルを眺めていると、ルシエルは見る見るうちに顔全体を真っ赤にしていった。私がこのまま答えないで立っていたら、ルシエルは壊れちゃうんじゃないかってほどだったの。

 私は慌てて言葉の代わりに行動で答えを示すことにした。ゆっくりとルシエルの横に寝転がり、そのまま一緒に布団を被った。枕も仲良く半分こ。でも、顔を合わせるはお互いに恥ずかしくって……。だから、私はルシエルの頭を見つめていた。

「……ごめん」

暫くしてからルシエルは、そっと謝ってきた。何を謝っているのかは分からなかったけれども、私はただ、いいよ……って答えた。それでルシエルの気持ちが落ち着くのならって思ったの。

 それから私はルシエルの背中にそっとくっついて、目を閉じた。トク、トク……と、ルシエルの鼓動が聞こえてきた。緊張していると思っていたけれど、私の心臓もルシエルの心臓も、意外と落ち着いていた。


 何だかすごく、安心して……すごく心地よかった。


 髪の毛からは、ふわっといいにおいが伝わってくる。


 木々のぬくもりって言うのかな?




 ルシエルのこの温かさが、私は大好きだった。




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