新たな神
化け物。
ひとは、自分とは異なる容姿をしたものを、そう捉えたがる習性がある。
異質なものを、排除しようとする、自然の流れ。
しかし私は、昔からそういうものには首を突っ込みたくなる性分だった。
紫の髪に紫の獣目。
背丈は、まだ、人間年齢で数えれば五歳ほどだろう。
とても小さくて、裸の少年。
耳は、獣のようにふさふさとしていて、猫を思い浮かばせる。
私は、その小柄の少年を見て、興味を覚えた。
「おいで。もうじき、火が灯る予定だから、キミもあったまっていかないかい?」
もし、この子が本当に獣の子なら、火は怖がるかもしれないと後から思った。しかし、そんなことよりも、このおどおどとした不思議な少年を、私は自分の傍で見て、観察したいと思ってしまっていた。
「……だれ?」
私はにっこりと笑みを浮かべてから、少年との距離を縮めるでもなく、言葉を続けた。
「私は、ルシエル。この村の統領の子だよ」
「リヴァ―様の?」
「?」
まさか、こんなにも小さな子どもの口から、父上の名が出るとは、思いもせず、面食らった。この土地を、父であるリヴァ―が納めていたのは、もう何年も昔の話。今では、村の面影もないのだから、知る由もないことのはずだった。
(この子を、見た目では年齢を推し量れないか)
私は、もしかするとこの子は、私なんかよりもずっと長寿の生命で、生きていく「神」の種族のひとつなのではないかと思った。
しかし、紫の髪の神とは、あまり聞き覚えがない。創造と全能の神である「ライエス」は、緑を身にまとっているというのが定説だが、他の神については、言われてみると詳しくないという実情に気が付いた。
「キミは、何かの神様かい? それとも、精霊?」
「ナスカ」
「?」
不意に告げられた言葉。
「ナスカの森から来たのかい?」
ナスカの森ならば、知っていた。この大陸のずっと西に位置するところに存立している、神々が宿る森として、有名だ。未知の領域であり、私自身、踏み入れたことがない。
「ナスカはね、ひとりなの」
「親御さんと、はぐれちゃったの?」
「ううん」
ナスカと名乗る少年は、少しずつ警戒心を解いてくれているのか、木陰に隠れながらも、私の顔をひょこひょこ覗き込む。観察して、私が害になるものかどうかを、見定めているようにも見える。とりあえず、下手に刺激してはいけないと、私は動かない。その場に腰をおろしたまま、顔だけをナスカに向けている。
「ナスカはひとり」
「そうか」
どことなく、ナスカは孤独なのかもしれないと感知した。下手に声をかけても、同情するような真似はよくないと思うし、相手は子どもの姿でも、私よりも年上かもしれないということを考慮すると、あまりにも子ども扱いしてはいけない。
「私も、家族は居ないんだ」
ぽつりと呟く。
「だけど、私には守りたいものがあるんだよ」
「守りたいもの?」
「うん」
私は、話し相手が欲しかったのかもしれないと自覚した。腰あたりで結んでいたリボンを解くと、ストレートの髪がさらりと落ちた。冬が近いというのに、汗ばんでいたようで、髪がやや湿っぽい。
話好きで世話焼きな性格は、昔からの私ではない。少なくとも、村に居たときは他人を拒み、独りでいることを望んでいた。力のあるところには、戦争が起こると考えていた為、力の分散を試みていた。父、リヴァーは強い魔力を持った、間違いなく誇れる魔術士であった。その力を凌いだと思っていたときでさえ、私は結局、父上には敵わなかったような気がする。
今、父上が生きていたら……私は、父上に勝つことが出来ただろうか。それとも、やはり絶対的な強さを持つ父には、負けていただろうか。
「ルシエル」
「なんだい?」
「ひとり?」
一瞬、返答に困った。ひとりと言われれば、ひとり。しかし、捉えようによっては、私にはカガリが居るし、城には私を慕うものは割といる。ただ、血のつながりがあるものは、もう存在していないというだけのこと。
(……本当に?)
自問自答は続く。
私は、何かを忘れている。
「ひとりでは、ない気がする」
正直に答えた。でも、自信はない。生まれたての姿でいるナスカは、綺麗なその透き通るような肌を、隠すこともなく、私のもとまで歩いてきた。
「服を着る習慣はないのかな?」
「服?」
「あげるよ、ナスカに」
私は、自分の白のローブをナスカに巻き付けてあげた。もちろん、背丈が随分と違うので、ナスカにはあまりにも大きい。それでも、裸でこのような場所をうろうろしていては、風邪を引くのではないかという、あまりにも人間的な心配と、もし、誰かにこの姿を見られたら……という、これもまた、カガリ以外にひとは居ないという考えまで及ばず、思考が働いたので、ローブを被せることにしたのだ。
「ふわふわ」
「絹で出来ているんだよ。今度会ったら、ナスカのサイズに裁断して、ちゃんとした服にしてくるよ」
「どこいくの?」
「明日には、城へ帰るつもりだよ」
「城?」
「うん。城」
ナスカの警戒心は解けているようだ。私の隣まで歩いてくると、ちょこんと腰を下ろした。近くで見ると、ますます人間離れした容姿だと感じる。大きな瞳は、普通まるいものだが、三日月のような形をしている。これで、うまく光彩を取り入れられるのだろうかと、不思議に思いながらも、そっと頭を撫でてみた。サラサラとした髪の毛が、心地よい。
「城って、どこの?」
「フロートだよ」
「フロートは、敵だよ」
「?」
私は一瞬、息を止めた。この小さな神様は、フロートを敵と認識している。
「誰の、敵なのかな?」
私は、動揺を悟られないようにしながら、尋ねてみた。するとナスカは、当然というように、言葉をつづける。
「ラナンの敵」
「ラナン? レジスタンスのラナンを知っているのかい?」
「うん」
「……驚いたな」
この大陸にまで、レジスタンス「アース」の力が及んでいるとは思えない。ナスカの森から、ナスカが飛び出していること自体が、不自然なのだが、ナスカがこの大陸から外へ出て、戻ってきたとも考えにくい。
接点はどこだ。
私は、ありとあらゆる可能性を考えてみた。
しかし、何も思い浮かばない。
私の思考力が落ちているせいではないと思う。
ありえないことなのだ、これは。
「ナスカね、ラナンに助けられたの」
「どこで?」
「んーとね、遠く」
「遠く……か」
ナスカが海を越えていた。
それしか、考えられない。
だが、今。
ナスカは、この「聖域」にいる。
「ルシエル? ルシエルは、敵なの?」
「ラナンのかい?」
「うん」
まっすぐな瞳の前では、どんな嘘も通用しないことを、私は知っていた。下手に誤魔化そうとすれば、そこから変な疑念を抱かれてしまう。だから、私はこういうときには嘘はつかないことにしている。それがたとえ、失敗の道だとしても、そこは問題ではない。
「敵、かな」
「そうなんだ」
「私を倒すかい?」
「ナスカは、争い嫌いだよ」
「私も、好きじゃないよ」
「でもね」
私はこのとき、違和感を覚えた。背筋が凍るような思い。背後で殺気を感じ取り、咄嗟に地面から腰を上げると、背後を振り向くと同時に戦闘態勢を取っていた。どこから切り込まれても、瞬時に魔術を発動できるよう、簡単な構成をいくつも用意しておく。物理攻撃に対抗するために、左手には隠し持っているナイフを忍ばせていた。
しかし、衝撃は来ない。奇襲もない。確かに感じた殺気を、今は感じない。
(気のせいか? いや、そんなはずは……)
「ルシエルは、戦闘者?」
「ただの魔術士だよ」
「訓練は?」
「……受けていないよ」
察した。私は今、この小さな神の審判を受けているのだと。余計に、誤魔化しはできなくなるし、それをすることによって、私の立場は悪くなるとも感じた。
世の中には、数多もの神が存在している。この、「ナスカ」という神は、その中でどのような役割を持っているのだろうかと思った。私は「ライエス」に仕える神護りのため、「ライエス」のことについては、そこそこに知らされている。でも、他の神についての知識は、ほとんど無いのだ。
人間が、神についての知識を得てはいけない理由は、幾つかある。
神に謀反を起こさないため。
それもまた、ひとつの理由である。
神が、神であるため。
それも、ひとつである。
「ナスカ。キミは私を試しに来たのかい?」
「ナスカは、ひとり」
「それは聞いたよ。でも、キミはラナンに従っているように見える」
「違う。ラナンはナスカの友達」
「友達?」
神を従えたとでもいうのだろうか。
神は、神であるが為に誰のものにもならない。
それゆえに、孤立している。
それが、「友達」だと人間を認識することなど、あり得るのだろうか。
「……」
私は再び、背後を気にした。やはり、狙われているように思える。消えたり、生じたりする殺気。気を緩めてはいけないと、警告されているようだ。
(カガリは、大丈夫だろうか)
得体の知れない存在が、人間を狙っている。そう考えるのが普通である。カガリをひとり、見つからない枯れ枝探しに行かせたことを、私は後悔した。今からでも、探しに行くべきだとも、思う。
「ナスカ。この殺気が誰のものかは、教えてくれるのかい?」
「不自然なもの、排除しようとしているだけ」
「……不自然?」
私は眉を寄せた。聖域は、私にとっては安全地帯だと思っていたが、聖域を裏切って外へ出て、今、フロートに身を寄せる私は、「不自然」な存在なのだろうか。いや、きっとそうなのだろうとも思える。
ナスカの差し金なのか。それとも、偶然なのか。私には判断しようがない。ただ、やはりカガリと距離を置いている場合ではないと、考えた。
私は戦闘態勢を崩して、立ち上がると、ナスカに背を向けた。
「どこいくの?」
「カガリを探しに行く」
「ナスカは?」
「……私は、ナスカの敵なのだろう?」
「ラナンの敵が、ナスカの敵とは限らない」
「そうだね」
半端にしか、聞いていなかった。このナスカは、小さい。そして、言葉もどこかたどたどしい。だが、「神」だ。私の信仰していない「神」のため、得体が本当に知れない。警戒しすぎて困ることはない。
「ルシエル」
「……神は」
ちょこんと座っている、私のローブを身にまとっている紫髪のナスカは、私を呼び止める。そのナスカの呼び声に対して、私は言葉を続ける。
「神は、誰も救わない」
神護りとしては、相応しくない言葉だと思う。
「私はそれを、知っている」
「ナスカは、神じゃない。ナスカは、ナスカ」
「それでも、私には守りたいものがあるから」
ナスカの言葉を無視するように、切り捨てるように言葉を続ける。
「だから、私はカガリを探しに行くよ」
ナスカは、その先を続けなかった。ただ黙って、私が聖域の外へ出ていく様子を見守っていた。




