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託す力

 私に与えられたもの。


 魔力。


 私に科せられたもの。


先導者としての力。


 私にはまだ、やるべきことがあった。


 あの子たちとは、帰れない。


 いや、もう……戻れないのかもしれない。


 あの頃には。


 城での生活も、地上世界での生活も。


 もう、過去のもの。


「アリシア」


 私はまだ、御神木の中に居た。クリスタルは透明度を取り戻し、中に居ても息苦しさもない。あれだけ渦巻いていた、緑の靄も、どこへ行ってしまったのだろう。私の姿は露わとなっていた。隠すものなど、何もない。

 額が疼き、流れ出ていた血も、枯れ果てた。もう、身怯えのある古傷である。


「アリシア」


 私はもう一度、名前を繰り返す。アリシアの気配はある。だが、姿がない。先ほどの光景を思い出すと、アリシアはライエス……つまりは、ラナンの精神体と共に、眠ったはずであった。しかし、気配があるということは、消滅した訳ではないのだ。再び、アリシアが「柱」を引継ぎ、この世界を救ったという目算だ。

 だが、それでは何の解決もしないと私は思うのだ。これからも同じになってしまう。また、二十年後に……いや、もっと近い未来、同じことが起こりうると考える方が簡単であった。


 その、未来が見えている訳ではない。


 感じているのだ。


 それは、「先導者」の予見ではなく、「アスグレイ」の血を引くものの定め。


『……』


 ふわりと、まるで宙を舞うかのように白いワンピースの裾が見える。私の目の前には、やはり年を取った様子がまるでない、ブロンドの巻き髪の胸あたりまで伸ばした可愛らしい女性の姿があった。その腕には、「緑」の光を抱いている。それが、「ライエス」の力の根源であるということは、容易に感じ取れた。


 では、今のラナンはどうなるのか。


 精神体、「力」を取り除かれたラナンは、生きていけるのか。


 そこは、考えが及ばない。


 だからこそ、見つめなおす必要がある。


 確かめる義務が、私にはあるといえる。


 せめて、これまで「夫」として、「父」として、何もできなかったのだから。


 これからの「未来」くらい、確保してあげたいと思ったのだ。


 それがたとえ、私のエゴだとしても。


「アリシア。その力を……」


 私は姿をゆったりと現した少女の姿に向けて、手を伸ばした。私は別に、より強大な力を欲してここに残った訳ではない。むしろその逆で、返そうと思ったのだ。


『私には、ルシエルが何を考えているのかが、分からない』


 アリシアは、儚げにそう呟くと私の目を見据えていった。私はかぶり振って、再びアリシアの瞳を見つめる。そこには、年老いた男の姿が映り込む。ただし、絶望ではなく、希望に満ちた容姿をしていた。私の姿である。


「分からなくてもいい」


 私は、短く答えた。アリシアに冷たい態度を取りたい為ではない。必要ないと考えているからである。そう、知る必要のないことは、この世の中にはいくらでもあるのだ。


『どうして、残ったの?』


 尚も、アリシアは後を続けた。どうしても、そこに意味を見つけたいらしい。アリシアは、緑の光を大切に抱きながら、私の目を真剣に見つめていた。私はその、純粋なままである彼女の視線からは、逃げられないことを知っていた。昔から、彼女には弱いところがあったことは、自覚している。


「ラナンの……ライエスの力を、アリシアでは扱えない」


 私は言葉を続けた。


「私が、その力を継ぐ」


 そう、それが目的。アリシアにだけ、これ以上負担をかけてはいけないと思うのだ。彼女も、有能な魔術士のひとりである。それでも、私には劣る。これは、自意識過剰な訳ではなく、事実。地上世界で、私が「最強の魔術士」と謳われてきたことには、それなりの実力が伴わなければならない。そう呼ばれて、恥ずかしくないほど、私はこれまで修行なり、勉強なりを続けてきたつもりである。


『大きな力は、争いを招く』


 以前、遠い昔。私が彼女に伝えた言葉だ。その言葉は、間違っていない。その考えは、変わってはいない。


『それなのに、ルシエルは更なる力を得ようとでもいうの?』

「半分当たり」


 彼女は怪訝そうな顔をした。そして、そのまま後ろを向いた。私に顔を見られたくないのか。悟られたくない何かが、あるのか。その、どちらなのかは分からないが、そこは敢えて追求するところでもない。今、大切にするべきことは、彼女の負担を減らすこと。レナンへ柱を継承することではなく、アリシアが柱であり続けられるよう、努めること。私はそう考えていた。

 私は、後ろを向いたままの彼女に、そのまま言葉を続けた。


「私の力を、封印したいんだ」

『……?』


 アリシアは、静かにしていた。静寂を保ち、そして、緑の光を抱いたままの姿勢を貫いている。


『封印?』


 私に背を向けているから、彼女の表情を読み取ることは出来ない。それでも、彼女がどこか不安を覚えていることは、容易に分かった。しかし、彼女が不安に思うことは、間違っている。彼女があるべき姿は、この世界の維持。そして、保持。継続である。私の身を案じることではないのだ。


「そう。これ以上の力は、必要ない。その、ライエスの力の中に、私の力も注ぎ込みたい」

『……どうなるの』

「?」


 首を軽く傾げた私に、アリシアは私の顔を見るために振り返った。そこで、目が再び合う。


『ルシエルは、どうなるの? 力を渡して、ルシエルは無事でいられるの?』

(間違っている)


 私は、胸中でひとりごちた。論点がずれてしまっている。彼女の中での優先順位を、改める必要があると、私は感じた。私の命は、ここで尽きても問題ないのだ。分かってしまったから……この世界の神は、「ラナン」であると。この先を担うものは、役者は揃っていると。

 フロートを倒し、新たなる世界を創るものたち。その役割は、やはりレジスタンス「アース」が筆頭である。その光景が、はっきりと見える。「創る」ということは、「神」の力を授かっている「ラナン」にとって、造作もないことなのだろう。まさに、適任というものだ。世界は、実に簡単に出来ている。回っている。


「私の存在意義は、長く生きることではないよ」

『ここで、命を落とすの?』

「それは、極論というものだ。私には、生への執着はもとよりない」

『……出来ないよ』


 アリシアは俯いた。


『子どもたちを失って、夫であるルシエルまで失うの? それを、見届けなきゃいけないの!?』


 徐々に、ヒステリックになっていくアリシアは、女性特有の感性というものがあると思った。姿は変わっていないとはいえ、私が年を取った分、彼女もこの「クリスタル」という止まった世界の中で、生きてきているのだ。幼いだけで、声をあげる彼女とはまた、違う。子を授かった「母」として、声を発する。私の「妻」として、「家族」として声をあげる。


『私には、見守ることしかできないの。私には、ルシエルのように発案し、それを実行する力がないの』

「それなら、尚の事。私の力を受け取って欲しい」

『どうして!? ルシエルの力なんて、要らない!』


 ムキになるアリシア。そんなところは、変わっていない様に思える。そして、そんな彼女よりも頑固である私もまた、変わっていないと自嘲の笑みを浮かべる。


「私の力で、ライエスの力の根源を包む。もともと、アスグレイの血はライエスを護るためにあったはずだ。だからこそ、私の力を欲するものだと私は考える」

『私では、扱い切れないというの!?』

「そうだよ」


 私は、静かに言葉を続けた。感情的になる彼女に合わせて、私までもが感情的になる必要はない。


「私の力を、拒むことは出来ないよ」


 それは、私の詠唱であった。静かに重ね合わせた手に、意識を集中させると、そこへ「魔力」を移す。そのまま、アリシアの抱く緑の光の方に向けて、手を広げた。緑の光の中に、私の力が加わる。私は、身体の中から力が抜けていく感覚を確かに覚えた。軽い貧血でも起こしたかのように、立ちくらみがして、その場に膝をついた。その光景を、アリシアは青ざめた表情で見ている。私に歩み寄ることはなく、彼女の腕の中で膨らんでいくその力に、逆に支配されているかのように、彼女はこれまであげていた甲高い声をやめ、ただ静かに、事の次第を見つめていた。


『ルシエル……』


 不安げな、彼女の声が聞こえる。


「……」


 私はその問いかけに、応えはしなかった。


 静かに、静かに、抜け行く力の感覚に、私は酔いしれていた。



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