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滅びの道

 今、ラナンに駆け寄れば、私の本質、本来の姿は見られてしまう。いや、その前に私を「カガリ」だとは認識してはもらえないかもしれない。だが、それでもよかった。ラナンを救い出せるのならば、「人間ではない」と、怯え、隠してきた私のこの姿を晒すことなど、恐れるに足りないと計ったのだ。今、必要なことは保身ではない。命の危険にさらされている、弟子であり、「弟」同然に接してきた「ラナン」その少年を、守るための思考と努力である。

(恐れるな。今、やらなければ後悔するのは私だ)

右方向に居ると気づけた私は、神に相対することなく、とにかく「風」が知らせてくれた場所に向かって、駆け出した。それを見て神は、その場を動くことはせず、ただ静かに詠唱するのだ。


《壊れてしまえ、ライローク。お前を、排除する》


 その刹那。これまで感じたことのない程の恐怖を覚えると同時に、身体中に鳥肌が立ったことを自覚した。私は今、この小さな身体の絶対的なる力を誇る「神」に、怯えているのだ。

「く……っ」

酷い耳鳴りが、再びした。脚に、何やら重々しい枷でも付けられたような感覚に陥り、身動きが取れなくなる。同時に、視界が暗くなり、胸には押しつぶされそうなほどの圧迫感が襲う。


 気が狂う。


「やめ、ろ……!」

私は、目を固く瞑るとこの迫りくる暗黒の力から逃れようと、必死に足掻いた。目を閉じているというのに、何故かそこには口元にうっすら笑みを浮かべる神、「ライエス」の姿だけは、ハッキリと映し出されているのだ。私は咄嗟に、「風」の力を操り、「ライエス」に向けて風の刃を放っていた。左手を突き出すことで、鋭い疾風が生み出される。

 しかし、「力」を増した私の攻撃を、神はいとも簡単に無効化してしまう。それも、何の詠唱も聞こえなかったことから、神は力を出してもいない。私は、愕然とした。


 絶対的な「死」が、脳裏によぎる。


《我は全能なる神。創造の神……ライエス》


 それは、私に絶望を与える詠唱。


《たかがライロークごときに、やられるとでも思ったか?》


 神は、笑っている。


 私を、「愚か」だと判断したのだ。


 私は感じ取っていた。


 神は、私を「本気」で消そうとしている……と。


(私には、無理なのか!? 救えないのか……何も!)

唇を噛みしめながら、私は意を決して目を再び開いた。見開く目の先に、神は居ない。むしろ、目を閉じていたときの方が、その姿がはっきりとしていたというものだ。どういうことなのか、私には理解し得ない。とにかく、このままでは滅ぼされるだけだという思考だけは、働いている。

 ラナンの居場所は、掴めているというのに、この見えない足枷のせいで、これ以上前にも何処にも、進めなくなってしまっている。そのとき、再び嫌な音がした。鼓膜を直に刺激する。そして、脳を揺さぶるかのような衝撃。振動。それに耐えることは、なかなかの難儀であった。


 お前のせいで殺された。


 お前は疫病神だ。


 お前を恨む。


 お前に用はない。


 お前は滅びるべきだ。


 お前は……。


「俺は……」


 生まれるべきではなかった。


《脆い存在だな》


 闇が、私を支配する。頭も、こころも、すべてが闇の言葉でいっぱいになる。それを必死に否定しようにも、私には肯定するしか道がないほど、次々と襲い掛かってくるその闇の囁きひとつ、ひとつが、私を間違いなく、確実に蝕んでいった。

「やめて……くれ」

がくりと、膝をつく。そして、手からは剣は落ち、力が入らなくなったその両腕も、地面につけた。このままでは、神の思うがまま。私は滅びると、嫌でも分かる。それでも、きっと、この領域に居る限り、この闇の拘束は解かれない。


《お前のせいで、多くの命は奪われた》


 私は、知らず知らずのうちに、神の言葉を反芻していた。


《お前に、生きる資格はない》


 神が正しいのだと、思いはじめる。


《滅びてしまえ》


 その言葉を聞いた瞬間、私の頭は思考を止めた。いや、もう何も、考えられなくなったのだ。考えようとしても、無残にもそれは言葉にも、思い出にも、情景にもならず、消えていく。まるで、はじめから存在などしていなかったかのように。


 私は、疫病神。


 生まれたことが、間違いだったのだと……存在のすべてが否定され、私は自我を保てなくなってしまった。


《こんな世界に用はないね》


『滅びの道を、辿るの?』


 見覚えがあるような、ないような。思い出せない。でも、優しくて温かい。まるで、母親のような声が響いて来た。


『カガリくんを、消さないであげて』


 カガリ。


 私の名。


 それは、認識できる……まだ。


《脆い柱にも、用済みだ》


 容赦のない神の声は、私にだけ向けられているものではないようだ。突如として現れた、少女のように高い声に向かっても、発せられている。


『新たなる柱に、レナンを導いたみたいだけど。大失敗』


 少女は、神を前にしてもまるで、恐れる姿勢は取らなかった。うっすらと映る視界の中に居る、その少女を、私は知っている。


 アリシアだ。


『ルシエルを、本気にさせただけ。ライエス様、あなたは選択を間違えたの』


《あの男は、我に刃向かうことなど出来ぬ。額の傷も、疼くことだろう》


『あなたが付けた額の傷は、もう、古傷よ。今のルシエルには、関係ないわ』


 額の傷。


 そういえば、古傷のはずだったが、先ほどのルシエル様の額には、うっすらとそこから血が滲んでいたことを思い出した。

 アリシアの登場で、神の力が緩和されている。それは、アリシアの持つ「力」の波動のせいだろうか。おかげで、私の思考能力も、幾らかは回復している。思い出すという能力が、戻ってきている。


《神より、夫を選ぶか……所詮は、愚かな人間ということ》


『違うわ』


 アリシアは、小さな神に向かって優しく微笑んだ。


『大切なものは、ひとつじゃない』


「アリシア!」


『あなたのことも、大切よ。ライエス。だから、今は私と共に、眠りましょう?』


 白い薄手のワンピースを着た、ブロンドの巻き髪の少女は、神に手を伸ばした。その姿を目視して、駆け出して来たのは、背中に意識のない同じくブロンドのストレートの髪を持つ、耳には青いピアスをした少年を担いだ、よく見覚えのある男性の姿であった。


『ラナンの元に、急いで。カガリくん。ときが、動き出すわ』


 私はそれを聞いて、ハッとした。そして、身体の自由が戻っていることにも気付いた。足枷も、外されているようだ。しかし、神の姿が滅びた訳ではない。ただ、神の効力、拘束力が、薄れている。それは、はっきりとしていた。

「カガリ、急げ。動けるな?」

現れたのはそう、私の師匠。ルシエル様の問いに対して、私は短く頷くと、疾風のごとく走り出した。緑の靄が、晴れようとしているのが肌で感じ取れた。そのおかげで、視界はクリアとなり、私は数メートル先で横たわる、少年の姿を見つけることができた。やはり、ブロンドの色素の薄い髪色で、ストレート。緑のピアスは、少年の耳からひとつ、落ちていた。

「ラナン」

私はピアスをラナンの耳に付け直してから、小柄なこの意識のない少年の身体を抱き抱え、再び、ルシエル様のもとに急いだ。

「戻るぞ、カガリ。私たちの世界に……時間軸が動き出す」

「よく、分からないのですが……世界は、もとに戻ったのですか?」

そのとき、私は自らの目の前を横切る、自分の前髪の色を見て目をぎょっとさせた。そういえば、今の私は魔石を捨てた、「ライローク」そのものの、魔獣の姿をしているのだ。そのことに、ルシエル様は何の違和感も抱いてはいないようだが、このままの姿で再び外の世界、「聖域」へ戻れば、レジスタンス「アース」の者たちや、城に戻ればすべての者に、自分が「人間」ではないということが、バレてしまう。正直、戸惑った。

 それを見て、ルシエル様は「あぁ」と、短く声を発してから、握られていたルシエル様の拳を私に向けて開いた。

「これは……」

私はそれを見て、驚きを隠せなかった。

「風魔石? 何故、ルシエル様が……?」

「説明はいい。此処を出る」

今はもう、神の姿は消えていた。それがどうしてなのかも、分からない。アリシアの姿も、いつの間にかなくなっていた。此処に結集しているのは、異世界からこのクリスタルの中へと飛び込んできたメンバーだけであった。

 私は、ルシエル様から魔石を受け取ると、それを首に括り付けた。すると、再び私の魔獣としての姿は封印され、これまでに装って来た「人間」としての姿を取り戻す。それを確認してから、ルシエル様は不意に私の顔を見た。

「カガリ、レナンも頼む」

「えっ?」

そういって、ルシエル様は私の背中にレナンを無理やり担がせた。そして、自由になった両手を、そのまま合わせて意識を集中させ、どうやら魔術の構成を練っているようだ。私は魔術士ではないから、どのような構成の魔術を練っているのか、その工程はわからない。ただ、この状況を見たら「転移」の魔術を発動させようとしていることは、鈍い私にも想像はできた。


「あとは、任せたよ」


 ルシエル様の詠唱は、どこか物悲しく。


 そして、耳に残る言葉であった。


「ルシエル様!」


 次に目を開けたとき。


 そこは、緑に包まれた穏やかな自然の中。


 見覚えのある、レジスタンスの顔ぶれに、ローク族、そしてソウシ。


 私の背中には、ラナンとレナン。


「ルシエル……様」


 師匠の姿だけは、どこを探してみても……見つからなかった。



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