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先導者の過去

 頭の中を、これまでのデータが駆け巡る。


 まるで、ひとり異次元空間に取り残されたかのように……。




 魔術士とは大きく違っている点は、魔術士が「風」なり「水」なり、何か術を発動するには、具体的に術の成り立ちを頭の中で構築し、言葉を発することによって、空気を振動させ、具現化させる道筋があることだ。

しかしロークたちは、一種類の要素のチカラしか発揮は出来ないが、声を出さなくとも精霊のご加護を受けているため、精霊の判断で「力」を発揮することもあり、また、自分から精霊に呼びかけることによって、要素を集め、好きに使えることができるのである。


 私はというと、「先導者」であるがため、精霊の御加護をロークでないのにも関わらず、精霊と簡単に言えば「友達」関係を築いているので、言葉に発しなくとも、空気を振動させれば、魔術を発生させることを許されている。例えばそう、指をパチンと鳴らすだけで、炎や風を巻き起こすことも、実のところは可能なのだ。


 だが、そのことは敢えてすべての者に伏せている。知っているのは、人間たちには見えない「精霊」や「魔族」と呼ばれる特殊なものたちにのみ……カガリすら、完全にはまだ知らないことである。


「師匠……聞いていますか? 教えてください。今、世界では何が起きようとしているのですか。私に出来ることがあるのならば、手伝いたいのです」

「うーん……」

私はベッドに腰を下ろしたまま、座り込み、あごに片手を当て悩むポーズをしてみせた。別に、本当に悩んでいるわけではない。答えは出ている。

「カガリ。お前はライロークの生き残り。その意味を考えなさい」

「……? ライロークと地震。何か、関係があるのですか?」

私はベッドから腰をあげると、テーブルに置いてあるカップふたつに、お茶を注いだ。そしてそのひとつをカガリに渡し、もうひとつを自身の手元に持ってきた。すーっとする、ミント系のハーブティーである。

「まだ、夜更けだ」

「師匠。そんなことは分かっています。それより……」

「ラナンたちは、どこを旅しているのだろうね」

「……」

その言葉を聞くと、カガリは身体を硬直させてみせた。カガリは、自分がラナンと関係性を持っていることを、私にすら隠している……つもりだ。私からすれば、バレバレなのだが、カガリはとにかく他人との間に関係を持つことを、拒むようになってしまっていた。




 カガリの生まれ故郷であり、七つになるまで住んでいた村は、他の誰でもない。


 現フロート国王「ザレス」によって、滅ぼされたのだ。


 訳あって、カガリは運「悪く」、ザレスの臣下として過ごすことになってしまった。


 正直なところ、私も責任は感じている。


 カガリの村を焼いたのは……「レイアス」だからだ。


 私も、レイアスの人間のひとり……そう、「神子魔術士」である。




「ラナンなら、問題ありません」

「どうかな」

「……また、私に隠し事ですか、師匠」

「いや」




 私は、新緑の若葉の色をした瞳を持ち、きらきらと光る太陽の日差しのようなやわらかな色素の薄いブロンドの髪を、肩を越すほど伸ばした、まるで少女にしか見えない青年の姿を思い描いた。その姿こそが、ラナンの姿である。




 この星の新たな創造主は、世界では「セルヴィア」という女神とされている。


 しかし、実のところの神の名は……「ライエス」と言う。


 私はその「ライエス」を見守る、由緒ある村の出のものだった。


 「ライエス」は、緑の髪に緑の瞳を持った、生命を生み出す創造の神。そして他にも、この世界には神々が存在している。


 「ローク」の中でも、魔力の強いもの……たとえば、「ライローク」の民で言えば「カガリ」となるのだが、カガリも「神」に近しい存在である。同様に、他のロークたちも同様である。


 そして、「大地の神」というものも存在している。大地の神は、月の満ち欠けと親密な関係があり、新月のときにはその力が存分に発揮されるのだ。それは、月から出ている聖なる光が閉ざされ、ディヴァインの内部……マントルの力を解放し、信じられないほどの力を見出すと噂されている。




 もちろん、世間で噂になっているわけではない。


 私の生まれ故郷での中での、噂である。


 私は自分のことを「先導者」と呼んだが、それは今から十八年前のこと。


 私が生涯で唯一愛した女性、「アリシア」。


 彼女がこの星を護るために、「人柱」となったときに課されてしまった……運命。




 すべては、あのとき……あの瞬間から、はじまったことだったのだ。




 大切な、大切な女性。


 アリシア=レディエント。


 私の、妻となる女性。


 今から、もう二十年以上も前の事である。




「み~っつけたぁ!」

これが私の日課。毎日、日が傾きはじめた頃から山の中を歩き回るの。そして、日が完全に暮れてしまうまでには見つけてあげる。そうしなきゃ、まる一日外で野宿することになっちゃうから、このひと。

 いつも朝早くからふらっと姿をくらませて、森の中のどこかをふらついているの。毎日、「何してるの?」……って聞いても無駄ムダ。「特に何も」……って言われるのが、オチなんだから。いつも、すんごくつまらなそうな顔をして、一体何を考えているのか……。はじめのうちは、全く分からなかった。

「……ん?」

またしても、いつもの不機嫌そうな顔。まるで、私のことをうっとうしがっているみたいな顔つきで、こっちを見てくる。まったく、困ったひとだよね。私が来なきゃ、村まで帰れないくせにさ。

まぁ、この顔が私を嫌がっているものじゃないっていうことは、ちゃんと知ってるんだけどね? 寝起きで、ちょっと不機嫌そうに見えるだけ。血圧がとても低いみたいなの。

「ん……じゃないの、ほら、起きてよ! 日が暮れちゃうよ!」

どうして日暮れまでには帰らないといけないのか。理由はいろいろあるんだけど、とりあえず……このひと、暗いのが「苦手」なの。どうしてかはこれまた、分からない。でも、なんとなく駄目なんだって……。何か、この世のものじゃないようなものを感じるからだとか、どうとか……前に、言っていたような気がするけれども、忘れちゃった。

「あぁ、本当だ」

本当だ……って、今の今まで太陽の傾きに気づいていなかったのかしら。明らかに光が薄れてきていると思うんだけど。まったく、暗いのが駄目なら、少しは敏感にならなくちゃだめじゃない……って思うんだけれども、このちょっと抜けてるところがまた、いいんだよね。ほっとけないって言うのかな? 母性本能をくすぐられちゃうの。

「帰ろう? ルシエル」

そう言って私はこのひと、「ルシエル」という少年に、手を差し延べた。泉のほとりに寝そべっていたルシエルは、むくっと体を起こし、しばらくはボ~っとしてから私の手を取って立ち上がった。

「……暗いな」

歩き出してすぐ、ルシエルはそう呟いた。私はくすくすっと笑いながら、道を先行する。本当は私も、暗闇ってあまり好きじゃないんだよ。でも、ルシエルは私以上に嫌がるものだから、いつもこうやって、私が前を歩くの。

でも、大丈夫。私の左手からは、ルシエルのぬくもりがしっかりと伝わってきているから。怖くない。ちゃんと、歩いていける。

「だから言ったじゃない。日が暮れちゃうって」

「……そうだな」

ルシエルは普段から口数が少ない。なんかね、面倒くさいんだってさ。ひとと話すこと。まったく、困ったひとだよね。


 ルシエル。


 彼は、私の幼馴染。年も同じで、家はお隣。おんなじ村で生まれ育って、今日に至るわ。私もルシエルも、今年で十四歳。もう、大人として扱われる年頃にまで成長したみたいね、いつの間にか。

 同じものを見て、同じものを食べて生きてきた私達だけど、背負わされたものというのは、随分と違うの。私はこの村の……「アスグレイ」に住むただの村人。特殊な村……「聖域」と呼ばれる村だから、私にも「魔力」は宿っているけれども、ルシエルの比ではないし、どちらにしても、ルシエルとは背負わされたものがまるで違うの。

 ルシエルの名前は「ルシエル=アスグレイ」……そう、この村の統領の息子なの。ここが普通の村だったなら、まだよかったのかもしれない。統領の息子なら、裕福な生活をしていればいいんじゃないのかな? 他の村を知らないから、私にもなんとも言えないけれども、そんな気がしてならないの。

私たちの村はそんな生活はできない。統領の家系は幼い頃から、日々「力」の制御の修行や、多くの知識を得るための勉強をしなくちゃいけないんだって。いつ、「神」がお目覚めになるかわからないから……いつ、「聖域」が「闇」に呑まれるかわからないから、常に結界を張っておく必要があるんだって、前にルシエルが言っていた。


 今の結界は、ルシエルのお父さん。


 リヴァー様が張っていらっしゃるの。


 この村の中心には、とても大きく立派な御神木さまがある。樹齢何年になるのかな……もう、何千年もその姿を残していそうなほど、立派なの。

その木の御加護を受けている私達は、他のひとたちにはない力を授かることが多いの。私もその中のひとりなんだけど……ルシエルは、その力を誰よりも強く、授かっちゃったんだって。村のひとたちから、崇められるほどのもので、また、その力が強すぎて、怖がられもしていたの。


 そのせいでルシエルは、その力に縛られて苦しんでいる。

 

 ルシエルは、五人兄弟の末っ子。本来は長男が統領の後を継ぐものなんだけど、なぜだかルシエルに、継ぐべき力が全て集中しちゃったの。だからルシエルが、統領を継ぐことになったわ。それを快いとは思わない次男のザイール様からは、顔を合わせるたびに意地悪をされている。でも、ルシエルは何も言い返すことができないでいる。

 それにルシエルは、村の「希望」だとか「守り神」だとか、そういうことを小さいころから言われ続けていて……。いつしか知れず、ルシエルは口数の少ないひとになっちゃった。

 

 無理もないわよね。そんな生活、私なら耐えられない。すぐにでも、村を出て行ってしまうと思うわ。私はうつむき加減で歩き続けていた。

「アリシア」

ルシエルは急に私に声をかけてきた。何かと思って振り向くと、ルシエルは道の側に目を向けていた。私もそっちの方に目を向けてみて、何を意味しているのか分かったわ。

「うわぁ……綺麗な花だね!」

そこには、一輪の小さな花が咲いていたの。淡いピンクの花弁が、この暗さをものともしないほど輝いて見える。うっとりとその花を見ていると、ルシエルはいつの間にか花から視線を外して私の顔を見ていた。

「……アリシアに似ている」

「え?」

ぼそっと……それは、とても小さな声だったけど、そう言ってくれたような気がした。

「ね、もう一度!」

嬉しくなってもう一度聞きたくなったの。だって、それって……私も綺麗ってことだよね!? そういう意味だよね!?

キラキラとした眼差しを送るとルシエルは、困ったような顔をした。目を半眼にしてしばらく私の顔を見ていた。

「……帰るぞ」

そしてそれだけ呟くと、ルシエルはすぐさま私に背を向けた。

ここはもう、村まで目と鼻の先というところまで来ていたから、ルシエルひとりでも充分に帰ることができる。だからルシエルは、私の手を放してすたすたとひとりで歩き出してしまった。

「ちょ、ちょっと待ってよ~!」

慌ててぱたぱたと追いかけると、そのままルシエルの腕にくっついた。ルシエルも嫌がらず、自然と歩幅を私に合わせてくれた。

 いつも、無口で物静かで……。ひとと距離を置きたがるルシエルだけど、本当はすっごく照れ屋で優しいの。私だけが知っているルシエルの素顔かもしれない。

「ずっとこうやって……一緒に、歩いていきたいね」

寄り添いながらそういうと、ルシエルは少しだけ照れていた。頬を赤く染めながら、私と目が合わないようにしているみたい。

「……そうだな」

それでも、同意してくれたからいいんだ。私はにっこりと微笑んで、そのままルシエルと歩いて帰った。




「お前はまた、そうやって村を抜け出して……一体何を考えているんだ」

村に帰ってからルシエルは、リヴァー様……ルシエルのお父さんに叱られた。それから私も……。


「明日はふたりとも、家から決して出るな」


 なんて……言われちゃった。私はそれでも全然構わないんだけれど、ルシエルはそれでいいのかな……大丈夫なのか、ちょっとだけ心配だった。だって、ルシエルが森に出かけていくのには、訳があると思うから。


 その日の夜、私はなかなか寝付けなかった。ルシエルのことが、どんどん心配になってきて……。だって、ルシエル。家から出られないのなら、ザイール様とも一日中顔を合わせないといけないでしょう? 嫌な勉強もさせられて……。今よりもさらに無口になって、自分の殻に閉じこもっちゃうんじゃないかって、不安になったの。


 ルシエルに逢いたい……。


 さっき離れたばかりなのにもう、寂しくなっている。


 とても深い、不安を抱きながら私はくたびれて眠ったの。




 でも、その不安と寂しさは、目を覚ますと同時に消えちゃった。




 私たちは今、特別な日々を過ごしている。


 そう、感じたの。




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