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魔術士の復活

 自分は、愚かだと思う。未熟であると、イヤでも認めざるを得ない。私は確かに、人間としては、最強の力を手にしているのかもしれない。魔術も、魔法も使える稀有な存在だ。それに加え、神の親であるという、なんともイレギュラーな存在であった。

 ただし、そんな自分は今、大地を揺るがし、世界を崩壊させようとするこの「星」の動きを止めることが出来ずにいる。このご神木、クリスタルの中では地震は感じないが、おそらくは地上世界ではまだ、揺れは続いている。そう、感じさせるものがある。

 アリシアという人柱では、魔力が足りなかったが為に、約二十年という年月しか、維持できなかったと考えるのが筋のようだ。そこで、レナンが新たな人柱となり、アリシアはこの星を、世界を守ろうとしている。

 だが、私はそれを阻み、自らの子の命を優先させようとしているのだ。


 それはきっと、愚かな行為なのだと思う。


 ただし、私は敢えて愚か者になろうとも、思った。


 しかし、ここでふと気づいた。アリシアも、強くはないが魔力を持った魔術士なのだ。その力でも、二十年が限度であったのにもかかわらず、魔力を持たないレナンを人柱にするのは、道理であろうか……と。

(レナンは……魔術士?)

そんなことにも気が付けないほど、私の鼻は狂っていたのだろうか。それとも、ライエスの力によって、これまでは開花されることなく、やはり魔力は封印されていたのだろうか。


 今のレナンは、魔力を持っている。


 それならば、話は分かる。そして、それならば私にも手段が増えると確信した。

「アリシア。そこを退いてくれ。退かないというのならば……私も、強行突破する」

『……出来るの? あなたに……私は、あなたの』

その先を、聞きたい気持ちもあった。私はアリシアにとって、今、どんな存在であるのか、確かめたい気持ちがないわけではなかった。いくら、魔力を持っているとはいえ、私はただの「人間」であり、ただの「夫」だ。まわりに住む人間たちと、思考はなんら変わりないと思っている。

 けれども、私はアリシアの言葉を最後まで待たなかった。その代わりに、大きな魔術の構成を練る。「転移」の魔術よりも、もっと高度な術構成となっている、「傀儡」の魔術。

 実際に、使ったことはない。そのようなことをしては、倫理に反すると私自身がよしとしなかったが為だ。それに、この術の存在が公にでもなれば、他の魔術士が会得したいと考えなくもないだろうし、私自身が国王や、有力者、権力者に使われる可能性があると危惧したこともある。


 「傀儡」


 要するに、私の操り人形とさせることだ。


 相手が、誰であれ出来るのかもしれない。ただし、私はこの術を編み出してからというもの、使ったことは勿論なかった。「転移」魔術すら、高度で非常に力を消耗する術である。その上を行く難易度ともなれば、疲労度は間違いなくあがるだろうし、その危険を冒してまで、倫理に反することをしてまで、この術を使わなければならない局面に、運よくこれまでは遭遇しなかったのだ。

 相手が、魔力を持つものを対象とする。これを、前提として編み出した術「傀儡」は、相手の魔力の中に自らの魔力を流し込み、身体を支配することが出来る。魔力は、血液と共に身体に流れているものであるため、その魔力を支配されれば、身体の自由が利かなくなるのだ。それは、相手の魔力が大きければ大きいほど、効果が上がる。いや、相手の能力が低いのであれば、このような術を使わなくとも、精神を崩し、支配することはたやすいことであるとも言える。

「レナンは、返してもらう。アリシア……キミには、酷なことを強いていると自覚している。これからも、キミには孤独に此処、クリスタルで過ごせと宣告していることになるのだから」

『私だけの問題ならば、いいんだよ。でも、でもね。今ここで、人柱を交代しなければ、ディヴァインが、世界が滅びてしまうの! 私は、そんなことをレナンも望みはしないと思うわ!』

それは確かに、そうかもしれない。レナンとは、こころ優しい少年だ。自らの犠牲により、世界が平常するならば、進んで犠牲になるかもしれない。

 だが、それは真の解決とは言えない。誰かの犠牲のもとで成り立つ平和など、今回のように、時間稼ぎにしか過ぎないのだ。犠牲は、新たなる犠牲しか呼ばない。

 それに、それではレナンに意見を委ねているように、選択させているように見えるが、これは明らかにレナンに「世界の為に死ね」と、道を閉ざしていることと、同じだと私には思えるのだ。幾つかの選択肢があってこその、自由。意見の尊重だと、私は思う。

「キミは、間違っている」

『私は、世界を守りたいだけよ。アスグレイの村の惨事を見たでしょう!? それだけでは済まないんだよ!? 世界が滅びるのを食い止めるには、方法がないの!』

(ほらね……)

私は、胸中で頷いた。やはり、レナンに選択させるつもりなどないではないか……と。はじめから、アリシアもライエスも、大きく言えば今のこの「世界」も、レナンの「死」をもって、解決させようとしているだけではないか。

 誰かが、レナンを優先に考えたって、罰なんて当たらないと私は思う。レナンだって、この世界に生まれてきたひとつの「命」であり、尊い存在だ。過酷な「運命」を背負っていたからといって、それに従い短い人生で終わらせる必要性なんて、ない。


 もし、私が本当に「先導者」ならば……。


 もし、私にまだその「資格」があるのならば……。


 私は、その権限を持って意見する。


 そして、その能力を自分が正しい道だと思ったことに、注ぐ。


「アリシア。レナンをキミには渡せない。レナンは、これからも私が守る」

『じゃあ、世界はどうするの!? 崩壊させるの!? ルシエルは、ずるいよ。ひとつの犠牲も出さずにすべてを救うなんて、はじめから無理な話なんだよ!』

「どうしても」

私は目を閉じ、自分自身に言い聞かせるように言葉を発した。それは、単なるひとつの言葉ではない。魔術発動の為の、詠唱だ。

「どうしても、犠牲が必要ならば……私が、その道を選ぶ」

私は自らの持つ魔力を、発動したばかりであろうレナンの体内に侵入させた。淡い緑の光が、レナンの身体を包んでいく。同時に、私の身体からは力が抜けていく。ここまで疲労度が高いとは、思っていなかった。これでは、レナンとラナン。そして、カガリを連れてこのクリスタルの外へと抜け出す前に、自分の意識はなくなってしまうかもしれないと、心底感じた。だが、それでも術を途中で止めることもしなかった。私は、死ぬならばここで死んでもよいと、覚悟を決めていた。

 これは、不幸ではない。私は、幾つもある選択肢の中から、最善だと思う選択肢を選んだだけである。もし、これで命を落としても、何ら問題はない。

 

 ただし、私は忘れていた。


 ここでは、神のお膝元では、魔力は無効化されてしまうということを。


 私はただの、人間であるということを……。


 しかし、今、確かに私の魔術は構成を練ることに成功している。


 それだけではなく、その次の工程である魔力を注ぎ込むところまで進んだ。


「……」

レナンの身体がゆっくりだが動き出した。レナンに意識はない。目は閉じたままで、不自然に動き出す。右足を折り、左足を立たせ、ゆっくりと身体を起こす。ぼーっとした身体で、重そうに両足を引きずりながら、歩き出す。その様子に驚いたのは、アリシアであった。意識のない者が、目を閉じたまま動き出して、面食らわないものは、居ないだろう。

 今、レナンは私の魔力に導かれ、身体の自由を奪われている。私の意のままに動いている為、私の方へ向かって、歩いているのだ。いや、正確に言えば歩いているというよりは、引っ張られているようなイメージだ。

『魔術が発動しているの?』

そのことに驚いたのは、当人である私だけではなかったようだ。私の力は削がれる一方であり、それこそ意識が遠のいていく。普通の魔術士ならば、とっくに意識を失い、倒れていてもあり得るほどの疲労度だ。それでも、この神の界隈で魔術が使えると分かったことは、大きな収穫である。最終的には、「転移」の魔術を使って、この場から抜け出せる可能性を見出したのだ。

 ゆるり、ゆるりと私の方へ近づいてきたレナンの身体を、私は自ら一歩歩み寄ることで、強く抱き留めた。その瞬間、レナンの身体には重力がもどり、ぐったりと私の手の中に転げ落ちた。

「おかえり、レナン」

私は、愛しい我が子を手中にすると、この様子をただ黙って見守っていたアリシアに視線を移して、彼女の表情を伺った。私は、寂しげな顔をしているだろうと思っていた。後ろめたさを感じながら、私は見つめた。

 しかし、そこにはそのような彼女の姿はなかった。温かく、穏やかで、優しい表情のアリシアが、そこには居た。

『ありがとう』

アリシアは、短く私にそう呟いた。目にはうっすらと、光るものがあった。それが涙だということに気が付くまで、時間はかからなかった。

 私はこのとき、罪の意識に苛まれていたのは、私だけではなく、アリシア自身もそうであったのだと悟るのである。あまりにも遅い。やはり、私は「夫」として失格だと俯いた。

『まだ、終わっていない』

その言葉を聞いて、私はハッとした。まだ、此処から連れ出す存在がある。

「アリシア。いつかは私の身体も朽ち果てる。そのときは、お茶でも飲みかわそう」

アリシアは、やわらかな笑みを浮かべて頷いた。その笑みを、私はもう何年も見ていなかった。この微笑みを見られただけでも、クリスタルの中へ飛び込んできた甲斐があったと、思えた。

(カガリは、ラナンを救えただろうか……)

私は、愛弟子と我が子の存立を強く望む。緑の霧は、心なしか晴れてきたように思える。事態は好転していると、勝手に楽観視した。


 きっと、もう大丈夫だ。


 救える。


 私は、失わずに済むという自信を得た。


 同時に、私はレナンの身体を担ぎあげると、再び神のもとへと走った。


 神の怒りを、鎮めるときが来たのだ。


 歴史は動く。


 歴史を刻む。


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