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家族の記憶

 実の子、ラナンとレナン。そして、妻であるアリシアの存在に関しての記憶が曖昧になっていたのは、「ライエス」が生きやすく、神が神として存在する為だったのだろう。アリシアをこの世界を保持する為の「柱」とし、高い能力を持った私に、神々の血を引く精霊たちと同様の能力、魔術士でたとえるならば「魔力」であるそれを、植えつけて、ただの人間よりは超越した力を持たせ、この世界の運命を見守る「先導者」にさせたライエスは、その「神」というものが、己の息子であるという記憶を持たせたままでは、何かと都合が悪いと踏んだのだ。不都合の出る理由ならば、幾らかならば想像できる。たとえば、私が「悪」であるならば、神の父であるという地位を掲げ、「先導者」としての力も発揮し、誰がいつ、どこで、何を起さんとするか、読み取ることができるのだから、先回りをして、世界軸を操ることができただろう。或いは、「父」として「子」を操り、ラナンの中で眠っていた「ライエス」という神の存在を殺すことも、可能だったかもしれない。「神」さえいなければ、私の天下だといっても、相違ない。ライエスは、私に「先導者」としての能力を与えることによって、予防線を張ったのだろう。自らの「神」としての力を超越しないよう、私がそのような道を歩まないよう、魔術を極める人生ではなく、あくまでも「見守る」、言葉を変えれば「傍観者」としての人生を歩むように仕向けたのだ。

 ライエスは、ラナンの中で眠る必要性があった。なぜならば、アリシアが人柱になったときには、世界は崩壊しかけていた。アリシアを犠牲にすることによって、地形変動や、世界の崩壊はギリギリのところで食い止めることができたが、それを生まれたばかりの赤子同然であったライエスの力だけでは、きっと負担が大きかったのだ。ライエス……もといい、「ラナン」と「レナン」。私の可愛い子どもたちは、まだ、二歳だった。つまりは、神、「ライエス」もこのときは、この世界に存在して二年目ということになる。


 命はめぐる。


 この世界が、「地球」から「ディヴァイン」と名を変えたとき。


 神、ライエスは確かに存在していた。


 そのときの記憶を、おそらくはライエスは受け継いでいる。


 神とは、永遠であるからだ。


 しかし、そのときの「ライエス」は、「ラナン」ではない。


 「器」が違うのだ。


 もしかすると、当時の「ライエス」の器が、今、この世界で受け継がれている「神」の名、「セルヴィア」だったのかもしれない。


 ただし、さすがに私もそこまでの知識はない。私はその時代に生きていたものでもないため、「セルヴィア」の容姿は古文書にあった文書と、挿絵程度でしか知らないし、そのときの「ライエス」の器に至っての経緯などは、まったく情報がないのだ。

 だが、私の村。「アスグレイ」は代々「ライエス」を祀って、敬い、守るべき存在。そのご加護を受け、高い魔力を持って生まれ、裏で世界を動かしていく存在である。ラナンがライエスとして誕生したことは、偶然ではなく、必然と考えるほうが正しいように思える。

それがなぜ、「今」の時代なのか。約三千年もの間、「ライエス」は表舞台には存在して来てはいない。もしかすると、存在していても、今回の私のように記憶を操作され、生まれていないことにされていたのかもしれないが、少なくとも、村の言い伝えで「ライエス」を見たものは、いない。代々受け継がれている文書にも、記録がない。そんな、迷信じみたものを、私たち種族は祀って来ていたのだ。今考えると、おかしなものだと笑いたくもなる。ただ、事実「神」も「ライエス」も、その血を引く「ローク族」も、存在していた。それは、確かなことである。


 私の持つ、「ラナン」の情報とはこうだ。


記憶を消されていた為、「ラナン」も「レナン」も、誰の子であるのかは、不明であった。ただ、二歳のときにフロート直営の孤児院「ヴィクト」に預けられたという、事実は知っている。逆に言えば、そこからの知識しかない。

 どこで生まれた子どもなのか、誰の子どもなのか。どうしてラナンの目は「緑」なのか。どうしてレナンの目は「青」なのか。どうして、赤子のときから、ラナンは緑のピアスを。レナンは青のピアスをつけていたのか。それすらも、疑問に思うことはなく、ただ「事実」としてしか、気にも留めてこなかった。私は、それだけ愚かだったのだ。自分の頭に流れてくる、この世界に起こりうる年表。それだけを追っていれば、自分の役目は全うできると考えていたのだ。

 ラナンは、双子の弟であるレナンよりも、明らかに身体能力が優れていた。それは、レナンよりも先に「カガリ」という「師」を持ったからだけでは、説明がつかないほどのものであった。

ラナンには「魔術」は使えない。それはそうだ。ラナンには「魔力」がないからだ。その代わりに、魔力を無効化できる刀、「魔法剣」というものを持ち、レジスタンス「アース」のリーダーとして、斬りこみ隊長も、自ら買って出てこれまで活躍してきている。

その能力の高さが、本人も知らない潜在能力の中に、「神」を宿していたからという理由が当てはまるのかどうかは、わからない。ラナンが優れているだけなのか。やはり、「神」が前提としてある為に、双子の弟であるレナンより、能力が高いのか。確かめる術は、ラナンを「ライエス」から切り離してはじめて判明することであろう。


しかし、神と器を切り離すことなど、出来るのであろうか。


 ラナンは、自分が「神」であると認識していたのかどうか。その答えはおそらく、認識していない……であろう。今、ラナンの身体は倒れ伏せ、精神体としてライエスが動いている。つまりは、ライエスが動いている間は、ラナンは意識がないのだ。意識がない状況のことを、当人が把握することは、まず、無理であろう。


 続いて、レナン。


 アリシアの血を引くもの。


 次の、「人柱」となるべく存在。


 レナンにもまた、ラナンとは違う特別な何かが流れていたのだ。レナンは、常にラナンと己を比較して、劣等感に苛まれていた。しかし、レナンにはレナンにしか出来ない「宿命」を背負って、この世に命を受けていた。


 命の大切さに、順序を付けることは間違っている。


 どの命も、平等に愛さなければならない。


 ただし、どうしても優先順位を付けざるを得ないときも、あるかもしれない。


 今、私は「ラナン」ではなく「レナン」を選んだ。


 カガリが来たから、カガリに「ラナン」を任せられると判断したということもある。ただ、カガリが来なかったとしても、私はあのままの状況だったならば、今と同様に「レナン」を選び、動きだしたはずだ。

 ラナンが「神」ならば、ラナンが此処で死ぬことはない。しかし、アリシアの代わりになろうとしている、されようとしているレナンは、此処で救い出さなければ私が後悔する。

 医者と同じだ。「死」に直面しているものを、より優先して救うことをしなければならない。

「レナン!」

緑の霧が渦巻く中、私は横たわる色白で今にもこと切れそうな少年の姿を見つけ出した。そこには、白いワンピース姿のアリシアの姿もある。アリシアは、仰向けで倒れているレナンの胸に手を当て、寂しげな表情を浮かべている。眉尻を下げ、どこか、申し訳なさそうにしているようにも見える。

 私はこのとき、アリシアは果たして夫である私の味方なのか、子どもたちの味方……それも、ラナンの味方なのか、レナンの味方をしようとしているのか。判断に迷った。

「アリシア……レナンを、消すな」

『……』

アリシアは、何も応えない。いや、それが答えなんだ。アリシアは、「神」の味方なのだと悟った。

「私を切るのは構わない。私はキミを見捨てたのだから」

アリシアは、ただ黙って私の言葉を耳にしている。蔑ろにしている訳ではないようだ。ただ、私に説得されるような意志の弱い人間ではないということを、私は知っている。彼女は、なかなかに頑固な面を持っている。ただ、私も彼女の上をいく頑固者であった。

「だが、アリシア。子どもたちを裏切ってはいけない。親とは、子を守るべき存在だ」

『……でも』

細々とした声で、アリシアは言葉を発した。アリシアが、何を反論しようとしているのかぐらい、読める。私は、アリシアに詰め寄る形で言葉を続けた。

「ラナンは神で、レナンは柱だと。宿命を全うさせるべきだとでも、言うのだろう? キミは……」

『……』

それも、間違った判断とは言い切れない。それでも、私は食い止めなければならないと自分自身を奮い立たせた。

 これまで、この子たちに親らしいことなんて、何ひとつとしてあげられていない。これは贖罪なのだと。これまでの罪滅ぼしだとでも思って、突き進む決心をする。


神に抗うべきときだと。


こんな悲しみの連鎖は、断ち切らなければならない。


家族の問題だからといって、目を背けられない。


いや、家族のことだからこそ、私が変えなければならない。


「宿命なんていうものは、変えてみせる」


 神によって与えられた、「先導者」としての使命も、捨てようと決めた。今の私には、必要ない。今の私に必要なものは、この空間に居るもの全てを救うための知恵と、能力。それを得る為ならば、すべてを手放しても構わないとすら思った。


 そもそも私には、もう、失うものなどなかったのかもしれない。


 守らなければならなかった存在はもう、立派に独り立ちしているのだから。


 私はその事実に目を向け、うっすらと笑みを浮かべた。





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