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風の民

そのとき、聞こえるとは思わなかった声がした。もう、何日も聞いていなかったのではないかと錯覚するほど、記憶の外にあった声。この緑の靄は、やけに長いこと目にしている気がして、私のすべての感覚を鈍らせていた。そのせいなのか、魔術を放とうにも意識集中は出来ない。出来たとしても、きっと此処は「神」の領域。私なんかの力が発動できるほど、やさしい環境ではなかった。

「ルシエル様、そこに居るのでしょう!? 動けないのですか!?」

馬鹿がつくほど真っ直ぐで、優しいその声の主は「カガリ」。私の愛弟子であり、「息子」同然として育ててきた……それこそ、可愛くて仕方が無い存在。そんな彼までも、巻き込んでしまったことに、私は自分を責めた。

「カガリ。引き返しなさい。此処に居ては、ダメになる」

「嫌です! 私は、ルシエル様を……ラナンとレナンを、助けに来たのですから。じっとしていてください!」

その声は、次第に近づいて聞こえるようになってきた。靄がかかっているとはいえ、それでも相手の姿の確認が出来るほどまで、近くに感じ取れるほどになった。

「ルシエル様!」

倒れこんでいる私の身体を起こそうと、カガリはその場にしゃがみこみ、私の身体を揺さぶった。

「カガリ……どうして、ここへ来た」

「どうしてって……助けたかったからです」

カガリの声には、迷いは無かった。私たちが、何と戦っているのかを理解していないように思えた。


 私たちが今敵対しているものは、「神」だ。


 それも、神の器であった存在は「ラナン」。


 このクリスタルを保持しているのは、「アリシア」。


さらには、新たな柱になろうとしているのは、「レナン」である。


 このような状況を打破できるほどの術を、私は知らない。どうしていいのか分からず、思わず俯いてしまった。

「どこか、痛むのですか? ルシエル様。ラナンとレナンはどこに……」

「レナンは、この辺りに居るはずなんだ。きっと、意識はない」

「ラナンは?」

「……」

私は言葉を詰まらせた。ラナンは生きている。だが、今のラナンの実態は、「神」という存在。そんな存在のものを、助け出せるのだろうかと頭を悩ませた。

 いくら、世界最強といわれたところで、私も所詮は「人間」である。「神」に歯向かうほどの力が私にあるのかどうかも、分からないところだ。

「神に、抗うことが出来るか?」

「?」

私はカガリの肩を借りて、ゆっくりとその場から立ち上がった。悩んでいる暇はない。着々と、緑の靄は濃度を増しているのだ。このままでは、私たちも此処から出られなくなると感じ取り、ことを早く動かさなければならないと思った。

「敵は、ライエス。ラナンの化身だ」

「……ラナンが、敵?」

「深く考えなくていい。とにかく、ラナンとレナンの身体を探し出し、救出する」

「……分かりました」

本当に分かっているのかは、定かではない。ただ、カガリは目を細めてこの靄の中で、ふたりの少年を見つけ出そうと模索しはじめた。私も、意識を集中させてふたりの気配を探りはじめる。


《愚かな人間》


 再び、頭に直接響いてくる声が聞こえた。ラナンの声に似ているけれども、どこか冷酷で、淡々としているのが特徴だ。この世界の支配者。声の主は私たちのもとに、姿を現した。

「ラナン……?」

カガリは、緑の髪に緑の瞳を持つ、エルフ耳のその少年の姿を見て、言葉を発した。しかし、いつものラナンの姿はそこには無く、戸惑いの色が浮かんでいる。

「ルシエル様……彼は?」

私は目を閉じた。ひとは、考え事をするときには視線を上向けるか、閉じるかするものだ。私は現実から逃げようとしているのだと、自覚した。

「ルシエル様?」

返答の無い私の様子を見て、カガリは不安げな表情を浮かべている。カガリは、勘の良い子だし、観察力も思考力も高い子だ。

「……ラナン」

カガリは私ではなく、小柄な少年の姿を見つめていた。

「いや、ライエス」

カガリは一歩、また一歩と神への距離を縮めていった。動けずに居る私は、その様子をただ見守ることしか出来ない。


 父親とは、実に情けない存在だと思い知らされた。


「私は、その身体の持ち主を連れ帰る」

カガリは、自らの持つ剣を静かに抜いた。神に抗うつもりなのだ。神から、ラナンを取り戻そうとしている。その眼差しは、子を想う親の瞳にも見えた。カガリは、幼き頃のラナンに出会い、大切に見守ってきている。敵対する仲になったとしても、その姿勢は変わらなかった。国王にどれだけラナン討伐の命令をされても、カガリは決して遂行しなかった。迷いのある、私とは違う。泣いてばかり居た、独り傷ついていた子どもだったカガリは、ここには居ない。今あるのは、大切なものを救おうとする強い想い。


《器に何の用だ》


 激しい突風が吹き荒れる。あまりにも強大な力の前に、私は膝をついた。しかし、カガリは怯まなかった。その風を操って見せたのだ。カガリは「風の民」だ。その頭角を現しはじめた。


 神に選ばれしもの。


 神の血を引くもの。


「器じゃない。ラナンだ!」


《器の名を呼ぶな!》


 緑の瞳がギラリと光る。その刹那、身体を裂くような痛みが走った。


「カガリ!」

私は愛弟子の名を呼ぶ。カガリは剣を構えたまま、私の方に視線を送った。それを確認すると、答えを待たずに私は神とカガリに背を向けて走り出していた。

「ラナンは任せた。私は、レナンを探す!」

「お願いします。ラナンは、必ず……私が取り戻します!」

緑の光を切り裂くように、風が舞った。カガリを中心に、正しい風が巻き起こっていた。これからの世界を担うものに、相応しい風だと感じ、私は口元をほころばせた。

 三十七年。私は生きてきた。その中で、私は多くのものを失ってきたと思う。生まれながらにして、幾つものことを諦めざるを得なかったし、敷かれたレールを歩むことを強いられてきた。そんな人生の末路には、何も残らないと思っていた。私はただ、淡々と決められた人生を見つめ、歩むだけだと感じていた。

 そんな、先導者としての私の人生に、彩りをくれた存在は「カガリ」という小さな奇跡だった。ライロークの民の生き残りとして、より、神の力を強く受け継いだ特別な存在として、私はカガリのことを見守ってきた。しかし、違った。見守られていたのは、私の方だったと気づかされた。



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