静かなる救世主
放っておくことなど、出来るはずがない。
「フェイさん、サラさん」
「……」
ふたりは無口でした。僕たち人間のことを、どうにも受け入れられないようです。
ラナとレナ。そして、ルシエルさんの姿が消えてしまってから、どれだけ時間が経ったことでしょう。残された僕たちは、黒々と光る「御神木」というものを前に、ただただ立ち尽くすだけでした。ルシエルさんを慕っているカガリさんも、不安そうに御神木を見るだけで、為す術がないようでした。
「カガリさん……どうしたら、よいのでしょうか」
僕は、この状況をなんとか打破出来ないかと、思考をありとあらゆる方面へと巡らせていました。しかし、僕とサノだけでは、どうにも解決策が見つからないのです。
それはそうでしょう。「聖域」なんていうものが存在していたことも知らなかったのですし、「獣」が居ることは、旅をしていれば何度か遭遇もしてきましたので、驚きはしませんが、このように人語を喋る「人間ではないもの」が存在することも、知らなかったのですから。
更には、ここで「魔力」を持たない……何の力も持たないのは、剣士である「僕」だけです。僕に出来ることと言ったら、こうして考えることのみ。それも、限られた知識の中にとどまります。正直に言うと、「無力」です。
「ルシエル様。ラナン、レナン……」
カガリさんは、御神木に手を置いたまま、愕然とし膝を地面についていました。
「……この木を、何とかしなければいけない」
サノです。サノは木の先端を見ようと空の方を見上げました。その視線につられて、僕も上を見ます。
「……ただの木ではない」
「そう、なんですか?」
「あぁ」
僕からしたら、ただの大きな「木」でした。しかしルシエルさんたちはこれを、「御神木」だとか「クリスタル」などと、呼んでいます。やはり、次元が違うところに住んでいるものには、別の見え方があるのでしょう。
「……フェイ、と言ったな」
「それが?」
「何か、知っているのではないか」
「何を?」
色素の薄い水色のサラサラとした髪のサイドは、数量の毛束を三つ編みをし、伸ばしています。後ろの髪の毛は、首の位置でひとつに結んで垂らしていました。黄金の瞳は鋭い光を放ち、人間ではないことを象徴しているかのようでした。
サラと呼ばれていた赤い髪の女性もまた、同じ瞳を持っていることから、似たような種族であることはうかがえ知れます。
「……鍵」
「?」
「昔……ソウシは、私が鍵だと言っていた」
「ソウシ……?」
カガリさんの突然の発言に、サノは首をかしげていましたが、僕には思い当たる節がありました。長い金髪に碧眼の、貴族のような風貌の色白の青年。僕の元「上司」である、ラバースSクラスの兵士、「ソウシ=ヴァルキリー」さんです。ソウシさんと僕は、直接関係を持ったことはありませんが、ソウシさんは「ラバース」という傭兵組織では異彩を放っていたので、知らない兵士は居ませんでした。
「ラバースの兵士ですよ、サノ」
「ラバース……聞き覚えがないな」
「戦場には出ないということで、有名な兵士ですから」
「現役なのか?」
「辞めたという噂は聞きませんから……」
「ソウシは、まだラバースに居る」
僕とサノの間に割って入ってきたのは、やはりカガリさんでした。カガリさんもまた、ラバースに一時期とはいえ、身を寄せていたひと。更には、ソウシさんと同じく、Sクラスで戦っていました。
僕とカガリさんは、同時期にラバースに居たことがありました。ただし、僕は最下位クラスに居た為、そこまではカガリさんとの面識はありませんでした。
しかしラナは、接点が無いはずのカガリさんのことを慕っていたのです。
その理由は、後にラナから教えていただいたので、すでに解決済みですが……。
「ソウシを連れてきたら、三人を助けられるかもしれない!」
「ヴァルキリー一族か……無駄だね。これは、神が選んだ道。三人はもう、戻らない」
「……っ!」
カガリさんの表情が変わりました。それは、悲しいとも、怯えているともとれる、なんとも言えない悲愴に満ちたものでした。
「また……私は失うのか」
「聖域も失ったよ。元には戻っていない」
「そうね」
フェイさんとサラさんは、至極冷静に辺りを見渡していました。地鳴りこそ落ち着いたとはいえ、まだまだ此処は、荒れ果てた地でした。これを「聖域」と呼ぶには、何の関係も持たない僕からしても、寂しいものがあります。
それに何より、フェイさんの言葉を鵜呑みにする訳にはいきませんでした。正直なところ、ルシエルさんが消えてしまうことは、僕としては問題ありませんでした。何故ならば、これからフロートを倒そうとする中、フロートの犬であり、且つ「世界最強の魔術士」と謳われるルシエルさんが居なくなれば、今後の動向が明るくなりそうだと思えるからです。しかし、そのためのレジスタンス「アース」のリーダーであるラナと、その双子の弟レナを失うことは、痛手とか、そういう問題をはるかに凌駕し、僕が生涯忠誠を誓ったラナを失うということは人生が終わったも同然と言えるからです。
「諦めたら……終わりです」
それは、ラナの信念でした。僕は、自分よりも年下であるラナの言葉に、存在に、何度救われてきたことでしょう。
「リオ……」
サノは、僕の顔を見てゆっくり頷いて同意していました。
「僕は、諦めません」
「勝手にしたらいいさ。僕はもう降りるよ」
フェイさんが何事も無かったかのように、ここから立ち去ろうとした、そのときです。後方から静かなる声が、響きました。
「そうはいきませんよ、フェイ」
その声の主は、音も無く気配も感じ取らせずに、此処にまるで「魔術」を使ったのではないかと思わせるほどの静けさで、現れました。
「!?」
これまで、傲慢であったように見受けられるフェイさんが、突如として身体を硬直させ、明らかに様子が変わりました。そして、その声の先を見ると優雅に白いローブを身にまとった金髪に碧眼の青年が立っていました。
一見、茶色の髪ならばルシエルさんと見間違えそうなほど、落ち着き払っている方でした。僕たちは、「彼」のことを知っていました。
「ソウシ……!?」
カガリさんは、驚いた顔でその青年の名を呼びました。空を思わせる青い瞳のカガリさんは、その瞳にはまだ、不安の色を隠しきれずにはいられません。
「お久しぶりですね、カガリ」
「どうして此処に……」
「聖域を、取り戻す為です。それには……フェイ、あなたの力も必要なんです」
フェイさんは、キリっとした目でソウシさんを睨みつけました。
「力でねじ伏せるのが、ヴァルキリー一族のやり方かい?」
「そういうわけではありませんが、こうでもしなければ、あなたは私たちに力を貸さない。違いますか?」
「……」
図星だったのか、フェイさんは口を閉じました。
「カガリは鍵。そして、フェイは扉。サラは番人」
「何の鍵なんだ、ソウシ。私はどうすれば、みんなを救えるんだ!」
「落ち着きなさい、カガリ。取り乱していても、仕方がないでしょう?」
「……っ」
ここへ来て、この冷静さを持ったソウシさんの登場は、ありがたいものでした。それも、ソウシさんには、何やら秘策があるようです。
ただ、ソウシさんが何を言っているのかは、僕とサノには理解が出来ませんでした。




