うごめく結晶
感覚がなくなっていく。
私の身体は、消えていく。
「……ま、ルシエル様!」
意識が遠のいていく中、必死に私の名を呼ぶものが居た。いい加減、聴き慣れた声だ。愛弟子である、カガリの声。悲鳴にも、絶叫にもとれる声だった。
「この木が、原因なんですね!? この木に、何かをしたら世界は救われるのですね!?」
私の狂い始めた思考回路に割って入ってくる声の主は、唐突に私の隣にまで駆け寄って来た。そして、私がするように幹に手のひらを当てる。それが視界に入って、私は我にかえった。
「カガリ……よしなさい! 今すぐに、此処から離れなさい!」
「嫌です! どうせ、ルシエル様のことです! 自分が犠牲になればいいだとか、そんなことを考えているのでしょう!?」
本当に勘がよくなったものだと、この元鈍感な愛弟子の成長を、今は素直に喜ぶことが出来ない。
運命が書き換えられているとしたら。
この星の行く末が変わってしまったとしたら。
この子の人生もまた、変わっているということになる。
だが、私がひとりここで食い止めることができれば……。
そこからでも、軌道修正が可能となるかもしれない。
この子たちの命を、運命を、歪めてしまってはいけない。
「カガリ、離れなさい!」
「嫌で、す!」
黒々としたモヤは、カガリの姿をも取り込み始めた。このままでは、カガリの身も危険だ。私は、魔術を放ってでも、カガリをこの暴走する御神木から、引き離そうと考えた……その刹那。
「誰かが犠牲になるなんて、まっぴらだ」
もうひとり、この御神木に手を当てるものが現れた。
「ラナン!」
緑の瞳を持ち、「神」に近しい姿をした少年……しかし、魔力は持たない「ラナン」であった。
「誰かの犠牲のもとに成り立つもんなんかに、価値はねぇ」
凛とした、澄んだ声が崩壊してしまった「聖域」に響き渡る。
「平和も未来も、あるもんか……そんなところに、幸せなんかがあるわけねぇんだよ!」
ドクン……。
御神木が脈打つ。
「ラナン……っ!」
「真の平和には、犠牲なんて要らねぇ! 血も涙も、必要ねぇんだ!」
ドクン……。
私の心臓までもが、脈打った。
「カガを悲しませるなよ、ルシ! カガには、ルシしか居ねぇんだよ! だから、逃げんな!」
「……」
「自分からも、未来からも逃げんな! 力が要るなら、みんなで合わせりゃいいんだよ! 俺たちは、独りで生きてんじゃねぇ!」
「……」
熱いものを、感じる。少女のような容姿の男が、ここまでも熱い人間に育っていたなんて……私はもとより、「先導者」失格だったのかもしれない。
ここまで熱い志を持っているからこそ、皆がついてくるのだろう。私もまた、この子に未来を託そうと思ったのだろう。こんなにも清く強くまっすぐな子を、私は知らない。
「おい、フェイとか言ったよな。お前も力貸せよ!」
「どうして? お前たちで勝手にやればいいだろう?」
フェイにとっては、私という存在が消え、この聖域が復活する道こそが最善と考えるのであろう。自分を縛るものがなくなるのだ。それはそうだろうと、私ですら思えてしまう。また、ラナンも無理矢理に従わせたりもしない。それが彼の方針である。
「サラは?」
「気安く呼ぶな」
「ルシを守りたくねぇのか?」
「……」
「ルシの代わりなんか、どこにも居ねぇんだぞ? 誰もがみんな特別で、代わりなんて居ねぇんだから」
「……うるさい。人間の分際で指図するな」
そう言いながらも、サラはラナンに従ったようで、御神木に華奢な白い手を重ねた。燃えるような炎の魔力が注ぎ込まれていく。
ドクン……。
私たちの魔力を呑み込んでく「クリスタル」は、心なしか透明度を取り戻してきたかのように思えた。先ほどみたいに、黒々とはしていない。それに、私自身の息苦しさも改善されはじめていると思えた。不思議だ。何が起きているのか、私には分からないものとなった。
「サノはいい。リオ、サノを守っていてくれ。レナ」
「おぅ」
続いて、レナが御神木に手を触れた。
ドクン……。
魔力を持たないはずのレナンが触れても、やはりクリスタルは共鳴しているかのようである。それが、不思議でならない。クリスタルは……「神」は、「魔力」を欲している訳ではないというのか。そうだとしたら、欲しているものとは、やはり……。
人柱。
私は顔を上げた。
やはり、このままではいけない。
そう、警笛が聞こえた。
「ラナン、離れなさい。後は、私が……」
そのときだった。
「ラナン!」
クリスタルからは強い「緑」の光が、放たれた。
「神」の光が……辺り一帯を包み込む。
私の意識は、ここで遠のいていった
「ルシエル様!」
最後に聞こえたのは、やはり愛弟子の声……。




