相応しき散り方
ロークは誇り高い生命。
だが、ロークだけが「神々の絆」を結んでいる訳でもない。
「愚かだね。僕は人間のような愚弄的生き物ではない」
「じゃあ、何だって言うんだ!」
レナンの苛立ちは鎮まるところを知らないかのようで、怒りに満ちていた。気性は穏やかな方ではないと知っていたが、ここまで熱いものを持っているとも、私は思ってなどいなかった。
まるで相手にされないレナンを静かにさせようと、リオスがレナンの肩に手を乗せる。しかし、逆効果だったのか……レナンはその手を振り払い、フェイの薄手のチャイナ服のような白い上着の首元をグッと掴み、下から睨み付けた。フェイの背丈の方が、レナンよりも頭ひとつ分ほどは高い。カガリよりも、若干高いであろう。
「その手を離せ、愚弄者」
「どっちが愚弄だ!」
「レナ、まぁ……落ち着けって」
今度は兄であるラナンが体裁に入った。しかし、ラナンも少なからず怒りを覚えているようだ。レナンのように怒りを露にはしていないが、目の奥が笑っていない。楽観主義者なラナンとしては珍しく、真面目な顔でフェイを見ていた。
「それだけ自分の種族が大事だっていうのは、よく分かった」
「それなら……」
「だけど」
ラナンは、弟をフェイから距離をとるよう手で制すると、言葉を続けた。
「お前は間違ってる」
「何処が?」
フェイは、尚もにこやかに笑みを浮かべながらも、相手を馬鹿にした目で見つめていた。まるで、自ら問いながらも特別そこには興味がないかのように……。
「人間だとか、そうじゃないとか……そんなの、少っしも関係ねぇんだよ」
「ラナン……」
カガリが私を抱えながらも、声を発した。
「この星で、この時代を生きている……それだけで、充分なんだよ。俺たちは、立場こそ違っても、仲間なんだ」
「……COMRADEを、知っていますか?」
リオスだ。彼は、まだふらついているサノイ皇子を支えながら、言葉を紡ぐ。
「同志……という意味なんです」
「それが?」
今まで黙っていたサラが、フェイの隣に立つ。フェイとサラは、誇り高さでは同等。立ち居地も同じと言っても過言ではない。人間嫌いである点もまた、同じところである。
「俺たちは、今は休戦状態。フロートを倒すためじゃなくって、この世界を守りたくてここに来たんだ」
ラナンがそう紡げば、リオスが後を続ける。
「同志……でしょう?」
フェイは目をさらに鋭くすると、ターゲットを私へと変えた。腕を組み、カガリに支えられている私を見下した。
「ルシエル……無様だね。所詮は人間というもの。実に脆い」
「フェイ。ルシエル様を愚弄するな」
「サラは信仰心が厚いね」
神である「ライエス」を信仰するのが、私の村の務め。そして、そのような部族に仕えるのが人間界では「ヴァルキリー」一族。そしてその他の生命の代表として、「ローク」の一族で構成されていた。その為、人間嫌いであるとは言っても、サラは私には忠誠心を忘れなかった。ただし、フェイは私も「人間」のひとりだとして括るため、私にも「敵意」を抱いている。
「カガリ、もう大丈夫だよ」
「でも……」
「大丈夫だから」
私はようやく、激しい眩暈から逃れると、カガリから離れてひとりで立ち上がった。サノイ皇子も、頭を押さえながらなんとか立っている。
「それで、ルシエル。どうするんだい? この聖域の在り様……僕たちの村も、無様というものだよ」
「すまなかったね。全ては……私の責任だ」
「ルシエル様……どうして」
カガリはひとり、分からないという顔をしている。そのときだ。ラナンがひとり、歩きはじめた。
「ふーん……聖域なぁ」
その先には、黒ずんだクリスタルが立っていた。紛れもない……アリシアが眠るクリスタルである、御神木だ。
「ラナン! それに近づいてはいけない! 今すぐに離れなさい!」
「うぃ? なんでだ?」
そのときだ。クリスタルが黒々とした光を発した。とても強い光だ。それと同時に、これまで感じたことの無いほどの地鳴りがし、地面が大きく揺れ動いた。
「……またか。いっそ、そのクリスタルを破壊してしまったらどうだい?」
フェイは、アリシアを呑み込んでいるクリスタルに向けて手をかざした。そして、水を操り魔力を放った。水色の光輝く刃が、クリスタルへと飛び向かっていく。しかし、それによってクリスタルが破壊されることは無かった。それどころか、クリスタルはその魔力の塊を吸収しているようにすら見えた。
「呑み込んでいる?」
「そのようね」
サラは炎を操りクリスタルを攻撃しようとしたようだが、フェイの二の舞になることを察知し、すぐさまそれをやめた。
私はクリスタルの全貌を、眉をひそめて見上げた。
「……力を、欲しているのか。クリスタルは……未だ力を、欲するのか」
アリシアを呑み込むだけでは、満足しないのかと……私は目を静かに閉じた。
「力?」
「ラナ、あまりその結晶には近づかない方がいい。嫌な予感がする」
「サノ……でも、さ。何かしなきゃ、この地震は収まらないんだろ?」
私はその言葉にハッとした。同時に、サノイ皇子の言葉に同意する。
「ラナン。サノイ皇子の言うとおりだ。キミは下がっていなさい」
「何でだ?」
「魔術士でもない単なる人間が、腐りきったクリスタルに近づいたところで、何も成らないと思うけれどもね」
フェイは、鼻で笑いながらラナンに向けてそう言い放った。確かに、ラナンは「魔術士」ではない。魔力を持たない、一般人だ。
だが。
ラナンは間違いなく、この歴史に名を刻む「選ばれし者」なのだ。
ラナンは……悪しき国王から、平癒をもたらす者。
彼の身に何かがあっては、歴史が狂ってしまう。
「ラナン、離れるんだ」
「カガまで……」
「嫌な予感がする。この結晶体……まるで、生きているようだ」
またしても、我が愛弟子は勘を働かせていた。この子を連れてきてしまったのもまた、間違いだったのかもしれない。
事を早く、片付けなければならない。
現状打破するには、私が動かなければならない。
そう、判断を下した。
「……」
「ルシエル様?」
私の魔力をすべて注ぎ込めば……私自身を捧げれば、恐らくはこの暴走は鎮まるはず。ただ、そのようなこと、私の予見では分からなかったことである。まるで見えなかった先が今、ここに在る。
まさか、このようなところで人生を終えようとは、思いもしなかった。ただ、ここは私の村であり、私の愛する妻、アリシアが眠る地だ。悪くは無いと……ようやく思えたのだ。単純に考えれば、ここで眠ることは、見えていなくとも必然とすら感じるようになっていた。
ゆっくりと歩き出す。
黒々としたクリスタルに向かって。
今は不透明で、クリスタルの中にアリシアの姿は見えない。
だが、感じる。
共鳴している。
此処に、アリシアが居る……と。
「迎えに来たよ、アリシア」
私は、クリスタルに手を当て、魔力を解放しはじめた。見る見るうちに、黒い影が私にまとわりついてくる。そして、私の魔力を吸い込んでいくのが分かる。
「あの時」と、本当に同じだ。
アリシアが呑みこまれたときと、同じ状況が今、私の身に起きている。足のつま先から感覚が無くなっていき、結晶化されていく。衰えた今の私では、アリシアの二の舞にしか、ならないのかと、不思議と笑みが漏れた。
このような結末は、私の「予見」では見えてはいなかった。
「運命」とは変わるものなのだと、改めて実感した。
皮肉にも、このような形で命を落とすことになるなんて……。
いや、最も相応しい散り方……か。
私も、眠りにつける……やっと。




