誇り高きローク族
この光景。
あのとき、聖域が崩壊していたときに見た光景と同じだった。
アリシアが、人柱となってしまった……あのときと同じ。
「サノ、あなたも大丈夫ですか? 顔色が……」
「……問題ない」
サノイ皇子の力も多く借りて、ここまで一気に転移してきた為、彼もふらつきを起こしているようだ。めまいが酷いのだろうか。頭を押さえて何とかこの光景を見ようと目をこらしている様子が、尻目に映った。
「強がるなよ。いいから横になってろ……で? これの、どこが聖域なんだ?」
レナンは男気ある青年だ。そして、自分では気づいていないが実はとても優しい子である。口は悪いが、ひとを心配するこころを忘れない。その点、双子の兄であるラナンは、口は悪くないが少し傲慢なところがあった。
もっとも、本当に傲慢なものは今、この国を治めている「フロート」国王である。
ラナンの傲慢さなど、可愛いものだ。
「ルシエル様」
凛とした女性の声がする。
私はその者の顔を見ずとも、誰だか分かった。
「サラ」
ファイローク……誇り高き「炎の民」である。赤いストレートボブの髪に、黄金の眼を持つ少女。
この聖域の近くに、カガリの「風の民」ライロークの村、「炎の民」ファイロークの村、「水の民」のシュイロークの村、「雷の民」のレイロークの村が点在している。だが、聖域がここまで崩壊している中、未だに彼女たちの村が現状をとどめているとも思えない。
本来ならば、俗世間からは見つからないようにする結界が、この聖域と同様に張られているものなのだ。しかし今、彼女は「私」以外のもの……無防備に「人間」たちに姿を晒している。やはり、彼女たちの村の「結界」も歪み、崩れている可能性が高いと踏んだ。そして、ファイロークの村がそうであるのならば、他の村もそうであると考えられた。
もっとも、ライロークの村はすでに村人は殲滅している。今あるものは、カガリが建てた、簡易的な墓石だけである。
カガリの村は、フロート現国王によって、滅ぼされている。
「わぁー……真っ赤な髪だな」
見たままを言うことは、悪くはない。だが、サラは気高き「人狼」であった。カガリとは違い、プライドが非常に高い。
「薄汚い人間。ルシエル様から離れろ」
「薄汚い? まぁ、風呂にはあんまり入ってないけどさぁ……貧乏な旅人だかんな」
相手がラナンで良かったと、内心思った。下手をすれば、ここで要らぬいざこざが起こってしまう。
「サラ……久しいね」
私は息を整えると、ゆっくりとカガリの肩を借りながら立ち上がった。まだ、視界が揺らいでいる。だが、いつまでも地面にへばりついている訳にもいかない。これでは、示しが付かないというものだ。こんな姿で「世界最強」を名乗ることも、「先導者」を名乗ることも、できないと思えた。そして、相応しくもないと思うのである。
私も矜持が高くなったものだと、皮肉じみた笑みを自ら浮かべる。
「ルシエル様……この在り様は如何に」
「それは、私の弱り様を言っているのかな?」
「否、そのようなはずが……」
サラの黄金の瞳が、私を支えるカガリへと移る。はじめて目にする「人」とは明らかに異なった光を放つサラの容姿に、カガリは驚きを隠せずに居るようだ。この距離だ。カガリの心拍数が伝わってくる。やけに速い。
「なんだ、お前は……」
サラには、「におい」で分かるのだろう。人とは違う研ぎ澄まされた嗅覚で、カガリが生粋の「人間」ではないことを、瞬時に感じ取ったようだ。
「ルシエル様、この者は一体……」
「ライロークの生き残りだよ」
「!?」
サラは大きな瞳を見開き、ややつり目のままカガリを見据えた。
「……風魔石」
サラはカガリが首から下げている青色の石の首飾りを見て、そう言った。その言葉を聞くと、カガリは身体を硬直させた。
「……何者なんだ」
「カガリと同種のものだよ」
「同種?」
「彼女はサラ。炎の民だ」
「……そう、ですか」
カガリは表情を曇らせたまま、魔石を強く握り締めた。カガリが肌身離さずつけているそれは、カガリを「人間」の姿に保つためには必要不可欠のものであった。これを外すと、カガリも人間の容姿ではなくなってしまう。
カガリもまた、神の血を引く「人間」……ではない「もの」だからだ。
それゆえに、本来の容姿が人間とは異なるのだ。そのことを知っているのは、サラのような特別な種族と共に、私とカガリ自身だけである。ライロークのものは、人間の姿に見せるよう常に魔石を身につけていた為、国王やレイアスたちにも、本来の姿は未だバレてはいない。バレてしまわないように、私も配慮している。
「何も知らないライローク。誇りも何もない、ロークの恥」
私たちの背後から、再び別の声がした。
「水色の髪に……金の眼かぁ。いろんな髪の奴が居るもんだな、リオ」
「そうですね」
とても淡い水色に、黄金の瞳。物腰柔らかそうな声色にその容姿ではあるものの、眼の奥は氷ついているかのように思える。新たな青年が現れた。無論、彼のことも私は知っていた。そして、彼も私のことを知っている。ただし、サラのように好意的ではない。
彼は、シュイローク。
水の民。
「フェイ」
「サラも来ていたんだね。ここのところの地鳴りは酷いものだ。その上、村の結界が遂には崩壊してしまったからね」
(やはり、そうか……)
私は水の民である「フェイ」の言葉に耳を傾け、現状を把握した。
「原因は、此処。聖域にあるのではないかと思ったんだけれども……どうやら、当たりのようだね」
そしてその鋭い瞳は、私へと向けられた。
「聖域とは絶対的存在。我々にとっても、醜い人間どもにとっても」
「醜い……って、てめぇ! お前だって、人間だろ!?」
噛み付いたのは私としては意外である、レナンだった。つぶらな瞳を鋭くし、青い瞳でフェイを睨みつける。だが、フェイの相手ではないようで、その視線がぶつかり合うことはない。
「ローク」の一族とは、本当に気高い生命だった。
誇り高き種族とはとても思えない、カガリは「異例」だった。
いや、「ライローク」の民はもともと、「ローク」族の中では穏やかな血筋ではあった。カガリはその中でも本当に、そのこころ優しき血を見事に受け継いでいたのである。ここまで純粋なロークが存在するとは、実際に会うまでは思いもしなかった。「ローク」族に接触するまでは、書物や父上から情報は仕入れていたが、子どもの頃に出会った「ローク」族のものたちは、なかなかに気性荒いものが多かった。しかし、私の村はそんな彼らを束ねる種族の集まりであり、逆らうものは存在していなかった。
もっとも、はじめて会ったときのカガリは傷つき、誰も寄せ付けない、寄せ付けたくないという空気を醸し出していた手負いの「狼」そのものであった。けれども、こころを開いてくれるようになってからは、実に素直で可愛らしい弟子になったというものだ。純真なカガリを前にしていると、私は己の罪深さにこころを痛めるほどであった。
カガリは、この世界を変える「鍵」である。
それを知っていたからこそ、声を掛けたと思われても仕方あるまい。
私は今、罪を償おうとしているのだろうか。




