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06

 あの時の判断は間違っていなかった。今でも自分にそう言い聞かせている。

 二年前の魔族との戦争の最中、私は部隊を率いて戦地にいた。


「被害状況は!?」

「負傷者は多数出ていますが、死者はいません!」

 黒煙が立ち込める戦闘の最前線で私は部下と共に魔族と戦っていた。今回の戦いでの任務は街の制圧だった。戦争の重要な拠点となる街を確保すべく、連合軍は多くの兵士を投入した。その中に私たちもいた。

 戦いはまさに死闘だった。一対一では到底敵わない相手に戦うべく罠に嵌め、周囲を取り囲み、確殺の状況を作り出す。人間の戦法は常に戦術と共にあった。

 しかし、それゆえに一たび陣形が崩れると戦線全てが機能不全に陥る。

 そんな中、私の部隊は崩れ始める戦線を少しでも立て直そうと奮闘した。周囲の部隊と連携を取り、魔族を押し返す。連合軍は既に撤退を始めている。自分たちが時間を稼げばそれだけ多くの兵士が助かることになる。

 ――部隊の半数以上が負傷。そろそろですね――

 既に十分な時間を稼いだ。私はそう判断して、部隊を退かせた。当然、魔族の追手があるものだと思ったが、意外にも追撃をされることなく戦線を離脱できた。

 それほどに魔族も消耗していたのか。それとも、何か別の理由があったのかは分からなかったが、心の底から助かったと思った。

 私たちは他の部隊の兵士たちと互いの健闘を讃え合って拠点へと向かった。


「副隊長、隊長が呼んでいますよ」

 甲冑を着込んだ男、ソーコルが呼びに来た。私は周辺地図を机の上に置いてテントの外に出た。

「こんな時間に何の用ですか?」

「それは私には分かりませんよ」

 既に日は沈んでいる。次の作戦に備えて、周辺の地形を頭に入れている最中だったが、隊長から呼ばれたのでは行くしかなかった。

 隊長のテントから明かりが漏れていることを確認してから足を踏み入れた。

「お呼びですか?」

 私は必要以上に畏まって頭を下げた。直属の上官と部下ならば、多少は砕けた雰囲気にもなるのが常だが、この上官は上下関係に特にうるさかった。

「副隊長、今日の作戦で撤退をしたそうだな」

 隊長である男の目が嫌らしく光る。厄介者のウィークポイントを見つけ、責める目だ。

「はい、全軍の撤退及び、我が隊も多数の負傷が出た事により――」

「理由は聞いていない。撤退をしたかどうかを答えればいいんだ」

 男の中では既に戦況などなかった。自分よりも有能であり、周囲の人望を集めている部下が命令を無視したことが重要なのだ。

「……はい、撤退しました」

 男の話の終着点がどこかは予想出来ている。命令を無視した者に罰を与えるのだろう。

「そうか。副隊長、お前に与えられた命令は何だったか、覚えているか?」

 うんざりした。なんとも回りくどいことをする。この男が好むやり方だ。

「命令は、拠点となる街の制圧です」

「そうだ。で、その命令のどこに撤退が含まれているんだ?」

「撤退は含まれていません」

「そうだ。これは明確な命令違反だ。さて、ユースティアよ――」

「罰は何ですか?」

 男の言葉を遮り、話を終わらせに走った。もう罰は避けられない。ならば、一刻も早くこの不毛なやり取りを終わらせる。他人の話を聞かない男へのささやかな抵抗だ。

「……お前は次の命令があるまで懲罰房に入ってもらう」

 男は上気させた顔でそう告げてきた。対する私は予想できた結果に動じることも無く、敬礼をしてテントを後にした。

 懲罰房には慣れている。男の下に就いてから懲罰房送りの数は軍の中でもトップだ。それでも作戦に支障はない。私の懲罰房入りに慣れている部下たちが随時連絡を取り合ってくれる。本当によくできた部下たちだ。


 私が懲罰房に入ってからある程度日を跨いだ。そして、連合軍はついに魔族たちの都市へと進攻を開始した。つい先日まで拠点を制圧しようとしていたのに、信じられない進攻速度だった。

 噂で聞いた話では、ある人物が用意した門を使用することで魔族たちの土地まで一足飛びに攻め込むことが出来る様になったということだった。しかし、当時私にはそんな事はどうでもよかった。それよりも目の前の問題を解決する方が重要だった。

 今回の戦闘で誤算だったのは、部隊長である男が自ら部隊を率いることになった点だ。全ては部隊長の思惑通り。私に手柄を取らせない様に指示を出す。

 私たちは戦線の僅かに後ろで警戒を続けていた。戦闘に参加しないことを軍の上役に咎められるだろうが、男は巧妙に私へと罪を擦り付けてくるだろう。

 この際、私が罪を被るのは気にしない。部下たちが死地へと赴かなくていい事を喜ぶべきだ。男の標的は私だ。他の者には目もくれない。

 しかし、状況は一変した。魔族軍の一部が戦線を突破したことで連合軍は苦戦を強いられるようになっていた。それでも、まだ押し返すことが出来る。魔族が突破した戦線の後ろに控えていた部隊が魔族を打ち破ればいい。

 そう、偶然にも私たちの部隊が後方で警戒していたことは功を奏したのだ。

 部下たちの間に緊張が走る。今までも魔族との戦闘を何度か行ってきたが、一瞬の判断ミスが命取りになるのだ。緊張しない方がおかしい。むしろ、恐怖に負ける者が出ないことを誇るべきだ。

「敵が攻めてきます! 各自、いつも通り自分の役目をこなせば負けません!」

 私の声を聞いて部下たちが動き出す。各自が訓練と実戦を経て培われた技術が惜しげもなく披露される。

 部隊は個々の集団ではなく一個の生物の様に動くことが理想だ。自己を捨てて役割に徹する。全てが噛み合う時、部隊は魔族をも上回る力を手に入れる。

 しかし、その歯車の中に異物が存在すれば話は変わる。

「全員、突撃だっ!」

 部隊長の声が響く。一瞬、全員が動きを止めて男に視線を送った。それに気付いた男が再び声を荒げる。

「突撃だぁ!!」

 戦慄が走った。これは戦術ではない。魔族との戦いで正面衝突は最も避けるべき戦法だ。にも関わらず、男は突撃の指示を出した。

 部下の中に困惑が満ちてくる。部隊長の指示が定石から逸脱している。誰の指示に従うべきか決めあぐねている。

 三度、男の声が上がる。しかし、それは既に勇敢さなどどこにも無い。恐怖に負けた無様な男の声だった。


 結果として、私は多くの命を守る為に一人の命を切り捨てた。

 それでも、私は後悔していない。魔族との戦いの最中、あの部隊長は気が触れたのか部下に対して無駄死にへ行かせる様な命令を下した。当然、副隊長であった私は抗議した。しかし、男の耳には届かなかった。

 多くの部下が死んだ。部隊長を信じ切っていた者はまだ良かったかもしれない。部隊長の命令に疑問を抱き、それでも逆らうことが出来ずにいた兵士たちが何人もいた。そんな彼らを見た私は部隊長の首を撥ねた。その瞬間の彼らの目は安堵と恐怖が入り混じっていた。上官を失い、指揮系統が崩壊しそうになったが、私は部下たちへ撤退命令を出した。戦闘の放棄ではなく、部隊として戦線を離脱する。

 戦線を離脱する最中、私の耳に連合軍の勝利宣言が届いた。勇者が魔王を討ち取った。そんな言葉が伝令から届いた。正直、助かったと思った。それと同時に敵前逃亡が戦闘の混乱に乗ずる事が出来なくなったと悟った。

 軍というものは結果が良くても面子を潰されるのは極端に嫌がる。周りへの体裁もあったのだろう。戦争終結後、私は軍法会議に掛けられた。結果は死罪。やはり上官殺しは許されないものだったらしい。

 結果として、私は多くの部下を守った。

 結果として、私は敵前逃亡と上官殺しで死罪となった。

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