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03

 先代勇者アース・グラーヴォノエが魔王レイナ・ヘルシャーを討伐してから二年が経った。その間、魔族に対する人間の憎悪は消えないが、大きく互いを傷つけ合うことはなくなった。

 魔族は散り散りになり小さな集落を作るに留まっている。そして、その集落を人間が襲う事もない。互いの領土に足を踏み入れることはなくなった。

 人間と魔族の戦争。その終焉地であるサタナボーデン。多くの魔族が集結し、都市国家を形成していた土地にあるのは廃墟のみ。

 崩れ落ちた外壁、主が植物となった家屋、野生の動物が往来する露天市場。廃墟と化した都市の中心地には戦争の事実、激しさを後世に語り継ぐように魔王城が存在している。もはや誰もいないはずの城。しかし、そこには一人の男が住み着いていた。

 魔王城の大広間。美しかったステンドグラスは粉々に砕け散り、大広間の一角には巨大な岩が鎮座している。そして、四つの玉座。

 男は毎日ここに通い、花を手向け、供物を捧げ、玉座を掃除し、様々な事を語る。男は日々同じことを繰り返す。自身が墓に見立てた玉座の墓守りだと言わんばかりに。

 その日もいつもと同じだった。周囲の森で見つけた花と食料を玉座に供えていた時だった。僅かに周囲がざわついた事に気が付いた。常人では決して気付かない違和感。自然の中で生活していたこの男だからこそ気付いたことだった。

 男は大広間の隅に立て掛けておいた鎧を着込み、直剣を手にした。男は既に侵入者がいると悟っている。

 男はすぐに魔王城から飛び出し、侵入者の下へと慎重に近付いていった。


 侵入者は都市の中央を伸びる街路を歩いている。厳密に言えば、少数の従者を引き連れ、自身は馬車の上で優雅に周囲を眺めている。

 男は物陰から侵入者たちを観察する。馬車の屋根が作り出す影と目深に被られたフードに遮られ侵入者たちのリーダーの顔は確認できない。身体は華奢で透き通るような白さを持つ手が膝の上で重ねられている。人間の少女の様な姿だった。しかし、周囲にいる従者たちが魔族であることが、その者が何者なのかを僅かながら物語る。

 魔王が倒された土地に魔族が現れる。何も不思議な事ではない。しかし、男は警戒を解かなかった。なぜなら、侵入者たちが街に送る視線は懐かしむものではなく、好奇心に満ちているからだ。

 人間との戦争を経験しているならば、当然この土地へは初めて訪れるわけではない。にも拘らず侵入者たちは好奇の目で周囲を眺めている。

 人間社会に勢力がある様に魔族にも勢力があるのかもしれない。魔王が倒されたことにより、それまで苦汁を飲まされていた魔族たちが台頭してきた。十分に考えられることだ。

 ――この場所を蹂躙されるわけにはいかない――

 男は侵入者たちを始末するべく、動き出した。

 始めは護衛の魔族だ。背後から忍び寄り一撃で昏倒させる。一体ずつ確実に倒していく。慌ただしくなる護衛の魔族たち。しかし、馬車の中のリーダーは慌てる様子を見せなかった。

 全ての護衛を倒し、男が馬車の前に立ちはだかる。すると、ようやく馬車の中の少女が動いた。

 ずいぶんとゆったりとした緊張感を感じさせない所作だった。男は直剣を構え、警戒を解かずに待った。

 馬車から降りた少女の顔は尚も目深に被られたフードで認識できない。しかし、少女がゆっくりと腰を落とし、半身を引いたことで交戦の意志があると理解できた。

 男と少女の距離は五メートル程。一度の跳躍で間合いに入る距離だ。

少女は武器を持たず、拳を握りしめている。相手の武器が分からない以上、自分から攻撃するのは得策ではない。そう判断した男は少女の動きを待った。そして、少女が動いた。

 大地を蹴り、一瞬で間合いに入ってくる。相手が武器を持っていると分かっていても躊躇なく飛び込んでくる。それは無謀ではなく、自信に裏打ちされた行動だった。

 少女の拳が男の胸目掛けて振るわれる。男は身体を退いて衝撃を殺しながら、反撃を繰り出した。

 斬撃は少女に触れることなく空を斬った。何度繰り返しても少女は刃を受け流した。素振りの稽古をしている様な感覚だった。

 反撃を繰り出し、反撃をいなす。互いが互いに触れない時間が続く。そんな中、時折少女のフードが剣圧に押されて捲れる。その瞬間に覗く顔が男に動揺をもたらした。

 ――ありえない……生きているわけがない……

 かつて見た少女の面影が脳裏に過ぎる。

 剣筋が鈍り、少女はそれを好機と判断した。二人が同時に突きを繰り出す。男の刃は少女の頬を掠め、フードを貫いた。少女の鋭い指先が男の眼前へと迫っていた。

 寸前の所で止まった指先の奥には少女の顔が白日の下に曝されていた。

「……レイナ?」

 その顔はかつて男が守ると誓った少女と同じものだった。

「あなたは……」

 少女の目が男の姿を注意深く見据える。そして、何かを納得したように微笑んで口を開く。

「アース・グラーヴォノエさんですね?」

 少女の笑顔が男の記憶と重なった。

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