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02

 旅を始めてから数日が経った。途中、盗賊に遭遇することもあったが、ライードたちの実力を持ってすれば何の問題もない障害だった。

 四人は馬車を引きながらゆっくりと旅を続けている。ユースティアが手綱を握り、エレティコがその横に腰掛ける。残ったライードとレベリオは荷台の中で暇を潰していた。

「つーか、暇だなぁ」

 荷台の一部を占領しながら横になっているレベリオがぼやく。

「なんかこう、面白い事でも起きねぇかな? 敵襲とかさ!」

 レベリオの性格を一言で表すならば「戦闘狂」だ。

 ここ数日だけでもレベリオは戦闘となれば真っ先に敵へと攻撃を仕掛ける。話し合いの余地など存在しない。相手を叩きのめすことだけを考えている。

 盗賊たち相手に戦略など必要ないが、あまりにも真っ直ぐ過ぎるその行いをユースティアが何度かたしなめた。しかし、レベリオは全く聞く耳を持たず、彼女を呆れさせるだけだった。

「ここは街も近いし、比較的に平和みたいだから敵襲は無いだろ」

 ライードが地図を広げてレベリオに言う。その言葉に彼はため息を漏らす。

「つまらねぇな……」

 レベリオが荷台で仰向けに倒れ、空を眺める。ライードも吊られて顔を上げる。鳥たちが優雅に羽ばたく穏やかな空だ。この様子なら当分雨の心配をする必要もなさそうだ。

「そういや、お前の武器は何なんだ?」

 レベリオがライードの直剣を指差して聞いた。

「魔を滅する聖剣とか、司祭のオヤジが言ってたが普通の剣とは違うのか?」

「俺もよく分からないが……」

 レベリオの質問に答えながらライードは抜刀した。陽光に照らされた刃が光り輝いている。

「斬り伏せた魔族の力を封じ込めるらしい。それに、大気に溢れる邪悪な気を浄化するらしい」

「らしいらしいって、お前も分かってねぇのかよ……」

「まだ魔族を斬ったことはないからな」

「それもそうだな……」

 会話が途切れ、緩やかな時間が流れる。すると、

「そうだ! そうだそうだ!」

 突然、レベリオが身体を起こして声を上げる。ライードとユースティアが何事かと視線を送る。エレティコは声の大きさに驚いていた。

「手っ取り早い方法があったじゃねぇか!」

 そう言いながら、レベリオが不敵な笑みを浮かべて隣のライードを見つめた。


 穏やかな空を優雅に飛ぶ鳥たち。僅かばかりの雲がゆっくりと遥か彼方を流れている。四人は適当な平原に馬車を止め、降り立った。

 ライードとレベリオは正面から対峙するように向かい合っている。互いに己の武器である直剣と手甲を携えて。

「……ホントにやるのか?」

「あぁ、マジだぜ」

 ライードの言葉にレベリオは首を縦に振り、答える。

「二人ともいいのか?」

 ライードはユースティアとエレティコに聞くが、

「味方の戦力を正しく把握するには丁度良いと思いますよ」

「怪我をしない程度になら……」

二人ともレベリオの提案に賛同していた。

「つーわけだからよ。全力でいくぞ?」

 レベリオが手甲を装備し、構える。半身を一歩退いた突撃の構え。ライードは仕方なく、それに応える様に直剣を鞘から抜き取り、正面に構える。

 先に動いたのはレベリオだった。当然、それは誰しもが予測していた展開。ライードは慌てることなく対応する。

 レベリオの右拳がライードの胸に迫る。それを直剣で捌きながら左に身体を流す。ライードがレベリオの右側に身体を滑り込ませる。無防備に背中を曝すレベリオにライードが直剣を振るう。必中のタイミングだ。しかし、ライードの直剣はレベリオの背中に到達することなく、いつの間にか戻ってきていた右拳に阻まれていた。

 金属同士の交差音が響く。二人は動きを止め、互いに相手を見据える。

「まさか、あそこからすぐに体勢を立て直すとは思わなかった……」

「お前だって。こんな繊細な野郎だとは思わなかったぜ」

 レベリオが僅かに腕へ力を込めた瞬間、ライードは飛び退いた。ゼロ距離はレベリオの独壇場だ。そんな空間に身体を曝し続けるのは愚かなことだ。

「インファイター相手のアウトファイターってわけかぁ!」

 レベリオは高揚した感情を隠しもせずに正面から攻撃を仕掛けてくる。左右の拳が唸りを上げてライードの身体を掠める。

「攻撃はどうした!? 斬り掛かってこいよ!」

 手招きをして挑発してくるレベリオにライードが斬り掛かる。レベリオの間合いの一歩外。決してレベリオの手が届くことのない距離で斬撃を放つ。

 幾度となく乾いた音が木霊する。互いに相手を戦闘不能にする程の決定打を決めることが出来ない。ただただ互いの武器をぶつけ合うだけだ。

「……互角、ですね」

 エレティコが呟くように言う。しかし、ユースティアはその言葉を否定する。

「いえ、レベリオはまだ余裕があります。おそらく、そろそろ使う頃かと……」

 互いに攻撃を捌き、反撃を繰り出す。その繰り返しに飽きたレベリオが動いた。レベリオが一瞬姿を消した。しかし、ライードはレベリオが屈んだことを分かっている。すぐに視線を下に落とすと同時に直剣を振り下ろす。

 レベリオが獰猛な笑みを浮かべる。相手が距離を置かずに自身の間合いに留まっていることに。

 直剣が振り下ろされる僅か一瞬先、ライードの視界が揺らいだ。地面を踏みしめていた足が空中に投げ出される。

 しまった。そう思った時には遅かった。足を払われ、身体が僅かに浮き、背中から地面に吸い込まれていく。そんな無防備なライードにレベリオが拳を振り下ろす。直剣ごとライードの身体を地面に叩きつける。衝撃がライードの身体を通り抜け、地面を伝って、大地を割る。

 肺の空気が全て吐き出された様な感覚。ライードは一瞬だけ遠のいた意識を覚醒させ空を見上げる。しかし、空との間には自分を見下ろすレベリオの姿があった。

「俺の勝ちだな」

 拳を振りかぶりながら確認をする。負けを認めなければ容赦のない乱打が降り注ぐだろう。ライードは頷いて敗北を認めた。


「お前はバカ正直すぎる」

 再び二人で荷台の中にいるライードとレベリオ。力試しの一戦を終えて、レベリオがそう言った。

「命のやり取りをする時は如何に自分の戦いに相手を引き込むかが重要だ。なにも相手に併せる必要はねぇ」

 正面から攻めてくるレベリオに正面から対峙する必要はなかった。ライードもその事は分かっている。それでは、自分の戦いとはなんだろう。ライードはそんな事を思った。

 スラム街で生まれ育ち、生き残る力は他の奴等よりもあるとは自負している。ただ、剣術となれば話は別だ。軍隊に所属し、教官からの手解きを受けた奴等よりも劣る。

 そんな剣術もままならない、がむしゃらに生きることしか出来ない男が勇者と持て囃される。それだけで王国が自分に期待などしていないと分かる。ただのお飾りだ。

 しかし、ライードはその程度では燻らない。勇者として相応の実力を身に付け、国民の期待に応える。無様に野たれ死ぬことだけは嫌だった。

――もうあの場所には帰りたくない。俺は生まれ変わったんだ。

ライードの想いはそれだけだった。



「これがアース・グラーヴォノエのやってきたことだ」

 ライードはエレティコに先代勇者であるアース・グラーヴォノエの武勇伝を聞かせていた。

 人間と魔族の長い戦いに終止符を打った偉大な人物。どこからか現れ、どこかへ消えてしまった。謎に包まれた勇者像は民衆の憶測を呼び、曰く、片田舎から剣一本でのし上がった武芸者。曰く、王都が秘密裏に鍛え上げた人類の希望。果ては神の使いなどと言われている。

「そんな人だったんですかぁ」

 荷台に座っているエレティコは素直に感嘆の声を漏らしていた。エレティコの場合、まだ幼い事もあって、勇者といった物語の様な存在に対する憧れが大きかった。

「つまり、そんな人の後継者のライードさんもすごい人なんですね!」

 黒い大きな瞳を輝かせてエレティコが見上げる。しかし、ライードはその期待に素直に応えることは出来なかった。

「いや、俺はすごくないよ。ただ、運が良かっただけなんだ……」

 スラム街で生きていた時、ライードは他人に誇れるものは何も無かった。それが、多くの勇者候補の中から自分が運よく選ばれ、勇者となった。運が良かっただけ。ただそれだけだ。

「でも、少しでもアース・グラーヴォノエに近づける様にはなりたい、かな」

 勇者に選ばれた後、ライードはアース・グラーヴォノエについて調べた。彼を直接見た人物はあまりにも少なく、ほとんどが書物での知識だが、それを目にする度に彼がいかに偉大な事を成したのかを思い知った。

「ライードさんの目標はアース・グラーヴォノエ。じゃあ、私の目標な誰になるんでしょうね……」

 アース・グラーヴォノエに仲間はいなかった。従者を引き連れていたとも言われるが、それは噂の範疇を出ない。何しろ彼が戦闘に参加したのは魔族との戦いが終結する最後の戦いしかないのだから。それまでに仲間を失ったとも考えられるが、それは憶測でしかない。

「そうだなぁ……アルクス・リッターとかが良いんじゃないか?」

 ライードは少し考えてそう告げる。その言葉を聞くとエレティコは顔を輝かせた。

「統一騎士団の人ですよね!? 良いですね! 私の目標はアルクス・リッターにします!」

 世界を統一し平和をもたらすことを使命とする組織、統一教会が持つ騎士団。その騎士団に弓騎士として君臨する武芸者がアルクス・リッターだ。世界平和なんて聞こえはいいが、裏では何をやっているか分からないと黒い噂が絶えない組織だが、騎士団の実力は本物で勇者アース・グラーヴォノエが現れるまでは子供の憧れは統一騎士団に集中していた。

 エレティコも例に漏れず統一騎士団への憧れは強かった。弓という自身とアルクス・リッターの共通点があることも大きいところだ。

「勇者と統一騎士団か……すごいパーティだな」

「そうなると、ユースティアさんとレベリオさんは何になるんですかね?」

 エレティコは荷台から前方にいる二人に視線を送った。

「目標、か……」

 ライードは空を見上げて考える。エレティコは二人と話すべく馬車の前方に行ってしまった。



 馬車は旅の途中に多くの街に立ち寄る。物資の補給も目的だが、街の問題を解決するのが勇者一行であるライードたちの仕事だ。その日も立ち寄った街の問題を解決し、お礼にと宿を用意された。日が傾き始めていたこともあり、ライードたちは街の好意に甘えることにした。

 ライードたちに宛がわれたのは二部屋。ライードとレベリオ、ユースティアとエレティコに分かれて寝ることになった。そんな取り決めをし、時刻は日を跨ごうとしている時だった。

「ライード。お前は辛くねぇのか?」

 不意にレベリオが口にした。一体何の事を言っているのか分からなかったが、レベリオが続きを口にした。

「王都を出てから二ヶ月は経ってる。その間、ほとんど禁欲状態なんだぞ?」

 レベリオが何を言っているのかライードは理解した。女だ。そして、それと同時に答えも浮かんでいた。

「……いや、辛くないな」

 元々、スラム街で育ったせいかライードはその手の欲求は薄かった。そんなことよりも自身の命を繋げることに精一杯だったからかもしれない。

「ありえねぇ。俺たちぐらいの歳なら女が必要だろ……」

 あきれ顔のレベリオが天を仰ぐ。そして、妙案とばかりに手を打って口にする。

「つーわけで、付いてこい」

「は? どこにだ……」

「……決まってんだろ」

 そう言ってレベリオは親指で壁を差す。厳密には壁の向こう、ユースティアとエレティコのいる部屋だ。

「おいおい、夜這いかよ」

 知識が乏しいライードでも夜這いぐらいは知っている。

「考えてみろよ。ユースティアはかなりスタイル良いだろ。出るところは出てる。それもデカすぎて下品にはならない程度にだ。あの女を買うとしたら、かなりの高額だぞ? それにエレティコも変態ロリコン野郎には人気あるんじゃねぇか? お前、ロリコンか?」

 下品にはならない程度に、と言っている本人が下品な事を連発している。ライードはため息をして止めるが、レベリオは止まらない。

「いいから、付いてくんだよ。これから旅は長いんだ。ここらでそういう関係になった方が後々楽だぞ?」

 肩に腕を回されて強引に部屋を出される。そして、すぐ隣の部屋のドアノブにレベリオが手を掛けた。

 ゆっくり開けるぞ。目を覚まされると面倒だからな。小声でそう言ってレベリオがゆっくりドアを開けていく。

 蝋燭が灯る薄暗い部屋にベッドが二つ。そのベッドの中で寝息を立てる二人がいる――――はずだった。

 実際にライードとレベリオの視界に飛び込んできたのは、絹糸の様に滑らかな金髪。湯あみをした後のまま結んでおらず、床に向かって真っすぐ伸びている。そして、怒気を孕んだ鋭い眼光を送ってくる瞳だった。

「…………あっ」

 レベリオの短い声と同時にドアの隙間から腕が伸びてくる。拳は握られ、真っ直ぐにレベリオの顔面を捉えた。

「がはっ!」

 殴られた勢いでレベリオは転がり、後頭部を壁に強かに打ち付けた。その姿を見たライードは震え上がっていた。

「全部、聞こえてましたよ」

 いつもとは違う雰囲気を纏うユースティア。全身から怒りがにじみ出ている。ユースティアがここまで感情を露わにしたのは初めてかもしれない、とライードはぼんやり思った。

 すると、部屋の中でエレティコが起きる気配がした。少し騒ぎ過ぎたのかもしれない。

「寝てていいですよ。レベリオが騒いでるだけです」

 そう言って、ユースティアは廊下に出てきてドアを閉めた。

「で、夜這いですか?」

 腕を組んでレベリオを睨むユースティア。既にライードには手に負えない状況になっている。

「あぁ、そうだよ。一発ヤラせてくれねぇか」

 しゃがみ込んで鼻血を出しながらもレベリオは口にする。ここまで堂々と正面から言えるのもすごいなと思うしかない。しかし、ユースティアの返答は違った。

 右脚から放たれる中段蹴りがレベリオの顎を捉える。振り抜いた瞬間に爽快感のある音が響く。

「そんなにやりたければ、娼婦でも買ってきなさい。ただし、買うだけですよ」

 軽い脳震盪なのか身体を揺らしているレベリオにユースティアが言い放つ。その言葉に見込みがないと悟り、レベリオは小さく、行ってくる、と言ってフラつきながら宿から出ていった。

「で、あなたはどうするんですか?」

 標的を変えた狩人がライードを睨む。当然、ライードは首を横に振る。元々、夜這いをするつもりはなかったのだから。

「そうですか……」

 ようやくユースティアの雰囲気がいつもの冷静で何事にも動じないものへと戻っていった。

「目が覚めてしまいましたね。少し、話しましょうか」

 ユースティアが僅かに微笑みながら言った。


 二人は宿の食堂に行き、テーブルに着いた。蝋燭を灯し、水を一杯ずつ貰う。互いの会話は旅に関する事が多かった。中でもユースティアのレベリオに対する不満が特に多かった。それでも、レベリオの実力は認めているらしかった。

 本音で語ることなど今まで無かったライードにとってとても有意義だった。そして、不意にユースティアが口にする。

「ライード。あなたは何の為に勇者をやっているんですか?」

 真剣な視線を送ってくるユースティア。その視線にライードは少し考える。あちらが真剣ならば、こちらも真剣に考え、答えを出す。

「俺は、みんなに認めてもらいたいから、かな」

 人として扱われなかったスラム時代。それが誰もが羨望の眼差しを送る勇者となった。未だに慣れないところもあるが、ライードを勇者として突き動かすのは認めてもらいたいからだ。

「その為には先代勇者に少しでも追いつかないといけないな」

 勇者アース・グラーヴォノエは勇者ライード・インシオンにとって、憧れの存在であり超えるべき存在でもある。

「……ユースティアは何で旅をするんだ?」

 自分が答えたのだからユースティアも答えるべきだ。ライードはそう思って口にした。未だに分からないことが多い仲間たちの本音を少しでも垣間見えるような気がして。

「私は、人々を救いたいからです。魔族の恐怖を取り除きたい。ただ、それだけです」

 揺るがない決意、宣言の様なユースティアの口調は言葉以上の意味を孕んでいた。おそらく、過去に何かあったのだろう。しかし、それを今ここで聞いていいものか分からない。誰しもが触れられたくない部分を持っているはずだ。

「「…………」」

 二人の間に沈黙が訪れる。互いに互いの答えを咀嚼するように理解していく。ライードもユースティアも決意を持って旅をしている。互いに決意を持って、共通の目標に突き進む。それが分かると、ライードは以前にもましてユースティアを信用できる気がした。

「そろそろ、寝ましょうか」

 ユースティアが席を立ち、グラスを片付けた。それに合わせてライードも蝋燭の灯を消し、部屋に戻った。

 レベリオはまだ当分戻ってこないだろう。もしかしたら、今日は帰ってこないかもしれない。ならば、待つ必要はないだろう。

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