14
都市のあちこちから戦火の音が聞こえる。魔族の進攻と人類の防衛。二つの勢力がぶつかり合っている。
ライードとユースティアは城の広い一室にいた。魔王を封じるためだけの部屋だ。白を基調とした厳かな礼拝堂の様な部屋。邪悪の根源である魔王を少しでも浄化しようという思惑なのかもしれない。
二人は眼下に広がる都市を眺めながら戦いの激しさを思い知っていた。一瞬過ぎれば多くの命が失われ、次の瞬間には多くの命を奪っている。総力戦だ。そして、その中心にあるのは部屋の奥にある棺桶の中身だ。人ひとりが入る程度の棺桶。その中には先代魔王のレイナ・ヘルシャーの遺体が収まっている。頭部と胴体を切り離されながらも人形の様な美しさを保っている。
「こいつが復活したらどうなるんだろうな?」
ライードがレイナの顔を見つめながら言う。純粋な疑問だった。もちろん、魔王が復活したとなれば、人類の脅威となるのは間違いない。しかし、ライードには目の前の穏やかな顔をした少女がそんな恐ろしい存在であるとは思えなかった。
「魔王が復活すれば、私たちが手を差し伸べた者たちが死ぬことになります」
ライードたち四人が旅の中で救ってきた者たちは誰もが魔族の脅威に曝されていた。それは統率の取れていない魔族にも拘らずだ。今の様に魔王が先陣に立ち、魔族を束ねれば世界中が今の王都と同じ状況になるだろう。
「戦争が始まる、か……」
今はまだ戦争とは呼べない。魔族の一部が王都に攻め込んでいるだけだ。戦争となれば激しさは今の比ではない。
「それを防ぐために私たちがいるんです」
ユースティアが言う。確固たる意志が宿った瞳がライードを見据える。
「あぁ、そうだな」
ライードは部屋の入り口に視線を送る。大扉の向こうから魔王がやって来る。姿は見えずとも放たれる存在感が魔王の居場所を教える。敵は既に近くまでやって来ている。
「世界の命運を分ける戦いですね」
「まるでおとぎ話の勇者みたいだ」
ライードの言葉にユースティアは笑みを零した。この男はまだ自分が勇者に至っていないと思っているのだろうか。
「勇者なんですよ」
「……そうだったな」
ライードも笑みを零した。自分はアース・グラーヴォノエと比べてどうだろう。少しは近づけたのだろうか。
きっと、世界を救えば近づけるかもしれない。
部屋の大扉が軋み音を響かせる。ゆっくりと開け放たれた瞬間、二人の目に映ったのは、背後で眠るレイナ・ヘルシャーと瓜二つの少女の姿だった。
「……こんにちは」
マレカが目の前にいる二人に向かって口を開く。何気ない挨拶だった。
「あなたが勇者ですね?」
ライードを見つめる。マレカがライードと顔を合わせるのはこれが初めてだ。
「お前が魔王か」
ライードは肯定の代わりに質問を返す。マレカはそれに少しだけ難色を示した。
「人間たちに分かりやすくする為に魔王とは名乗りましたが、本当の魔王は姉さまですよ」
穏やかな口調。とても人類を敵に回して戦っている王とは思えない穏やかさだ。
「あなたたちの目的は何ですか?」
ユースティアも口を開く。マレカが部屋に入ってきたと同時に戦いになると思っていたが、なぜか会話をしている自分が怖かった。嵐の前の静けさとでも言うのだろうか。
「私は姉さまを生き返らせたいだけです」
「その後は?」
「それは姉さまにしか分かりません。全ての魔族は姉さまに従うのですから、姉さまの一声で全面戦争になるかもしれませんし、お互いに手を取り合って平和に暮らすかもしれません」
言葉の途中でマレカは自分の言っていることが到底あり得ないと笑い出した。魔族と人類が平和に暮らすことはあり得ない。もう既に互いの種族は血を流し過ぎている。今更、全てを無かったことに出来るわけがなかった。
「それで、姉さまの身体は返してくれるんですか?」
マレカを包む雰囲気が徐々に変化していく。内に秘める熱量が溢れ出てくる。ライードたちの返答を既に理解している様だ。
「返すわけがないだろ」
「でしょうね。でしたら、力尽くで返してもらいます」
静かにマレカが構える。型に嵌らない徒手空拳。合理性など存在しない。しかし、それゆえに動きが読みづらい。
三者が動き出す。マレカは正面から無防備に接近してくる。攻撃に備えユースティアが盾を構えて立ち塞がる。隙を突くためにライードが後ろに控える。
ユースティアとマレカがぶつかり合う。魔力を纏った拳が白銀の盾を叩く。
「くっ!」
ユースティアが押し込まれながらも懸命に抗っている。その瞬間、ライードが動いた。直剣がマレカを狙う。しかし、振り下ろされた刃はマレカには届かなかった。事も無く片手で弾かれてしまう。
ライードの連撃を後退しながらステップで避けていく。マレカは踊る様に全ての攻撃を見切っていた。
「その剣は、厄介ですね」
大きく距離を取ったマレカが言う。直剣を弾いた左手が妙に重く、魔力が伝わりにくのを感じる。これ以上、あの剣に触れるのはマズい。マレカはそう判断した。
「魔王であっても、この剣は嫌うんだな!」
好機と見たライードが仕掛ける。一気に間合いを詰め、切り払う。阿吽の呼吸でユースティアが挟撃に移行する。
「卑怯とは言いませんよ。それだけあなたたちも本気なのでしょう?」
マレカが二人に投げかける。蔑むこともなく純粋に相手を評する。隙など存在しない連撃。マレカも避けるのが精一杯であった。しかし、それは彼女の目が慣れるまでの話だった。
「でも、二人だけでは敵いませんよ」
マレカの身体が沈む。ライードとユースティアの斬撃よりも低く身を沈め、蹴りを放った。鋭い一撃がユースティアの体勢を崩す。間髪入れずにマレカの拳が彼女の顎に叩き込まれる。
ユースティアの世界の色が一瞬だけ反転した。今ここで意識を手放すわけにはいかない。確固たる想いが途切れかける意識の糸を掴み取る。
意識を繋ぎとめることに成功したユースティアは次の行動を考える。身体が思う様に動かず、受け身など取れない。しかし、それでもいい。すぐに立ち上がるんだ。立ち上がって魔王を討つんだ。
「ユースティアッ!」
宙を舞うユースティアを横目にライードが斬り掛かる。一撃さえ当たれば良い。一撃さえ当たれば魔王は力を失う。ライードは全ての力を振り絞って直剣を振るう。
しかし、直剣はマレカに触れることも無く空を斬るばかりだった。
リズムを取る様にマレカは避ける。剣筋を見切り、最小限の動きで避けていく。そして、隙を突いて反撃を繰り出す。
内蔵が浮き上がるような感覚がした時、ライードは自分が攻撃を受けたことを悟った。次の瞬間、口の奥から血が逆流してきた。落ちそうになる膝を懸命に奮い立たせる。
気付けばライードの頭上にマレカの影が迫っていた。今まさに止めを刺そうと構えていた。しかし、
「ハァァァァ!」
ユースティアが背後から襲い掛かる。直剣を両手で構え、頭上から振り下ろす。
本来、ユースティアの左手には敵の攻撃に素早く対応するために腕に固定された白銀の盾が握られている。しかし、今の盾は左腕に固定されているだけだった。両手での攻撃。威力、素早さ共に片腕とは比べ物にならないほどに上がっている。
しかし、それでもマレカは一撃たりとも喰らうことはなかった。直剣が地面を叩いた。
――止めるな!
地面を削りながら直剣が動き出す。
――攻撃し続けるんだっ!
火花を散らして直剣が駆け上がる。マレカのドレスが僅かに切り裂かれる。
「急に動きが変わりましたねっ」
魔王の血筋ゆえかマレカの顔から笑みが零れる。目の前の敵が強くなる様をいつまでも見ていたい。そんな気持ちが湧き上がってくる。しかし、今はそんな悠長な事を言っている場合ではない。
ユースティアの直剣が地面を叩いた瞬間、マレカは直剣の腹を蹴りつけた。直剣ごと片腕が引っ張られる。崩れそうになる体勢を整える為に直剣を手放し、白銀の盾を構え、マレカに殴り掛かる。本来、防御用として作られた盾である。打撃するには十分すぎるほどの強度だ。
ユースティアの想定外の攻撃を喰らい、マレカの動きが鈍る。続けざまにユースティアの連打が決まる。しかし、それでもマレカに対して有効打にはならない。
――もっとだ! 意識をこちらに集中させろ!
ユースティアは自分の攻撃がマレカにとって大したことはないと分かっている。しかし、決して無駄ではない。無駄ではなかった。
「ライード!」
既に立ち上がっていたライードが直剣を振りかざし、マレカに襲い掛かる。そして、マレカの意識がライードに移った瞬間、ユースティアは再び盾の攻撃を浴びせた。今度は打撃ではない。マレカの体勢を崩す為の一撃だ。
「――くっ」
マレカの身体が制御を失って倒れていく。脚は床から離れ、避けることもできない。初めてマレカの表情に焦りの色が見えた。
「うぉぉぉぉっ!」
ライードが全身全霊を込めて直剣を振り下ろす。鋭い一閃がマレカを襲う。ライードは直剣を通して肉を、骨を絶つ感触を感じた。血飛沫が舞い、マレカは苦悶の表情を浮かべた。
――まだだ! 魔王は死んでない!
ライードに攻撃される瞬間、マレカは自身の左腕を犠牲にして直剣の一撃を防いでいた。左腕は切り離され、切断面から大量の血が溢れだす。激痛がマレカを襲うが、彼女は努めて冷静になった。ここで取り乱せば殺される。そう判断した。しかし、身体は意志とは反対に、膝を着いてしまった。
ライードは追い打ちを掛ける為に直剣を突き刺そうとした。しかし、身体が竦んで動かなかった。
左腕を失い、蹲るマレカ。その上から直剣を突き立てんとするライード。誰が見てもライードの優位性は揺るがなかった。しかし、彼は最後の一撃を放つことが出来なかった。
魔王が見ている。闇の様に深く暗く冷たい瞳がライードを捉えて離さなかった。異常だ。今まさに殺されかけている者がする表情ではなかった。
ライードは直感した。殺される、と。
ライードが動きを止めた瞬間、マレカは残った右腕で最大の一撃を放った。赤黒い輝きを纏った右腕が振り抜かれる。空気を裂き、周囲の壁が崩れていく。狙うのはライードの首。
不意にライードは何かと衝突した。それは、自身の使命を果たす為に動いたユースティアだった。マレカの一撃とライードの間に割り込み、盾を構える。一瞬でも遅ければ間に合わなかった。
白銀と紅黒のぶつかり合い。兵器と兵器がぶつかり合う様に壮絶な金切り声が周囲に響く。ユースティアの身体が押し込まれていく。そして、無尽蔵の魔力を持つマレカが押し切った。
「ユースティアッ!」
ライードの真横でユースティアが吹き飛ばされる。錐揉みしながら壁に激突した。壁の一部が崩れ落ち、マレカの一撃に巻き込まれた天井までもが崩れ始めている。
その隙にマレカは飛び起き、距離を取った。左腕から流れる鮮血が床へ模様を描いている。
「まさか……左腕をやられるとは、思いませんでした」
マレカは肩を上下させ、大きく息を吐いた。明らかに消耗している。しかし、ライードたちの消耗も大きい。ライード自身はユースティアの働きにより最低限の負傷で済んでいるが、そのユースティアは沈黙している。ここからが正念場だった。
マレカの右手が左腕の断面に触れる。出血が止まり、辛そうな表情が僅かに和らいだ。
――今がチャンスだ!
片腕を失い、大量の魔力を使った一撃を放った今が最大のチャンスだった。今ならば、魔王を討てる。ライードは己を鼓舞し、駆けた。
正面から向かってくるライードにマレカも接近する。僅かにライードが動揺したが、すぐに反応し、直剣を振りかぶる。しかし、それよりも早くマレカが動いた。
右手に滴る血液をライードの顔面に浴びせると、すぐさま身を沈めた。
視界を奪われたライードの一撃はマレカに回避され、次の瞬間には顎を打ち抜く鋭い一撃が決まっていた。
口内が切れ、血が噴き出る。途切れかけた意識を無理やり覚醒させる。しかし、マレカの追撃がライードの身体を襲った。
身体の急所を的確に打ち抜く打撃にライードの身体が揺らぐ。しかし、脳裏を占める想いは一つだった。
――一撃だ! 一撃でもいい、やり返すんだ!
そして、額へと特大の一撃を貰う瞬間、捨て身の一閃を放った。マレカの胴に一筋の裂け目が浮かぶ。
ライードの身体が倒れるのとマレカの腹部から血が噴き出るのは同時だった。
マレカは膝から崩れ落ち、痛みを堪えている。額には玉の汗が浮かび、今まで以上に弱っていた。
ライードが立ち上がる。直剣を支えにして、痛む身体を無理やり立たせる。
――あと少し……あとすこしだ。
互いに睨みあうライードとマレカ。互いに呼吸は荒く、いつ倒れてもおかしくはない状況だ。しかし、互いに譲ることはなく、相手を倒すことしか考えていなかった。
「「…………」」
しばしの沈黙が流れる。そして、どちらかともなく動き出す。
ライードの一撃をマレカが避ける。しかし、先ほどまでの様な軽やかな足さばきは無かった。
マレカは一瞬でも気を抜けば、ライードの一撃を受けることになる。そして、それは死を意味する。ライードの直剣に斬られれば魔力を奪われる。
魔力の奪われたマレカは年相応の少女に過ぎない。腕力もなく、逃げるほどの脚もない。そして、ライードは魔王を生かしておく程のお人よしでもない。
「姉さま……姉さま……」
うわ言の様にマレカが呟く。何か方法は無いか。レイナの復活こそがマレカの悲願だ。そして、それを邪魔するのがライードだ。
――もっと、もっと速く!
ライードが思い描くのは鋭さを増した自身の一撃。あと一撃でも入れば勝てる。そう確信し、更なる鋭さを剣筋に求めていく。
ライードの斬撃が次第にマレカを捉えていく。刃が触れる度にマレカはよろめき、追い込まれていく。
「だめ……力が……」
マレカは自身の身体を奮い立たせようとするが、思い通りに動かない。銀色の刃が迫っている。狙っているのは首筋だ。このままでは頭と胴体が分断される。しかし、避けようとする意思に反して身体は動かない。
マレカの中に自責の念が生まれる。姉であるレイナを蘇らせることがマレカの目的であり、願いだった。しかし、それは目の前の勇者の手によって阻まれてしまう。マレカは自身の不甲斐なさを呪った。
しかし、そんな時だった。崩れた瓦礫に押しつぶされた扉が音を立てて吹き飛んだ。不意の出来事にライードの剣筋がぶれ、マレカの首を撫でる程度に留まっていた。
マレカは自身が生きている事を遅れて理解する。そして、視線を音の方へと向ける。
鋭い斬撃により吹き飛ばされた瓦礫の中、土煙を上げ、開けた空間に一人の男が立っていた。その姿を見た瞬間、マレカは心の底から安堵した。そして、まだ勝機があると思った。
男が敵意を持った視線でライードを見る。それだけでライードは悟った。話は聞いていた。ユースティア、レベリオ、エレティコが言っていた、魔王の側近である男だ。
赤茶色の髪から覗く瞳がライードを見つめている。多くの戦いを駆け抜けた歴戦の戦士を思わせる鋭い瞳。そして、僅かにやつれた頬と無精ひげが男の印象を変えていた。
ライードの鼓動が早くなる。信じられない物を見るような感覚だった。
男は動きを阻害しない最軽量の鎧を纏い、腰には豪華さなど無い、一見すればどこにでもある直剣を携えていた。それでも、直剣は異様な程に存在感を放っていた。
話の通りだった。各地で聞いてきた話通りだった。
「どうして……」
信じられなかった。おとぎ話の中の存在だった勇者。それが現実にも現れ、自分はその後を継いだ。憧れを抱き、一歩ずつ背中を追いかけていた勇者という存在。勇者であろうとしたライード。その手本となった存在。人々を救い、笑顔にする存在。そして、決して人々に刃を向けることは無い存在……だった。
いま目の前にいるのは、あの勇者だ。いつだって思い描き、追いかけてきた存在だ。一時たりとも忘れはしなかった。
「アース・グラーヴォノエ…………」
勇者になってからというもの、ライードは常にアースを意識していた。各地で聞くアースの英雄譚。憧れであると同時にライバルでもあった。
「どうして……」
アースが直剣を構えて、ライードを見据える。
「どうして……」
先の大戦が終わった後、アースは行方知れずになっていた。多くの者がアースの死を悟っていた。しかし、ライードはどこかで生きていると信じていた。生きて、再び人間と魔族の戦争になった時に颯爽と現れて人類を救う。そう信じていた。
それなのに、どうして自分に敵意を向け、武器を構えるのか。自分の芯となる存在が揺らぐ。ライードは何も考えられなくなっていた。
「ライード! しっかりしてくださいっ!」
ユースティアの声が響く。
瓦礫を押しのけて立ち上がったユースティアが声を上げる。
「あの男は敵です! 魔族なんですっ!」
ユースティアに言われずともライードは理解している。アースがマレカを守る為にライードへ武器を向ける。
アースが紛れも無く魔族だという証拠だ。頭では理解している。しかし、身体がその事実を拒絶している。
「なんでだ!? なんで、あんたは魔族の手助けをしてるんだ!?」
ライードが叫ぶ。
何か理由があるはず。そう思っていた。有無を言わさぬ絶対的な支配がアースを魔族へと縛り続けている。そう思っていた。しかし、アースの答えはシンプルだった。
「俺はレイナを取り戻すために戦っているんだ」
他の意味など入る余地が無いほどにシンプルな答え。全ては自分の意思で魔族軍の一員となっているアース。
その事実がライードを追い詰める。
「うそだろ……」
信じたくなかった。何を目指して戦えばいいのか分からなくなってしまった。
呆然とするライード。その姿を好機と捉えたマレカが動いた。咄嗟にユースティアが動くがアースが立ちはだかる。
マレカが棺へと辿り着く。中に眠るレイナの顔に手が触れる。
「アースさん、お願いします!」
マレカはレイナを抱きしめ、崩れた扉から外へと飛び出た。
「ライードっ!」
ユースティアの焦燥の声が響くがライードは動けずにいた。アースが見ている。直剣の切っ先をライードに向けて見ている。
――邪魔をするな――
アースの想いがライードを飲み込む。
もう指一本動かない。相手はあのアース・グラーヴォノエだ。勝てるわけがない。相手は本物の勇者だ。勝てるわけがない。
ライードの手から直剣が滑り落ちかける。その瞬間、ユースティアの声が再び響いた。
「ライード! あなたはなぜ勇者になったんですか!?」
勇者になったのは、生き残る為だ。全ては自分の為だ。初めはそうだった。
「あなたは、認めてもらいたかった。そう言いました」
旅を続ける内にライードの心に生まれた変化。生き残る為だけの理由だった勇者は認めてもらう為の存在になっていた。
「あなたは多くの街を救ってきました。その全てで勇者として認められていました! なら、今はなぜ勇者としてここにいるんですか!?」
勇者として認めてもらえた自分は、なぜ勇者を続けるのか。生き残りたければ今すぐ逃げ出せばいい。しかし、今の自分はそれをしない。それはなぜか。ライードは自分に問い掛ける。
いま逃げ出せばどうなる? 勇者が魔王から逃げ出す。それはあってはならない。勇者とは魔族と戦い、魔王を討ち滅ぼす者だからだ。ならば、魔王を討ち滅ぼした勇者はどうなる? 分かり切っている。各地で勇者の英雄譚を聞いてきたではないか。
人々から賞賛を贈られ、勇者と認められるのだ。
滑り落ちる直剣を再び握り、ライードは顔を上げる。
ライードが勇者を続ける理由。それは簡単な事だった。認めてもらい続ける為だ。そして、その術をライードは理解している。
「俺は、魔族を倒すために、ここに……いるんだ」
魔族を倒し続け、勇者として認められ続ける。
ライードは認めてほしかっただけだ。生きることを認めてほしかった。勇者として認めてほしかった。自分を認めてほしかった。心の底から人類の事を考えているわけではない。根底にあるのは酷く人間臭い感情だ。それでも、今のライードとしては上等な理由だった。
「ユースティア、魔王を追ってくれ」
ライードはアースから視線を外さずに言った。その言葉にユースティアが動いた。アースが妨害してくる気配はなかった。ライードを注視している。
ユースティアがいなくなり、ライードとアースだけが取り残される。そして、ライードは宣言する。
「アース・グラーヴォノエ。俺は勇者としてあんたを斬る!」
ライードが真っ直ぐアースを見つめる。先ほどまでとは違う決意の籠った眼差し。それに気付いているアースも真っ直ぐライードを見つめた。
互いに直剣を構え、重心を落としていく。脚に力を込めて一気に放出する。
ライードは決意の表情を浮かべている。対するアースはどこか楽しそうに僅かに笑みを浮かべていた。




