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「これでアイギス、アイラ、グラオベンの遺体が回収できましたね」

 マレカが告げる。傍らにはアイギス、アイラ、グラオベンの遺体が棺に入った状態で置かれている。どの遺体も防腐処理をされており、損傷が少なかった。アースの記憶と目の前の身体が重なる。

「それで、これからはどうするんだ?」

 感傷に浸るのを止め、アースはマレカに聞く。レイナを復活させるためには次に何をすればいいのか。今となってはそれだけが重要だ。

「姉さまを蘇らせる為の魔力はこれで十分です。それに幹部の遺体が戻ったことで、軍の士気は大いに上がりました。次はいよいよ王都に攻め込みます」

 マレカが一層真剣な目つきで告げる。彼女は本気だ。本気で姉であるレイラを復活させるつもりだ。そして、その為に人類の英知が集まる王都に襲撃を掛けるつもりだ。

「わかった。俺はお前の指示に従う。邪魔する者は全て斬り伏せよう」

 アースもマレカと同じ思いだった。レイナを生き返らせる。それだけが今のアースの行動理念だった。しかし、一つ気掛かりな事もあった。

 人間軍にいる勇者の存在。幼い弓使いの少女が口にした、勇者ライード・インシオンに仕える、という言葉。そしておそらく、襲撃した各街で現れた人類の力を超越した者たちが勇者の従者だ。

 魔族軍の猛攻を一人で凌いだ騎士。後衛でありながらもアースを追い込んだ弓使い。鬼神の如く一騎当千さを持つ拳士。そして、まだ見ぬ勇者。四人は王都に集結している。そして、魔族軍を迎え撃つべく準備を進めているだろう。

 簡単な戦いではない。アースは心からそう思った。



 ライード・インシオンが王都に戻ると熱烈な歓迎を受けた。しかし、今はそれを一つ一つ丁寧に対応している場合ではない。

 城へと続く道を馬で駆け抜け、城門を颯爽と潜り抜ける。

「王はおれらますか!?」

 城内に響くライードの声に女中と兵士が集まる。そして、只事ではない雰囲気に王の居場所を素直に教えてくれる。

「失礼致します!」

 王室に入り、王が在室していることを確認する。

「……勇者か。どうしてここに」

 王は全てを悟ったような表情で問うた。

 レークス・フェオダール。王都を中心に周辺諸国をも手中に収める国王。現存する国で最も広大な国を治める手腕、度量はレークスだけが持ち、レークスが人類の王だと言われれば、たとえ敵対国の者であっても認めざるを得ない。

 白髪交じりの髪、顔には皺を遮るような傷跡、背筋は伸び、衰えを知らない身体。ただそこにいるだけで誰もが憧れを抱く存在。国民には温厚な理解ある国王として認識されている。

「魔王軍が王都に攻めてきます」

 ライードははっきりと告げた。それを聞くと、レークスは驚くこともせずに口を開いた。

「やはりその事か。知っている。エヘルシトが壊滅した様だ。おそらく、ミゴンとカルチェレも時間の問題だな」

 レークスは手紙をライードに渡した。そこにはユースティアの字でエヘルシト陥落の知らせが書かれていた。おそらく伝書鳩でも飛ばしたのだろう。

「でしたら、話が早い。一刻も早く国民の避難を始めてください」

「そうはしたい。しかし、一体どこにこれほどの人間が逃げられる場所がある……」

 レークスは窓の外を眺めた。眼下に広がるのは王都の街並み。通りには人が溢れ、全員が自分の営みを守っている。

「王都、そして、エヘルシト、ミゴン、カルチェレからの避難民を合わせれば三万に手が届くだろう」

 三万人が避難する。それは簡単な事ではない。一時的とはいえ、生活をする場所や食料品など多くの問題がある。ライードたちがしてきた四人の旅とはわけが違うのだ。

「でしたら、戦うというのですか?」

 ライードの問いにレークスは答えない。ライードは知っている。王都には魔族軍と戦うほどの戦力がないことを。

 魔族との戦争で多くの兵士を失った王都。各国が同盟を結んだ連合軍の大半を占めていた王都軍は戦果を上げると同時に多くの兵を失っていた。終戦から二年が経った今でも兵力は回復し切っていない。

「私は国民の安全を最優先に動く。お前には戦闘の指揮をしてもらう」

「国民の安全を優先するならば、私も避難の護衛をします」

 決して魔族との戦闘が怖いわけではない。国民の安全を優先するならば、戦力を分散するのは得策ではない。

「魔族の、魔王の狙いは先の戦争で死んだ前魔王の遺体だ。アレだけは渡すわけにはいかない」

 レークスがライードを見つめる。その目には絶対的な意志、何を以てしても譲れない確固たる意志があった。

「なぜですか!? なぜ危険を冒してまでアレを守らなくてならないのですか!?」

 当時、まだスラム街にいたライードには分からなかった。前魔王レイナ・ヘルシャーが如何に人類にとって強大な敵だったのか。レイナ・ヘルシャーが現れた戦いは最後の戦いを除いて全て人類の敗北だった。

「奴らは前魔王を復活させようとしている。奴が復活すれば人類はお終いだ」

「ならば、遺体を処分すれば……」

「既に試したが不可能だった。おそらく、何かしらの魔術が施してあるんだろう。お前が勇者になった後に何度も試したさ」

 レイナ・ヘルシャーの遺体は頭と胴体が離別した状態で保管してある。いや、厳密に言えば厳重に幽閉してある、だ。レイナ・ヘルシャーは完全に死んだとは言えない。膨大な労力を払って出来たのは首を落とすことだけだった。

「……本当にレイナ・ヘルシャーは復活するんでしょうか?」

 魔族が扱う魔術はどんな不可能をも可能にすると言われている。それはライードたちが扱う精霊の加護も同じだが、死者の蘇生は一線を大きく逸脱している。当然、ライードたちには出来ない。

「魔術に不可能は無い。レイナ・ヘルシャーの復活は大いにあり得る」

 重苦しい空気が部屋を包む。国民の避難とレイナ・ヘルシャーの遺体の奪還の阻止。どちらも切り捨てるわけにはいかない。

「……分かりました。遺体は我々が守り抜きます」

 ライードはレークスに告げる。

 レイナ・ヘルシャーが復活すれば人類は滅ぶ。人類の未来を賭けた戦いだ。命に代えても成し遂げなければならない。


 エヘルシト、ミゴン、カルチェレからの避難民を受け入れた後、レークスは自らが国民を率いて避難を開始した。向かう場所は先の大戦で同盟を結んだパラストだ。

 パラストの王はレークスと古くから親交があり、避難民の受け入れも行ってくれるだろうとの読みだった。そして、王都に残ったのは王都軍千人余りとライード、ユースティア、エレティコ、レベリオだった。


 決戦が近付く中、ライードたち四人は作戦を練る為に集まった。

「魔族の最終目的はレイナ・ヘルシャーの遺体を奪還する事です」

 部屋の一角でユースティアが告げる。

「そうは言うが、どうやってこれだけの人数で守るんだ?」

 ライードは現状の戦力を再認識して言う。魔族よりもひ弱な人間が千人余り。そして、魔族は五千を超える軍勢だ。戦力は五倍以上違う。

「戦力の分散は行いません。遺体を城に移し、籠城戦に持ち込みます」

 籠城された城を落とすには十倍の戦力が必要と言われている。戦力差を考えれば、籠城は悪い選択ではない。しかし、一つの懸念がある。エレティコはそれを口にする。

「でも、それって食料とか無くなるんじゃないんですか?」

 例え籠城しても食料などの物資が無くなれば餓死しか道は無い。本来、籠城は援軍を待つことが目的だ。決して援軍の無い状態で行う作戦ではない。しかし、それでも勝機はあった。

「その心配はねぇな。あいつらは強引にでも攻めてくる、確実にだ」

 レベリオのいう事は納得できる。魔族には兵糧攻めするという選択肢はないだろう。一刻も早く遺体を奪還し、魔王の復活を熱望している。

「現在、都市の各所に罠を設置しています。敵が都市に侵入してきたら、それらを使って少しでも戦力を削ります」

 そして、ユースティアは地図を広げて一点を指差す。王都の前に広がる平原。魔族軍の進攻ルートだ。

「私たち四人はこの平原で魔族軍と戦います」

 四対五千。圧倒的な物量の前に息を呑む。しかし、やるしかない。勇者であるライードたちにしか出来ない事だ。

「何か作戦はあるのか?」

 戦いを前に笑みを浮かべるレベリオが口にする。

「作戦はありません。全力を以て一体でも多くの魔族を倒すだけです」

 ユースティアの言葉にレベリオは更に口角を上げる。獣の様に闘争本能に任せて拳を振るう事を何よりも彼は求めている。それが実現される。

 悲痛な面持ちをしたエレティコ。ライードは人類の全てを背負うように真剣な表情をしていた。

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