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01

 ライード・インシオンには何も無かった。それは生まれる以前から決定付けられ、生まれた後も決して覆ることはなかった。

 煌びやかな都市の陰で泥水を啜りながら生きる。それが彼の人生だ。小さい頃に母が話してくれた正義の味方の物語。人々を魔族の手から救う勇者に憧れ、いつか自分も勇者になると幼心にそう思った。しかし、現実は非情だ。

 人は常に他人との競争の中で生きている。自分よりも下の人間を見れば安心できるからだ。王都においてもそれは例に漏れることない。分かりやすい優越感。都市を機能させる上でスラム街は必要不可欠だった。

 スラム街で生まれ育ったライードは日々を生きるのに精一杯だった。他人の不幸を気にしている余裕なんてものは無い。周りの人間が明日には姿を消していようとも、今日をどう生き抜くか、それだけを考えていた。

 成長するにつれて、母の言葉は色褪せていった。勇者はおとぎ話の中の存在だ。現実は非情で人ひとりが出来ることには限界がある。いつしか、ライードは母の言葉を思い出すことも無くなっていた。

 そんなある日、彼の下に現状を一変させられる様な旨い話が転がり込んできた。是が非でも掴みにかかるのは当然だ。そして、忘れかけていた幼い頃の憧れ。国民から賞賛を送られ、誰からも蔑まれる事はない。自分とは真逆の存在。ライードはそんな存在へと変貌する。そう、先の魔族との大戦で活躍した、おとぎ話の中ではなく本物の勇者アース・グラーヴォノエの様な存在に。

 二年前の魔族との戦争の時。アース・グラーヴォノエは颯爽と現れ、魔族たちを次々に葬っていった。そして、最後には一人で魔王を倒すまでに至った。それを聞いたライードは自分の中に何かが生まれた様な気がした。熱い何かが胸の奥に燻り始めた。

 千載一遇のチャンス、しかし失敗すれば命を失うという。

 ライードは自分の人生を振り返り、考えた。

 このまま生きていても何も変わらない。ただ毎日を必死に生き、最後は無様な死を迎えるだけだ。ならば、人生の賭けに出るのも悪くない。可能性が僅かでもあるならば希望にすがりたい。もしかしたら、自分もアースの様な存在になれるかもしれない。

 ライードは決意した。自らが勇者となることを。


「本当にやらなくちゃいけないのか?」

 ライードは隣に立つ女中に問う。

「はい。勇者としての最初の責務だとお考えください。それに勇者様はただ立っているだけで大丈夫です。すべて他の者が行いますゆえ」

 女中の言葉を聞いて小さくため息を漏らす。

 ライードに与えられた最初の仕事。それは勇者として民衆の前に姿を現すこと。

 アースという勇者を失った民衆は魔族との戦いに勝ったにも関わらず、どこか意気消沈していた。それを補うためのライード、というわけだ。

 民衆の前に司祭である男が立ち、熱弁を振るっている。

「魔族との大戦はすでに終結しました。しかし、今も尚、各地では魔族との争いは後を絶ちません。それは、人間が弱い、という魔族の認識がゆえにです。ならば、我々が如何に秀でた種族なのかを魔族たちに知らしめようではありませんか! 各地での戦闘支援を目的とした勇者一行の旅。その第一歩が今日なのです!」

 司祭の言葉の熱に当てられたのか、広場に集まった民衆のボルテージが徐々に上がっていくのが分かる。次第に会場全体が一つとなっていた。

「それではご紹介いたしましょう! 先の大戦の後、消息を絶った勇者アース・グラーヴォノエの後継者にして、精霊の加護を受けし偉大なる勇者、ライード・インシオン!」

 司祭のよく通る声が大げさにライードの登場を告げる。女中に背中を押され、ライードは歩み出た。

 目の前に雲一つ無い快晴が広がる。穏やかな気候に身体が包まれる。一度深呼吸をして、舞台の上から観客席を見下ろす。

 そこには多くの民衆がいた。その全てがライードに羨望の眼差しを向け、歓声を上げている。半年前には考えられない状況。自身の内から沸き起こる身震いを抑圧する。俺は勝った。そんな言葉がライードの頭を支配した。

「手に持つは魔族を滅する偉大なる聖剣。そして、鋼の意志で世界に救済をもたらしましょう!」

 ライードは腰に携えている鞘から直剣を抜き出し、天へと掲げた。その動きだけで民衆は歓声を上げた。

 民衆に手を振り、歓声に応える。隣で司祭が再び口を開いた。

「勇者ライードにはこれより旅へと赴いていただき、世界をお救いいただきます。そして、そんな勇敢な旅を共に歩まれる従者たちをご紹介いたしましょう」

 ライードが勇者になってから様々な訓練を受けたが、その間、自身の従者となる者たちと会うことはなかった。ゆえに今ここで初めて顔を見ることになる。

 期待と不安が入り混じった感情。長い旅になるのだ。どうせなら気の合う者同士が良いと思うのは至極当然のことだ。

「戦士レベリオ・ホクム! 騎士ユースティア・フェアラート! 遊撃士エレティコ・リウランジャ!」

 司祭の言葉に応じて三人が姿を現す。ライードの視線が左右を行き来する。

 戦士レベリオ・ホクム。引き締まった筋肉、荒々しい顔立ち、闘争本能を隠そうともしいない若獅子の風貌。防具らしい物は無く、手甲を着けているだけの軽量すぎる軽量。鋭い眼光で民衆を睨みつけ、如何にもこの場にいたくなさそうに振る舞っている。

 騎士ユースティア・フェアラート。レベリオとは対照的に微動だにせずに直立不動を保つ若い女。白い肌に切れ長の目、絹糸の様にきめ細かい金色の長髪。機敏性を失わない程度の鎧を着込み、腰には長剣を携え、背中には白銀の盾がある。高貴さを伴うイヌワシの風貌。

 遊撃士エレティコ・リウランジャ。浅黒の肌に大きな瞳の少女。ショートカットの黒髪が周囲の光景に驚き揺れる。腰に弓とダガーを携え、身体を覆う衣服は緑と黒を使った波の様な模様。見知らぬ土地に連れてこられたウサギの風貌。

 ライードは三人を見て、複雑な心情になった。特に一番端。気怠そうな態度を隠そうともしない戦士レベリオ。気が合うとは思わなかった。

「勇者一行はこれより旅へと赴きます!」

 司祭の声でライードは正面に目を向けた。今更、仲間を選ぶことなど出来ないことは分かっている。

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