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残り……03:56分

 イヴは時分、力になってくれるだろう良き知り合いが居るといって、名も無き森の奥深くの道のりをカゲンに案内しているところであった。


「どこまで行くんだ」


 長い雑草が生い茂った森の中をイヴの後に続いて進むカゲンは、吐き捨てるように、そういった。


「もうすぐに着く」イヴはそういいながら、ずんずんと前へ進んで行く。


 やがて、長い雑草の塊をカーテンを開けるようにどけながら進んで行くことにも慣れた頃。鉄分によって赤く染まられた赤水晶のように真紅色の肌を帯びた大きな魔物が寝そべっている姿が、雑草をどけた隙間の先から、徐々に見えて来るではないか。


「なんだありゃ!」


カゲンは目を見開き、叫ぶや否や、イヴはさも親しげに紅き魔物――ドラゴン――に近づいていった。


「プリュークス殿!」イヴは、お得意の低い声音を、森の中に地震が起きるかの如く張りあげた。


 すると、ドラゴン――プリュークス――は巨大な体を徐に起き上がらせて、耳まで届くほどの大きな口を開ききり、ずらりと並んだ白き鋭い牙があらわになる。これは、寝起きのあくびだった。あくびをしたときの、唸り声の勢いは物凄く、森や川や大地がグラグラと揺れ動き、草木はなぎ倒され、大地震が同時に起こったようなありさまであった。


 それを目の当たりにしたカゲンは、驚きのあまり、思わず二歩ほどあとじさっていた。それに対し、イヴは石のようにびくともせずに相変わらずプリュークスの前に(たたず)んでいた。


「我の昼寝を邪魔するとは、いい度胸。されば、それだけ価値のある上手い話でもまた持ってきてくれたのであろうな、イヴよ!」プリュークスは、赤い口調ながら、期待を寄せている(てい)である。

 

「前ほど上手い話ではあらんよ。だが、勿論、価値ある話であろうな」イヴは答えた。


「ほう。聞こうか」言葉を切り、「ところで、お前の後ろにいる赤毛のヘナチョコは何者か」


 カゲンは、そんなことを言われても、何も言わずに佇み、二人の会話を聞くばかりである。

そんなことで、一々イラつく暇など一寸もない状況なのだから、当然といえよう。

 ところが、イヴはイラついたらしく、プリュークスの言葉を遮った。


「今回の件において思考を巡らせれば簡単なことよ。もしも、汝が協力を承るなら汝は脇役に過ぎんのだ。それだけの存在をヘナチョコを申すとは何事か」


「お前がそこまで言うとは、只事が起きた訳ではあらんようだ。イヴよ、その件、話してたもれ」


プリュークスは、ようやく真面目な表情に変わると、そういった。


「この国、唯一の闇の女神をプリュークス殿も知っているだろう。……その者、死ぬぞ」怒りの如く重たく低い口調だった。


瞬時に、プリュークスは目の色まで赤々と染めるように眼力を強め、そして叫んだ。


「それは左様か!」


「無論」と、イヴが答えた。「闇の精霊・封印の扉を開いた犯人の証拠を掴めなければならんのだ。さもなくば、この日が沈む頃には彼女は処刑される。その為に協力願いたいのだ。私達をユグドラシルまで連れてっておくれ」


「貴重な人材である女神の命を救う為に、我が友がここへ参ったというのなら、我も聞き()る他ないようだ。そのひしとした頼み、承いろう!」


プリュークスは、言うが否や大きな尾を振るって二人を蹴った。すると、その拍子に二人は投げ飛ばされて、丁度プリュークスの背中の上に乗らさった。


「そう言う割には、随分と乱暴じゃあないか、プリュークス!」カゲンはいった。


プリュークスは、矢の如く高々と空へ上りながら言いだした。


「文句を言うなら、ここから突き落としてやるぞ」


「それは、勘弁を……」


すると、プリュークスはカゲンの言葉を聞いて、思わずニヤついた。


 しばらくすると、プリュークスは体を傾けて、真っ直ぐに空を飛びはじめた。

 アムール国が遠ざかったころ、息を呑むほど美しい景色が広がっているではないか。

 緑の生い茂る森、広大で真っ青な海、そして様々な異国と民の姿が見下ろせる。

 しかしイヴは、それどころではないと言ったように、カゲンの肩の上に飛び乗ったまま、震えていた。

 そこでカゲンは悪巧みを抱いた少年のように、「高いところが怖いのかい?」と聞いた。


「な、何を言う!」イヴは叫んだ。「この私が、怖いだと? よもや……そんなことがある筈がない」


 すると、プリュークスはカゲンのその悪巧みに乗ったように、言いだした。


「イヴは昔からの高所恐怖症だ! まあ、そんなことは当然だがな。犬っていう生き物なんぞ臆病なもんさ!」


「なっ、何を……プリュークス殿!」


 と、イヴは言い返したが、プリュークスは、くく、と笑うばかりであった。

 そんなことをしている内に、一行は真下に目的地が見下ろせる所まで着いた。 

 そこは何億年も何億年もの歳月、広大に育った大樹に広がる国、ユグドラシル。

 トルネコの木の周囲に取り囲まれたシャボン玉状の膜は、ドラゴンの翼によりすごい勢いで破れた。カゲンは思わず見上げた。だが、すぐに修復されシャボン玉状の膜は元通りになっていた。

 本当に様子がおかしかったのは、それではなく、ドラゴンの方だ。ドラゴンは、先程の衝撃を受けた拍子に意識を失っていた。

 そのまま、急落下する。

 カゲンは驚いて、眼下を見下ろした。

 鮮やかな緑の草で覆い尽くされた地面が近づいている。


「おい、ドラゴン。何をしている!」


 カゲンが叫んだ。


「意識がない」


 まったく表情を変えず、イヴは言った。


「なんだと」


 カゲンはパニックになって、言い返す。

 その矢先、全身に激しい衝撃を受けた。骨が折れたのではないかと思った。

 地上に不時着したのである。


2


 処刑場のなかは、長い沈黙が流れていた。重々しい沈黙の空気を、初めに破ったのは、女王であった。


「そなたのストーンは今日で完成のはず。カゲンが戻るまでの間、取り返してきてもよい」


 岩のように立ち尽くしていたエンデュは、肩ごしに女王の方を振り向いた。


「……分かりました。すぐ、取り返して参ります」


 そう言うや、エンデュはジュノの方に後ろ姿を見せ、処刑場から去っていった。

 人間界へ赴くまでに、そう時間はかからなかった。

 高松理子(たかまつりこ)は、新鮮な空気を吸おうと学校の屋上へ足を踏み入れていた。校内は、空気どころか、人々までもが汚れているように感じてならない。たとえば、何故そんなことを皆は口に出してしまうのだろう? (悪口や、人が傷つく言葉のこと)とか、逆に考えれば、何故私は周囲の人間より考え方が大人びているのだろう? とも思ってならない。だが、そんなことはどうでもいい。そう思ったのは、背後に記憶のある足音が聞こえてきたからである。


「やはり、ここにいたか」背後の男はそう言った。


「もちろん」


 理子はそう答え、振り返った。


「悪いが時間がない」


 男――エンデュは、歩み寄りながら言った。


「なぜ?」


「友人が処刑場に捕らわれている」


「では、なぜそうなったの?」と、理子はたたみかけて言う。


「闇の精霊・封印の扉が解かれ、国はめちゃくちゃだ。それは邪悪な精霊で、封印を解いてはいけなかった。封印が解かれた原因は、俺同様に力を失っていた闇の女神の影響だと女王は考えた。……しかし、もう一人の勇敢な友人が、日が沈むまでには、扉の封印を解いた犯人の証拠を掴むだろう。それまでの辛抱だ」


 息を吸って、エンデュは言った。


「最後の最後に、すまない。すぐ戻らねばならない。だから、今すぐにストーンを取り戻す必要があり、来たのだ」


「そんなに一大事なら、しかたないね。……分かったわ」


 理子は、眉を下げながらそう言った。


「ありがとう」


 エンデュは、理子の胸元へ手をかざした。すると、瞬く間に青いオーロラが現れ、彼の手のなかへ吸い込まれていった。

 処刑場に捕われた闇の女神の顔は蒼白で、血の気もなかったが、扉が開く音を聞くや顔を上げ、安堵した。エンデュが戻ったのである。

 だがエンデュの方は、まだ安心しきることは出来なかった。万一、カゲンが証拠を掴めなければ、この手で、彼女を死なせなくてはいけなくなるのだから。

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