創作物:タマノイレモノ
営業課の先輩と後輩がマンション近くを歩いていた。
「ああ、そうそう。俺、数年前にここで化け物を見たんだよね」
「化け物、ですか。羽津市ってそういう話多いですよね」
「うん、そうだな。チラッとしか見てなかったんだけどさ。何か茶色いものを被って、ぎょろぎょろした眼をしてた。尻に西洋の剣が刺さってた」
「……ぷっ、何ですかそれ。吸血鬼とかじゃなくて?」
「本当、なんだったんだろうなぁ。いきなり倒れこんで苦しんだ後、消えちまったよ。不思議と、いい匂いがしてたんだよな。なんっつーか、煮物系?」
「今晩、小料理屋はるるに行きましょうか」
「だな、何だか肉じゃが食べたくなったわぁ」
先輩と後輩は小料理屋で働く女性の話題へと移行するのだった。
―――――
所狭しと人形が並べられている部屋に案内されたとき、誰かに見られた気がしてならなかった。
「ここです。ここが、私の部屋です」
丸刈りに恰幅の良い初老の男性。二の腕までシャツがめくり上げられているため、手の甲などの傷跡が隠れていなかった。
「凄いでしょう?」
魅入られていると、言うしかない。別の仕事で人形が好きな人の家に行ったときも似たような光景であったが……あの部屋は暖かい感じがした。この部屋は、冷たい感じだ。
ふと、視線を感じた。そちらのほうを見ると人形に埋もれるようにして一体の人形がこちらを見ていた。白い肌の人形で、髪の毛は無く、服も着ていない。乳房に恥丘も見て取れる。
「夢川さん?」
「え? ええ、本当に凄い部屋ですね」
何百という人形が部屋の中央を見るようにして置かれている。家の中を歩いてきたのに、この部屋だけ異界のようだった。
人形に詳しくない俺が見ても、たくさんの種類だ。小さな女の子が買って(正確に言うと買ってもらってだが)世話をする赤ちゃんのお人形から継ぎ目なんかが見えるとても高そうなものまで。陶器製の人形や雛人形まで置いてあった。サイズも色々で、手のひらサイズからマネキンサイズまで置いてある。女性型、男性型、宇宙人と本当に様々だ。
「仲間からは節操が無いとよく言われるんですよ」
一本の道を行くのではなく、この人の場合は複数の道をローラーでゆっくりと進むタイプなのかもしれない。
「そう、ですか。それで、件の人形とは?」
「あの子です」
さっき俺を見ていた人形を指差していた。
「いつの間にか、紛れ込んでいましてね。気づいたのは一週間前でしょうか」
「何か変化があったんですか」
「はい。空気がぴりぴりしていて、皆が騒ぐんです」
皆とは誰かとは聞けなかった。
「それにあの子、相当危険な性格のようで……ほら」
部屋の奥から人形を一体大切そうに持って来た。首にはかみそりが突き刺さっている。
「えーと、ほかの住人をこのように傷つける……と?」
「はい。私の腕にも何度、刃物が突き刺さったことか」
本当に困ったものです。津村さんは残念そうに首を振っている。俺が同じような立場になったら即効で燃やしているだろう。ごみに捨てる、は駄目だ。アイルビーバックになるって喋りそうだ。
「この人形に未練、無いんですよね」
「ええ、思い出も何もありませんからね」
「そうですか。じゃあ、私が持ち帰ります」
「あの、くれぐれも気をつけてくださいね。夢川さんは車に……」
「乗ってきていませんから安心してください……まだ何か、エピソードがあるんですか」
「車両を運転していたら、かまれたんです。危うく事故るところでした。さすがに危険なので、夢川さんを頼った次第です」
とても危険なお人形さんである。
包みに入れて事務所へと持ち帰ることになった際、津村さんは俺に言った。
「もし、その人形が終わりましたら連絡ください。珍しいものを見せてあげますので」
「はぁ、わかりました」
これだけ珍しい人形に続くもの……一体、なんだろうか。
探偵事務所に帰りついた際、包んでいた風呂敷が腐っていた。
「おいおい、冗談だろ」
風呂敷が破けるなんてどんなマジックだ。挙句、どこからとも無く、ふふふ……と笑う女の声が。
「これどっちかというと霊媒師でも呼んできたほうがいいんじゃないのか」
色々な連中と顔を合わせてきたものの、俺はまだ霊媒師関係と顔を合わせたことが無い。偽者、本物含めてだ。
少々考えて、俺は以前手に入れた持っていると幸せになれる壷とやらを持ってきてみた。大きさは八十センチほどだろうか。人形を折りたたんで中に突っ込んでみた。
「これで一気に不幸の壷にはや変わりだ」
おふざけに対する人形の反撃も非常に怖い。とりあえず塩でも盛っておけば大丈夫だろう。
「……料理のときは塩分少なめにしてるけど、こういったときはどうなんだろう」
立ち止まったとき、人は本質を見出す。
最初は、バ火力から徐々に下げていく。もしくは徐々に強火にしていく……中間から入るというのもある。
「少量でその程度、きかんわこわっぱなんていわれたら嫌だもんな」
ケースバイケース。今回はとりあえず容器に入っていた塩を全部入れてみることにした。
「うん、よし。まだできることはあるか」
冷水を掛けて、身体を清める方法があったか。冷蔵庫に入っていた六甲の水をぶっかけよう。
「とりあえず、二リットル行っとくか」
躊躇無く水を掛けて、さて、次はどうしたものか。
幸せの壷にいれ、塩で清め、ついでに水でも清めておいた。
「まだいけるはずだけど……ちょっと、塩を買い足してくるか」
ついでに買い物にも行ってくるかな。
「おや、あかない」
鍵なんて掛かっていないはずなのに、玄関が空かなかった。
あれだ、この前その手のゲームしていたら似たようなことがあった。
「しかしながら、事務所にはあのすげぇカメラがないんだよなぁ。あぁ、そういえば俺零感だわ」
リメイク版の姉妹が色々と成長していてちょっと残念だった。特に胸部が。
それはさておき、出られないとなると現状のものでどうにかする必要がある。
「……もう、こうなったら神様だな。神様を、呼ぶしかない」
困ったときの何とやら。日本人に神様いると思いますかと訊ねると大抵が見たこと無いけど入るんじゃないのかなと答えてくれる。
これを駅前なんかでやると相手はさっさと逃げていく。まるで俺が宗教の勧誘をしているようじゃないか。
「いわしの頭も拝めば神様だからな。きっと、召喚できるに違いない」
冷蔵庫の中身を確認して、俺はこの前買ったママカリを取り出した。
「……これ、いわしの種類だっけ」
確か、ニシンの仲間だったよな。ニシンってイワシの仲間か。これでいいんだろうか。
そのとき、窓ががたがたと揺れ始めた。ママカリをレンジの上において窓を見に行く。
「うおっ」
窓が何か赤い液体で塗られていた。
「こりゃ怪奇現象ってやつか。えーと、ろうそくろうそく……」
学生の頃、友達が夜な夜な泣き叫ぶというモーツァルトの肖像画の前に神聖な蝋燭とかいって火をつけた蝋燭真下に置いたんだよ。そうしたら、小火騒ぎになって大変だったぜ……まぁ、二度とモーツァルトの肖像画が泣き叫ぶことは無かったけどさ。
「着火したものの、浄化されてる感じがしないな、これ」
日本で蝋燭というと仏壇前がベスポジだからな。血塗られた窓前におくと邪教の祭壇みたいになってるよ。
「おっと、こうしちゃいられない。神を召喚せねば」
ママカリの首を落とし、焼き目をつけて壷の中へと入れる。頭でも充分食えそうだったがまぁ、人形を始末するためだ。仕方ない。
「……ママカリ(身体)は酢漬けにするか」
ご飯を借りに行こうとしても玄関、開かないからな。現時点でご飯を借りられない以上、このママカリはママカリではないのである。
「サッパと呼ぶしかない……ええと、酢漬けは酢と鰹節としょうが、あとは塩だったな。うろこをとって塩を……あ、塩がない」
ママカリ改めサッパの神様を呼び出す前に、酢漬けを作ろうとしたら塩が無かった。やはり、鍋に材料を突っ込むときは襦袢というものを考慮しなくてはならない。料理だってさしすせそが大切なのである。昔の人は凄いね。
「しょうがねぇ、サッパの酢漬けは後回しだ。塩を買ってこないとどの道ほかの料理、できないしなぁ。あ、でも玄関開いたらご飯借りにいけるからママカリに名前、戻るのか」
壷の中に突っ込んだママカリの頭が浮いていた。見た目はアレだが、匂いは焼き魚のいい匂いだ。
「発酵……したのかな」
風邪を引いたとき、人体は発熱する。これはウィルスと戦っているからだとかなんとか利いた気がしないでも無くはない。身体が、がんばっているのだ、うん。
それと一緒で、この人形とママカリ頭が戦っているのだろう
「……いわしの頭って鬼を払うんだったかな」
鬼が弱いのか、いわしの頭が凄いのかは定かではない。ああ、でも誰もが知っている節分って豆をぶつけて鬼を退散させている。つまり、いわしの頭が凄いんじゃなくて……。
「やめとこ。これで鬼がなめとんのかおらぁとか来たら面倒だわ」
いわしが鬼を払うなら、ママカリは何を払うのか……不明だ。
「人間の頭も見せしめとして犯罪抑止に使われていたり、武将から報酬をもらうために必須だったらしいしなぁ」
饅頭だってそうだし、団子もまぁ、似たようなもんだろ。
「ああ、忘れてた。清酒って効果、多分あるよな」
お酒って神聖なイメージが個人的にあるんだよね。よし、いけるだけいっとこ。
そろそろ壷もお腹いっぱいになったことだろう。
「……あとは待つだけか。いや、待てよ? そういえばすげぇもんをもらってたっけ」
別の仕事で海外に派遣された際、地下倉庫でかの有名な聖剣の柄を爺さんから渡された。押し付けたくせに、俺に金をせびるんだから面倒なおじいさんだったぜ。
「ま、どうせ偽物だろう。パチモンといえど、多少の効果は期待したいもんだね」
さびてぼろぼろだからな。多分、偽物だ。本物だったら聖剣の出し汁が浄化してくれること間違いなし。
「よし、投入……したのはいいけれど、何だかなぁ」
そろそろ完成に近い気がする。一体、何が出来上がるのかは定かではないが。
「……ああ、あれだ。熱だな。聖火とも言うし、熱すれば大抵のものは消毒できる」
燃やしちまえば何とかなるのだ。ただ、部屋の中で燃やすわけにもいかない。
「熱すればいいだろ。懸賞で当たった大きな電子レンジがあったな」
壷をそのまま電子レンジの中に入れてあたためでスタート。最近の電子レンジは料理までできるから本当に凄いよなぁ。
チンができるまで時間ができた。今の間にトイレでチンを出してすっきりしてこようと思う。
トイレに向かう途中、チャイムがなった。
「いらっしゃいませー」
客だろうか。のぞき窓から外を見ると誰もいない。
「ん?」
しばらく見ていると、影がさしこんだ。ぎょろりと、人ではない瞳がこちらを見ている。
「っ!」
すかさず拳銃を抜いてのぞき窓を通して発砲する。一発、二発、三発……一発二十万円の特殊弾があっという間に消えてしまった。
「ったく、驚かせやがってちびったらどうするよ」
断末魔の叫び声が聞こえてきた。まず、人間はあんなエコーがかった声をあげることは無い。
ちなみに今打ち込んだ弾丸が人工で作り出された竜の臓物を突っ込んでいる。無限に細胞を増殖させて酸素に触れるとはじける。相手の肺に撃ち込むことで絶大な効果を得られるのだ。
トイレに行ってチンを出すより先に、チンが鳴り響いた。
「……もしかして俺ってレンジでゆで卵を作ろうとしているばか者になってないかな」
ラップなんてしてないから爆発、してないよな。
恐る恐るレンジを開けてみた。
「……消えてる」
一体、どこに行ってしまったのだろうか。動いて人に危害を加える前に始末しなくては……。
「あ、開いてる」
俺は急いで外に出て、捜索を開始するのだった。




