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終わった明日は今日の昨日

 夢川冬治が親戚の子からエンキリという一族を教えられたのが昨日。

 そして、そこに行くよう指示されたのがついさっきであった。急である。

「なんだかなぁ」

 平日の昼下がり、真夏は過ぎたとはいえ充分に暑い。屋根の熱気が大気を捻じ曲げているのが確認できる。

 冬治がやってきたとき客は居なかった。この暑さに外出しようという気が起きないのかもしれない。早朝か、夕方……暑いといえど、まだ今より幾分かましだ。

 ベンチに腰掛けて雨避けの屋根を見上げる。灰色と黒のマーブルが広がっていた。

「……ふぅ」

 近くにあった自販機で飲み物でも買おうとする。立ち上がったとき、プラットホームに彼以外の乗車客がやってきた。

「おや、君は……」

「あ、どうも。ご無沙汰しています」

 初老の男性は冬治を見て軽く驚いていた。冬治も、この暑さに汗一つかかない男性を見て少し驚いたりする。

「元気かい?」

「ええ、元気です。そちらはお変わりないですか」

 男性は苦笑すると頷く。

「そうだな、こちらは何も変わらないよ」

 根無し草。冬治が初老の男性……親戚のおじさんに対して抱いている印象だ。もしくは食虫植物でもいい。

「これからどこに行くんだい?」

 冬治の隣に腰掛けて、男性は聞いた。冬治のほうを見るでもなく、入道雲を眺めている。

「いえ、どこにも行きませんよ。ただ隣の駅近くの知り合いに行くつもりです」

 会いに行くよう言ってきたのは男性の娘からだった。男性と娘が一緒に居るところを、まだ一度も見たことはなかった。

「なるほど……」

 電車が近づく音が聞こえてくる。それと同時に、またプラットホームに人がやってきた。おそらく二十後半、自信に満ち溢れた表情をしていた。

「久しぶりね。探すのに苦労したわ」」

 少し高飛車な感じで声をかけられ、冬治は首を傾げる。もしかしたら探偵事務所にやってきたお客かもしれないからだ。

「なんとか言ったらどう?」

 視線の先に、冬治は居ない。

 そこでようやく自分ではなく、隣の男性に声をかけていることに気づいた。

「……そうか、良く見つけたものだね」

「私をあまりなめないでくれる? そんなことより、式の日取りは考えてくれたかしら」

「おいおい、本気じゃないって言ったのは君だった。もう忘れたのかい」

 まるでドラマだな、もしも冬治がこの光景を見るのが初めてならそう思っていたことだろう。実際は数度目なのだ。

 駅で親戚のおじさんを見かけると、色々な女性がやってきて奥さんと別れることを言って大抵はバイオレンスな事に発展する。

「冬治君、電車が来たぞ。乗り込んだほうがいい」

「あ、はい。あの、今回も頑張って下さいね」

 介入するのは容易だが、男性がそれを望んでいないように見えた。

「次があるなら、また駅で会えるかもな。いやはや、君と駅で出会うと女性に追いかけられて大変だよ」

 どこか嬉しそうに、楽しそうに男性は顎をなでる。

「おしゃべりはここまで。観念なさい」

 女性が指を鳴らすと同時にたくさんの黒服が現れ、男性を囲む。

「今回は男性にも縁がありましたね」

 冬治の言葉に男性は苦笑しながらも頷いていた。

 そこで、冬治を乗せた車両が動き出しあっという間に男性は見えなくなった。

「俺もあんなふうに追いかけられたいものだな」

 誰が聞いているわけでもないが、冬治はそう呟くのであった。

 数分程度で次の駅に到着する。教えられた住所と地図を頼りに目的の場所へと向かった。途中からは必要なくなった。なぜなら、以前住んでいたことがあるアパートということに気づいたからだ。相変わらず外見は汚い。

「そんで、この一室か」

 チャイムを鳴らす。一人の青年が出てきた。縁を切るという不思議な一族の青年らしい。

「あの、ここで縁が切れると聞いたのですが」

「あ、はい。電話してもらった夢川さんですね。どうぞ、入ってください」

 部屋の中に案内される。特に何も無い、ちゃぶ台しかない部屋だった。

「まず、縁を見てみますね」

「はい」

 特別何かするわけでもない。青年はじっと冬治を見ていった。

「同名異人の縁が強いですね」

「え?」

「パラレルだったり樹形図系だったり……なかなか珍しい縁をお持ちです。分かりやすくいうと、徐々に形を変えながら、別の世界を作り続け、存在し続ける感じですね」

 全然分からなかった。冬治も少しばかり不思議なことに巻き込まれているが、それでも理解できなかった。

「ま、安心してください。これで断ち切ってしまえばそれまでです」

 そういって近くにおいてあった蜃気楼のような刀を見せる。

「それまで?」

「ええ、もうあなたが分裂することはありませんよ……どうします?」

「俺は……」

 数分後、冬治は悩んだ表情で外へ出た。

「切りたくなったときはまたいらしてください」

「……ええ、ありがとうございました」

 冬治はまだまだ知らない事があるのだとため息をついて自分の場所へと向かうのだった。


最終話です。いかがだったでしょうか。予定ではいつもどおり四つほど話を準備するはず……こほん、今回で色々と終了予定です。気になるシリーズも一旦終了。思えば数年程度やっていた気がします。楽しんでもらえたのなら幸いです。これまで、長い間ありがとうございました。

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