B:第一話 放置三大原則
電車に乗って、アルケミストを探しに行こう。
それで見つかれば物語自体終わってしまう。しかし、人生は物語の積み重ねだと誰かが言っていた。終わってもまた、新しい物語を始めればいいのだ。
まぁ、今から行くのは地藤グループのビルなので本格的に探しに行くわけでもない。
「ん?」
俺の向かい側の席、優先席近くに見るからにやばい女がいた。何だろう、以前そう言った類の人間と接したからわかる……なんとなく。先生から起きぬけに当てられた時、上司から説明責任求められた時に光るあれだ。そう、天啓。
目を逸らす瞬間、俺とあいつの視線が重なった気がした。
「今のうちに目、逸らしとこ」
銀髪に、長髪。なだらかな胸に普通っぽい表情。近くの学園の服を着ていて、腕章の色から二年生までわかった。銀髪は物珍しいものの、それを外せば別段気にするような相手ではない。
基本的に他人なんて、その程度だ。別に知り合いでも何でもない。あまり見ていると厄介なことになる。
視線をずらして、俺は景色を見ることにした。
いや、やっぱり車窓からの景色っていいよね。電車の事なんてわからないけれど、のどかな故郷の景色を眺めるのは心休まるもんだ。
つんつん。
「ん?」
外を見ていると肩を突かれた。以前肩を叩かれたときは世界の窓が開いていたこと、指摘されたっけな。
「喰らえ、おどろきもものきブリッジ」
わけわかんない事を言いながら、俺の目の前でその子はブリッジを披露した。車両内は特に人が多いと言うわけでもないので目立っていない。グループで座っている女子生徒達は彼女の事を知っているのか、完全に無視している様子だ。
「……身体、柔らかいんだな」
「誰もそんな答えは期待して、ないっ。もっとほかに言うことがあるよねっ」
こういう馬鹿の相手は普通にスル―が一番である。
駅に止まり、人が増えてきた。さすがに、ブリッジをする程の広さは残っていないので俺の近くへと寄ってきた。
「ねぇねぇ、自己紹介しようよ」
「……普通に考えて、するわけないだろう」
「良く来たな夢川冬治。我が名は、間山椎名」
間山と言う知り合いはいるが、基本的にまともな人間はいない。どこかねじが飛んでいて、自分勝手に物事を進めたがる節があるのだ。以前、依頼を受けた際に向こうの都合に振り回されて残された少女の救出が遅れたのだ。
「何で、おれの名前を知っているんだ?」
「んほほ、何故でしょう?」
手の甲を口に当てて、にやにやと笑う。駄目だ、これは罠だ。
「……い、いや、気にならないし」
どうせ、以前依頼を受けた際の親族の誰かに違いないね。
「本当にぃ?」
「おい、顔が近いぞ」
「いやいや、こんなの普通の距離でしょ。ドキドキしちゃう距離?」
しねぇよ。見ず知らずで警戒している相手に発情しちまうなんて、ありえねぇよ。
その時、電車が揺れた。
「ぬ」
「んーっ」
唇を突き出して迫る女の子の顔を平手で抑える。そのまま、頭に指を喰い込ませて力を入れてしまった。
「ぐおおおっ」
およそ、女の子が口にしないだろう言葉を吐き出しながら俺にアイアンクローされていた。
「ぐふっ、さすがだぜ冬治の旦那。普通だったら、ぶっちゅう確定コースなのに……その身のこなし、普通の人間じゃないな」
俺の掌からそんな声が聞こえてくる。
「すまん、つい防衛してしまった」
「防衛って……旦那の唇はタイトルか何かよ。一般人はなぁ、防衛なんて言葉、使わないんだぞ」
俺の手から解放された椎名はその場で一回転した。
「まぁ、確かにそうだな」
「それに、乙女の初キッスをアイアンクローでいなすって人として、男としてどうよ」
ちゅーだぞ、ちゅう。椎名と名乗った少女の相手はしないほうが良さそうだ。
「初めての体験がパブリックトランスポォトレイッションなんてすっごく背徳感があるよねっ」
馬鹿キャラは見ない、聞かない、触らない……この三原則が妙な話からシリアスな話へと物語を進める第一歩である。何故、アルケミストは他者を溶かし、変質させる液体を作ったのか、その目的は一体何なのか……相手していたらきっと尺が足りなくなるに違いないぜ。
「次はうらはねー、うらはねー」
駅へ近づくことをアナウンスが告げる。俺が降りるのは浦羽津の次である羽津だ。
「ふー、ふふーん、ふふーん」
「……くそ、当然のように隣に居座りやがって」
一駅程度、歩けない距離ではない。変なものがついてくるのなら尚更だ。
「ああ、旦那、一緒に降りる? どうせ、羽津で降りるんでしょ?」
こいつ、本当に何者だろうか。俺の向かう先をぴしゃり言い当てやがった。
「……ああ、そうだよ」
「よし、んじゃこのままだな」
うへへと妙な笑い方をして俺の隣に居着く。
「あ、何だろあれ」
俺はタイミングを見計らって指をさした。
「え? どれさ」
「あのはげた親父の向こう側。何か、いるぞ」
「ん?」
首をかしげ、おっさんの向こうを見ようとする椎名を無視して俺はプラットホームへと降りた。それと同時に、扉が閉まる。俺は近くの柱に隠れて様子を伺った。
なにもいないぞ。そんな感じで唇を動かした椎名は俺がいるはずの場所を見て……どうやら、自分が騙されたことに気付いたらしい。
あの野郎、ふざけやがって。そう唇が動いた。すぐさま、降りようと扉に近づくが既に遅い。駅に向かって車内を走り始め、電車内のどこかで、こけ、ドラマで見たような展開が待っていた。
「……あいつ、何だったんだろうな」
まぁ、変な女の子は放っておこう。これ以上頭で考えているとまた出会いそうだ。
それから数十分ほど歩いて(思ったより距離があった)、駅前の地藤グループのビルへと入る。
「ああ、TPさん」
受付に向かうと美人さんが会釈してくれる。
「お疲れ様です。Sさん、居ますか」
「三階の資料室でお待ちですよ」
「わかりました」
受付のお姉さんと話を終えて、俺は階段へと向かった。電話でこのビルに来るよう指示された際、疑問を覚えたもんだ。電話で済ませればいいのに。誰かが盗聴しているわけでもないだろうし。
階段へと向かう途中、掲示板には黒い人に注意と恐らく痴漢注意のポスターを見つけた。私達にお任せくださいと、特殊部隊の装備をしたイケメンが微笑んでいる。
「……痴漢相手だよな? 全力過ぎないだろうか」
下の説明文を読もうとしたところで、激しい足音が聞こえてきた。
「まてぇいっ」
「ん?」
背後から何かが迫ってきて、ご丁寧に声までかけてくれる。
「とおっ」
そして、飛びついてきたようだ。それを避けると地面に肉塊がダイブしていった。
「ぐほっ」
そして何も無い床に倒れこみ、勝手にダメージを負っていた。職員さんたちが遠巻きにこちらを見ている。
「び、美少女避けるなんて、ひどすぎませんかねぇ」
「大丈夫か?」
両手両足を広げて地面に付している椎名を起こし、埃を払ってやる。銀髪にも埃が付いていたので軽くはたいてやった。
「一体、何の用だ。ここは関係者以外、立ち入り禁止だぞ」
「じゃあ、座って入ればいいんでしょ」
「さっき、立って入ってきてたろ。どの道お前さんはアウトだ」
基本的にどこのビルも関係者以外立ち入り禁止だ。
「ちょっと警備員さん、頭の残念な娘さんが入ってきましたよ。つまみ出してください」
「いやぁ、TPさん、勘弁してください」
何故だか警備員さんは及び腰である。相手が女の子だからどこか遠慮があるのだろうか。しかし、それでは駄目だ。この手の人間はすぐにつけあがる。
「しょうがねぇ、俺が叩きだしてやるか」
「えぇ? 旦那ぁ、そんな事言っていいのぉ? あたし、お偉いさんの娘だよん? そのおじさんが手を出せないのもそういう理由だけど?」
「証拠を見せろ、証拠を」
「これでいい?」
渡されたのは学生証だった。間山椎名、羽津女学園三年生と書かれている。でも腕章は、二年生の物だ。一年が赤で、二年が青。三年が緑のはずだったのだが。
「ああ、この腕章? 青色がいいから青色継続」
やっぱり頭が残念じゃないか。
「……三年がこんなところで油を売っていていいのか? ちゃんと、進路の準備しろよ」
学生証を返すと同時にそういうと、首をすくめられた。
「親のコネとかでどぅーにかなるもん。それに、頭いいし」
何せ才女ですから。そういう椎子の顔に知性は見受けられなかった。
「知性の欠片もなさそうなのにな」
「痴性の欠片だなんて、真昼間から何言ってるの」
相手をしているだけ無駄で、疲れる。
ため息をついて無視しようとすると腕にひっつかれた。
「……俺は椎名の事を誤解していたのかもしれないな。俺の事をこんなに想ってくれる女の子とすぐに出会えるなんて。もう、離さない」
「待て、適当なことを言うな」
力で引きはがしたいところだが、触れば何を言って来るか。
何でだろう、女の子に腕を抱きしめられたって言うのに女郎グモに捕まった感じがするぞ。
「えへへ、無理に引き剥がしちゃっていいのかな? 騒いじゃうよ?」
この人、痴漢ですなんて女の子に騒がれてみろ。アドバンテージサーバーから始まるようなもんだ。
「夢川さん、遅くないですか?」
ぎゃあぎゃあ騒いでいたせいか、俺が会うべき相手が階段から降りてきてしまった。
「ああ、Sさん。変な子に捕まっちまって」
「変な子?」
「この子です」
腕にひっついて居る少女を指差すが、Sさんは何やら納得していた。
「あれ? 二人とももう、会っていたんだ」
不吉な予感。ゴキブリが出てくる前のそれによく似ていた。
「ほら、夢川さんって助手が欲しい的なことを言っていたじゃないですか。彼女、今日からあなたの助手ですよ」
「はぁ? 確かに、言いましたけど俺にも事前に決める権利ぐらいあると思いますが」
攻め口調で言うとあっさりSさんは口をすぼめた。
「……しょうがないじゃない、お偉いさんの意向だもの」
「いや、幹部の娘か何か知りませんがね、危険なことに首を突っ込ませるなんてどういう了見ですか」
「だから、私に言ってもしょうがないでしょう?」
確かにそうだ。後ほど、ちゃんとした抗議を入れねば。
「……すみません」
「旦那、そう肩を落とすなよ。生きていればいいことあるから」
いらっとさせる言葉に気持ちをなだめながら、聞いてやることにした。
「いいことってどんなことだよ
「そりゃ、いいことだよ。たとえば、私が助手になるとか」
近くにちゃぶ台は無かった。




