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創作物:岩鬼

 盆地から車で四十分ほど飛ばして向かった先にあるのが空羽津村らしい。

 らしい……男らしい、女らしい、マンゴーラッシー……滑った感があるし、らしいとこのらしいはおそらく同じ言葉でも意味は違う。日本語は難しいと言う外国人の言葉も少しは頷ける。

 らしいというのは当然、俺がそんな村を見た事が無いからだ。嘘かまことか、日とならざる者の村だそうで、若者なんていないとの事。長い間、近くの羽津市に住んでいたけれど、そんな村があるとは全然知らなかった。地図で見ても、ククルアースで確認しても、そこには山しかなかった。

「こりゃ、車じゃこの先は行けないな」

 俺、夢川冬治がここにやってきたのはお仕事のため。何かあったときのために、銃身の切り詰められた散弾銃をバックパックに突っ込んでいたりもする。いつもお世話になっている、いいや助けてやっている特殊部隊の奴から渡されたものだ。さっき気づいたが、弾が込められちゃいなかった。代わりに、紙が詰まっていて広げると文字が書かれていたりする。

「弾の代わりに想いが込められています」

 まぁ、今から探しに行く相手をしとめようとするのなら、散弾銃だけでどうにかなるとは思えない。どれだけ割り箸鉄砲を集めたところで、戦車には勝てないさ。

「そもそも、争いに行くわけじゃないし」

 変なものを探すのは仕事上、慣れている。

 時刻はお昼の十二時、日が沈むのに充分時間はある。村人に聞けばこの村に住む岩鬼に会えるだろう。

 俺が岩鬼についての調査依頼を受けたのは今から三日前のこと。

「お礼を言って欲しい?」

「うん、岩鬼に助けてもらったんだ」

「ああ、そう」

 子どもは嫌いじゃないがね、ビジネスする相手じゃあないよな。ま、彼のバックは俺がお世話になっている地藤グループの重役さんだ。子どもに対しての返答が嫌だよぷぅなんて言えば、嫌がらせを受けるのは間違いない。以前やったら支給された銃器の弾が支給されないことがあった。

「その岩鬼にどうしてお礼を言いたいの?」

「助けてくれたの」

「へぇ、助けてくれたんだね。一体どこで?」

「お山」

 俺も小さい頃は山のことをお山と呼んでいたんだろうな。中々可愛いところがあったに違いないね。

「おじちゃん、どうしたの?」

「いいかい、坊主。おじちゃんじゃあない。二十歳のお兄ちゃんだ」

「う、うん。ごめんね、二十歳のおじちゃん」

「……はぁ、いいや。それで、何をしていたときに助けてもらったのかな」

 ヒアリングって言うのは大事だろう。探し物をするときは特に。ダウジングや占い道具を使用するのなら別だがね。

「どろどろとしたね、黒い化け物」

「化け物?」

「うん、じいじと山に行ったとき、歩いたときに壊れたおうちがあって、そこにいた黒い化け物が僕のことを見たんだ。必死で逃げていたら岩鬼がやってきて助けてくれたの」

「黒い奴は喋ったのかい?」

「ううん、岩鬼は喋っていたけどね」

 それから俺は場所を聞いて、空羽津村にやってきたというわけだ。ただ、その子どもの祖父がそんな村は聞いたことが無いと言っていたことだった。

「ふぅ、もうちょっとかね」

 さっきまでは晴れていたのに、山道には深い霧が立ち込めていた。山に入りなれていない俺からしてみたら、全部同じ景色に見える。まだ、足元がアスファルトで固められているだけましだ。

「と、思ったら獣道へいらっしゃいか」

 アスファルトの道は変なところで途絶えていた。道の先にあるものは、目を凝らせば見えるような獣道だ。運が悪いことに、霧は一段と濃くなっていた。

「誘われているのかね」

 自分の仕事がオカルト系統だとはいえ、ホラーに分類された覚えは無い。幽霊の類を見たことはあるけども、超常現象を頭から鵜呑みにもしたくない。わかっていただけるだろうか、この俺の微妙な心境を。

 獣道を歩くこと数十分。何だか途中から全く同じ道を周っているだけの気がしてならなかった。しかし、実際は進んでいたのだろうか? 俺は気づけば廃れた村の入り口に立っていた。

「不思議なこともあるもんだ」

 後ろを振り返ると、入り口なんて無い。振り返った先にあるのは廃れた家屋の玄関だ。

「すげぇ、不思議だ」

 偉い人はSFのことをすげぇ不思議の略称だと言ったらしい。ホラーだと思ったら、実はSFの話だったのかね。

 懐から拳銃を取り出し、周囲を探ることにしよう。某ぽっちゃり系の妖精さんは子ども好きだが、大人には見えないらしいからな。妖精さんの類の中には大人が大嫌いで、思わず手をあげちゃうお茶目な奴もいるだろう。

 霧の立ち込める廃村は静かだった。何の気配も感じられず、子どものいっていた黒い存在もいない。岩鬼だって、いなかった。

 少し歩き回って分かったことがいくつかあった。

「村の四方には洞窟のようなものがあって、その洞窟を抜けるとまた同じ村か」

 その洞窟、というよりもトンネルを抜ければ抜けるほど、霧は濃くなり、村に何かの気配を感じるようになった。

 六度ほど、トンネルを抜けると黒い人影が村のあちらこちらに存在するようになり廃れていた家屋も今では建てられた新築(といっても藁葺きの小屋だが)のようになっていた。

 村には十件ほどの家があって、今ではその全てに黒い影の存在を感じた。黒い影もどうやら俺のことに気づいたようで様子を伺っている。

「ふむ、とりあえずもう一度だけくぐってみるか」

 とりあえず一番近いトンネルからくぐろうとすると、何かが向こうからやってきた。

「おっと、失礼。まさか人がいるとは思いませんでした」

 急いで飛びのき、相手を見る。言っておいてあれだがね、そいつは人の姿をしちゃいなかった。

「兄さん、何者じゃ」

 二メートルほどの大きさに、横幅が一メートルほどあるだろうか。花こう岩のような色をした体に、頭からは一本の角が生えている。顔と思しき場所には二つの青い焔が宿っていた。

「人間だよ。人間。あんた、この前人間の子どもを助けなかったかい? その子があんたにお礼を言いたいって言うから代理で来たんだ」

「子ども? あ、ああ、あいつか。村のものがちょっかいをだしたんじゃ。こちらの不手際でもあった。あの子は、元気か。わしを怖がってなかったか」

「元気だよ。怖がってもいなかった。怖がっていたら今頃俺がこうしてやってくることはない」

 それはよかったと岩鬼は頷く。

「ところで兄さん。あんた、本当に人か? ここは人が来られるような場所じゃあないぞ」

「失礼だな。そもそも、子どもだってここに来たんだろ?」

「あの子は特別じゃ。人の器に、何か別のものがはいっておる」

 それはまた、興味深い話だった。

「あまり聞かないほうがいい話だろ。知らないことを知ると、大抵消されるからな」

「消されるかどうかは知らないが、あまり関わらないほうがいい話だろう。ところで、兄さんは外の話を知っているんじゃろ? 話してくれんじゃろうか。この村は檻じゃから外のことを知りたいんじゃ」

「そうかい。ま、いいけどさ」

 俺がその岩鬼に話した事はさしてつまらない人間の話だった。薬で他人を操ろうとして、吸血鬼や妖怪、魔法使いと言った不思議な体験をしたというものだ。

「ふむ、世の中にはおかしな奴もいるんじゃな」

「まぁ、そうだ」

「また何か話があったら聞かせてほしい。その男が……そうだな、惚れ薬を何に使用したのか、わしに教えてほしいものじゃな」

 話してしまった手前、俺としても黙っておくわけにもいかない。

「……わかった。今度会う時にはそいつから聞いておくよ」

「楽しみが出来た。そろそろ、帰ると良い」

 岩鬼がそう言うと、霧は晴れて俺の周りには木々が生い茂った森があるだけだった。

「……あれ? ここ、どこ?」

 俺がその不思議な岩鬼と約束をしたのは、偶然だったのかもしれない。ただ、一つだけ言えることは森から脱出するのに二日かかったと言う事だ。

 


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