表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/30

A:第四話 彼の周りは皆優しい人だった

 コーヒーはどうして黒いのだろう。

 冬治がぼさっとそんなことを考えていたら目の前の人物が苦笑している。

「何だか、疲れていませんか?」

「え?」

 地藤グループからやってきたスーツ男は軽く笑っている。

「ちょっと疲れました。何せ、化け物を退治する簡単な仕事じゃないですからね」

 化け物退治なら現地集合現地解散が多い。後片付けも、アフターケアもすべて地藤グループに任せられるからだ。

「ま、確かに。それで、あれからどうですか」

 コーヒーに口をつけ、スーツ男は時計を一度見る。

「四日目ですけど、そこそこの手ごたえですよ」

「ほほぉ、さすがTPさん。化け物の相手もさることながら、女の子の相手もうまいんですね?」

「え? 何の話ですか」

「聞きましたよ。初日で彼女が出来たのでしょう?」

 途端に冬治は苦い表情になる。アルケミストをさっさと捕まえてとんずらしたいのに足かせになっている存在がいる。それは冬治の彼女だ。勢いで付き合うなんて言ったものの、今思えばもうちょっとやりようがあったとしか思えない。

 自分の歩んできた道を振り返るのは簡単だ。悔やみたくないならベストを尽くすしかない……ベストを尽くしても、残るときは悔いが残ってしまうが。

「付き合い始めましたけど、そっちは今一つです」

「そう、ですか。それは心配ですねぇ」

 どうせ心配も何もしていないのだろうとため息をついた。相変わらず、どこか嘘くさい喋り方、視線、態度、存在そのものである。

「可愛そうですね、その娘」

「はい?」

「化け物ハントや奇人変人捕縛にしか興味のない男を愛してしまったのですから。TPさん、あなたアルケミストを捕まえたらとんずらするつもりだったのでしょう?」

 図星だ。別に隠すことでもないので冬治は顔を縦に動かした。

「そらまぁ、そうですよ。潜入しているだけですから。偽の学生ですし」

 付き合うきっかけ自体、周囲に流されてどうしようもなく。そんなふざけた気持ちだったのでなんともいえない。平均以上に仲良くするつもりもないので、アプローチなんてご法度状態だ。

「デートの一つぐらい、しているのでしょうね」

 どこか責める口調。フェミニストを気取っていたっけと冬治は目の前の人物の情報を脳内で検索。ああ、そういえば自称フェミニストだと検索結果が出てきた。

「デートなんてしていませんよ」

 そんなことをしている暇があれば、アルケミストを探している。昨日はダクトの内部を確認して、何かが通った後だけは確認できた。

「デートをしてください。これも円滑に潜入を続けるための仕事です。手抜きは、許しませんよ」

 仕事をするときの表情をしていた。デートを仕事に入れるなんてどうかしている。

「いや、仕事とは関係ないじゃないですか」

「果たしてそうでしょうか?」

 犯人を追い詰める名探偵みたいな表情をしていた。口調も台詞も探偵っぽい。

「今、TPさんの学園での立ち位置はどのあたりですか」

「どの辺りって……クラスの中で唯一彼氏彼女の関係ってやつですよ」

「つまり、仲が悪くなると何かあるのかと勘ぐる生徒が出てくる。そして、TPさんの周囲をかぎまわるわけです」

「それはないでしょう」

「絶対無いと、言い切れますか」

 絶対なんて言葉はどこにも存在しない。絶対成功する作戦……内容も何も聞いていないのに、なぜだか失敗する臭いが漂っている言葉だ。

「まぁ、そうですね。そうかもしれません」

「でしょう?」

 何故だか得意げ。スーツ男、鬼の首を取った勢いを見せる。

 ここでまた感情を爆発されれば銃撃戦が始まる。片付けるのは、冬治の仕事だ。弾と時間が、もったいない。

「わかりました。今度デートに行ってみます」

「で、プランは?」

「これから考えます」

 つい先ほど決まったことにプランなんて無い。すぐさまプランなんて出てくる奴は脳内でシミュレーションしている奴だけだ。

「無計画。それでは女性は喜びませんよ」

「あのですね、別に女の子を喜ばせるため、デートに行くわけじゃありませんよ? 普段なら喜ばせるためでしょうけど、今回は怪しまれないように……」

「安心してください。ここに、地藤グループの経営している東羽津テェマパァクユエェンツィのチケッツがあります」

 聞いちゃいねぇな。ため息をついて冬治はそのチケットを手に取ろうとした。

「お買い上げ、ありがとうございまぁす」

「え、お金取るんですか」

 冬治が間抜けな声をあげるとにやりとスーツ男は笑う。

「何を馬鹿なことを。当たり前でしょう? ただでさえこちらは急がしくて、彼女とデートもいけていないのです。せっかく用意したチケットが無駄になるぐらいなら売りつけたほうがなんぼかマシですよ」

「……なるほど、そういうことですか」

 まぁ、金城コルクと上っ面だけの関係も悪くないだろう。ある程度仲良くなっていればほかの情報源も手に入るだろう。

「TPさん」

 神妙な顔つきでスーツ男が顔を近づけてくる。

「はい? まだ何かあるんですか?」

 つい、冬治もそれに倣って顔を近づける。悪い話をしている二人の出来上がりだった。

「さすがにホテルへ連れ込むのはやめておいたほうがいいですよ」

「……いや、連れ込みませんって」

 冬治はチケットを眺めながら、デートの日取りを決めることにした。

 週明け、冬治は学園にてチケットを取り出した。

「あ、それ、東羽津テーマパークのチケット?」

「そうそう。今度金城さんと行こうと思って」

「え?」

 ものすごく意外そうな顔をされた。何で、一緒に行こうと言ってくれたのだと首を傾げていた。

「ほら、デートだよ、デート。俺ら、まだデートをしたことないからね」

「あ、そ、そっかぁ。うん、デート、したことないね」

 何だか調子狂うなぁと冬治は何とはなしに近くの席を見た。

「いやぁ、奇遇だね冬治君」

「はい?」

 三枚のチケットを幸雄が取り出して冬治に見せていた。

「これ、二人の初デートを成功させようとバイトしている友達からもらったんだよね。まさか、奥手そうな冬治君がチケットを準備しているとは思わなかったよ。林間学校で、更なる仲の進展を目論んでいるようだね」

「突っ込みたいところがあるんだが?」

「男に突っ込むだなんて趣味が悪いよ」

 優しい友達だった。ただ、結構緩めの顔で趣味の悪いジョークを口にしたりする。

「何で三枚チケットがあるんだよ。あと、林間学校ってどういうことだ」

 周りの生徒達は冬治の言葉にくいついたのか、林間学校の話をし始めた。それに気づいた優奈が冬治たちのところへとやってきた。

「林間学校はボランティア後、お勉強して帰る行事」

「へぇ」

「今日、班分けが行われるから気になる子がいるなら声をかけておいた方がいいよ」

 一応、恋人がいるので優奈の言葉には従えない。

「ま、考えておくよ。それで、なんでチケットが三枚あるんだ?」

「あ、そこ忘れてなかったんだ」

 にこにこと幸雄は笑って自分の鞄をあさる。覗き込むようにして冬治とコルクは幸雄の手元を確認した。

「そりゃあ、初々しいカップルの姿をこのビデオカメラに収めるためさ」

 幸雄は高そうなビデオカメラを出して、胸を張る。

「いい趣味してるな」

 俺の初対面の印象なんて意外と当たらないかもしれない。少しだけ冬治は自分に自身がもてなくなった。

「ありがとう。でもさ、チケット余っているんだよねぇ。優奈ちゃん、僕と一緒に行こうか?」

「……けほっ、そうね。二人についていこうかな。コルク、ついていってもいい?」

 気づけば咳をしながら脇に近づいていた優奈に幸雄は声をかけるも、あっさりと振られる。

「え? 私は別にいいけど……夢川君は?」

 やっぱり、二人じゃないと駄目? ちょっとそれだときついんだけどなぁ……コルクはそんな顔で冬治を見ていた。

 しかし、冬治のほうも大体似たような感じだ。適当な彼女なら本当に適当なデートをして、適当な会話をすればいい。

 コルクは適当な彼女であるが、大事な潜入任務に支障をきたす恐れがある。適当な仕事をしたら、失敗しました。そんなのが許されるわけもない。

 まずは、様子見。偵察だ。冬治の腹は決まった。

「そうだな、チケットはあるんだし、今度の休みに皆で行こうか……ところで、矢崎さん風邪?」

「ううん、問題ない」

「そっか、それならいいんだけどね」

 まぁ、別に二人きりではなく友達と行っても構わないだろう。こちら方面でも知り合いを増やしていれば、情報が引っかかるかもしれない。

「チケットは五枚あるんだし、まだ余るよな? 残り一枚はどうする?」

 冬治が持って来た二枚に、幸雄の所持していた三枚があるのだ。

「誰か知り合いを誘うのがベターでしょ」

 コルクの言葉に誰もが頷く。しかし、お互いこれといって友達が思い浮かばないらしい。

「水主川先輩を誘えばいいんじゃないのか? あの先輩、優しそうだし。ん? 皆不思議そうな顔をしてどうしたよ」

「え? ああ、うん。なんでもない」

「そっか、そりゃよかった。この中で三年の教室に用事がある人っているかな?」

 冬治が他三人を見る。三人とも、首を振ってしまった。必然的に、言いだしっぺが行くしかない。

「じゃ、俺が行って来るよ」

 人の顔を覚えておくのも必要だろう。ただ、水主川焔がどのクラスの人かは分からない。廊下に出ていた三年生を尋ねまわって思ったよりも時間がかかってしまった。焔の件で少しわかったことがあり、意外と友達が少ないようだ。

「あ、いたいた」

 探していた焔は長閑女史と話しており、それが終わるまで大人しく待つことにした。

 下級生が三年生のところにいるのは珍しいのか、冬治の事を見ていた。かすかに聞こえてくる噂話は告白した事に関してだ。やはり、目立たないようにしていても意味が無かったらしい。

「あれ? 夢川君?」

「どうも、長閑先生」

「私に何か用事?」

「いいや、先生に用事なんてありませんよ」

 長閑女史に渡してもよかったかなと思った。おいでませ四季長閑ルートと脳内でサンバが開催される。

「……そっちの焔先輩に用事があるんです。今度の休み、俺とコルク、幸雄と優奈さんで行くつもりです。焔先輩、コルクさんと仲がいいらしいんで一緒に行きませんか」

 長閑と焔は目をぱちくりさせていた。

「恋人と二人きりで行かなくていいの?」

 もしかして、少し怪しまれているのだろうか。少し考えて愛想笑いを浮かべる。

「俺はまだこっちに転校してきて間もないですからね。というか、ほとんど経っていません。恋人が出来たとはいえ、友達も欲しいじゃないですか」

 こうも嘘がぺらぺらと出てくるとは俺も汚くなったもんだ。必要なこととはいえ、心の中でため息をついてしまう。

「こう見えて、意外と寂しがり屋なんです」

 おどけた様子で首をすくめて見せた。冬治の演技は二人を騙すには充分だった。

「なるほどね。でも、水主川君は受験生よ」

「息抜きは必要ですよ。何も朝から晩まで机にかじりついて勉強するだけが合格の道じゃありません」

「まるで受験したことがあるような口ぶりね」

「気のせいですよ」

 そりゃ、一時は受験生でしたからねと冬治は再度首をすくめて見せた。

「で、どうでしょう焔先輩」

 まぁ、ここで焔が断るようなら長閑女史を誘うことになるだけだ。おいでませマーチがまた頭の中を駆け巡る。

「うん、僕も行くよ」

 チケットを冬治から受け取って、焔は笑っている。

「ここ、行ってみたかったんだ。ありがとう、夢川君」

「このとき、夢川冬治君たちは今後起こる波乱の展開を全く予想していなかったのだった」

「……変な茶々入れないで下さいよ」

「むー、ほら、夢川君。さっさと教室に戻るよ。今日は林間学校の班分けをするんだからね」

「りょうかいしやしたー」

 焔に別れを告げて長閑女史と廊下を歩く。移動教室へと向かう生徒とすれ違ったり、窓の外から見える部活棟を眺めると自分が学園の生徒である実感をくれる。

「この学園、きてよかったと思える?」

 長閑女史からそんなことを尋ねられ、冬治は顎に手を置いた。嘘ばっかりの転校生……ただ、先生のこの質問には真摯に答えて見せたかった。

「そうですねぇ」

 学園にやってきて、勉強して、放課後友達とだべって帰る……だけではなく、放課後になれば地藤グループからの情報を元に現地へ赴き、アルケミストのことを探している。どれだけ学園が楽か改めて思い知らされた。

 まぁ、夜に学園へやってきてうろついたりしている。それ以外は普通の学園生活だ。

「学園生活、楽しいですよ」

 気づけば自然とそんな言葉が口から出ていた。最大限、真摯に答えたつもりだった。

「そっか、よかった」

 ほっと胸をなでおろす長閑女史に冬治は疑問を覚える。

「そんなに安堵することですか」

「夢川君どこか大人びているところがあるからね。先生、ちょっとクラスになじめるか心配だったんだ」

 意外と鋭い先生なのかもしれない。正体を晒しても問題はなさそうだが……あえて黙っておくことにした。

「ちなみにどこら辺が大人びていますかね」

 それとなく聞き出して子どもっぽさを演じればその印象も拭い去ることが出来るだろう。冬治はメモ帳を取り出して長閑の言葉を待った。

「えっと、雰囲気かな」

「雰囲気?」

 どうしようもないところだった。

「幾度と無く死線を潜り抜けてきた人の表情……って、言っても分からないよね」

「はは、やだな、こんな平和な日本で死線だなんて……先生、ドラマの見すぎですよ」

「そうよね」

 女の勘って怖い。反射的に返してごまかしが効いたのでよかったと冬治はため息をついた。

「先生に出来ることがあったら言ってね。出来るだけ協力するから」

 いい先生だな。長閑女史がどういった教師なのか少しだけでも分かってきたのだった。

「協力できることがあれば、長閑先生にお願いしますよ」

 巻き込まないようにしないとな。冬治は軽く笑って見せた。Dd

 二人で教室に戻ると、幸雄、コルク、優奈がぽかんと冬治を見ている。

「え、そっち?」

「は? 何が?」

 冬治が三人の誤解を解いたのはそれから五分後のことであった。

「さ、班分けをするから席について。よし、静かになった……じゃあ、まずはベストカップリング賞からね」

「ベストカップリング賞?」

 何だそれはと冬治は目をむいた。

「僕が説明しようっ。ベストカップリング賞とは、クラスの多数決によって選ばれる二人一組のことである」

 教卓に立ったのは幸雄だった。眼鏡を掛けるとそれなりに知的っぽい。

「選ばれるとどうなるんだい?」

「選ばれると、例えば今回の場合はくじ引きだろうと何だろうと、その二人は同じ班になるよ。ちなみに、話題性、二人のクラス貢献度、お似合い度より決まりますっ」

「気になるあの子と一緒にって言うよりも普段から一緒に居る二人が選ばれやすいのか」

「そうそう、その通り」

 一体誰が選ばれるんだろうなぁと壇上を見る。既に推薦された一組の名前が書かれてあった。

「はい、夢川冬治、金城コルクペアに対抗する猛者は誰?」

「俺の名前が黒板に書いてあるぞどういうことだってばよ」

「そりゃあ、そうだろうね。そして、クラスの皆は優しいよ。ほら、ぐるりと見てごらん? 誰一人として対抗心むき出しの人なんていない。皆、二人はお似合いだって信じているんだ」

 あなたたちの未来を祝福します。まるで絵画に描かれるクピドのような表情で皆が冬治の事を見ていた。

 どうせ逃れる道なんて、ありはしないのだろう。一応、コルクのほうを見ると冬治と似たような顔をしている。自分でまいた種だ……コルクが何故、そんな顔をしているのか冬治には理解できなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ