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A:第三話 彼が嫉妬に狂うことはなかった

 昼休み、勉学に勤しむものにとって羽を伸ばすための長い休みがやってくる。

 普通の転校生なら楽しく賑やかに周りの生徒と一緒に話をしていたことだろう。残念なことに、冬治の前には一人の女子生徒しかいない。

「……」

「……」

 恋人の金城コルク一人である。普通、恋人ならいちゃいちゃしていてもよさそうである。甘ったるい空気なんてそこには存在せず、二人の間にあるのはどこか腹の探りあいにもにた空気だった。

 それをクラス全員が聞き耳を立てている。お昼だというのに、妙に静かであった。その静けさはアレに似ている。教室内でお財布がなくなり、教師が生徒全員に眼を瞑らせて自白を強要させるあの独特の雰囲気だ。

「もぐもぐ」

 普段は職員室で昼食を採る長閑女史も教室にいたりする。

 妙な静寂も長くは続かない。行動を起こさなければ、人は飽く。

「シャイな夢川君が何もしないのはともかくとして、コルクさんが何もしないのおかしくない? すっごく、ぞっこんだったじゃん」

 そんな言葉が耳に入ったのか、コルクは自身の食べていたお弁当のおかずを冬治に差し出した。ぞっこんとか死語じゃねと冬治は頭の中で呟いてみる。

「あ、あーん」

 よもや、あーんが繰り出されると思っていなかった。冬治はお茶を噴出しそうになる。

「げほっ……」

 これ受けなかったら男じゃないよなというオーラが周りから怨嗟を伴いあふれていた。粘性が高く、湿ったオーラだ。人のぬくもりを求めて散った者の願いや想いだ。

 そんな周りの気持ちなんて冬治の知ったことではない。恋人を作ってしまった以上、下手に破局するんじゃないかと思われるより持続させたほうが無難だろう。応用力がないと駄目だとどこかの双子も言っていた。

 冬治は一つ、決心した。

「あ、あーん」

 悪くは無いが、恥ずかしい。人に見られているのであればなお更である。味のほうは全然わからなかった。ただ、舌触りはわかる。端的に言うとじゃりじゃりしていた。

「ん、んー」

 あーん返しが来るぞと誰かが言った。クラスがその言葉で水を打ったような静けさになる。

 あーん返しなんて聞こえない振りをすると、コルクが口を開いていた。

「あ、あーん」

 差し出してすら居ないのに、あーんを求めてきたのだ。これではさすがの冬治も無視できない。

 自分の手持ちメンバーを見てみる。残っているのは最後まで温存していた豚バラしそチーズ巻きだった。

 こいつをくれてやるのはどうだろうかと悩んでしまう。メインのおかずだ。別に白米でいいんじゃないか……と葛藤してしまう。

「何、あいつ」

「しないつもり?」

「もしかして、白米食べさせるつもりなんじゃね? 消えちゃえばいいのに」

 純粋な妬み。今が幸せならば、後は不幸になればいい。冬治は久しぶりに悪い気持ちを直接もらった気がしてならない。

 白米を食べさせていたらどうなっていたことか。

「……はい、どうぞ」

 コルクに食べさせてやると目を白黒させながら食べてくれる。餌付けみたいで面白かった。

「……あ、これおいしい」

 照れからくる緊張状態を抜けて味わえるようになったらしい。短時間で慣れてしまったところを見ると意外と目の前の人物は大物かもしれない。

「そりゃよかった」

「ちなみにこのおかずの名前は?」

「特にないよ。豚バラにしそとチーズを巻いてちゃちゃっと焼いたんだよ」

「焼いたって……あなたが?」

 対して難しい料理を作ったわけでもない。驚くコルクに冬治は軽く笑った。

「そうだよ」

「も、もう一個もらってもいい? 今度は自分で、食べるからさ」

 豚バラチーズ巻きは後一つしかなかった。ここで嫌だといえたらどれほど楽か。周りの視線も相まって、非常に断りづらかった。

 いや、俺は男だ。例え彼女が相手でも我侭を押し通すっ。

 きりりと表情を引き締めて冬治は男らしくいってやった。

「……いいよ」

「ありがと」

 ここで断って波風立つのも嫌である。相手は恋人だからと我慢しておいた。何より、周りから何恋人の要求を断ってるんだあの屑は……躊躇いのない悪意はもうお腹いっぱいだったりする。

「おいしい……」

 実に幸せそうな顔をした。その表情を見るのは悪くは無い。たとえ、白飯しか残っていなくても。

 そろそろ昼飯が終わりそうだぞ。終わったらどんな話をすりゃいいんだと余計なことに気を使ってしまう。

「コルク」

「ん? ああ、優奈。どうしたの?」

 絶体絶命に陥った冬治を救ってくれたのは意外にも同じクラスの女子生徒だった。まだ名前は知らない。このクラスで知っているのは教師の名前と、目の前の彼女の名前、あとさっきまで隣に居たはずの四季幸雄の名前ぐらいだ。

「彼氏さん、ちょっとコルク借りていくから」

 どこか冷たい印象を受ける女の子だ。ご飯も一人で食べているようだった。

「あ、うん。どうぞどうぞ」

 コルクがいなくなったことを確認すると、冬治は軽く、首を回す。

「ふぅ」

 どうにも、息が詰まるし、肩が凝る。

 目を瞑って気持ちを入れ替えた。

「うわ」

「ねたましやぁ」

「羨ましいやぁ」

 眼を開けると男子生徒がたくさん居た。コルクの席に座っている四季幸雄はこれでもかというほど冬治に顔を近づけていた。

「くっそー彼女持ちじゃないから仲間だと思っていたのに……」

「まじないわぁ」

「転校生もてるとか俺も転校しようかなぁ」

「どうやったらもてるのかおしえてくんなまし」

 意外と友好的な表情のクラスメートに冬治は苦笑する。やっかみ半分で良かったとほっと胸をなでおろすのだ。さすがに村八分はきつい。

「俺が一番驚きだよ。ところで、金城コルクさんってどんな人なんだ?」

 相手のことを知らずして、彼女にしてしまったのだ。このまま彼女として付き合う、恋人関係を解消するにも今のまま、相手を知らぬままでは中途半端だ。

「他人から彼女の事を聞くなんて邪道じゃないか?」

「そらまぁ、そうだがね」

 冬治は首をすくめるしかない。

「知ってるか? 俺、今日、こっちに転校してきたんだよ。そんなすぐにわかるわけないだろ」

 むぅ、それもそうだと男子を含めたほかのクラスメートは頷いていた。

「ここは先生の出番ね」

 それまで沈黙を守り続けていた長閑女史が立ち上がる。別に出番でもなんでもないがまぁ、いいだろう。

「あ、長閑先生、いたんですか」

「うぐ、何気に酷い言葉をかけられた……」

 忙しかったので長閑女史の存在を完全に冬治は忘れていたのだった。というよりも、眼中に無かったのかもしれない。

「どの道、夢川君には必要なことだけれど、学園内部の案内を金城さんに頼もうかと思っていたの。そうすれば金城さんのことを知ることができるからね」

「ああ、なるほど。それで二人の仲は急接近って奴ですね」

「先生、頭いい!」

「そうでしょうそうでしょう。もっと誉めて!」

「先生ぺちゃぱい!」

「先生ちっさい!」

「それは誉めてないからねっ」

 クラスメートと先生がじゃれている間、冬治は長閑女史の言葉を反芻する。既に彼女と彼氏である。これ以上接近も何も無いのではないだろうか。まぁ、それでも接近するなら夫婦コースか子どもコースだろう。大穴として愛するが故に危険な刃物で男が○○されるエンドもあるに違いない。

「夢川君、先生に任せておいてね」

「え、ああ、はい。お願いします」

 両手を先生に捕まられて力強く宣言される。クラス一丸となって、何かの物事に向かえるのは非常にいいことだ。

 願わくば、放っておいて欲しいが。

 それから数分後、コルクと優奈と呼ばれた女子生徒が戻ってきた。

「ちょうどいいところに戻ってきたわ。金城さん、悪いんだけれど夢川君に学園案内をしてくれない?」

「はい? 案内ですか」

「うん」

 不必要なほど長閑はコルクに近づいてあまつさえ、その手を握り締めていた。

「は、はい。別にいいですよ」

 どう、説得したわよと長閑女史は冬治にブイサインを見せた。

「はぁ、どうも」

 そのとき、冬治は鋭い視線を感じた。

「……」

 そこにはじっと、冬治の事を見ている優奈と呼ばれた女子生徒が一人いた。こんなどこの馬の骨かも知れない奴と付き合う打なんて本当に大丈夫なのかと、友達のこと気遣っているようだ。少なくとも、冬治はそう思えた。

 もしかして、あの時感じた視線の主はこの子では……。しかし、一体何故? もしかして、俺の正体を知っている? これまで探偵事務所にやってきたことがあるお客様の関係者かもしれない。

 それ以後、二人でいちゃいちゃするわけでもなく冬治はクラスメート達と適当な話をした。針のむしろではなく、普通の学園生活だった。見事に溶け込んでいると自画自賛してしまうぐらいだ。

 授業も適当に聞き流し、放課後がやってきた。さっさと帰ってスーツ男に報告しないとな。机の中の物をまとめて鞄に詰め込んでいると長閑女史が冬治の元へやってきた。

「転校初日、大丈夫だった?」

 珍しいものだ。教師が転入生に優しくしてくれるとは。

 そんなことを考えながら、冬治は今日一日を思い出す。

「ええ、いい生徒さん達ばかりで上手くやれそうですよ。やっかみはありますけど、みんな優しくてまっすぐな生徒ですね。真面目ではありませんが、クラスメートのことを思いやってくれるようないいクラスです」

「何だか上から目線ねぇ」

「あ、すみません」

 つい、素で答えてしまったことを改め、微笑んだ。大抵人間はごまかすときに笑みを浮かべる。

「ま、いい人たちが多いので俺も安心できます」

「そうよね、転校初日から告白を成功させるなんて中々無いわ」

 今のご時世、というよりも一目ぼれ事態があやしいわい。

 長閑女史のご機嫌を損ねるのはまずいので本音は大切に心の中へと仕舞っておく。没個性で入ってきたつもりが、良い悪いはともかくとして目立つ存在になった。こうなったら普通のイチャップルで押し通したい。

「今、金城さんは委員会の仕事に行ってるから。ちょっと待っていてね」

「委員会かぁ」

 懐かしい響きだ。ちなみに、冬治がちゃんとした学生の頃はクラスの人数が多かったために委員会には入っていなかった。

「ちなみにどんな委員会に入っているんですか?」

「お、やっぱり彼女の所属している委員会、興味ある? 相手のこと、ちゃんとしっておきたいのね」

 面倒くさいな、この教師は。

 無論、口から出すわけにもいかない。これもまた、心のどこかに仕舞っておかないといけない。

「そうですね、一応聞いておこうかと思います」

「独占タイプね。ある程度束縛するのはいいと思うけれど、嫌がるほどやっちゃ駄目よ」

「長閑先生、話がずれてます」

「ごめんごめん」

 面倒見がいいということはそれだけ干渉してくるということである。長所は短所の裏返しだと改めて実感させられた。

「金城さんはね、美化委員よ」

「へぇ、そうなんですね」

 時間を潰すために聞いた話なので特に感想なんてない。適当な相槌。この程度で怪しまれることも無いだろう。

「じー」

「……あの、何ですか先生、その表情」

「何だか、全然興味もってないよね?」

「え、そんなことありませんよ」

 冬治の思惑と反してものすごく怪しまれていた。

「もっと普通は聞くよね? 構成から委員長の名前、どの程度の実績を持って、今月のスケジュールから金城さんの委員会での立ち位置とかさ」

「いやいやいやいやいや、ものすっごく、興味ありますってば」

 脂汗が出てきたのを感じた。そこまで詳細を求める変態はいないだろう……詳細を聞いたとしても、心の押入れ行きである。

「だよね、よかった。その場の勢いで適当に頷きました、なんていわれたら先生、夢川君のこと毛嫌いしちゃいそう。ね、皆」

「うんっ」

 気づけば残っているクラスメート達も冬治の机に集まってきていた。

「大丈夫ですよっ、もう興味津々ですってば。いやぁ、はは、そんなことよりコルクさん、遅いなぁ」

 この教師は意外と鋭いぞ。ぴしゃり当てて来やがる。冬治は目の前の教師から逃げるためにも一旦廊下へ出ることにした。

「あ、じゃあ美化委員会の教室に案内してあげるね」

「あ、あはは、ありがとうございます」

 そうして、扉を開けると廊下の奥から仲の良さそうな二人組が歩いてくる。

「ん?」

 冬治は長閑女史とは別の場所を見ていた。そっちにも女子生徒がいて、金城コルクに似ている気がした。

「夢川君、あっち」

「え?」

 長閑女史に腕を引っ張られ、冬治は二人組みのほうへと視線を向けなおした。

 その二人は金城コルクとやさしそうな男子生徒っぽかった。

「え、何これ浮気現場に遭遇?」

 その言葉でクラスメート全員が我にかえったらしい。まだ部活に行ってないで教室で騒いでいるのだから平和である。

 こういうとき、彼氏っぽい反応をしなくてはならないだろう。

「こ、コルクさん、その人、誰?」

 ものすごく棒読みだったがまぁ、大丈夫だろう。ちらりと長閑女史を見ると目を輝かせていた。

「ち、違うから、夢川君。この人は先輩の……」

 こちらも何だか棒読みだった。多分、慣れていないからだろう。

「こんにちは。僕は三年生の水主川焔だよ」

 学年は冬治よりも年上だが、年齢は下だ。年下の上司みたいでやりづらい。

「あ、これはご丁寧にどうも。俺は夢川冬治です」

 丁寧には丁寧で返してしまう性分のため、ぺこりと頭を下げて冬治は挨拶する。いつもの癖で、名刺を探してしまっていた。そのとき、視線を感じた。

「うっ」

「じーっ」

 長閑女史が睨んでいた。それ、違うじゃん。ここは嫉妬するところじゃん。彼氏アピールしろよ。名刺、出そうとするなと目が語っている。

「か、彼氏の、夢川冬治です」

 ふと、コルクと目が合ったような気がした。あまり彼氏であることを言いふらして欲しくなさそうな表情をしている。

 だからといって、長閑女史に怪しまれるのも辛い。女教師が口を三角にしてにらんでくる表情は可愛かったりするが、今後の学園生活を考えると彼氏宣言がベターだ。

「え、先生の彼氏ですか?」

「夢川君が私の彼氏……あ、それも悪くないかも」

 焔と長閑女史がそんなやり取りをした。それも数秒、恋人同士だったことを思い出したかのようにコルクが喋り始める。

「あああああのっ、水主川先輩、これは違うのっ」

「違う? 何が?」

 きょとんとする焔。おら、さっさと言えよと長閑女史はコルクを睨みつける。

「彼、夢川冬治君は私の、彼氏なの。も、もう、冬治君も酷いなぁ。あまり広めると恥ずかしいのにぃ」

「あ、ああ、そうだよね。ごめんごめん、自己中でさ」

 上手くあわせることが出来ただろうか。冬治は周りに気遣っている余裕がまだない。

 冬治とコルクの間に疲労感が見て取れそうだ。周囲の人間は恋人関係って疲れるのだなぁと他人事のように見ている。

「え? そうなの? この前コルクちゃん好きな人がいるって言ってなかったっけ?」

「ぶふっ」

 コルクが噴出した。そして、場が静まり返る。

「……金城さん、そうなの?」

 口を開いたのはこの場にほとんど関係なさそうな長閑女史だった。冬治のほうはのん気なものでこういう場合、彼氏はどんな表情をすりゃいいのかをせっせと考えていた。

 コルクは脂汗を遠慮なく流し、目もきょろきょろしまくりだ。

「え、ええっと、それは……」

「それは?」

 どこかで見たやり取りだな。冬治はデジャヴを覚えた。

「そう、誤解。先輩の勘違いです」

「勘違い?」

「ですよぉ。やだな、芸能人で好きな人がいるって話、していたじゃないですか」

「そうだったけ?」

「そうです。絶対に、そうです」

「なぁんだ、そうだったんだ」

 冬治を除き、ほかの人たちは笑っていた。冬治は演技をする必要があるので一時も予断を許さない心境だ。

「なーんだ、よかった」

 これなら彼氏としておかしくは無いはず。長閑女史からも睨まれてはいない。

「ま、良かったよ。君みたいに優しそうな人が彼氏になって。コルクちゃんのこと、よろしく頼むね」

 右手を差し出されたので冬治は握手に応じた。

「俺も優しそうな先輩が出来てよかったです」

 そこでおやっと首をかしげた。それに気づいたのか、ウィンクをして焔は人差し指を唇に当てる。冬治は焔も何かしら事情があるのだろうと思って、軽く頷く。

「何、何このわかりあった雰囲気」

「ああ、その、お、男の友情?」

「夢川君ってもしかして、両刀……」

「違いますっ」

「じゃ、僕はこれで」

 そういってさっさといなくなってしまった。焔の後姿をものすごく切ない表情で見送っている。

「金城さん、夢川君の学園案内、よろしくね」

「え、あ、はい……でも、今日はもう遅いので明日でいいですか?」

 どこか元気のない表情だ。取り返しのつかない過ちを犯した罪人のような顔をしている。

「え、ああ、うん。そうね、夢川君はどう?」

「俺はいつでも構いませんよ」

「じゃあ、また明日にしましょう……金城さん、どうかしたの?」

「すみません、その、急に気分が悪くなっちゃって……席外しますっ」

 そういってそのままいなくなった。彼氏として追いかけたほうがいいのだろうかと動こうとすると、長閑女史に肩を掴まれる。

「あの……」

「いいの、ぴんときちゃったのでしょう? 私もね、感じちゃった。あの子、水主川君のことが好きだったのよ」

「え?」

 演技ではなく、心の底から出た疑問だった。

「いや、それはないでしょう?」

「本当は水主川君のことが好きで二年生になった。思いを告げられずにね」

 そらまぁ、そうだろう。さっきの水主川焔はどうやら女のようである。同姓に思いを告げるのには相当な勇気が必要のはずだ。冬治の場合、男に告白されたら拒否して尻の穴を死守せねばならない。

「……だけど、まさかの運命の相手、夢川君が現れる。これまで恋心を募らせてきたのに、ここにきてハァトを鷲づかみにする相手が出てきたんだもの。ものすごく微妙な心境なのよ。」

「なんかすみません」

「冬治君は何も悪くないわ」

 そりゃそうだ。さっきの人にコルクを持っていかれても冬治はなんとも思わない。むしろ、ハッピーかもしれない。

 長々と話を聞くつもりもない。長閑女史の話を適当なところで切り捨て、冬治はタイミングよく言った。

「じゃ、そろそろ俺帰ります」

「うん、気をつけてね」

 長閑女史と別れを告げて、冬治は帰路に着くのであった。

「そういや、冊子を手に入れたな。つい持って帰ってきたけど、あれはなんだったんだ?」

 鞄から引っ張り出してめくってみる。奇妙な発明品がたくさん描かれていた。何に使用するのか分からないものから、実用的なものまで様々だ。

「……普通だったら、一笑してぽい、だな」

 読み進めると、一つの道具に行き当たる。生物を溶かして本質にするという液体が書かれていた。

「ああ、これが……ということはこれ、アルケミストの本なのか」

 背筋がぞくっときた。もしかして、アルケミストとやらは冬治が学園にやってきたことを知っているのではないか。挑発されているのかもしれない。

「……意外と、早くに決着がつくかもしれないな」

 いつもならスーツの男に資料を渡して協力を仰ぐところだった。だが、短期決戦になるときは資料を取り寄せないといけなかったりして手間なので事務所に保管している。

 今回も事務所保管にして、明日の準備を始めるのだった。

 その頃、一人の女子生徒が暗い学園内の教室で何かを探しまくっていたりする。

「ない、ない、ない……なーいっ」

 番町更屋敷の幽霊が出た。そんな噂になったのは次の日のことであった。


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