「運動は得意でない」
お茶の染み込んだ畳の表面をさらっと拭く。
友人がいるのは少しうざったい気もするが、元気をつけてもらえる。
この村の生活で友人という存在が足りていなかったのだなあ、と感じた。
「そういえばなんでこの村にいるんだ?」
「爺ちゃんちに帰省ついでに裏山でキャンプ。
たまたまお前がここにいるって聞いたからこれは予定外だけどな」
なるほど、悪くない偶然だ。
「キャンプといえばな、川の上流に滝あるだろ?
あそこの裏に洞窟があって、そこに忘れもんしちゃったんだよな。」
なんていう他愛のない話をしているところに呼び鈴がなった。
「はいはーい」
そういって友人が出て行く。
勝手に出るな、そう思いながら追った。
「ああ、爺ちゃんどうした急に?」
そんな会話が聞こえてくる。
廊下を曲がって玄関を見ようとしたとき、なにかが飛んできた。
ちょうど...頭のような大きさの...
黒い髪の毛の生えたもの...
しばらく床の上を転がったあと、「それ」は僕のほうを向いた。
苦痛に顔を歪めている。
「に...」
それだけ言って口はその形のまま動かなくなった。
何が起こったのか?
なにを言おうとしたのか?
足音が近づいている。
これは何だ?
あいつの顔に似ている?
足音が近づいている
なぜ僕はしりもちをついている?
体がうまく動かない?
足音が近づいている
何だ?
足音が近づいている
「何か」の影が足にかかった。
その瞬間僕は何かから放たれたように走りだした。
何も考えられなかった。
声も出なかった。
僕は運動が得意でないが、逃げ帰ることだけは得意だったようだ。
みんなが和気あいあいと話している台所まで戻ってきた。