21.選考試験
7か月ぶりか…
「盗人だ!誰かあいつを止めろ!!」
声が聞こえてくる。それとほぼ同時に一人の男が外に飛び出してきた。
成程、こいつか。だが、店に並ぶ行列客がいるので数でもって取り押さえられるはず。
俺はそう思っていたのだが、事態は簡単にはいかないようで。
「だめだ!こいつ、ナイフを持ってやがる!」
言葉の通り、男はナイフを持ち周囲を威嚇している。
武器を持たない客が素手で捕獲するのには厳しい状況だ。
その為客たちは何もできず、男はチャンスとばかりに逃走を始めたが、何とも運がない。
男はこちらの方へ逃げてきていた。俺たちもそれを見逃すつもりはない。
「レティ、お願い」
「ん、任せて。「インパクト」」
レティは頷くとすぐに魔法を放った。
インパクト、衝撃波を相手にぶつけるというこの魔法で、細身とはいえ大人の男の身体は簡単に宙へと舞った。
あまりに急な出来事に外の客と野次馬は唖然としてレティを見つめていた。
威力を抑えていたにも関わらず、結構な距離を吹っ飛んだ男は今の一撃で気絶したらしく、近寄って身体を突いても反応がない。
「…死んだか」
「えぇっ?!ど、どうしよう…って、冗談は止めてください!!質が悪すぎます!」
レティに冗談を言いつつ逃走の心配がないことを確認していると、店の人が縄を持って俺たちに駆け寄ってきた。
「あれ…レティじゃないか!久しぶりだな、いつ帰ってきたんだい?」
「お久しぶりです、カルロ店長!王都に着いたのは昨日の夜に、それで久しぶりに店に行こうと向かっていたところで、この騒動に会いまして…」
犯人を縛りあげながら、数年ぶりの再会にカルロとレティは嬉々として会話を重ねていく。
久しぶりの再会を邪魔するのは野暮だろうと、俺は暫くその場で待つことにした。
「…ところでこの男の子は?」
「あっ!」
数分後、会話を終えたカルロが思い出したかのようにレティへと尋ねた。
レティも少し長話をし過ぎたと少し慌てた様子で紹介する。
「私が仕えているリヴィエール家の長男、クリストファー・リヴィエール様です」
「なんと?!…申し訳ありません。リヴィエール家の御方とは知らず、クリストファー様を置いて会話するという無礼を…」
「いや、数年ぶりの再会を邪魔するのも野暮と言うもの。気にする必要はありませんよ、それに然程待っていたわけでもないですから」
「え…、お、お気遣い感謝いたします…」
身分制度などない国が出身の俺にとって、そんな些細なことなどどうでもいいのだが、この世界は身分制社会だ。
カルロは俺が怒るわけでもなく、逆に平民に気を遣っていることにとても驚いていた。
「それで、クリス君は初等学校の入学試験を受けに王都へ?」
盗人の身柄を駆けつけた警備隊へと引き渡した後、俺達は当初の予定通りリアンで食事をすることになった。
しかし、あの事件のせいで店内は皿が割れて破片が散っていたり床に料理がこぼれていたりと相当に荒れてしまっていたので、簡単にできるサンドイッチとコーヒーのみで済ませた。
「本当はもっと良いお食事をご用意できればよかったのですが」とカルロは言っていたが、それでも十分に美味しかったので俺もレティも満足だった。
因みにカルロが敬語でなく普段通りの口調なのは、俺が他所他所しさを感じて嫌だからと、敬語をやめるようにお願いしたからである。
予想外のお願いに戸惑うカルロだったが、レティの「クリスは他の貴族とは違って寛大なので、気を使わなくていいんですよ」という発言を受け、それならばと口調を元に戻してくれた。
「そうだね。とはいえ、試験は3日後だから王都観光の方が主みたいなものだけど」
「ふむ、そうか。王都は人が多いから迷子にならないように気をつけなさい。
そう言えば、レティも初等学校に通ってた時に、迷子になった果てに此処へとたどり着いたんだったな」
「店長?!それは恥ずかしいから言わないでください!」
「へぇ~、レティがこの店に通う切っ掛けは迷子になったからだったのかぁ」
「クリスもこっち見てニヤニヤするのやめてよっ!」
そう言ってより一層顔を赤く染めるレティ。
やはり愛するレティの反応を見るのは楽しく、それから四半刻程カルロのレティとの思い出話に花を咲かせた後、俺達はリアンを跡にした。
尚余談だが、リアンで暴露されたレティのエピソードで俺がいじりすぎたのが原因で、次の日までレティは殆ど口を利いてくれなかった。
ぷんぷんと怒る姿もまた可愛らしいので良いのだが、口を利いてくれないのはこちらとしても不本意なので、これからは程々にしようと思う。
そして、特待生選考試験の日がやって来た。
レティによると実技を見るだけのようで、身体強化など他人に変化の分からない(分かりづらい)ものでなければ術は何でも良いらしい。
そして普通ならその後に魔力量測定があるらしいが、実技での評価が高ければ免除されるとのことだった。
「クリス、分かっていると思うが…実技で決めろよ?」
「うん、分かってるよ」
「クリス、応援してますね」
「ありがとう、レティ。では行ってきます」
試験会場である魔法学校の校門前で短く言葉を交わす。
初等部と高等部が同じ敷地内にあり人数が多い分、魔法大学以上に大きく立派な校門に若干驚きながらもその門を潜った。
グラウンドには既に選考試験を受けると思われる子供たちが受付に並んでいた。俺もその列の後ろに並ぶ。
みんな緊張しているのか、それとも礼儀がなっていないだけなのか受付の御老人に挨拶をしない人が大半だった。
特に俺の一つ前に並んでいた男の子は10秒も待てないほど短気だったのか、御老人に対し「さっさとしろ!」と怒鳴りつけ、これには周囲もどよめいた。ご老人も苦笑いしながらの対応で、少し可哀想だった。
そういうこともあってか、俺が出来る限り丁寧に挨拶をすると、心からの笑顔で応対してくれた。
ご老人から番号札を受け取る。数字は64で結構後ろの方かなと思っていたら、ご老人曰く「それより大きい数字はない」とのことだった。つまり俺は一番最後なのである。待ち時間がかなり暇だ。
現在8時52分、試験開始までまだまだ時間がある俺はグラウンドの隅に座り人間観察をしていた。
魔法の最終確認をする子、軽く体を動かしている子、知り合いとお喋りしている子など、その様子は様々だ。
更に人族だけでなく獣人族の姿も見える。ただ、エルフの姿はない。目算すると、全体の2割程度が獣人族だった。俺の中では、獣人族は己の肉体を駆使して攻撃するようなイメージがあり、魔法を使うイメージが余り湧かないのだがどんな魔法を披露するのだろうか。
「ねえ、そこの君。そんなところで何をしてるの?」
「うん?」
俺が人間観察に耽っていると隣から声をかけられた。目線を移すとそこには一人の少年。
身なりからしてどこかの貴族のようだが、ここは相手の口調に合わせることにしよう。
「んー、人間観察かな。今から試験を受ける人たちを見てたんだ。えっと…」
「あ、初めまして、僕はジェームズ・ディオールっていうんだ。何もせずに座ってる君を見て気になってね」
俺が言葉を詰まらせる様子を見て意図を理解した少年が名乗る。家名持ち、やはりこの少年は貴族だったようだ。
それにしても、何だかんだで貴族の少年と話すのはこれが初めてだな。性格も良さそうだし、この機に仲良くなっておきたい。
「よろしくジェームズ。僕の名はクリストファー・リヴィエール、クリスと呼んでくれ」
「やっぱり君も貴族だったんだ、よろしくね。それで、その「人間観察」って楽しいの?」
「いや、どうだろうね。でも、あきらかに緊張している人たちとか見てると落ち着くからジェームズもやってみなよ。みんな面白い顔してるから」
「そうなの?じゃあ、僕も隣に座らせてもらうとするよ。…あはは、本当だ、みんな同じ顔してるや。カチコチだね」
かく言うジェームズも、俺に話しかけたとき他の人たちと変わらず表情が硬かったのだが、俺の隣に座り人間観察を始めると緊張が解けたようで、すぐに顔が綻んだ。
「だろ?こうして見てると緊張してるのが馬鹿みたいに思えるわけさ。…おっと、そろそろ始まるみたいだね」
グラウンドの一角に試験官らしき一行が現れた。やっと試験が始まるようだ。
「みなさん、これより試験を開始しますので魔法の練習などの作業をやめて此方に注目してください!」
その一行の一人が声を発する。
叫んでいないのにも関わらず、グラウンドの隅々まで響き渡る現象に子供たちも驚いてそちらを見つめていた。
「今から名前を呼びますので、呼ばれた方は修練場前方に描かれている円のなかに来てください。では受験番号1番のジェームズ・ディオールさん、どうぞ」
「え?!ジェームズが最初だったのか。大丈夫か?」
「うん、でもクリスのおかげで緊張もほぐれたから大丈夫だよ。じゃあ行ってくる」
そう答えたジェームズの顔には緊張の色が見られず、むしろ自信に満ち溢れていた。
あれなら問題なく実力が発揮されるだろう。一体どんな魔法を披露するのか気になった俺はジェームズの後を追うことにした。変に緊張させないためにこっそりと。
「では、名前を言ってから始めてください」
「ジェームズ・ディオールです。…いきます!」
「煌々と燃え上がる赤き炎よ、我が左手に、吹き抜ける風よ、我が右手に集え!」
詠唱によって左手に炎、右手に風が発生する。ジェームズはそれらを混ぜ合わせ、手刀を振り、炎の斬撃を飛ばす。
「切り裂き、燃やし尽くせ!バーニングスラッシュ!」
そうして放たれた魔法は勢いよく結界に衝突し消滅した。
初級魔法二つを複合させた魔法だが、技の威力は中級魔法並みに高いようで、周りが騒がしくなった。どうやらジェームズがハードルを上げてしまったらしい。
「ほう、異なる属性の魔法を同時に発動させたか。器用な子じゃな」
長い白髭をもつ如何にも偉そうな老人が呟き、他の審査員も一様に頷く。
「実に見事であった。ジェームズ・ディオールを合格とする。」
実力を出せたとは言え判定が出る瞬間というのはやはり緊張してしまうようで、その言葉を聞いてジェームズは息を吐き出し深々と頭を下げてその場を跡にした。僕はその後を追い、声をかける。
「ジェームズ!合格おめでとう!」
「あ、クリス!ありがとう、無事に合格できたよ!」
「いやいや、合格できたのはジェームズに確かな実力があったからだよ」
逸早く合格を掴んだジェームズは喜びを隠せない様子で、俺は勢いよく手を握られた。
俺としても友達の合格は喜ばしいのでその手を握り返した。
「それで、クリスの受験番号は何番なの?」
「64番、一番最後だってさ」
「そうなのか。出番まで遠いみたいだし、僕は今のうちに父様に報告しに行こうかな」
ジェームズは俺の返答に暫し思案してから口を開いた。
家族の連絡は早い方がいいだろうと俺が言うと、ジェームズは「じゃあまたあとで」と駆け足で去って行った。
暇な時間どうしようかな…。
「受験番号63番の――」
暇を持て余していた俺は、することがないので、人が試験を受けている様子をぼんやりと眺めていた。
ジェームズはまだ帰ってきていない。
63番まで回ってきている現在、実技だけで合格を告げられたのはジェームズを含め4人。
魔法を同時発動できるジェームズと違い、他の3人は一つの属性魔法に特化している人間だった。
ただ、その4人で共通している点がある。それは中級クラスの魔法を使っていたということだ。
それに気づいた俺は中級魔法を使うことにした。上級魔法でも使ったら明らかにクラスで浮いてしまうだろうし。
「受験番号64番のクリストファー・リヴィエール君。どうぞ」
そうこうしている内にとうとう俺に順番が回ってきた。
円の中央に立ち審査員の方たちへ頭を下げるとあちらも頭を下げてきた。
「それでは、名前を言って始めてください」
「クリストファー・リヴィエールです。よろしくお願いします」
深く息を吐き出して、呼吸を整える。
右手と左手にほんの少し魔力を集め、それぞれ別の属性を付加する。
それは土と風。本当は炎と風にしたかったが、ジェームズとかぶるのでやめにした。
両の手で魔力が踊る。俺はその魔力を地面へと解放し短く術の名を唱えた。
「砂嵐」
瞬間、土と風二つの魔力が混ざり合い竜巻が起こる。
風に乗って土が舞い上がるが円の外へと飛び出す気配はなく、20秒程度で竜巻は消滅した。
自分の魔法で吹き飛ばされるのも嫌なので魔法で風を身に纏い防御した上で規模も小さくしたのだが、
俺が呪文を唱えずに中級クラスの魔法を使ったので見物していた子はもちろん審査員ですらも言葉を失っていた。ちょっとやり過ぎてしまったのだろうか。
「…突然手のひらで魔力が回転しだしたからまさかとは思うたのじゃが。無詠唱とはな」
流石に審査員長は顔に出していなかったものの、その声は先程より若干トーンが高くなっていた。
「あ、はい。頑張って練習しました」
「その年齢では頑張っても出来ないのが普通なんじゃがな…。それに風を纏う魔法もじゃ。…まあよい、素晴らしいものを見せてもらった。クリストファー・リヴィエールを合格とする」
審査員長の発表で今日一番の騒めきが起こった。見るとジェームズの姿もある。
手を振ると同じように手を振り返してくれたがその動きは若干ぎこちなかった。
まぁいいか。お互い合格できたんだし。
「ありがとうございました。これからよろしくお願いします」
こうして、俺の選考試験は計画通り午前で終わりを告げた。
午後はレティとデートに行こうと思う。




