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〈後半〉

 昔の話をしよう。

 体育会系という名の無神経な父は、お星様の話とか、遠い外国に行ったなんて配慮はナッシングに、母さんの死という過酷な現実を叩きつけてきた。

 詳細は思い出せないけど、確か『死ぬということは人間が消えることだ。こうして身体はあるが、決して動くことはない。ほっとけば腐るので焼いて埋める』みたいな感じだっけかな。

 小学二年生に言うこっちゃないでしょ?

てなわけで、絶望的なまでに打ちのめされた僕は〝公園にいって滑り台の上で泣く〟キャンペーンを二週間近く展開したわけで。

 林に囲まれた、ひっそりとした公園。

 遊具と言えば、滑り台とブランコしかない。

 爽やかに晴れた夏空をとても憎らしく感じながら、今日も泣いてたんだ。

 物音を聞いてふりかえると、ブランコに人が座ってるのが目に入った。

女の子だ。

 ブランコをキーコキーコ、こぎはじめる。僕と同じくらいの歳だろうか。

ちらっと、白いものが見えた。

女の子が急にブランコをとめたよ。

「……見た」

「えっ」

「おぱんつ、見た」

「……見えただけだよ! そらしたじゃん」

「見つかる前に、慌ててそらした?」

「ちがうよ!」

「いいよ。見て」

「えっ」

 少女の顔をまじまじみたよ。

「哀しいことがあったんでしょ?」

「…………」

「泣かなくなるなら、おぱんつ見ていいよ」

 僕は少女を見つめる。

母さんとの思い出が脳裏を掠めて、涙がじわっと溢れた。

「……もう泣かないで」

「君だって泣いてるじゃん」

「貴方の涙、あたしが貰うから……」

「貰う?」

「その代わり、貴方は笑顔になって――」

 微笑みながら、少女はそう言った。

 僕は、恋した。

 立ち直った僕は、涙を貰った少女に会いたくて、何度もその公園に行ったけど、少女は二度と現れなかった。


    ☆


 始めに言っておこうか。

 ツライよッッ!

 ナニがって、当然アイツらさ!

 だいたい予想はついてると思うけどね、今朝なんか腸がねじれるぐらいヒドイよ!

 さっそく回想シーンいってみようか! せぇの――キューッ!


 僕の目覚ましはアキバで買った『萌える妹モーニング・サナちゃん』さ。

 時間になると、こんな風に起こしてくれるんだ。

「お兄ちゃん、時間だよぅ?」

 幸せヴォイスが響いてくるね。

 でも、まどろみに浸る僕は目を開けることさえも出来ないよ。

 冬が本格的に迫ってきてるので、ふとんの温もりがヘヴン状態だしね。

「んー、待ってよ……あと五分」

「もぉ。学校の時間だってば。はやく起きないと遅刻するよぅ?」

「もうちょっとしたら起きるから、ホントに……」

 イイネ! 二度寝したくない日も思わずしたくなるよね!

 妹の居ない僕にとって、サナちゃんは心のオアシスみたいなものさ。

「お兄ザン、遅刻するデヅ」

「待ってぇ。あと一〇分……」

 ん? 時計なのにセリフ噛んだ? んなわけないか。

「起きなイつもりなら、ガんガえがありまヅ……」

「……ううーん、待ってってばぁ……えっ」

 バタン。

 えっ……バタン?

 何が閉まったの?

 目を開けたら暗いね。のぞき穴が二つ見えるね。

 なんかチクチクすると思ったら、内部はブレード満載だね!

「うぎゃああああああ――っ、これアイアン・メイデンだ! 朝から本格拷問ってどんな収容所だよ!」

「だって可愛い妹ガ起こしにギたのに、お兄ザンが抵抗ヅるから」

「だからってアイアン・メイデンは残虐非道すぎるよねッ? ノーガード屋さんの僕はチクチクがザクザク並みの痛みになることは周知の通りであるにも拘わらずこの仕打ちは、如何に可愛い妹と言えども許しがたいよっ!」

 バンバン蓋を叩いてたら、やっとロックを解除してくれたよ。

 背中が血まみれだよ。治るから良いけどさ……って、思っちゃうからコイツら調子ノッて攻撃するんだよな。

「おはようごザいまヅ。良い朝でヅね」

「……最悪の朝だよ。まったく」

 顔を洗いに行こうとして、ガチャってドアを開けたのね。そしたら――、

「あ」

「……あ」

 その先に、立ってたのね。

 後ろ手にブラを外したばかりの、春風だ。

           チラッ――。

 ほっそりした肢体に、豊かな乳房がパッドからこぼれかける瞬間で――、

                   チラッ――チラッ――。

 ブラもパンツも恥じらうような薄桃色で、レースの入った大人ぱんつ。

 チラッ――チラッ――チラッチラッチラッチラチラチラチラチラチラチラチラッ!

 春風が笑む。

 へっ――――笑む?

「きゃああああああああああああああ――っ、やだお兄ちゃんったら、えっち!」

 太股のホルスターからハンドガン抜いて、バコンバコン撃ち始めやがった!

「ぶごわっ、どぶェ! 撃つな! 露骨に股間狙うなああああ!」

「きゃはは――もげろ! もげろ!」

「生々しい罵声やめてェエエエ――ッ! つか、おかしい! ここ廊下だ!」

「廊下で着替えてるのに覗くなんて、お兄ちゃん頭おかしいよ!」

「廊下で着替える君のが、おかしいはずだ!」

 リロードの隙に右足を引きずりながらもゴキブリムーブで階段を降り、隠れるように脱衣所に入ったよ。

 ふう……、と一息ついたときさ。

「――ッ!?」

 ガコン、って音がして足に激痛が走ったのね。鋼鉄のキザギザがついてて、踏むと噛まれちゃうあの定番トラップさ!

「あだだだだだだ! なんで脱衣所に罠がッ……」

 思わずぴょんぴょんして外そうとしたら天井から釣り針のついたネットが降ってきて「イデデデ!」、丸太が横からスイングしてきて「ドぐぶッ」、ふっとばされた先が落とし穴で「なんじゃいコリャァ!」、槍ぶすまが敷いてあってザクってしてね「どひょウ!」、串刺しは何とか避けたものの落ちた先は熱湯で「あじじじィ!」、しかもトウガラシのスコーピオンとハバネロが浮いてて、飲んだお湯も鬼辛くて――、

「辛ァアアアアア――――ッ、アダダダダ味覚が死んでく音が聞こえる!」

 風呂場から槍もった小麦色の幼女が歓喜しながら出てきたよ!

「ホーゥホホーゥ! 獲物とりゃえら!」

「狩りは屋内でしちゃダメェエエエエエエエ――ッ!」

 とりあえず今日はそんな朝だった。


    ☆


「……どうしたの? 飯田橋くん」

 昼休みも終わりに近づいた頃。

 教壇の段差のとこに座ってたら、僕をコテカ橋って呼ばない、唯一のクラスメイトが話しかけてきてくれたよ。

 おさげのメガネっ娘、鷺森さんだよ。

「あの席に……戻りたくなくて」

 スリーHに包囲された窓際の席を見て、鷺森さんはため息をついたよ。

「そうね……判るわ」

「アイツら妹になってから、どんどん容赦なくなって、今朝の登校なんか高速道路の歩道橋でバンジージャンプさせられそうになって、両手両足縛られた状態からぴょんぴょんしながら逃げ出して一キロもランニングしなきゃいけなかったんだ……」

「よくぞ無事で……」

 鷺森さんはメガネの下に指を入れて、目元にきらめくものを拭いたよ。優しいね。人間はこうでなきゃいけないね。

「……ん?」

 鷺森さんがそっぽ見てる。

 目がスゴイのね。

 眼球剥く、っていうか。

 睨み据える、って感じかな。

 肩がプルプルしてる。

 視線を辿ると、窓の外だ。

 教室の正面に、大きい木があるんだけど、その枝を見てる。

 あ……判った。

 枝についてる、ミノムシを見てるんだ。

「なんでミノムシ睨むの? 虫がキライなの?」

「…………ぶらぶら……」

「ぶらぶら?」

 我に返って、首をぶんぶんする。

「違うの! 忘れて! スリーHの件だけど、わたしが協力するわ」

「協力?」

「もう察してると思うけど、この学校は支配下にあるの。逆らった者には鉄槌が下されるから、わたしも従ってるようにみせてるけど」

「ああ……お金うけとってたね」

「味方にみせて、反撃の隙をうかがってるのよ」

「そうなんだ?」

「一緒に戦いましょう」

「でも……」

「このままじゃ、飯田橋くん壊れちゃうわ。そうなったらわたし……」

「わたし?」

 鷺森さんは、うつむいて赤らめたんだ。

 何が赤らんだと思う?

 ほっぺ、さ。

「恥ずかしいから、こっち見ないで……」

 来たあああああああああああ――っ、僕にも青春きたああああああああああ――ッ!

 天国のママン、僕、女子高生にフラグ立てたよッ!

「よしッ! じゃあ、一緒に戦おう!」

 鷺森さんの手をギュッてやって、契約成立!

「で、なにすりゃ勝てるのかな?」

「弱点を探して」

「弱点……あるのかな……?」

「同じ屋根の下に暮らしてれば、そういうのも見えてくるんじゃないかしら」

「そっか! じゃあ観察してみるよ」


 ……で、始めましたよ。弱点探し。


 面と向かったら見せないと思うので、基本的には隠れてネ!

 妹の部屋を通るときに、プロチラ見でチラッとやってさ。

 チラ見ってエロい目的以外にも使えるんだね。初めて気づいたよ!

 一番最初にみつかったのは、墓子の弱点だね。

 釜ゆで(……?)っぽい魔女的な煮こみを二階の部屋でやってたんだけど、目が><になっててる。苦手なものがあるのかなと思ったら「お兄ザンこれ入れてくだザい」ってカエルを指差してきたよ。僕はカエルをつまみ、ぽちゃんって釜に入れてやった。

 墓子はカエルで決定だね。

 次にみつかったのは、光里の弱点だね。

 回ってる洗濯機の上できゃはは笑って手足をバタバタさせてたんだけど、急に硬直。

 顔から血の気が失われて、汗だらだらになって、肌がぷつぷつ泡立って震えてる。

「……どったの?」

 近づいて視線の向きを確認したら、蜘蛛の巣があったわけ。

 ティッシュでくるんで外にポイしてあげたら、「にぃたあああああんっ」って鼻水たらしつつ胸に飛びこんできて泣きじゃくられたよ。光里の弱点もゲットだね。

 そんでもって、最後に春風。

 こいつは隙がまったく無いんで、苦労したよ。

 チラ見もバレてるんで、観察すると「あに見てんのよぉ?」とか反応されて、「もっと見たいの?」なんつって逆に胸元のボタン外してきたりすっからさ!

 で……、

 ある日、ラッキー生着替え遭遇を期待してノックせず、三人の部屋のドアを開けて、「あっ、ごめん」って怒られる前に謝ったのに、誰もいなくてショボンしてたときさ。

 二段ベッドの上の方に、見慣れない本がのっかってんのね。

 エロ本かと思って取って、開こうと手をかけ――、


「ダメェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエ――――ッ!!!!!!」


 超、びびった。

 腰が抜けたよ。

 部屋の入り口に春風が立ってて、

 顔がトゥルー・レッドで、

 涙目で、

 肩がプルプルしてて、

 口をあわあわさせてるんだ……。

 本を閉じて、「ごごごごごごめんなさい」って平服しながら献上したら、乱暴にかっぱらってさ。

「……コレはダメなんだから! 絶対読んだらダメなんだからね! 地球が割れても、天地がひっくりかえっても、月が落ちてきたとしても、ルパンのもみあげ剃れちゃったとしても、お兄ちゃんは絶対に読んじゃダメだよっ!?」

「ハイ……」

 拳銃抜かれるかと思ったのに、そのまま逃げてった。

 かお真っ赤のままうつむいて、両手に抱きかかえて走るさまは、とっても普通の乙女でありました……。

 アレが春風の弱点なのは間違いないな。

 とりあえず次の日、鷺森さんにすべて報告したんだ。

「そう。でかしたわ、飯田橋くん。コレでヤツらを……」

 語り終えた直後に浮かんだ、酷薄っぽい笑みに――ほんのちょっと、イヤな予感を覚えたんだ。


    ☆


 あーーーーーーーーーーーーーーっ、金曜日キタッッッ!

 鬱だ鬱だ鬱だああああ!

 なぜって?

 時間割言おうかッ?

 一時間目LHR!

 二時間目LHR!

 三時間目LHR!

 四時間目LHR!

 五時間目LHR!

 六時間目LHR!

 そうだよっ、転校初日と同じ曜日だ!

 とうとう来ちゃったよ……ビューティ推理ガールズの時間が。

 みんな戦々恐々で朝っぱらから教室がお通夜みたくなってるね。

 クラスメイトたちが固まって噂話してるよ。

「今週はコテカ橋がタゲられてないからな」

「おまえかもしれないし、俺かもしれないぞ」

「あっ、あたしのわけないじゃない。変態じゃないんだからね」

「ウソつけ。この学校には変態以外入れないんだ」

 思わず割って入ったね!

「ちょッ! なにその入学条件、聞いてないよ! えっ、結構偏差値ちがってるし、テストの出来悪かったのに編入できたのは、僕が変態だからッ?」

「そうだよコテカ橋、おまえの変態偏差値が異常に高いことは、もうみんな知ってるんだよ!」

「ヘヘヘヘ変態偏差値っ!?」

「そうさ! おまえの偏差値は3億! まだ実行犯にはなってないものの、変態として充分なスペックを備えてるのだ」

「早く犯罪しなさいよっ! そんでもって推理ガールズのターゲットもらってよ!」

「うああああ――っ、そんなん言われたら本能を抑えるしか道はないじゃないか」

 図書委員の小牧さんが、襟をガバって開けて、上乳露出ってくる。

「ほら、あたしで良いから欲情しなさい」

 チラッ――チラッ――チラッチラッチラッチラチラチラチラチラチラチラチラッ!

 ダメだと判ってても、本能が僕にチラ見させる! 男ってヤツはッ!

「ちなみに替えの勝負ぱんつが、そこのスポーツバッグに入ってるわよ」

「やめてええええ! ぱんつ盗んだら《本日の事件》にエントリーしちゃうんだろッ?」

「んなことねえ! 俺たちがおまえを守ってやる」

「そうよ、あたしたち友達じゃないコテカ橋」

「終わったらみんなでカラオケ行こうぜ。王様ゲームして、コテカに王様一〇〇回やらせてやるよ。図書委員の小牧さんビッチだから脱げって言えば脱ぐぜ」

「あたしビッチだから脱ぐわ!」

「ウソだッ! みんな目が泳ぎまくってるよ! もう欺されないぞ!」

 舌打ちの嵐を浴びながらグループから離れるよ。

 だいたい妹どもはどこ行ったんだよ。

 今日に限って登校について来ないしさあ……。

 席について、腕に顔を埋めるよ。

 あー……胃が痛い。吐きそう。

 ため息何発でもイケそうだよ。

 すげえヤダ。

 見回すと、同じように机に突っ伏して脱力したり、狂ったように頭掻いてる子や、「ああああ」って小声で叫んでる子がいる。

 あの日、みんなのテンション高かったのは、転校生の僕にターゲットくるのが判ってたからだよね。他人事なら笑ってられるし。

 ヤダよね……。

 自分の変態行為がショーアップされて暴かれるなんて、完全に悪夢だよね……。

 身に覚えがないかどうか、僕自身をふりかえる。

 ないよね――?

 …………。

 あ、いかん。美人というよりあひる口で可愛い赤沢さんの棄てた購買弁当をゴミ箱から拾って、割り箸を二〇分間ナメまくった件とかはマズイだろ。

 あ、いかん。光里のこと大好きな穂乃花(ほのか)ちゃんって豊乳の子が、ときどき光里だっこしてるんだけど、そのとき下乳が光里ヘッドにのっかって『むにゅ』って潰れる光景がたまんなくて、穂乃花ちゃんに遭遇するよう光里を誘導してる件はマズイだろ。

 あ、いかん。クラス全員の体操短パンに『ジョゼ』とか『アンナ』みたいに名前をつけて擬人化して、勝手にツンデレ設定とかつけてる件はマズイだろ。

 あ、いかん。回ってる洗濯機を開けて、妹たちの下着がびしょびしょに濡れてる様を慈しむのが日課になってる件はマズイだろ。

 あ、いかん。廊下を走ってて現国の高橋先生の巨乳にぶつかった件が、綿密に計画された待ち伏せだったと知られたらマズイだろ。

 あ、いかん。斜め前の席に座ってる満子(みつこ)ちゃんを、心の中では『まん……』あ、コレは言えないね。とにかくマズイだろ。

「…………身に覚えありまくりじゃないかあああああっ!」

 狂ったように頭を掻いたよ!

 そうか、さっきの子もこの心境に達したんだね! 彼とは友達になれそうだ……。

「……大丈夫よ。飯田橋くん」

 後ろからかかった声にふりかえる。

 鷺森さんだ。

 薄く微笑んで、僕の肩を優しく叩く。

「今日のターゲットは貴方じゃないわ」

「えっ……?」

 聞き返そうとしたけど、そのまま通過して去ってしまった。

 ……どゆこと?

 鷺森さんが、推理ガールズの内情を知ってるってことかな。

 色々考えてたら、教室の空気が急に変わったよ。

「――来やがったぞ。ヤツらだ」

 聞こえてきた声に、ツバを飲む。

 ゆっくりふり返ると、出入り口にビューティー推理ガールズの姿が。 

 すでにコスチューム・ドレスに着替えてて、不敵な笑みを浮かべながら僕のほうへと寄ってくる。


「ごきげんよう……皆さん」


 春風の挨拶に、誰も答えることができない。

「三人とも、気迫に満ちてるぞ……」

「仕上げは充分ってわけか」

「いやああ! あたし早退するわっ」

「やめろ図書委員の小牧さん! 危険だぞ」

 墓子の口元に、全八重歯の笑みが浮かぶ。

 駆けだした図書委員の小牧さんが、床から飛び出てきたアイアン・メイデンにバクンと喰われ、そのまま沈んでしまった――。

 一緒に逃げ出しかけてたクラスメイトたちも、無言で席に座る。

 ……逆らえませんッ!

 視線をそらして、ブルブル震えつつ頭を抱える。

 妹たちの足音が近づいてくる。椅子を引く音が聞こえても、怖くてそっちを見られない。

 チャイムが鳴ったよ。起立着席礼のあと、出席をとったね。

 とり終わっちゃって……遂に。

「LHRを始め申す。本日の議題は……、」

 春風が席を立ったよ!


「――――この中に、裏切り者がいます」


 冷たい声が、教室を静寂に叩きこむ。

「わたしの大事な私物が無くなりました。身に覚えのある者は名乗り出なさい」

「大事な私物……?」

「全員、目をつぶって。誰も見てないわ。犯人は手を上げなさい」

「…………(どうしよう)チラッ(ちょ、サルワタリあげるんかい! ……あ、やめたか)チラッ(えっ、先生2chに書くの!?)チラッ(副担がロッカーでスタンバってる!? 全裸!? 全裸待機って、あんたそれ喩えだから実行するヤツなんかいないかんねッ? つか、出てくるタイミングうかがって開けたり閉めたりするなよ! この状況じゃ出番ないからおとなしくしてろ!)チラッ(草食のはずのママンが骨付きリブ肉喰ってる!? やっぱ主食は笹じゃなかったんだね!)」

「――いいわ。目を開けて」

 目を開けるよ。

 うぁー……春風の肩が震えてる。怒りの震えかもしんない。今日はマジで死者がでそうだね。遺書を書く時間欲しいなあ……。

「みんなの気持ちはよく判ったわ。正直者が居ないなら、推理することにします」

 推理、という言葉がでた途端、みんなビクッとする。

 ガタッ――と、他のガールズも席を立つ。

 三人そろって腕をズバッとふって、ポーズをキメて。

「これより変態絨毯爆撃を開始しますッ!」

 さすがに席を立ったよ!

「無差別に推理しまくんのかよ!」

「あたりまえでしょ!」

「そんな横暴許されるわけないだろッ?」

「逆らうならお兄ちゃんから暴くんだけどッ?」

「ごめんなさい! 前言撤回します!」

 さすがに席に座ったよ!

「今日は12日だから、出席番号12の人ね」

 一番後ろの席の、故ジョブスにそっくりな男子高校生、あだ名はもちろんマックの沼田くんが立ち上がる。

「俺かよ!?」

「ビューティー・推理・マジック、この事件のトリックを解き明かしちゃえ」 

 ステッキが閃き、春風のパイプから、ピンク色のハートマーク煙がぽわんと上がる。

「事件は見えたわ!」

 ビシッ、と――沼田くんにステッキを突きつける。

「あなたは、うなじしか愛せないフェチね! しかもスポーツしたあとの、しっとり湿ったうなじにしか興味がない。あげくロリ嗜好が入ってるので、幼顔じゃないと反応しないのよ」

「げふあッ」

 沼田くんの公認カノジョ、相見さんが机を叩いて立ち上がったぞ!

「ちょっと沼田くん!? わたしの笑顔が好きって言ったのは……」

「それはホモを隠すために結婚するのと同じ偽装行為よ! ホントは相見さんがソフトボール部で、ポニーテールかつ、ぷにったロリフェイスだからに過ぎないわ――その練習風景を合法鑑賞するために告ったの!」

 相見さんが泣き崩れたよ!

「最低!」

 沼田くんはクラスメイトから文房具やら教科書やらを投げつけられてるよ。

「マック最低だな! 相見さんに謝れ!」

「泣いてるじゃないか」

「俺だって泣きたいよッ! つか、うなじが好きで何が悪い!?」

「あ、開き直った」

「うなじには夢があるんだ! 肌との境界のふわふわの産毛みたいなヘアの感触とか、後れ毛の素敵な反逆感が判らないなんて、貴様ら哀れすぎだぜ!」

「――なにッ、素敵な反逆感って!?」

「意味は判らないけど、語感からおぞましさだけは伝わってくる!」

「変態警報発令――っ」

 スピーカーから警鐘がカンカン鳴り始める。

 クラスメイトが猛然と退避する中、僕は蹴り飛ばされて押し戻されたよ!

「いいかげん、僕も避難させてよ!」

「えんがちょシールドとしての自覚をもてよッ」

「日本を代表するディフェンスの要としての活躍を期待するわ」

「スケープゴートのプロフェッショナルなんて、なりたくないよ!」

 マックが叫ぶよ。

「コテカ、おまえこっちサイドだろ!」

「一緒にしないで! だいたいなんだよ、ロリ顔でうなじフェチって。うなじ見てるときは顔見えないんだから、ロリ系じゃなくてもいいじゃん!」

「バカ、見えないそこにロリがある、という逆スレディンガー的な想像力が、股間に哲学を刻みこませ……、」

 相見さんが泣き崩れたよ!

「マックは喋るたびに傷口を広げてるから、黙ったほうがいいね!」

 大騒ぎになってた教室が急に静まり返る。

 みんなが見てる方向に目を向けると、春風が小さな笑い声を立ててる。


「――この程度で終わりだと思った?」


 実にサディスティックな目をしながら、そう言ったんだよ。

「アレを出さないつもりなら、全員晒すわよ」

「ワロタwまってスレ立てる」

「先生も、例外じゃないわよ」

 担任の手から、スマートフォンが落ちる。ワロタ……ワロタ……とつぶやきながら震えてる。

 間違いなく本気だ。

 全員、狩られる。

 喉がヒリヒリしてきて、ツバを飲む。

 クラスメイトの表情を見回すと、多くは青ざめ、震えてる。あるいは憎悪の目を向けてる。推理を武器に支配してるものの、スリーHを快く思わない者もいるんだ。

「なあ、春風……もうやめない? 私物は僕が見つけるから」

「お兄ちゃんは黙ってて」

「そんな大事なもの、どうして学校に持ってきたんだよ?」

「…………」

「みんなを傷つけてまで、取り戻す価値なんかあるの?」

「…………」

「黙ってちゃわからないよ」

 うつむいて、涙を隠そうとして――。

「貴方にもらったたった一つのモノだから、大事にしてたのに……こんな形で流すなんて」

「何……言ってるの? 説明してよ」

「お兄ザンがそれを言ったら、春風は傷つきまヅ」

「へ?」

()えば()うほど、はるちゃん、きぢゅちゅちゅの」

「……傷つく?」

 こく、とうなづく。

 どうしてだ……? 何で春風を傷つけるんだ……?

春風は涙を拭いて、毅然と言う。

「五つ数える間に、わたしの私物を出しなさい。でなければ、次の犠牲者がでるわよ」

 春風はカウントを開始する。

 五……。クラスメイトたちが後ずさる。

 四……。女子のすすり泣きが聞こえてくる。

 三……。僕は意を決して春風に歩み寄る。

 二……。兄として、とめなきゃいけない。たとえ僕の変態が暴かれようと。

 一……。手首を、誰かにつかまれて立ち止まる。


「――とうとう、私用に使ったわね」


 鷺森さんだ。

 立ち止まった僕の脇を歩み抜けてく。

 春風はステッキを鷺森さんに突きつける。

「どう使おうとあたしの勝手でしょ」

「あなたが横暴なのに一方で支持されてたのは、独自のルールを自分で守るフェア精神があったからよ。つまり事件を起こさなければ、変態を容認します――という」

「僕は!? 転校前に暴かれて新聞掲載されてた僕は、事件なんて起こしてないのにね!」

「そんなの、鷺森が勝手に思ってるだけでしょ」

「スルーしないで!」

「あなたが本気になれば、学校にいる全員の変態性を暴くことだって出来る。そうしないから、支持されてただけよ。そのラインを超えたいま――あなたは全生徒にとっての、共通した敵なのよ」

 鷺森さんの冷たい声が響き渡ると、教室がざわめき始める。

「そうだ……春風は敵だ」

「ビューティー能力があるといっても、ただの女子だぜ。みんなでかかれば……」

「ちょッ、待ってよクラスメイト!」

「うっせえ、コテカ黙れ!」

「笑いの神様にそっぽ向かれたヤツは、コテカにセロテープで筆貼って習字でもしてろ」

「なにその斬新なアート」

 クラスメイトが妹たちを包囲するように動き始める。

 こりゃ、マズイ。みんな本気の目だ。

 一方、妹のほうもステッキと槍とワラ人形をかまえて臨戦態勢。

 一触即発だ。

 この緊張の場面で――……、

 バン、とロッカーのドアが鳴る。

「なるりんが――始まるよ!」

 全裸のなるりんが飛び出てきたけど、誰もふりむかない。

「……始まる、よ?」

 誰も反応しない。

 全裸で涙ぐむなるりん。

 全裸で腰をシェイクするなるりん。

「ロケット・シェーイク♪ Whooo!」

 ダメだった。

 全スルーを被る、なるりん。

 いや、全スルーじゃない。

 一人だけ見てる人がいる。

 鷺森さんだ。

 その目が、スゴイ。

 目を吊り上げ、限界まで見開いて血走った凝視。

 瞬きすらしないんだ。

 青黒いオーラも全身から放出されてる。

 完全に、怒ってる。ハンパな怒りじゃなくて、怒髪天ってヤツ。

「まあ、あいつはほっておくとして」

 春風の声に、ビクッと視線を向け直す鷺森さん。

「そう、そうね!」

 緊張の場面、再開――。

「近寄らないで! それ以上近寄ったら推理するわよ!」

「あなたたち横暴よ!」

 鷺森さんがモップをもって先陣を切る。

「もう許せないわ!」

 鷺森さんがナギナタ・スタイルでモップをかまえ、ひゅんひゅん回して近づいてくるよ。

 迎撃のために進み出たのは、パンダママに乗った光里だ。

 槍とモップ。

 ロングリーチ武器同士の勝負だ。

 雄叫びと共に仕掛けたのは、鷺森さんの方だ。

「真・滅殺連段《狼牙(ローガ)》――覇ッ、」

 全体重をかけた、跳躍斬りおろし。

 ただのモップなのに床が割れる。

 パンダママがバックステップしなきゃ、無事じゃなかったろうね。

 クラスメイトがヤジをとばしてきたよ。

「よしコテカ、当たってこい!」

「ムリムリッッ!」

 パンダママが壁を蹴って三角飛び。鷺森さんも縦ジャンプのアッパースイングして空中戦だ。槍とナギナタが高速斬撃でぶつかりあって、凄まじい衝撃波が発生。女子のスカートがめくれ……、

 チラッ――チラッ――チラッチラッチラッチラチラチラチラチラッ!

 よし、6ぱんつゲット! 12日分貯蓄したよッ!

 両者着地。

 パンダと分離して挟み撃ち状態になっても鷺森さんは焦らず、ステップワークで抜けてく。同時攻撃もローリング攻撃で威嚇して黙らせる。

 光里が、ポーズをキメる。

「ビューティー・シャーマン・マジック……部族にょテキを……」

 マジックはでなかった。光里に何かが投げつけられたからだ。

 ゴム製の、蜘蛛のオモチャ――。

 光里が青ざめて動きを止め、床に倒れこむ。

 春風が叫ぶ。

「――光里ッ?」

「わたジが行きますズ。ビューティー・ゴシック・マジッ……」

 墓子がドクロなステッキをふりあげようとして、止まる。

 その顔面にぺち、と何かが貼りついている。

 カエルのオモチャだ!

 ヤバイところにパンチくらったボクサーみたいに、前のめりに倒れる。

 春風が叫ぶ。

「――墓子っ?」

 僕が教えた弱点だ。鷺森さんは、このために弱点を探らせたの……?

「すげぇ……」

「鷺森一人で倒してくれんじゃね?」

 モップをふりかぶり「覇阿阿阿阿阿――ッ!」と気合いの声を発し、パンダと応戦。連打をくらってパンダは吹き飛んだ。

 これで、戦えるのは春風のみ……。

「どうやら終わりみたいね」

「まだあたしが残っているわよ」

 鷺森さんがにやっと笑って、取り出したものがある。

 あのルパンのもみあげが剃れても読んじゃいけない、春風の本だ。

「これでも?」

 春風が青ざめる。

「その本は……」

「うふふ。春風さんが書きためているポエムね。ここで読んであげちゃおうかしら?」

 鷺森さんがページを開くと、春風は青ざめ、ぺったりと尻餅をついて、震えながら涙声で呟く。

「………………やめて……そのポエムだけは……やめて……」

 鷺森さんは、最初のページを読み上げ始める。

「泣けなかったあたしと、泣いてばかりの男の子。あたしは彼から涙を貰った……」

「やめてえええええええ――ッ!」

 稲妻をくらったみたいな衝撃が走った。

 春風のポエムのフレーズには聞き覚えがある。

 小学二年生のとき、公園で出逢った少女。

 名前も訊けなかった少女。

二度と逢えなかった少女。

「春風……おまえなのか? 僕の初恋の人……」

問いかけに答えることなく、春風はうつむいている。

「あれから何度あの公園に通ったか判らない。涙を貰ってくれた子が来るのを待ってた。あの子が、君だったんだね」

「…………」

 春風の目から、ぽろぽろ……、

 涙の粒が、こぼれ落ちる。

「待ってたんだ……君が、あの公園に戻ってくるのを」

 春風は深呼吸して……。

 恥じらうように、

 戸惑うように、

 想いをこめた瞳を、僕に向ける。


「…………逢いたかった。あなたから貰った涙が、わたしを救ってくれたから」


 胸に飛びこんでくる。

 温もりと鼓動が伝わってくる。春風の髪の、ふんわりと甘い香りが漂ってきて、ようやく僕は実感できた。

 僕は、あの初恋を――――つかまえたのだ、と。


 春風に、渡したはずの涙がこぼれた。

 嬉しさと同時に、込みあがってきたものがある。



 途方もない怒り――。



 なぜなんだろう。

 ヘタレで、勇気なんかこれっぽっちもなくて。

 ノーガード屋さんの僕なのにさ。

 春風たちを裏切った罪悪感だろうか……?

 ちがう。

 僕はバカだった。

 春風を泣かせる者に夢中になっていたなんて。

 大事なのは鷺森さんなんかじゃない。春風なんだ。

 春風を助けなきゃ。

 さあ――、

 遂に隠している力を使うときが来てしまった。

 これを出せば、僕は〝人間でなくなってしまう〟だろう。でも、それで、いいんだ。

 春風には、ずっと笑っていて欲しいから――。

「もう泣かないで。あいつは僕が倒すよ」

「えっ……? どこに行くのよっ!?」

「――なあ、春風。僕が何の変態か、知ってる?」

「推理したもの。判ってるわ。チラ見でしょ」

「ちがう」

「……は?」

「それは、表面上の変態。そう、ホモの偽装結婚のようなものさ。僕の変態性はそんな程度じゃない」

 ゴゴゴゴゴ……と、地震が起こり、ガラスが震え始める。

 震源地は――どこかって?


 僕、さ。


「いままではパパンがいるせいで、抑制するしかなかったこのハイパーフォームを、まさか披露するときがくるとはね。変態番付《横綱》継承者の実力を、見せるときが来てしまったようだ……」

「……お兄…………ちゃん……?」

 ドス黒い変態オーラが立ちのぼる。

 ズウン、と激震し、床にヒビが入る。巻き起こった風圧で照明が割れ、ガラスが全損する。蛇口がふっとび、噴水がいくつも起こる。

「スクミズ・メイル召還――ッ」

 床に魔法陣が現れ、床から小学生低学年ようの旧スク水が浮かび上がってくる。

「アーマード・オン!」

 スク水が粒子となって僕の身体をカバーし、換装する。

 僕はいま、裸にスク水いっちょ。

 ピチピチすぎて、股間はTバック状態だ。

 くるりんまわって、ぷりっとお尻強調ポーズ。小指と人差し指だけ立てて、ほっぺのところでスライドさせる。

「おいなりさんチラ見しないでね☆キラッ!」

「キラッ☆」

 お、墓子がキラッ返ししてくれた!

「――力が漲るッ! スーパー超絶変態・ダップンダーッ!」

 お尻をキュ! キュ! キュ! と素早く突き出し、最後にうんこポーズでスバッと腕をふる。

 スピーカーから、ダップン! ダップン! ダップンダアアアア♪と、ジングル入りました!

 キメポーズと同時にバックで白い爆発が起こる。

 鷺森さんは僕の格好を見て、目を剥いて凝視し始める。

「……なんて姿をッ!」

「悪いけど、この姿じゃなきゃ全力がでないからね! さて、おまちかねッ☆ ただいまより、推理を開始します!」

「推理……ですって?」

「本当のマジックをみせてあげる」

「………………」

 鷺森さんの顔に焦りの色が浮かぶ。

「じゃあ本日の事件の発表でーす!」

 音楽隊の皆さんが入ってきてドロドロドロとドラムロールが鳴る。

「栄えある事件に選ばれたのは……」

 ジャーンとシンバルが鳴り――、

「エントリーナンバー1、鷺森さんの心が盗まれた事件です!」

「なッ――、」

 鷺森さんは、とまどうように二歩退がる。

「みんな嘘ついてゴメン! サルワタリくんが言う通り、僕ガチ変態なあげく全国区でも横綱級なんだ!」

「「「「「「「「「「「「「「「「「知ってた!」」」」」」」」」」」」」」」」」

「だよねっ!」

 鷺森さんは僕を睨む。

 あまりの眼光に、場が静まり返る。

「クラスメイトを味方につけた程度で勝ったつもり?」

「本番はここからさ。まずは告白タイム。鷺森さんの心を盗んだ犯人、名乗りでなさい」

 しん、としたままだ。

「よろしい。名乗りでないなら、超絶変態にも考えがあります」

 シャシャッとすばやく腕をクロスし、キュッとお尻を突き出す!

「――ダップン推理ターイム! まずは鷺森さんが、掃除当番で窓を拭いたとき『これ、なんか臭いわ』って言った事件!」

 何だかよく判らないけど、とにかく変態に見えるポーズをキメて、僕は言ったよ!


「犯人は――――僕だ」


「「「「「「「「「「えええええええええっ――!?」」」」」」」」」」

「鷺森さんの優しさを愛だと勘違いした僕は、自動チラ見マクロを展開、徹底的に鷺森さん観察を開始した! その結果、鷺森さんが掃除当番のとき、あのピンクのぞうきんばかり使うという分析結果が得られた。そして当日、早朝登校した僕は誰もいない教室で雑菌に満ちたぞうきんをナメまくったんだ! なぜって? そう! 僕の聖なるヨダレを、あのか細く白い指とねっとりと交わらせ、《第六》精神世界で同一化するためさ!」

 くね、ってしなをつくて、お尻をむけるポーズをキメ――、

「完全犯罪・ブレイク☆」

 一瞬、無反応。

 ショックから始めに立ち直った男子が、ツバを飲んで喋り始める。

「……い、意味が判らねえ。誰か説明してくれ」

「ヤツは今、自分で自分の変態行為を語っただけなのに、ドヤ顔で推理してみせた的なアクションを入れやがったのか……?」

「しかも、あの表情を見て! 完全に自分に浸った顔よ」

「横綱エフェクトです……」

 クラスで一番物知りなオカッパ・メガネの花村くんが、メガネをクィッて直しながら解説する。

「捕まって留置された変態は、二種類に分かれます。罪を反省するか、あるいは自らの性癖をここぞとばかりにアピールしだすか……とある変態横綱が、逮捕後『気持ちいいのでやりました』などと供述したことから、開き直りの変態をこう呼ぶのです」

「それじゃ、ヤツの《横綱》継承は……」

「間違いなく、本当ですッ!」

 阿鼻叫喚の悲鳴が巻き起こったよ!

「ぎゃあああああああああああっ、そんなの聞いたら耳が腐るわ!」

「こいつガチじゃねえか!」

「キモイって何回も言ってるけど、これほど心がこもったことはないわ!」

「変態警報発令――っ」

 スピーカーから警鐘がカンカン鳴り始める。

 みんなスゴイ早さで僕から逃げてくよ!

 僕も逃げたら、とめられたよ!

「コテカおまえ、犯人だからッッ!」

「あ、そっか……ごめん」

 うつむいてプルプル震えてた鷺森さんが、顔を上げる。

「思えばこんなヘンなこと、いっぱいあったわ。あんた、余罪あるでしょ」

「バレた……じゃあ、次、鷺森さんのノートに折り目がついちゃってた件……」

「なにやったのよっ!」

 呪文を叫んでステッキをふった途端、鷺森さんがさらに青ざめる。

「犯人は僕だ! 鷺森さんの肌の感触をロールプレイしたくなった僕は、間接接触法という手段を思いつく! これは、鷺森さんの触れたモノを通して、仮想接触(ヴァーチャル・スキンシップ)を果たすという高度な精神エミュレータである! 宿題をみせてもらうふりをして現国のノートを借りた僕は、まだ白紙なページを男の子の大事な部分に押しつけ、こすりまくった!」

「――えぐ%’ごがふ、」

 鷺森さん、ヘンな声あげながら片膝ついたね!

「次の現国で首を傾げながらも使ってくれたね♪ これで僕ら、合体したよ!」

 くね、ってしなをつくて、お尻をむけるポーズをキメ――、

「完全犯罪・ブレイク☆」

「うえええええ――っ。お母さん、助けて!」

「なにこいつ! 頭おかしい!」

「死刑だ! コテカを『人類じゃなかった罪』で死刑にしろ!」

「変態警報発令――っ」

 スピーカーから警鐘がカンカン鳴り始める。

 クラスメイトが机でバリケードつくり始めた!

 あわてて乗り越えようとしたら、とめられたよ!

「おまえ犯人だ、つったろッッ!」

「あ……たびたび、ごめん」

 妹たちまでバリケードの後ろに入ってるのが哀しいね!

 ていうか、いつの間にか光里とママまできてて、『がんばれニッポン・がんばれダップンダー』の旗を振ってくれてるね。僕、ニッポン代表だったらしいね。

「――さあ、次いこうか! 『鷺森さんと僕が付きあってるらしい』という噂の出所だ」

 鷺森さんが顔を上げたよ!

「アレも……あんたなのッ!?」

「もちろん、犯人は僕です! ICレコーダーを持ち歩いて鷺森さんと会話するとき必ず録音したんだ! 会話の中でさりげなく、五〇音すべてを発音するようにもちかけて、その音声データを持ち帰ったよ! 音声データを音響解析ソフトにかけて切り出し、鷺森さんの声を発する、音声合成ソフトの作成に成功したんだッ!」

「イヤアアアアアアアアァァァ――ッ!」

 鷺森さんの悲鳴が聞こえたけど、続けるよ!

「最初にやったのは、放課後居残ってた鷺森さんが教室を離れたのを見計らって、その携帯をちょっと借りて、口が軽いことで有名なゆかりちゃんに電話することだった! もちろん、恋の相談で、会話の内容から僕だと特定できるように!」

 さすがにキツすぎたかな?

 鷺森さんが頭を抱えて叫び声を挙げたよ。

「ヤアアアアアア――っ、生きていけない!」

 くね、ってしなをつくて、お尻をむけるポーズをキメ――、

「完全犯罪・ブレイク☆」

「最悪だ! 犯罪者じゃねえか!」

「裁判で負けろ! 人生も負けろ! ムショから出てくるな!」

「それだけじゃなくて、鷺森さんヴォイスでエロ小説読ませてオカズにしたよ! 脳内再生率ハンパなくて、ヘヴン・ナイトは一週間以上続いたね! ちなみに鷺森さんヴォイスは、Mっ娘なセリフを読ませてもあんまり良くなかったね。なんでだかSっぽいセリフが似合うから、ヘンだとは思ってた!」

「変態警報発令――っ」

 スピーカーから警鐘がカンカン鳴り始める。

 みんなスゴイ早さで僕から逃げてくよ!

 僕も逃げてツッコんでもらおうと思ったら、撃たれたよ!

「げぷ、ごふぅ――あだだだだだああ! いだいいだいよ! なんで春風が撃つの! 背がひょろっと高い中島くんがツッコむのがお約束でしょ!」

「うっさいわよ。寄るな、害虫」

 声がくぐもってるので顔をあげたら、クラスメイト全員ガスマスクつけてる!

「ちょっ、そこまで毛嫌いすることないじゃん!」

「感染するんだよ、コテカ菌が」

「そうよ。とびちるから息するのやめなさいよ」

「無茶言わないでよ、クラスメイト!」

 膝をカクカクさせながら、鷺森さんが立ち上がる。

「……あと、いくつあるのよ?」

「えーと……鷺森さんの件なら、一七回分くらいかな?」

「ぎゃあああああッ!」

「「「「「「「「「「ぎゃあああああッ!」」」」」」」」」」

 鷺森さんだけでなく、クラスの女子全員が悲鳴を挙げる。

「あたしの分もあるのッッ?」

「あるよ?」

「わたしはっ!?」

「もちろんだよ。手をつけてない女子なんか居ないよ。回数がランク分けされてて、平均のランクCが六回くらい。ランクBだと一〇回くらい。Aになっちゃうとそれ以上だね。最高は金髪地味ツンデレの中島倫ちゃんで、見つかってぶん殴られた件も含めて三四回です!」

 くね、ってしなをつくて、お尻をむけるポーズをキメ――、

「完全犯罪・ブレイク☆」

 泣き崩れて嗚咽の合唱が起こって机投げられて銃撃たれて紫色の酸性ポーション投げられて石斧投げられて、カッターとか消化器とか椅子とか花瓶とかで嵐のように攻撃されて、ノーガード屋さんの僕は完膚無きまでにボコボコだよ。

「あーもー。そんなに怒らなくてもいいのにねー? 女の子って気にしすぎなんだから。男の子なら、僕の気持ち判るよね?」

 男の子一斉にバーサークして机で埋まっちゃうほど追撃されちゃった!

 這いでてきたら、鷺森さんが激怒の表情で、墓子から盗ったらしいワラ人形を構えてる。

「あんたに推理が効かないのは判ったわ。なら、これはどうかしら」

 そう言って、ワラ人形のマタを裂く。

 思わず……。

 そう、思わず、言っちゃった。

 いままでガマンしてたのに……、ぽっ。


「あああああああああああああ――――んっ、もっとぉおおお!」


 裂けたマタをつかんでビクビクしてたら、周囲が時間停止したみたくなってるのに気づいちゃったよ……。

「あっ……いや、コレは……」

 ばさ、と。

 鷺森さんの手からワラ人形が落ちる。

 震えてる。

 いやいやしてる。

「ちがう、ちがう。これはMとかそーゆーのじゃなくて、いままでのが痛がったフリで、もっとやって欲しくてリアクション芸人の基本勉強して頑張ってたとかじゃなくて……」

 鷺森さんは光里から槍を奪って、パンダ波動砲を撃ってきた!


「いやぁぁあああああ――ん、らめぇ! 学校なのに感じちゃうううん!」


 ……カラーン。

 槍が落ちたね。

 鷺森さん、顔面蒼白のまま目を虚ろにしてる。

「なぜ……効かないの!?」

 僕は静かに歩み寄り、ダンディな声で諭したよ。

「君の変態が泣いているからさ」

「泣いてる……?」

「変態性を宿す者は蔑まれ、あるいは蔑まれるとおびえて暮らす。そうした自分自身と向き合い、認め、愛することでやっと真の変態となれる」

「飯田橋くん……」

 決まった。

 鷺森さん、堕ちたな。

 ふっふっふ――僕、説得の天才じゃないかな! ネゴシエーター飯田橋って呼んでね!

「またみんなで仲良くやろうよ……ね?」

「飯田橋くん……わたし、」

 僕の差し伸べた手をとりかけた、そのときだ。

「…………いや、それ、何かおかしいわ!」

「ちょ、春風!?」

「カッコつけて言ってるだけで、こいつドドドドドMなだけだし! あたしらの件とゴッチャにして、自分も許して貰おうとしてるッ! 邪悪よ! クソ野郎よ! こんなヤツに負けちゃダメよ、鷺森さん! こいつは全女子の敵よ!」

「まとまりかけてたのに、なに敵を応援してんだよッ!?」

「「「「「「「「「「鷺森! 鷺森! 鷺森! 鷺森! 鷺森!」」」」」」」」」」

「ちょっ、いきなりアウェーになったし!」

「判った! わたし頑張るわ!」

「うわあああん、人がせっかく心を折ったのに! このあとエンディングでキレイにまとまったじゃん! おまえら最悪!」

 ウーッ……ウーッ……ウーッ……ウーッ……ウーッ…………。

「……あれ? パトカーのサイレンかな? 校庭に停まったぞ? ん? なんでみんな服着てるのかな? ああそうか、逮捕されないためだね。僕も体操服着るよ。えっ、ちょ、男子やめて腕をつかまないで。着替えなきゃ逮捕されちゃううう!」

「さあ、ここで犯人探しの時間です。見つけるのは、もちろん……」


「「「「「「「「「ビューティ推理ガールズ」」」」」」」」」


 ピンクの爆発が起こって、バリケードが吹き飛んで、コスチュームドレスに着替えた妹どもが寄ってくるよ!

「うわあああ――ん、犯人探すまでもない展開やめて!」

 シャ、シュピン、スパーンとポーズをキメて……、


 犯人はおまえだ、と春風は言った――。












『――次のニュースです。本日午後、千葉県M市の私立高校の教室で生徒が全裸になって踊り出すという事件がありました。公然わいせつ罪で逮捕された16歳の少年は他にも軽犯罪の前科があるものとして、警察は少年を拘置し、余罪を厳しく追及する方針です』

『(テロップ・生徒の反応)あ。ハイ、知ってますよ。ヒドイ人です。小学生のときも好きな子のたてぶえナメまくって、最近でも好きな子の使うぞうきんナメたとか自慢して』

『わぁい♪ こっちゅ、うちゅちて☆』

『やらしいチラ見がスゴくて。注意すると誇らしげに言うんですよ。自分はプロだからやっても良い、みたいなことを』

『(ダンスが)ひどかったです。(局部を)ぷるぷる回して……あの光景は一生消えないトラウマです……あ。メガネとおさげもモザイクおねがいしますね? バレちゃうので』

『呪いまジた』

『待たれいwwいまコテカのタイーホ・スレ立て中ナリ』

『(拘置所から)出てきてほしくない。お兄ちゃんのバーカ! 鷺森と付きあってる噂を自分でたてるとか、あたしが回数トップじゃないとか、マジありえないんだからっ!』

『それより、美しい僕の胸板を映さないかい、カメラメェーン♪』

『――次はお天気です。気象予報士の、原さーん☆』


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