1 絶対不絶命
こんばんは、夏玉 尚です。
今回も旅モノです。
この設定、自分では結構面白いなー、と思っています。
ではどうぞ。
「じゃあ、行ってくる。」
皆の期待を一身に背負ったその若い男は人々の声援を受けながら、出たことのない故郷の町から外の世界へと一歩を踏み出す。
「アイメンス」。創造神が造り出したと云われるこの世界には、世界地図というものが存在しない。
それはこの世界が創造されてから、未だかつて踏破した者がいないからである。
そしてこの世界をアイメンスと呼んでいるのも、この若い男の住む町、アスタリカだけと思われる。
というより、アイメンスにどれほどの国があり、どの程度の人間が住んでいるのかもわからないのである。
それくらい国と国との交流がないこの世界アイメンスでは、稀にやってくる旅商人の情報を頼るしか、他の国の情報を得ることはできない。
そんな世界に若い男は旅立つのである。
良く言えば、勇気ある者として世界を巡る若者。
悪く言えば、未知の世界に僅かな物と粗末な装備で放り出された悲しき生贄 と言える。
その装備とは、アスタリカでは一般的な鋼でできた片刃の刃物「刀」に、身を守るよりも動きやすさを重視した旅の邪魔にならないように作られた袖がだらりとした上が鼠色、下が紺色の着物である。この着物もアスタリカ独特の物で美しく、希少価値の高い織物であるため旅商人には人気がある一品だ。そして靴は丈夫な獣のなめし皮で作られていて、くるぶしまである簡単なものとなっている。
「必ず良い知らせを届ける。」
町の人々にそう言って、若い男は草原からはるか彼方へと繋がる一本道を歩き出す。
かろうじて草の刈られている道も、アスタリカから少し離れると途切れ、そこからは草むらを歩くことになる。
「最初に辿りつくのはどこだろう・・・。」
この男の独り言は時に人を困らせる。
自己完結して相手が何もわからないまま本人だけが納得する、ということがあるからだ。
「真っ直ぐ進めばどこかには着くかな。」
男は僅かな持ち物の一つである方位磁石と旅商人から購入した望遠鏡を手に、まっすぐ北へ進んでいく。
今更だが、この若い男の持ち物の中に食べ物はない。
アスタリカの人間にとって食べ物はそれほど必要なものでもないし、水さえあれば少々食べなくても大丈夫だろう、という考えが多いからだ。
「食べ物は・・・やっぱりないか。皆はお腹減らないのかな。」
例外が一人居た。どうやらこの若い男は食べ物を食べたいようである。
一人でボソボソ言いながら、若い男は草むらを歩いている。
そして、ふと腰に差していた円筒状の望遠鏡を手に取って覗き込んでみた。
「おっ、幸先いいな。人がいるぞ。」
草原の彼方に人の姿がぼんやりと見える。
体格がいいのでたぶん男だろう。
若い男はまさか人と会うと思っていなかったので嬉しさのあまり、草原を走っていく。
「おーい!そこのー、待ってくれー!」
若い男は望遠鏡を腰に差して、手を振りながら走っていく。
だがその男らしき人が振り返って、男は愕然とした。
その男の顔はイノシシのようで、よく見ると体中に獣毛が生えていた。
|(うわっ!外の世界にはこんな人間がいるのか、お気の毒に・・。)
「こ、こんにちは。」
若い男は驚きながらも声をかけてみた。
ザクッ!!
「痛っ!!」
イノシシ顔の人間は鋭い爪で、若い男の腕を切り裂いた。
若い男はなんとか反射で避けたが、イノシシ顔の人間の手は避けなければ心臓を捉えていただろう。
「コロシテヤルッ!」
その声とともにイノシシ顔の人間はいきり立って若い男へととびかかった。
「そんな簡単に俺は死なないな!」
若い男は腰の刀をスラリと抜き、とびかかってくるイノシシ顔の人間に合わせて撫でるように斬った。
シュバッ!
イノシシ顔の人間の肩から腰にかけて一直線に血が噴き出した。それに対し若い男の頬からはタラリと血が垂れた。
「グッ・・・」
イノシシ顔の人間はその場に倒れ、やがて砂煙になって消えた。
「あぁ思い出した。こいつはオークとかいう魔物だ・・・。」
そう呟きながら若い男は刀を鞘に納め、自分の体にできた傷を見た。
「結構痛いなぁ、オークは確か賢いから武器を持ってるハズなんだけど、なんで素手だったんだろうか。」
若い男は頬にできた血を手で拭った。それに合わせて傷も消える。
同じように腕の傷も血を拭うと傷も消えた。
「やっぱり人間は中々いないよなぁ。」
少しがっかりして、若い男は方位磁石と腰に差していた望遠鏡を手に草原をトボトボと歩き出した。
それ以降人間はおろか魔物にすら会わず、日は沈み始めた。
「そうかぁ。寝る場所も考えないといけないのか。」
若い男は望遠鏡を覗き込み、どこか寝られる場所を探した。
だが周りにあるのは森だけで、若い男が考えていた「古びた誰も住んでいない小屋」はなく、渋々森へと向かうことにした。
望遠鏡で度々森の位置を確認しながら、若い男は丁度いい寝場所を森の中に捜し歩いた。
森の入口についたとき、若い男はその奥に開けた場所があることに気付いた。
「ちょうどいいところがあった、あった。」
少し嬉しそうに開けた場所まで小走りで向かう。
「今日はここで寝よう。」
若い男は荷物の入っている袋を枕にして寝ることにした。
「まだ日は沈んでないけど・・・寝よう。」
数ある中のひとつの木の下に若い男は寝転がって目を閉じた。
「ゲヘッ、ゲヘゲヘッ!!」
森の奥からそんな声が聞こえた。
「ん?カエルか??」
若い男は耳を澄ましてみる。
「ゲッ!ゲッ!ゲヘヘッ!」
「カエル・・じゃないよな。」
今度は目をあけて周りを確認する。
すると大きな足音とともに、森の奥から巨人が現れた。
「え、えーと・・・トロル!!」
若い男は読みふけった魔物辞典の中を思い出した。
「ゲッゲッゲッゲッゲ!!!」
「これは・・・歓迎・・・してないよな。」
「ゲゲゲッ!」
ドッ!!
刀を抜くより先にトロルの巨大な拳が若い男の右半身を捉える。
「ぐっ!!!!!」
若い男は地面をズズズズズッと転がっていった。
開けた場所が丁度いい寝場所ではなく、丁度いい戦いの場となった。
「ゲゲッ、ゲゲゲゲッ!!」
トロルが転がっている若い男へと歩み寄る。
そしてトロルの追撃が若い男を襲う。
ドンッ!!ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!
容赦なく両拳の連打が若い男襲う。
「ゲゲッ!ゲゲゲゲゲゲゲッ!!!ゲゲゲゲゲッ!!!」
トロルはガッツポーズで勝利を歓喜する。
「ま・・待てって・・・何勝った気で・・・いるんだよ。」
若い男は全身から血を流しながら立ちあがった。
「幸先・・・いい・・と・・・思ってたら・・・・悪いな・・コレは・・・。」
若い男はやっとのことで刀を抜き、トロルと向かい合った。
両手で刀を握るもその手は微かに震えている。
「ゲゲ?ゲッ!ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!!!!!」
「行くぞ!!!!!!!」
若い男は脇構えの姿勢でトロルへと駆ける。
「ゲゲゲゲッ!」
バシン!
カラン カラン
若い男の体はトロルの右手の中へと消えた。
刀が落ちる音だけが森の中へと響いた。
バキ!ベキベキボギッバキバキバギッ!!
次に響いたのは鈍い音。
「ゲゲゲッ!ゲッゲッ!!」
ドサッ
トロルの右手の中から落ちたのは、動かない若い男である。
「ゲゲゲゲゲッ!ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!!!」
トロルは若い男を足をつかんで森の奥へと消えていく。
腰に差してあった望遠鏡が帯から抜け、地面へと落ちていく。
パシッ
「ゲゲ?」
「俺は・・・死なないんだ。」
若い男は少し悲しげに言いながら、望遠鏡を逆手に握り、右目に向かって、投げた。
ヒュンッ
ドッ!
望遠鏡はまっすぐトロルの目に突き刺さった。
「ゲゲェッ!!!!!」
若い男を地面に落とし、トロルは目を抑えて呻きながら暴れまわる。
「くっ・・刀は・・・・!」
若い男は落ちている刀のところまで這い、刀を握ると、それを杖にして立ち上がった。
既に最初に殴られた時の血は止まっていて、先程の攻撃で折れていた骨も繋がりはじめていた。
「そろそろ俺も寝たいからさ・・・・・終わらせよう!!」
再び脇構えでトロルの元へと駆ける。
トロルに剣が届くころには既にしっかり走れるようになっていた。
ダンッ
若い男は剣を振り上げ、トロルの頭に振り下ろした。
ズバッッッ!!!
剣は頭から腹までを切り裂き、腰で止まった。
「ゲ・・ゲ・・・・?」
血が出る前にトロルはその場に崩れ落ち、昼間のオークと同じように砂煙になって消えた。
そして静かな夜が森に戻る。
「もう夜か・・・・・。」
もう傷一つない若い男は満天の星空を見上げながらそう言い、再びトロルの居た場所に顔を戻す。
「ごめんな、俺は死なないんだ。」
若い男は悲しげにそう呟いた。
いかがでしたか?
続きは書き次第上げますのでお楽しみに。
感想、評価もしていただければ嬉しいです。
ではまた。