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第8話 オペレーション・ファーストエイド

ゴオオオオオオオオ!

 オレの目の前をE2C改が離陸して行った。カトリーヌとアリシアが乗ったホークアイ《ミネルバ》だ。

 オレは既に愛機、ファントムFG・1のコクピットに納まり、離陸の順番を待っている。

 まず、E2Cが離陸。一足先に王宮へ向った。王宮から100キロ離れた場所で、敵の監視を実施する手はずだ。オレ達も順次離陸し、途中空中給油してターゲットへ向う。

 作戦はこうだ。ファントム三機で敵巡洋艦に攻撃を行う。先鋒はジョーズ。ジョーズ機には地中貫通爆弾バンカーバスターを搭載している。厚さ五メートルのコンクリートを貫通する威力で魔法結界を破壊する。そして次鋒はヴァルチャー。ヴァルチャー機は特殊爆弾デュランダルを搭載している。投下と同時にロケット・モーターに点火。時速九〇〇キロでターゲットに突き刺さり、その後爆発。この落下スピードで魔法結界を爆破する。中堅はオレ。オレの愛機にはMk82・五百ポンド通常爆弾を十八発搭載している。上空より急降下して爆弾を叩き込む。そして、トドメはエミリー。フューリアスに乗かっているチャレンジャーの一二〇ミリ五五口径タンク・ライフルの撃ち出すタングステンの徹甲弾をぶち込む。

 オレの予想じゃ、後片付けが大変なくらい敵艦は破壊されるであろう。破壊され尽くした所へマリアさんと基地警備隊がヘリで突入する。ちなみに我が空軍の基地警備隊は陸軍特殊部隊に引けを取らない装備と錬度を誇る。ハイネマン伍長を見ればわかるだろう。ハイジャック犯やテロリストと正面切って戦う実力がある。

『ジョーズより、ファントム各機へ、離陸する』

 編隊長のジョーズから離陸の指示が出た。

『バイパーツー、ヴァルチャー了解』

 二機ずつ離陸するから、まずはジョーズとヴァルチャーが先に行く。オレはその後単機で離陸する。先行の二機は排気ノズルからオレンジ色の炎を後方に伸ばし、離陸して行った。聞き慣れた爆音だけを残して。

『こちらHQ、バイパー各機へ。現在の王宮に民間人は居ない。使用人、執事は王宮を出されて、市内の警察に保護されている。リンガー氏の情報だから間違いない。マリア陛下の母君は静養先のスイスだ。構うことはねえ、反乱軍を叩きのめせ!』

 オレもジョーズ機、ヴァルチャー機に続き誘導路から滑走路に入った。

「バイパーセブン、レディ・トゥ・ゴー」

 オレはコントロール・タワーに離陸許可を求めた。

「再びこの滑走路に戻ってこられるか?」

 マーリンの独り言が聞こえて来た。あいつも地味に緊張しているのか?

『バイパーセブン。クリアード・フォー・テイクオフ。ウインドウ・ツー・ナイナー』

 管制塔から離陸許可が出た。両足で抑えているブレーキをリリース。スロットルレバーを前に倒す。

 ヒュゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオ!

 ロールス・ロイス・スペイMk204エンジンが吼える。燃料流量計と排気温度計の針が跳ね上がった。

 オレはシートにめり込むのを感じながら、ファントムを離陸させる。最大離陸重量の機体は滑走路を目一杯使って飛び上がった。

 すぐにジョーズ達に追いついた。ジョーズは既に空中給油を始めていた。戦闘機は爆弾を満載すると、燃料を満タンに出来ない。最大離陸重量って決っているから爆弾積んだ分、搭載燃料を減らさなければならない。だから空中給油が必要となる。

 ジョーズ機の後席はで手を振っているオッサンがいる。手と言うかピーターパンのフック船長みたいな鉤爪だ。あれはフォンシュタイン大佐だ。左手に義手をつけたようだが・・・・・・

『年寄りの冷や水って言うなよ。俺だって、パイロットだったんだ・・・・・・冷戦を戦ったパイロットだ』

 だははははと大佐の笑い声が聞こえて来た。

『大将は基地で椅子を暖めていたほうがいいんじゃねえか?』

 ヴァルチャーは相変わらず口が悪い。大佐に向って悪態突いている。

「大将はマリア陛下だ。俺じゃない。だから出撃したんだ」

 まあ、大佐もパイロットだから空を飛びたかったんだろう。でも・・・・・・・。

「こちらケストレル。大佐のTACネームは?一緒に飛ぶならTACネームがあったほうがいい」

『そうだな・・・・・・・大佐の現役時代は《グリフォン》って呼ばれたぜ』

 ジョーズは現役の大佐を知っている数少ない人間だ。そうかグリフォンか・・・・・・。

『グリフォンでいいんじゃねえか』

 マーリンの一言で、グリフォンに決定した。

『昔を思い出すようだ・・・・・・』

 感嘆に浸っている大佐を現実に戻してやる。

「ケストレルからグリフォンへ。ノッティンガム公爵から降伏勧告の返事は来なかったようですね」

『実は来たんだ。《第三〇二飛行隊はノッティンガム公爵の指揮下に入れ。魔法は無敵だ。マリア陛下を差し出せばそれ相応の謝礼を出す》ってな。』

『なんだと!』

 ヴァルチャーが怒っている。もちろんオレだってハラワタ煮えくり返っている。皆同じ気持ちだろう。無線から口々にノッティンガム公爵に対する罵詈雑言が聞こえて来た。

『だからオレはノッティンガムの野郎に一言返した・・・・・・「クソ喰らえ」ってな』

『偉い!大佐』

『その《便器爆弾》はクソ喰らえに繋がっていたのか』

 ジョーズ機の翼下パイロンには水洗トイレの便器が二個、吊り下げられていた。伝説の秘密兵器《便器爆弾》。便器の中に炸薬を詰め、延長信管を取り付けている。まさに《クソ喰らえ》だ。「ファントムには積めない物はない」といわれている。戦闘機だけど爆弾搭載量は第二次世界大戦のB‐17爆撃機を凌ぎ、B‐29爆撃機に迫る。これがなかなか引退させて貰えない理由だ。

『実は便器爆弾使うのは二回目なんだ。一回目はマルビナス島の敵対空陣地に落としてやったぜ』

 グリフォンが昔の武勲を語る。人間歳を取ると昔話をするんだよな。

 昔話に花を咲かせている内に空中給油は完了。一路王宮へ向った。


「こちら機長イカロス。待機ポイントに到着。作戦を開始」

 ミネルバの機内で作戦が開始された。

「了解。こちらアリシア。MCMマジック・カウンター・メジャーオン!」

「こちらキティ。魔道レーダー作動。・・・・・・・・レーダー・コンタクト!敵空中艦出現!リントン空軍基地上空!」

 カトリーヌ《キティ》がレーダーの探知を開始した途端。レーダーにフリップが現れた。敵空中艦がリントン空軍基地に奇襲を掛けて来たのだった。

「裏をかかれた!リントン空軍基地聞こえるか!敵が接近している。対空防御を!」

 イカロスの悲痛な叫びが全員の無線機に飛び込んで来た。


「グリフォン!どうしますか?オレ達、空軍機は拠点を奪われたら、ゲームオーバーだぜ!しかもあそこにはマリア陛下がまだいる!」

 オレはいつの間にか叫んでいた。基地にいるマリアさん以下基地の職員、食堂のおばちゃん。PXのおっちゃんの事が心配になった。

『反転して基地に引き返・・・・・・』

 グリフォンの声を遮る無線が入って来た。

『こちらフューリアス艦長エミリーです。敵空中艦は我々が引き受けます。各員はこのまま作戦の継続を願います!』

 エミリーが敵艦を迎撃すると言って来た。ちょっと心配だか、カリウス中尉のチャレンジャーがいるから・・・・・・オレは無理やり自分を納得させた。

『こちらジョーズ。作戦に変更は無しだ。このまま王宮へ突っ込む!』

 オレ達は王宮目指して、ぶっ飛んで行った。



「フューリアス発進用意!総員、戦闘配置!」

 私はキャプテン・シートに座り、ユイリン副長へ指示を出す。

「アイアイサー!バトル・ステーション!」

 リンリンとベルが鳴り、艦橋は非常灯が点灯した。

「魔道エンジン出力一二〇パーセント。フライホイール始動!」

 イサク機関長がエンジンの出力を読み上げる。私はソフィア操舵手へ目配せをする。

「魔道エンジン点火十秒前・・・・・」

 ゴオオオオ!と低い唸り音を出しながらフューリアスの船体が小刻みに揺れる。

「五、四、三、二、一、フライホイール接続点火!」

 ソフィア操舵手がエンジン始動を告げる。

「フューリアス!発進!」

 私の掛け声と共に船体が大きく揺れた。

 ゴバアアアア!

 フューリアスが浮上!前進を開始した。私は敵艦が接近している方へ艦首を向けた。続けて命令を出す。

「全艦!砲雷撃戦用意!目標、敵空中駆逐艦」

「アイアイサー!砲雷撃戦用ー意!第一砲塔、目標補足」

 私は怖くなって、マイクを握り締めた。第一砲塔・・・・・・チャレンジャーの戦車長カリウスさんと連絡を取る。

「カリウス殿聞こえますか?艦長のエミリーです。敵駆逐艦が正面にいます。まもなく敵の射程距離に入ります。攻撃準備願います」

『チャレンジャーのタンク・ライフルはとっくに射程距離に捕らえている。レーザー測距も完璧だ!初弾から百発百中だぜ』

 戦車長(コマンダー)のカリウスの声が、艦橋のスピーカーに流れた。彼の自信に満ちた声で少し安心できた。やっぱり頼れる人がいると、精神的に全然違う。

「わかりました。私の合図で発射願います」

『了解、と言うより、アイアイサーだな。海軍だったな』

「微速前進。駆逐艦を正面に捕らえろ!」

「アイアイサー!微速前進。敵駆逐艦正面」


 チャレンジャーの車内ではカリウスの怒号が響いていた。

「ミハエル!装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)装填!ケルシャー!外すなよ!あんなトロくてデカイ的を外したら、戦車兵の名折れだぜ!」

「わかってるって!ど真ん中のボイラーだな!」

 砲手(ガナー)のケルシャーはトリガーに指をかける。彼が覗く照準器の真ん中に敵艦が映っている。


 私が、双眼鏡を覗き、敵艦を見た時だった。

「?!・・・・・光った」

 双眼鏡越しに敵艦の主砲に閃光が瞬いたのを見た!先手を取られた?


「バックだ!」

 そう叫んだのはチャレンジャーの操縦手(ドライバー)バルクマン曹長だ。彼はチャレンジャーのギヤをリバースに入れ、バックさせた。

ゴーン!

 除夜の鐘のような音が響いた。敵の砲弾がチャレンジャーに命中したのだ。

「今度は左か?」

 バルクマン曹長は左の履帯を正転、右の履帯を逆転。チャレンジャーはその場でクルンと向きを変えた。超信地旋回と呼ばれる無限軌道を装着した車両特有の動作だ。フューリアスの狭い甲板上で、機敏に動く。射撃統制装置によりタンク・ライフルは目標に固定されたままだ。

 カーン!ゴーン!

 敵艦の砲弾が更に二発命中。


「敵の砲撃です。本艦に命中。損害不明!ダメージ・・・・・・」

 フューリアスのオペレータの声を遮るようにチャレンジャーから報告が入った。

『敵艦の砲弾が、オレ達の砲塔に当たった!』

 バルクマン曹長はフューリアスの船体に損害が出ないよう、チャレンジャーを動かし、わざと敵艦の砲弾を受けたのだ。

「損害は?皆さん大丈夫ですか?怪我はありませんか?」

 私は慌ててマイクを握り、チャレンジャーの無事を確かめた。カリウスさん達が心配だし、虎の子の第一砲塔失う訳にはいかないと焦っていた。

『こちらチャレンジャー。損害無し。安心しろ!六〇ポンド砲ごときで、こいつの複合装甲(チョバム・アーマー)を貫通することなんて出来ないぜ。射撃準備は完了だ。いつでもいいぜ!艦長!発射コールは艦長へ預けた!』

 カリウスが射撃開始の合図を私に促している。私は緊張で手にべっとりと汗が滲むのを感じていた。今の私は眉間にしわを寄せ、凄く厳しい顔をしているに違いないわ。『皇女は笑顔』ってよく執事長に言われたっけ……こんな顔、見せられないわ。

「目標、敵駆逐艦。一二〇ミリ主砲発射用意・・・・・・・・」

 ガナーのケルシャーの人差し指にグッっと力が入る・・・・・・。

「発射ぁぁぁぁぁー!!」

 エミリーがマイクに向って叫んだ。

 ドン!

 乾いた射撃音と共に船体が揺れた。チャレンジャーの一二〇ミリ五五口径タンク・ライフルの砲口から煙が上がった。

 暫しの沈黙。フューリアスの艦橋では声を上げるものは誰一人居なかった。

『命中だぜ艦長!・・・・・・・・止めを刺した方がいい!』

 カリウスの声に慌ててエミリーは双眼鏡を覗く。敵駆逐艦はどす黒い煙を上げて、船体を左に傾け始めていた。

「第二弾用意!」

 私はエミリーは敵艦に止めを刺そうと、もう一発発射の用意をチャレンジャーに指示する。ここは私たちの空軍基地だから、確実に沈めないと……反撃を許したら、基地に損害が出てしまう。

『アイアイサー!第二弾用意』

 カリウスは装填手(ローダー)のヴィットマン少尉に次弾装填の指示を出す。ケルシャーは引き続き敵駆逐艦に照準を合わせる。

『こちらチャレンジャー装填完了!』

「用意・・・・発射ぁ!」

 第二弾発射。

 ドン!

 再び乾いた射撃音。

『命中。撃沈だ。艦長』

 私は全身に鳥肌が立つのを感じた。魔法界では祖国を脅かす脅威の敵駆逐艦だったけど、今はただのスクラップだわ。今度はこの戦車が魔法界の脅威になるのではと恐ろしい気分になった。

「カリウス殿・・・・・・有難う御座います。私は最強の盾と最強の矛を手に入れたようです」

 私は双眼鏡を覗た。破片を撒き散らしながら、地面へ堕ちていく敵駆逐艦を見ていた。

「全速前進。目標は王宮!」

「アイアイサー。全速前進」

 私は右手を王宮の方向へかざした。フューリアスも王宮へ向った。

「宿敵のパラス家と決着を付けるわ……」



『さあ、行こうか野郎ども・・・・・・・・』

 グリフォンの声が聞こえて来た。そろそろ作戦開始ポイントだ。

『こちら、ジョーズ。手はず通り行くぞ。敵艦を沈めれば、グレイも黙る・・・・・・』

 オレは操縦幹を握る手に力が入って行くのが、自分でもわかった。

『ブレイク・ナウ!』

 ジョーズの掛け声と共に、三機のファントムは一斉に散開した。ジョーズは左、ヴァルチャーは右、そしてオレは上昇した。ジョーズは王宮の正門側から旗艦に攻撃する。ヴァルチャーは王宮の後ろから巡洋艦に攻撃を掛ける。ジョーズとヴァルチャーは爆弾を投下した後、急回避をして、お互いの爆弾の爆風を避ける。タイミングが狂えば、爆風に巻き込まれるのは勿論、二機のファントムは正面衝突する。かなりの高等技術とアクロバットチーム並みのお互いの信頼が必要な作戦だ。オレはとどめに上空から急降下爆撃をする。敵艦の逃げ場を無くす為の機動だ。

 オレは燦々と輝く太陽目掛け、愛機を急上昇させた。



『こちらキティ。目標確認。敵旗艦は上昇を開始しています。アルチ三〇〇フィート』

「こちらジョーズ了解」

 ミネルバのキティからターゲットが動き出した事を告げて来ている。魔道レーダーって結構性能がいいらしい。

「ジョーズ、爆弾の信管はセットしてきただろうな」

「大丈夫だ、大佐。俺はそこまで老いちゃいないぜ」

 フォンシュタインのジジイは心配性だな。搭乗前に信管の安全ピンは俺が全部抜いてきた。盛大に爆発する事間違い無しだ。

「左旋廻で、ターゲット。ヘッドオン」

「了解。マスターアームオン。エンゲージ」

 俺はファントムを左旋廻。このまま緩降下でバンカーバスターを叩き込んでやる。

「目標まで百マイル。爆撃コンピュータは使い方が分からん。マニュアルで投下しろ!」

「ああ。任せてくれ!大佐」

 ドンドンドンドンドンドンドン!

 対空砲火が始まった。俺は回避運動しながら、敵艦へ突っ込む。

「ジジイ!もう引き返せないし、ベイル・アウトしたら、対空砲火で蜂の巣になるぜ!覚悟はいいか?」

「誰に言ってんだ?俺はこの場が死の場所でもいいと思っている。空で死ねるならな!」

 ジジイらしい答えだぜ・・・・・・だが・・・・・・。

「ジジイ、死ぬのは命令違反だ。俺はマリア陛下に大佐を生きたまま連れて帰って来いと言われてるんでな!」

 光学照準器に敵艦を捕らえた。さあ、魔法使い達よ現用兵器の恐ろしさを見せてやるぜ!

「ジョーズ!投下まで・・・・・・ファイブ、フォー、スリー、ツー、ワン!」

「ボムズ、アウェイ!」

 俺は引き金を引いた、カンカン!と機体に軽い振動。爆弾が落下して行くのがリヤビュー・ミラー越しに見えた。


『こちら、アリシア。ヴァルチャー殿、聞こえますか?』

「こちら、ヴァルチャー。感度良好。VHF無線機は魔法の影響は受けてないようだな」

『敵巡洋艦が旗艦に続き上昇を開始しました。回避行動を取る模様です』

「了解。だが、こっちの方が速いぜ」

 時代遅れの蒸気船を航空戦力から見れば、あれはもう木の棺桶だ。

「ヴァルチャー、準備はいい。ターゲット、ヘッドオン」

 ニーンが後席で爆撃コンピュータの操作に余念がない。俺は兵装コントロールパネルを爆撃モードに選択した。搭載している爆弾は《BLU-107デュランダル》。伝説の聖剣の名が付けられたこの爆弾は後部にロケット・モーターが搭載されていて時速九百キロで目標身向って落下していく。弾頭には百五十キロの高性能炸薬が詰まっている。昔何度か使った事があるが、コイツに破壊できないない物はない。

「行くぜ」

 俺はスロットル・レバーを前に倒す。ファントムがギュンと加速した。とっとと爆弾を落として身軽になりたい。爆装状態ではG制限や、速度制限があって、ファントムの機動性を発揮できないから。

「目標確認!」

 ドンドンドンドン!

 対空砲火が始まった、

「ニーン花火に突っ込むぞ!」

「ああ、早く済ませろ!」

 光学照準器の中に敵艦が映る。どんどん大きくなって行く。

「ヴァルチャー・・・・・・投下5秒前、フォー、スリー、ツー、ワン!ピックル!」

「ドロップ!」

 引き金を引いた。引き金を引いた瞬間、俺の左側をジョーズがすれ違って行った。3メートルと離れていない。スレスレだ。赤い垂直尾翼が見えた。俺は操縦幹を引き回避運動を始めた。背面飛行状態で俺の頭上にデュランダルのパラシュートが開くのが見えた。パラシュートで姿勢を安定させた後、ロケット・モーターに点火。

「行け!デュランダル。クソッタレ共の艦をぶっ壊せ!」

 俺は六本の火柱が敵艦に向って伸びいくのが見えた。あの速度は対空砲アンチ・エアクラフト・ガンでは迎撃で出来ない。


「ようし!始まったぜケストレル!」

「ああ……見えたぜ。ジョーズもヴァルチャーも投下したようだな」

 オレは高度一万フィートから、王宮を見ていた。敵艦が激しい爆発に巻き込まれているのが見えた。閃光と煙が見える。

『こちら、キティ。ケストレルへ。ジョーズとヴァルチャーが投弾しました。結界は破壊しましたが、致命弾ではないようです。敵艦健在。攻撃を開始してください』

「了解。ケストレル、突入する」

 オレは操縦幹を倒し、機体を横転降下させた。天と地が入れ替わる。目の前に敵艦二隻が見えた。垂直降下を開始した。

「ターゲット確認。予定通り巡洋艦の方をやる!」

「了解」

 降下速度がどんどん上がって行く。オレはシートにめり込んだ。脇腹が痛むが苦しいほどじゃない。アリシアの治癒魔法が効いている。魔法って便利だよな。便利な魔法はオレも欲しい。

『ケストレル!ニューターゲット!シックス・オクロック!』

 キティの悲鳴に近い叫び声が聞こえた。

『ケストレル。六時方向に敵機。今までとは違う形だ・・・・・・見た事がある・・・・・・あれは・・・・・・シーハリヤーだ!追ってくるぜ!どうする?回避するか?』

「ネガティブ!爆撃コースに入っている。このままぶっちぎるぜ。リヒート焚いて三つ数えたら投下だ。それ以上粘ると地面に激突する」

『こちらキティ!シーハリヤーの敵味方識別信号(IFF)の応答がありません!』

「行くぞ、マーリン。カウント頼む!・・・・・・レディ・ゴー!」

 オレはスロットル・レバーを前に倒し、リヒートを点火する。降下速度が一気に上がった。

「カウント。スリー、ツー、ワン!ピックル!」

 マーリンがカウント・ワンを言う頃にはもう目の前に敵艦と地面が大きく広がっていた。敵艦は光学照準器オプティカル・サイト・ユニットから完全にはみ出している。

「ボムズ・アウェイ!」

 オレは引き金を引き、MK82爆弾十八発を敵巡洋艦に向け投下した。

「ケストレル!プル・アップ!」

「ぬおおおおお!分解するなよファントム!」

 エア・ブレーキを展開し、速度を殺す。オレは操縦幹を思いっきり引っ張り、機体を引き起こす。猛烈なGが身体を襲う。おまけに耐Gスーツが下半身を締め上げている。頭の血液がGで下半身へ落ち込むのを防いでいるが、ブラックアウトになりそうだ。意識を失うと地面へ激突だ。意識が朦朧としてきたぜ・・・・・・・。

 ビービービービービービー!

 G警報が鳴り出した。機体もヤバイ。幾ら丈夫な艦載機上がりのファントムだって、オーバーGになれば壊れる。そしてオレ達は死ぬ。

「うおお!痛てえ!」

 脇腹がヅキヅキ痛んだ。お陰で目が覚めた。

「マーリン!大丈夫か?生きてるか?」

「うっ……ああ!生きてるぜ!」

 機体は上昇を開始していた。青い空が広がっている。オレは機体を背面にした。上には地面に激突してバラバラになり、燃えている敵巡洋艦の残骸が見えた。

「命中だ!このやろう!」

『安心するのは、まだ早いわ!敵戦闘機三機。方位一八〇!』

 キティが後ろから敵機の接近を知らせて来る。三機。さっきのシーハリヤー。敵はそんな物まで手に入れていたのか。

 シーハリヤーFRS・1。言わずと知れたV/STOL戦闘機。ヤツらには滑走路が必要ない。王宮の庭から離陸したのか?

『こちらヴァルチャー。ケストレル、俺とお前で敵機を迎撃する。ジョーズ機は対空戦闘装備がない』

「ケストレル了解」

 オレのファントムに残された兵装はサイドワインダー二発のみ。ヴァルチャーも一緒だ。爆装したから対空兵装は最低限だった。ジョーズに至っては対空兵装を諦め、爆弾を満載にしていた。

『こちらグリフォン。シーハリヤーは何としてでも撃墜しろ!あんなもの魔法界に持ち込まれたらミリタリーバランスが崩れて、悲惨な戦争が起きる!』

 グリフォンが無線で怒鳴っている。大佐の言う事はもっともだ。くっそっ!厄介だぜ。

『ヴァルチャー了解。任せろ。叩き墜してやるぜ』

 オレとヴァルチャーは反転し敵機へ向った。



「カリウス殿、敵旗艦は見えますか?私はまだ見えません」

 私はキャプテン・シートで双眼鏡を覗き、敵艦を探す。目視で確認するにはまだ遠い・・・・と思っていた。

『とっくに見えてるぜ。レーザー測距じゃ四六〇〇ヤードだ。あと二五〇〇で射程距離に入る』

「カリウス殿の目は望遠鏡ですか?私の双眼鏡では見えませんが?」

『まあ、そうだろうな。こっちは光学照準だけじゃなく、アクティブ・センサーやパッシブ・センサーも使ってるからな。装備が違うよ』

 私は改めて思う。人間界と魔法界の科学技術の差はいかんともし難い。もし、人間がこの兵器を携えて、魔法界に乗り込んできたら、絶対に勝ち目はない。ここは何としてもパラス家を倒し、人間界と友好的にならなければ……。この事件は私たちにとっては不幸中の幸いかもと思う。

『こちらアリシア、エミリー皇女へ。敵巡洋艦、轟沈。残りは旗艦です』

「こちらフューリアス艦長エミリーです。アリシア、了解しました。我々もまもなく戦闘状態になります」

『了解しました。御武運を』

 久々に聞いたアリシアの声に少し安心した。あんな事があったけど、皆と上手くやっているようだわ・・・・・・・・これが終わったら、一緒に帰りましょう・・・・・・。

『空軍のヤツら、予定通り一隻撃沈したようだな。オレ達も頑張ろうぜ艦長。全員無事に国へ帰してやるからな』

「有難う・・・・・・カリウスさん。貴方への御恩は忘れません・・・・・・」

『お礼は無事に帰ってからにしようぜ。お互いにな!』

「艦長!敵旗艦捕捉しました。距離三五〇〇!敵艦発砲!」

 私はジュリア観測員の声に驚き、双眼鏡を覗いた。敵旗艦らしき黒い影からピカピカ閃光が瞬くのが見えた。

「回避運動!操艦、貰うわよ!」

 私はキャプテン・シートを飛び降りソフィア操舵手と入れ替わった。私が指示するから操舵にタイムラグが出る。緊急事態は私が直接操舵した方が対処が早い。

『艦長!このまま直進で頼む。敵の砲弾は当たらないよ。この距離で、レーザー測距や環境センサー連動 デジタル弾道計算装置とか装備していない大砲は命中しない。だが・・・・・・チャレンジャーの車体にNBC防護が施されているお陰かなぁ・・・・・・ヴェトロニクスは正常に動作している。チャレンジャーは一〇〇パーセント能力を発揮できる』

 カリウスから、無線で連絡が入った。エミリーはカリウスの言う事が理解できなかったが、今までのカリウスの活躍を思い出すと、彼の言葉は信用に値すると思った。

「カリウス殿、了解しました。フューリアスの運命はチャレンジャーに預けます」

 私はキャプテン・シートに戻った。深く腰を掛けた。指揮官が浮き足立ってはならないと思ったから。皆……こんな余裕の無い艦長でゴメンネ。

『アイアイサー』

 自信満ちた返事がチャレンジャーから返って来た。

「なあ、ケルシャー。ターゲットまで三二〇〇ヤードだが命中させられるか?フューリアスに被害が出る前にカタをつけたい」

 カリウスは前に座る砲手ケルシャーに尋ねた。

「俺なら出来るぜ。中東じゃ四〇〇〇千からT55を撃破したし、コイツの一二〇ミリでUH-1を撃墜した俺だぜ」

「じゃあやろうか・・・・・・ミハエル。APFSDS弾装填!」

「了解。なあ、カリウス・・・・・・あの艦長さん、いい娘だな」

「そうだな……だから怪我させたくないんだよ。矢面に立つのはオレ達だけでいい」

「装填完了!」

「射撃準備完了!絶対に当ててやる!」

「こちらチャレンジャー第一砲塔!射撃準備完了。艦長発射コール頼むぜ」

 私はマイクをギュッと強く握った。

「第一砲塔・・・・・・・発射!」

 ドン!

 チャレンジャーの車体の周りに粉塵が舞う。暫しの沈黙・・・・・・。

 私は双眼鏡を覗いた。敵旗艦は黒い点にしか見えない。

『こちらジョーズ。カリウス中尉へ、砲弾は敵艦の艦橋に命中した。艦橋上部だ。致命弾じゃあない。もうチョイ下だ』

 ジョーズさんが、命中箇所を伝えてきた。私は額に汗が伝うのを感じていた。そろそろ敵艦の射程距離に入るはず。砲門の数は敵のほうが多い。今度はチャレンジャーでは防ぎきれない。

『了解!感謝するぜ空軍!』

『エミリー!空爆で敵艦の砲撃を黙らせてやる。そしたら砲弾をぶち込め!』

 ジョーズさんが敵旗艦へ爆撃すると行ってきた。私は決断を迫られている。……・決めたわ!ジョーズさん達を信じましょう!

「第一砲塔へ、ファントムの空爆を待ちます。指示あるまで待機!同士撃ちを避けます」

『チャレンジャー了解』



「さあて、大佐。敵艦にクソ食らわすか?」

「勿論だ。そのために便器爆弾積んできたんだからな」

 俺はファントムを上昇させた。敵艦直上から急降下爆撃する為だ。この方が無誘導爆弾は命中させ易い。敵艦がイージス艦なら自殺行為だか、魔法界のローテク軍艦なら通用するハズ。

「アルチ一万〇〇〇〇フィート。反転降下するぞ」

 操縦幹を左へ倒し手前に引く。ファントムは左急旋回を決めて、敵旗艦へ向けて降下を始めた。便器爆弾の風切り音がびゅうびゅうウルサイ。当然空力を考えた形じゃないからな。なんて言うとトイレ屋さんに失礼か。「便器は爆弾じゃねえ」って怒られそうだ。

「ターゲット補足」

 俺は光照準器に敵艦の船首砲塔を捉えた。二十年以上も爆撃やってるから、こんな事は楽勝だ。

 ドンドンドン!

 対空砲弾が飛んでくる。便器爆弾二発だけ抱えてるだけだから、軽快に回避運動が取れる。

「投下まで・・・・・・スリー、ツー、ワン。ピックル!」

「クソ喰らえ!」

 爆弾投下と同時に反転上昇。俺は振り返り、落下していく便器爆弾を見た・・・・・・やばい!

「やばいぜ、大佐。真っ直ぐ落ちて行かねえ!ターゲットを外す!」

 便器爆弾はふらふらヘンテコな軌跡を描いて落ちていった。やっぱり空力を考えてないからだ。便器が爆弾として洗練された形ならば、世の中の爆弾は全て便器の形になっているだろう。兵器なんてそんなもんだ。

「やっぱりか・・・・・・ただの冗談にしかならん爆弾だな・・・・・・」

「クソジジイ!なんだよ、他人事みたいな事言って。大佐こそクソ喰らえだ」

「上官に向ってなんて事言ってんだお前は」

 二人の言い争いをよそに爆弾は目標を外し・・・・・・王宮へ落ちた。高性能炸薬が王宮で爆発した・・・・・・・。

 


 私は自分でイライラしているのがわかった。ジョーズさん達の結果を待つという行為が非常に辛い。逸る気持ちを抑えるのが凄く辛いと思っていた。

『こちらジョーズ!しくじった!すまんフォロー頼む』

『こちらアリシア。敵艦との距離は三〇〇〇を切りました!』

『わかった空軍!後は任せろ。上空制圧を頼む』

『了解!パイパーワン。アウト』

 私はキャプテン・シートの上に立ち上がった。もう、私たちの手で決着を付けるわ!

「第一砲塔!目標的旗艦。撃って、撃って、撃ちまくれぇ!」

 ドン!

 チャレンジャーは一二〇ミリを撃まくる。ハイテク満載の戦車と錬度の高い搭乗員の射撃は百発百中だった。敵旗艦も応射して来た。フューリアスの船体に穴を穿つ。

「損害は軽微です。敵艦を沈めるまで撃って!」

 エミリーの叫びが艦橋内に響いた。その大声の発声と共に、敵艦はグラッと右へ傾いた。

『撃ち合いで負けるかよ・・・・・・』

 狭い車内でニヤリと笑うカリウス。

 フューリアスぼ艦橋ではエミリーが双眼鏡で敵艦の撃破を確認した。

「終わったの……?」



 敵旗艦が沈み始めた頃、王宮の前庭に着陸するヘリが5機。中から完全武装の歩兵が飛び出して来た。

 ブモオオオオオオ!

 近くではバトルフィールド・リンクスの地上掃射が続いている。

 最後のヘリが着陸した。マーフィー大尉の操縦するリンクスだ。中から飛び出してきたのはハイネマン伍長と、マリアだった。ハイネマン伍長は緑色のポンチョ姿。狙撃兵の標準スタイルだ。マリアも迷彩服にボディアーマーと鉄帽の完全装備。

 私はヘリからと飛び出した途端、ベチャっと地面に転んだ。手足をもがいている。まるで転んだロボットのようだわ。苦しいし、見っともないわ。

「お、重いわ……助けて、エドワード!」

「世話が焼ける女王陛下だ、ウィリアムズ大尉の気苦労がわかるぜ」

 エドワードは私の腰ベルトを掴み持ち上げた。まるで負傷兵を連れ帰るような格好をさせられた。

「どいつも、コイツも、私を荷物扱いにして・・・・・・軍隊なんて嫌いよ」

 エドワードは大きな大理石の塀の影に掛け、身を低くした。彼は、自分の後ろへ私を放り投げた。狙撃銃を構え、周囲を警戒している。痛いじゃない。

 何とか上半身を起こした。目の前に私の家……王宮があるはずだった。

「宮殿が・・・・・・ない・・・・・・」

 マリアの眼前に広がるのは瓦礫の山だった。美しかった宮殿は無く、綺麗な庭園は穴だらけになっている。

 マリアは魂が抜けたようにその場で呆然自失となっていた。

『タンゴ・チーム制圧完了』

『ロメオ・チーム制圧完了』

 ハイネマン伍長が携帯している無線機から、突入班の状況が伝わってきた。

『こちらHQ、スチュアート中佐。敵の組織抵抗は無い。航空機の爆撃により既に瓦解している模様。各員制圧作戦を進行せよ』

 ケストレルたちの敵艦への攻撃は凄まじく、王宮を巻き込んでいた。ケストレルが投下した五百ポンド爆弾のおよそ半数は敵艦に命中する事無く、王宮の敷地に落ちた。止めはジョーズの便器爆弾だった。便器爆弾は王宮の大広間、すなわち敵の本陣に落下していた。

「私の家が・・・・・・・」

 マリアはブツブツとつぶやいている。

「あ、アイツは!テレビでみた・・・・・・」

 エドワードの声で、私は正気に戻った。

長は懐から長い剣を出した。銃の先に、その剣を取り付けた。何をするつもりなの?

「陛下はここにいろ!ノッティンガムを見つけた!」

 エドワードは突然走り出した。エドワードの走る先には薄汚れた男が歩いている。薄汚れているが、仕立ての良い服を着ているのがわかる。間違いないわ!ノッティンガム侯爵よ!

「思いしれえええ!」

 ハイネマン伍長は銃剣を構えたまま、ノッティンガムにスライディングタックルをかました。ノッティンガムは派手に転倒した。ハイネマン伍長は立ち上がりノッティンガム公爵の脇腹を蹴った。

「かはっ!」

 ノッティンガム公爵はそのまま地面を転げた。仰向けになり苦しんでいる。苦しみながらも携帯していた拳銃を取り出した。

「ぐはっ」

 今度はハイネマン伍長に握っている拳銃ごと軍靴に踏みつけられた。ノッティンガム公爵の目の前には銃剣の切っ先が鈍く光っている。

「選べ!銃剣に突き刺されるか、七・六二ミリNATO弾に脳天に風穴開けられるか・・・・・・さあ!どっちだ?俺の大切な人を傷つけた罪は万死に値する」

 エドワードの顔に怒りが立ちこめていた。このまま銃剣で八つ裂きにしたいくらい怒りに満ちていた。引き金に掛かる指にもグッと力が入るのが見えた。

「ダメ!殺しては!ダメ!」

 私はエドワードの腰に飛びついて、彼がノッティンガム侯爵を殺すのを止めようとした。エドワードに諭すように話す。ダメよ、エドワード!

「憎いのはわかります。でも殺してはダメです。逮捕してください・・・・・・いいえ最高司令官としての命令です。もう血は見たくない・・・・・・・」

 ハイネマン伍長は我に返った。マリアがハイネマン伍長と止めようと力一杯締め付けているのがわかった。彼女を振り切ろうと思えば容易であった。だが、彼女の言葉はそれに勝るくらい強い口調だった。

「了解、逮捕します」

 その一瞬の隙を突いて、ノッティンガムは立ちあがった。ノッティンガムは腰から短剣を抜き、マリアに斬りかかって来た。ハイネマン伍長が銃剣を突き出したが、間に合わない。

 マリアはその場から逃げず、逆にノッティンガムに向かって行った。短剣をスレスレでかわし、グレイの右腕を掴む。

「やああ!」

 マリアの掛け声と共に、グレイの身体は中に浮いた。浮いた身体は綺麗な弧を描き、ドスンと言う音を出し、地面に叩き付けられた。

 見事な一本背負いだった。ノッティンガムはそれっきり動かなくなった。

 ハイネマン伍長はノッティンガム公爵から短剣を取り上げ、うつ伏せにした。両腕を後ろ手に回し、縛り上げた。

「マリア陛下、お見事。運動神経いいじゃん」

「人は私を《柔の女王》って呼ぶわ」

 マリアは両手を腰にあて、胸を張って偉そうに言い放った。



 ピーピーピーピーピー

 オレはファントムのコクピットでGと格闘していた。二機のシーハリヤーに追いかけられている。サイドワインダーは二発しかない。慎重に反撃しなきゃならない。

「クソッ!さすがシーハリヤーだ。今までのベニヤ戦闘機とは加速性能も旋廻性能も格段に良い!」

 それは当然だ。最近まで、現役の戦闘機だったんだから。

「ケストレル、九時方向だ!囲まれるぞ!アンロードで振り切れ!」

『こいつらプロだ!今までのヤツらとは違う!』

 ヴァルチャーの警告。シーハリヤーのパイロットは錬度が高い。傭兵でも雇ったか?

『こちらキティ。ケストレル、方位三二二からシーハリヤー一機!挟み撃ちにされるわ』

「了解!マーリン、六時方向警戒しろ!」

「二機喰らい付いてくる。かわせ!ガン・アタックされるぞ!」

 リヒート点火。右横転降下。敵機の射線をかわす。

「スプリットSだ!」

「ケストレル!だめだ!まだ追ってくる!」

 敵は二機ずつ組になって襲ってくる。一機の攻撃をかわしても、援護の一機からすぐ攻撃を受ける。こいつらを墜さないと、戦闘は終わらんのか?

「マーリン、必殺技を使う!」

「無茶だ、ケストレル!木の葉落としは小型軽量なホークだから出来る技だ。空飛ぶダンプのファントムには無理だ!」

「ごちゃごちゃ言ってる暇はねえ!死にたくなかったら、鞭打ちにならないように首押えとけ!」

 操縦幹を引き、ラダーペダルを蹴り込む。ファントムを強引に失速状態にした。オレの機体はそのままバランスを崩し、一気に高度失う。オレ達は強烈なGを受けた。目に見えない大きな拳でぶん殴られた感じだ。大きく重いファントムだから、かかるGも半端じゃない。

「この、クソッ、大人しくしろ!ファントム」

 ファントムはなかなか、失速状態からリカバリーしない。どんどん高度が落ちていく。簡単に言うとコントロール不能で墜落している。高度計の針がぐるんぐるん狂ったように回る。

「ケストレル!リカバーしろ!地面に激突する!」

「墜ちてたまるかよ!」

 スタビレーター、フラップ、エルロン、ラダー有りとあらゆる動翼を駆使して、コントロール回復を試みた。イチかバチかスロットル・レバーを前に押し込む。

「エンストすんなよ!ファントム!」

 奇跡的に、リヒートが点火され、ファントムは前方に押し出された。その瞬間、機体のコントロールに手ごたえを感じた。

「マーリン!シーハリヤーは何処だ!」

「一時方向!ヴァルチャーを狙っているヤツがいる!」

 ファントムはリヒートを点火したまま、シーハリヤーに迫る。後ろを取り、サイドワインダーの発射ポジションに付いた。

「反撃開始だ!」

 兵装選択パネルをサイドワインダーにしようとした時だった・・・・・・・。

「消えた!」

 オレとマーリンはほぼ同時に叫んだ。目の前のシーハリヤーが突然消えた。

『こちらヴァルチャー、シーハリヤーの性能を思い出せ!あいつはフツーの戦闘機じゃねえ!』

 そうだ!そうだった。シーハリヤーはV/STOL機。排気ノズルの角度を変えて普通の戦闘機では有り得ない機動をする。最近の言葉で言えば、ベクタード・ノズルみたいなもんか。

 オレはファントムを急旋回させ、もう一機のシーハリヤーの後ろを取った。絶好の射撃ポジション。

「やっちまえ!ケストレル!」

「見ていろ!マーリン。そう簡単にはいかねえ・・・・・・ヴァルチャー、シーハリヤーがジャンプするぞ。狙い打ってくれ!」

『任せとけ!』

 オレはサイドワインダーのロック・オンを掛ける。光学照準機のレティクルが赤く光り、プーーーーーと言う連続トーンがレシーバから聞こえてきた。敵機は目の前だ。だが敵機はオレ達のファントムから逃げる事も、回避する事もしない。間違いなくヤツはジャンプする。

「ようし!シーハリヤーはこっちの作戦に気付いていない!」

 オレはグッっと操縦桿の引き金を握った・・・・・・その瞬間・・・・・・。

 ゴバァァァァァ!

「き、消えた?」

 目の前に居たシーハリヤーが忽然と消えた。マーリンの驚く声に同調するよう、愛機から放たれたサイドワインダーはターゲットを失い、真っ直ぐ飛んで行った。

「ヴァルチャー今だ!」

 オレは六時方向の上空へ振り向く。わき腹がチクチク痛む。

 ドゴォォォ!

 振り向いた先には、炎に包まれたシーハリヤーが見えた。ヴァルチャーが撃墜したのだ。

「な、何が起きた・・・・・・ケストレル」

「シーハリヤーは水平飛行中に排気ノズルを垂直離陸方向へ向けるとその場で《垂直離陸》するのさ。だから目の前から消えたように見えるんだ」

 だがそれはオレも、ヴァルチャーも予想をしていた。ヴァルチャーは予め、跳ねる所へサイドワインダーを放った。

『安心するのは未だ早い!今度は攻守交替だ。俺がシーハリヤーを追う。ジャンプしたところを狙え。こちらはミサイルを撃ちつくして、丸腰だ』

 ヴァルチャーが二機編隊のシーハリヤーを追う。二機は散開して回避した。ヴァルチャーはそのうち、左旋回した方のシーハリヤーに狙いを定めた。オレはヴァルチャーの後方少し上空から、シーハリヤーとブラックファントムを追う。

『さあ、行くぜ!ケストレル!』

 ヴァルチャーが敵機を追い詰めていく。シーハリヤーは亜音速戦闘機だ。スピードはフファントムの方が一枚も二枚も上手だ。追い詰められて逃げ場が無くなった敵機は・・・・・・・

跳ねた!

『ケストレル!』

「おう!任せろ!今すぐキルしてやるからな!」

 オレはサイドワインダーを発射した。オレの目の前に現れたシーハリヤーに向かって、サイドワインダーが飛んで行く。シーハリヤー特有のこの機動は速度を失うのが最大の欠点だ。止まった敵機にミサイルを当てるのは簡単だ。

 ドゴォォォ!

「ナイス、キル!」

 二機目をキルした。残り一機。だが・・・・・・。

「こちらケストレル、こっちも丸腰だ」

 愛機に固定武装がないのは弱点だ。残りの一機がオレたちの後ろについた。

『ケストレル!後方に敵機!回避して!』

 キティの叫び声が聞こえた。敵機が射撃ポジションに付こうとしている。オレは回避運動で射線をかわす。

「マーリンどうする?反撃できねえ!」

「ちょっと待て!ケストレルは回避運動を続けろ!諦めるな、何か手はある!」

 どうすりゃいい?オレもヴァルチャーも丸腰だ。ジョーズは元々対空戦闘装備をしていない。燃料も乏しくなってきた。これじゃなぶり殺しだ。

「ケストレル、いい事思いついた。フューリアスのチャレンジャーに撃破してもらおう」

「そんなこと出来るのか?」

「説明している暇はねえ!フューリアス、チャレンジャー聞こえるか?」

『カリウスだ、聞こえるぞ』

「榴弾の信管を点火して発射できるか?」

 マーリンとカリウス中尉が無線で相談している。オレは敵機のガン・アタックを回避するので精一杯だ。

『点火して発射可能だ。散弾銃だな、戦闘機をカモ撃ちするって事か?』

「そうだ!シーハリヤーをフューリアスの目の前まで引っ張って行く!そのドデカ砲をぶっ放せ!」

「何?マーリン、恐ろしい事を考えるな。タイミング間違ったらオレたちが蜂の巣だぜ」

『空軍、チャレンジャーの砲身はこの一発で使い物にならなくなる。やり直しは効かない!』

「だが、これしかない。シーハリヤーをパラス家に渡す訳にはいかねえぜ」

 オレたちの腹は決まった。このままじゃいつかやられる。やるしかない。

『こちらヴァルチャー。名案だ、マーリン。しくじったら、俺たちのファントムをぶつけてでも、破壊してやる!』

「キティ聞こえるか?」

 オレはキティを呼んだ。彼女にやって貰いたい事があった。

『キティです』

「キティ、よく聞いてくれ。このままシーハリヤーを引っ張って、フューリアスの真正面へ突っ込む。ミネルバのレーダーで測距。オレ達がフューリアスまで二〇〇〇メートルまで近づいたら、チャレンジャーに発射指令を出せ!」

『ええっ?わ、私が?』

「喋っている暇はねえ。突っ込むぞ!」

 オレは愛機を左へ反転降下させた。フューリアスはヘッド・オン。真っ直ぐ突っ込む。

『わ、わかったわ・・・・・・やるしかないのね。信じています。ケストレル』

 キティが覚悟を決めた。

『こちらフューリアス、エミリーです。了解しました。艦は停船させました』

『こちら、チャレンジャー。準備完了だ。だが、チョットでもタイミングがずれたらケストレル達の命は無いぜ』

「オレ達の事は心配するな、失敗しても誰も恨まねえ!男だったら、そのイチモツ構わずぶっ放せ!」

『こきやがれ!空軍。ミハエル、榴弾(HE)装填。点火して撃つ!』

 オレは速度を調節し、シーハリヤーが追撃し易いように逃げる。

『距離二万〇〇〇〇!』

「マーリン、チェック、シックス!」

「大丈夫だ!シーハリヤーはついて来てる!」

『ああ・・・・・・プランバンドの女神のご加護を・・・・・・』

『距離1万五〇〇〇!』

『ケルシャー!来るぞ!発射用意!』

『距離1万〇〇〇〇』

「これでカタを付けてやる!」

 光学照準器の中に、フューリアスが見えてきた。

『五〇〇〇!』

『四〇〇〇!』

『三〇〇〇!』

『二〇〇〇!』

「プル・アップ!ぶっ飛べ、ファントム!」

 オレは操縦桿を目一杯引き、スロットル・レバーを全開状態にした。リヒート点火。ファントムは猛烈な速度で上昇した。主翼のドッグ・ツースからベーパートレイルを引いているのが見えた。

『発射ぁぁぁぁぁー!!』

 ドン!

 キティの発射指令で、チャレンジャーは榴弾を発射した。無数の散弾がシーハリヤー目掛けて飛んでいく。

 オレはキャノピー越しに、錐揉みして落ちていくシーハリヤーを見た。

「やったか?」

 オレはマーリンに尋ねた。

「ああ、パイロットが機を捨ててベイル・アウトした・・・・・・」

 空が急に静かになったような気がした。空の青さと、太陽の光が眩しい。

『終わったの・・・・・・ケストレル?』

『ロイ様、アリシアです。奥様が心配しておられます』

「ああ、キティ。ファントムFG・1、XT597は健在だ」

『あ、あー。これで喋っていいの?・・・・・・こちらクイーン。地上制圧は完了。ノッティンガム公爵の身柄を確保しました・・・・・・オーバー』

 マリアさんからの通信。地上の戦闘も完了したようだ。マリアさんの背後で無線機の使い方を教えているハイネマン伍長の声も聞こえた。上空からは見るも無残な王宮が・・・・・・・すまん、オレ達の誤爆のせいだ。

 オレは上空を飛んでいる。ミネルバの左翼にファントムを付けた。ヴァルチャーも来た。黒いファントムはミネルバの右翼に付けた。ジョーズの赤い垂直尾翼がミネルバの前方に見える。丁度、ミネルバを挟んだ編隊飛行となった。

『皆、生きてるな。ようし、ミッション・コンプリート。リターン・トゥ・ベース』

 グリフォン・・・・・・大佐から作戦完了のコール。皆揃って、家に帰れる。まあ、良かったとしよう。

『こちらジョーズ。このまま編隊を維持して、フューリアスの艦橋をパスしよう。各機、ミネルバの旋回速度に合わせて、レフト・ターン。フューリアスの後方から通過する』

『ライト・ウイング、ヴァルチャー了解』

「レフト・ウイング、ケストレル了解」

『ミネルバのイカロスです。お気遣い感謝します』

 さあ、フューリアスの艦橋をパスして、エミリーをびっくりさせよう。

『レフト・ターン・・・・・・ナウ!』

 ジョーズの号令で左旋回を開始。飛行特性の全く異なるミネルバとの編隊旋回。初めて組むけど、なかなか綺麗なターンを決めた。

 


「戦闘配置解除」

「アイアイサー。戦闘配置解除」

 私はフューリアスのキャプテン・シートで戦闘配置の解除を宣言した。安心していいのかしら・・・・・・みんなが無事であった事は素直に嬉しい。でも・・・・たくさんの人を傷付けてしまった。戦争と言う一言では済まされないと思う・・・・・・。

「カリウスさん、バルクマンさん、ヴィットマンさん、ケルシャーさん、有難う。今の私に言える言葉はこれしか見つけられません」

『こちら、第五〇二重戦車大隊中尉カリウス。我々はフューリアスと行動を共に出来た事を感謝します。困った事があったら呼んでくれ皇女様。最強の盾と最強の矛を担いでどこへでも行くよ』

 カリウスさんの言葉に涙が出てきた。そして一番気になるのは・・・・・・。

「ロイ、聞こえますか?ご無事ですか?何処にいらっしゃいます?」

『こちらケストレル。ここに居るよ』

 ロイはおかしな事を言っている。ここって、何処?

ドゴォォォ!

「きゃあ!」

 フューリアスの艦橋が揺れた。私はキャプテン・シートから振り落とされるかと思った。目の前には八筋の飛行機雲が遥か前方へ延びていた。


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