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第7話 鋼鉄の挑戦者

 オレ達は作戦会議室にいた。作戦会議室の正面にはには白板が置かれていた。その白板には《王宮奪還作戦》と書かれていた。白板の前に仁王立ちした我が軍のお飾り最高司令官のマリアさんが叫ぶ。

「王宮奪還作戦を発動するわ!オペレーション・ファーストエイドよ!」

 駄洒落か?それは応急手当だろ。王宮違いだ。脳内で漢字変換間違ったか?

 オレはとカトリーヌとエミリーはマリアさんの話を聞いていたが、フォンシュタイン大佐以下はそれを無視してヴァルチャーが撮影した偵察動画を見ている。

「エミリー皇女。ちょっと来て下さい」

 オレ達はジョーズに呼ばれて偵察動画を映しているテレビの前に行く。

「もう!皆、私を無視しないでよ!お飾りで、名前だけだけど、名目上はアーミー、ネイビー、エア・フォース、マリーンコーア、コースト・ガードの最高司令官は女王陛下よ。そして女王陛下はわ・た・し!」

 マリアさんがぷんぷん怒っている。ジョーズは「うるせえ!素人はすっこんでろ!」って顔をしている。流石に女王陛下に対して面と向って言えないようだが。

「マリア様、マリア様は最高司令官らしく、どーんと構えていらっしゃった方が私たち兵士は安心しますわ。軍議は参謀に任せて、陛下は出撃の命令を出せば良いのですよ」

「そ、そうね。私は最高司令官だから、浮き足立っては士気に関わるわよね」

 ナイス!カトリーヌ。マリアさんが静かになった。これで作戦会議もスムーズに進むだろう。

「私の双子の妹がパティシエールなのです。このロールケーキは妹の自信作です。白樺の木をイメージしたロールケーキです。召し上がってください」

「これは素晴らしいすわね。頂きますわ」

 マリアさんはケーキで完全に堕ちた。

 


「エミリー・・・・・・って呼んでも良いですか?この艦はわかりますか?」

 ジョーズもいちいちエミリー皇女って呼んでいるのが鬱陶しくなってきたんだろう。TACネームで呼んでいる。エミリー皇女は空軍の制服に着替えていた。もう皇女には見えない。

「構いません。私も一兵卒として戦います。この艦、王宮の正面に停泊しているのが旗艦シェフィールドです。王宮の裏に停泊しているのが重巡洋艦コベントリーです。両艦とも六〇ポンド砲を五門装備した強力な軍艦です。私たちの巡洋艦フューリアスより火力が上です」

 そりゃ、旗艦だからな。わかる気がする。この艦は相当デカイ。植民地海軍の原子力空母並みのデカさだ。その艦二隻も停泊できる庭を持つ王宮は凄すぎる。

「この映像見てくれ、オレが、ソニックブームで通過した時、艦には被害が無かった」

 ヴァルチャーが映像を進めたり、戻したりして、エミリーに説明している。

「これは多分、凄く強力な魔法結界です。簡単には破ることは出来ません。優秀な魔道戦士官が多数乗っているのでしょう・・・・・・シェフィールドが持っている六〇ポンド砲を凌ぐ火砲はフューリアスには搭載していませんから。実質不可能です」

「何?」

 フォンシュタイン大佐とジョーズとヴァルチャーが色めき立っている。

「エミリー皇女。六十ポンド砲を凌ぐ火砲があれば、その結界を破る事が出来るんですな」

 フォンシュタイン大佐が無精ひげをじょりじょりこすりながら、エミリーの顔色を覗う。

「ええ。至近距離で六〇ポンド砲を打ち込めば、破れない事はないと思います。それ以上強力な魔法結界を作れる魔力を持った魔道戦士官は存在しません」

「有難う、エミリー皇女。信じてくれ、我々は貴方達の敵を倒す。約束するよ」

「えっ?どう言う事ですか」

 エミリーはフォンシュタイン大佐の言葉に面食らっているようだ。大佐がニッっと気持悪い微笑みを浮かべている。

「デュランダルを使おう・・・・・・・」

「そうだな・・・・・・バンカーバスターも有効だと思う」

「ホワイトランスは使えないか?」

「あれはスピードがあるが、威力が弱い・・・・・・実戦で痛い目を見たことがある」

「サーモバリック爆弾を使おう!」

「サーモバリックは威力が有りすぎて、敵艦だけじゃなく王宮も丸焼けになるぞ」

 フォンシュタイン大佐、ジョーズ、ヴァルチャー、ニーン、マーリンが作戦とそれに使用する装備の検討に入った。

「皆さんどうしたんですか?」

 すっかり会話から置いてきぼりを食らったエミリーとオレ。オレはエミリーに事情を話す。

「エミリー、この世界の兵器はいろいろ見たと思うが・・・・・・」

「ええ。ファントムは素晴らしい戦闘機ですわ・・・・・・・」

「そうか有難う」

 オレは愛機を褒められて嬉しかった。

「でもファントムなんてこの国の兵器のほんの一部さ」

「一部?」

「そう・・・・・・そして、六〇ポンド砲の威力はこの世界では別に極端に強力な火砲じゃないんだ」

 六〇ポンド砲は第二次世界大戦の極初期に使用されていた火砲だと思った。射程距離も精々一〇〇〇メートルぐらいしかない。

「えっ?そうなんですか?六〇ポンド砲を超える火砲なんて存在するんですか」

「デュランダルや、バンカーバスターは爆弾の名前で、六〇ポンド砲の砲弾より威力はある。比較にならないくらいに」

 オレは自分で言っていて閃いた事があった。

「エミリー、フューリアスには七〇tの積載能力はあるかい?」

「えっ?ええ・・・・・・以前私の王宮の拡張工事で、一〇〇t分の大理石を甲板に乗せて運んだ事があります。速度は落ちますが、浮くのに支障はありません。船体の主要部分は鋼で出来ていますから」

「そうか・・・・・・エミリー、いや、フューリアスの艦長殿。シェフィールドと撃ち合って勝つ方法があります」

「そんな事できるんですか?」

 エミリーは驚いている。試合に勝てない弱小サッカーチームが、プロ選手に勝てるといっているようなもんか?

「進言します!」

 オレはフォンシュタイン大佐たちの会話に割り込んだ。

「許可するぞケストレル。忌憚ない意見を聞かせてくれ」

「エミリー皇女の艦。フューリアスの正面甲板にチャレンジャー2を固定し、砲撃をしてはどうか?と考えます。手っ取り早く、火力の増強が図れます」

 暫しの沈黙・・・・・・・。

「採用。隣のアルバコア陸軍駐屯地から拝借して来よう」

 フォンシュタイン大佐が二つ返事でOKしてくれた。非常にありがたい。

「エミリー、許可が出たよ」

「ロイ・・・・・・申し訳ないんだけど、話が見えないですわ」

「フューリアスに射程距離三〇キロの一二〇ミリ五五口径タンク・ライフル砲を取り付けるんだよ」

「一二〇ミリタンク・ライフル砲?射程三〇十キロ?そんな凄まじい火砲があるの?」

「あるんだ・・・・・・MTB。愛称はチャレンジャー2」

 エミリーは驚きを隠せない。そんなものが存在している事が信じられないのであろう。オレ達が魔法を見るのと一緒だよ。

「人間って・・・・・・恐ろしいのね・・・・・・私たちの魔法を越える技術を得るなんて」

「技術は進歩しかしないんだ。退化はありえない。特に兵器は」

 オレはそう思う。

「陛下!」

 フォンシュタイン大佐がマリア陛下に耳打ちしている。マリア陛下は・・・・・・あーぁ・・・・・・口の周りにチョコレートいっぱい付けている。お前は子供か?と声を出して突っ込みたいが。

「陛下・・・・・・」

ウィリアムズ大尉がハンカチでマリアさんの口を拭いている。

耳打ちが終わった・・・・・・フォンシュタイン大佐は陛下から離れた。マリア陛下はテーブルの椅子から立ち上がった。

「Attention!」

オレ達は不動の姿勢となった。この瞬間は自分が兵隊である事を感じる瞬間だ。

マリアさんが得意の仁王立ちになった。とても偉そうに。

「ただ今より、オペレーション・ファーストエイドを発動するわ!各員の奮戦を期待します。第一目標、敵巡洋艦の撃破。第二目標、私の家を無傷で取り戻す。第三の目標、ノッティンガム公爵の逮捕よ。私の家を盗んだ罪は大きいわ。そして、そして、一番大事なのは・・・・・・皆無事で帰って来て・・・・・・これは命令です。戦死は命令違反で、有罪よ!以上です」

「Rise!」

「さあ!陸軍のチャレンジャーⅡを調達してくるわよ。エドワード、オリビア、一緒に来て!隣のアルバコア駐屯地に行くわよ!」

マリアさんは先陣切って部屋を飛び出して行った。大丈夫か?彼女はグレイ公爵に狙われているんじゃないのか?

「まあ大丈夫だろう。でも、ケストレル、言いだしっぺはお前だから、一緒に行け」

 フォンシュタイン大佐はオレに拳銃を渡してくれた。護れってことだろうな。オレは拳銃の射撃は苦手なのに。

 


 オレはランドローバーウルフを運転している。我が軍の中型汎用トラックだ。

 リントン空軍基地から、約三十分。隣のアルバコア陸軍駐屯地にチャレンジャーを貰いに行く。マリアさんが来たのは、最高司令官の命令であれば簡単に借りられるからだ。たとえ名前だけの最高司令官であっても。

 郊外の国道を走る。進行方向左側には新緑の森が広がり、さわやかな森林の匂いを流している。右側には畑が広がる。青々とした小麦畑だ。

 後部座席にはマリアさん。ハイネマン伍長、ウィリアムズ大尉、エミリーが座っている。艦長として一二〇ミリ砲を確かめたいらしい。

後部座席と言っても、鉄パイプにキャンバス布張っただけのどっちかって言うとベンチだ。

「やっぱり軍用は嫌いよ・・・・・・乗り心地・・・・・・・最悪」

「質実剛健と言ってくれ・・・・・・」

 ハイネマン伍長がトラックに備え付けられてあるブローニングM2重機関銃に弾を込めながらぶっきらぼうに答える。彼の事だから、敵が現れたら蜂の巣にするだろう。

「このまま道なりね・・・・・・」

 助手席に座っているのは、カトリーヌ・フランソワーズ少尉。

「何で乗っているのですか?」

 エミリーがトゲのある言葉でカトリーヌに尋ねる。

「いいじゃない、ドライブ楽しいわ」

「それにしても静かだな。クルマが一台も走っていないな」

「そうね。あっお弁当作って来たんだ。ハイ」

 カトリーヌはバスケットからサンドウィッチを出して、食べさせてくれた。オレはハンドルを握りながら、カトリーヌが持つサンドウィッチをぱく付いた。

「カトリーヌさん、それは反則ですわ。だまし討ちです」

「紅茶のお返しよ・・・・・・・」

 何故かエミリーが怒っている。エミも怒りっぽくなって来たのか?

「?」

 オレは道の真ん中に人が一人立っているのが見えた。道路の真ん中でオレ達の行く手をさえぎるように・・・・・・アイツは・・・・・・・。

「青マントの魔道士!」

 オレは急ブレーキを踏んだ。アンチロック・ブレーキがゴリゴリ言うぐらいの急ブレーキ。

「きゃああ!」

 女の子の悲鳴が聞こえて来たが構ってられない。魔道士の目の前でトラックを止めた。オレは魔道士が笑うのを見た。フードで顔を覆っているが、笑っているのを確かに見た。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 魔道士が腕を大空に掲げると同時に岩の巨人・・・・・・・ゴーレムが地面から浮き出ししてきた。

「ゴーレムだ!機数七!」

 オレはこの場を離れようと、ランドローバーウルフのシフトレバーを《リバース》にいれ、バックで逃げようとした。

 ガコッ!

「ちょっと!何やってんのよ!」

 カトリーヌが涙目で怒っている。まるで、心霊スポットで幽霊でも見たような感じだ。まだ昼間だけど。この間、ゴーレムに襲われたトラウマかも。

 オレはトラックのクラッチ操作を誤り、エンストさせてしまった。トラックは一ミリも動かなくなった。

「カトリーヌ!逃げろ!」

 オレはカトリーヌの手を引きトラックを飛び降りた。

 ガッシャーン!

 ゴーレムがトラックのボンネットを殴りつぶした。後部ハッチから、ウィリアムズ大尉、マリア、エミリーの順で出てきた。

 ドン!

 ゴーレムの頭が吹き飛んだ。車内に残っているハイネマン伍長がM2を撃っている。

 ドンガラシャーン!

 頭が吹き飛んだゴーレムがトラックをひっくり返した。

「エドワード!」

 ウィリアムズ大尉の声もむなしくトラックは石ころのように転がっていった。

「きゃああ!」

 オレとカトリーヌはハイネマン伍長の無事を確認する事もままならず、逃げる羽目になった。二体のゴーレムがオレとカトリーヌの方へ向ってきた。オレはカトリーヌの手を引き、エミリーを担いで走って逃げた。ウィリアムズ大尉とマリアは・・・・・・・見当たらん!無事を祈ってとりあえず。この二人を護らなくては。とにかく走って逃げた。二体のゴーレムは追ってくる。

「きゃあ!」

カトリーヌがコケた!何てお約束な・・・・・・しかも二回目。こいつ狙ってないか?

「大丈夫か?」

「私に構わず、先に逃げて!」

 そんな事出きる訳が無い。オレはエミをその場に置き、ゴーレムの前に飛び出した。懐からブローニング・ハイパワーを出す。九ミリパラベラム弾がゴーレムに効かないのは実証済みだ。威嚇にもならないけど、手持ちの武器はこれしかない。

「ナイトロの宝玉!」

 ドン!

 突然ゴーレムの頭が爆ぜた。もがき苦しんでいる。もう一体は警戒しているのか後ずさりしている。エミリーが魔法を発動させた。

「今よ!」

 オレはカトリーヌを助けお越し、駆け出した。エミリーも続く。

「エミリー、もう一発頼む!」

「ゴメン!無理ですわ!魔法力を使いきってしまった!」

「えっ?充電しといてくれよ。運動会に来たお父さんがハンディカムの充電忘れたみたいじゃんか」

 だが、エミリーの一撃は結構効いた様で、ゴーレム達は無闇に近付いて来ない。ゴーレム達から、二百メートルぐらい離れた。草むらに身を潜める。

「どうするの?このままじゃ逃げ切れないわよ」

「拳銃じゃ効き目なしだ……さっき、青マントの野郎をトラックで轢き殺しておけば良かったぜ」

「私も、もう魔法は使えません」

「ロイは戦闘機に乗らないと、ポンコツね」

「カトリーヌだってゴーレムに追いかけられたら、必ずコケるじゃん」

「それはロイが・・・・・・私の手を引っ張るからじゃない」

「うにゃあにゃにゃにゃあああ!」

 突然、エミリーが奇声をあげ、オレとカトリーヌの間に割り込んできた。

「こんな時にイチャ付かないで下さい。ましてや、私の前で!」

 ズシン!ズシン!

 地面から振動が伝わってくる。ゴーレムが近づいてきているようだ。それに・・・・・・どうやらトラックを飛び出した時、脇腹をしこたまぶつけたようだ。アバラが折れてるかも・・・・・・痛くなってきた。

「ロイ!どうするのよ」

「このまま匍匐前進で逃げよう」

 オレ達はズリズリ地面を這いつくばって逃げ出した。

 ズシン!ズシン!ズシン!ズシン!

 振動はどんどん近づいて来た。オレ達は全力疾走で匍匐前進をした。

「もう!邪魔よ」

 カトリーヌはスカートの裾をビリビリ破いた。動きやすくなったであろうが、オレにとっては目の毒だ。

「は、はしたないけど、私も!」

 エミリーもスカートの裾をビリビリ破り出した。毒だ、これは目の毒だオレのアイ・ボールセンサーが焼きついてしまう。オレは匍匐前進をする方角をズラし、彼女達から少し離れた。

 ズシン!ズシン!ズシン!ズシン!・・・・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 振動が更に大きく、早くなってきた非常にヤバイ。

「あっ!」

 カトリーヌが声を上げた。オレ達は草むらから出て、牧草地の出てしまった。背の低い草はオレ達の身体を隠す事は出来ず・・・・・・丸見えになってしまった。振り返ると、ゴーレムは目前まで来ていた。立ち止まり。オレ達を見ている。

「ミリィ!ゴメン!お姉ちゃん、もう会えない!」

「南無三!」

「ロイ、あの世で結ばれましょう。子供は二人がいいです。女の子と男の子、四人で慎ましく暮らしたいです。普通の女の子になりたかった・・・・・・」

 各員がそれぞれ念仏を唱えていた。オレは最後にカトリーヌとエミリーの生脚を拝めたのが良かった。

二体のゴーレムは目の前で拳を振り上げていた。オレはカトリーヌとエミリーを抱き、ゴーレムに背を向け二人を護ろうとした。最後のあがきだな。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 不思議な事に振動がドンドン大きくなっている。緊張の余り自分の鼓動が激しくなっているのか?それにしてはでか過ぎる振動だ。地面ごと揺さぶられている。ゴーレムは脚を止めているのに。

 ドガ!バキャアアアア!

 凄まじい衝撃音が辺りに響いた。

「な、なんだ?」

 オレは振り返り、ゴーレムの方を見た。二体のゴーレムはただの岩の塊と化していた。オレ達は立ち上がった。目の前にあった物は、デザートピンクに彩られた鋼鉄の挑戦者。

「た、助かったの?」

「な、何ですか?これは」

「チャレンジャー2・・・・・・・メイン・バトル・タンクだ」

 ゴーレムはチャレンジャーに轢かれていた。巨大な岩の塊も五七トンの鋼鉄の塊に轢かれたのではただじゃ済まなかったようだ。チャレンジャーはご丁寧にマイン・プラウを装備していた。でも轢かれるって漢字は車で楽になると書く。これいかに・・・・・・・。

「おーい!生きてるか?遅いからこっちから来てみりゃ、ゴーレムに追いかけられてるじゃねえか・・・・・・大丈夫か?」

「有難う助かったよ!」

 オレは砲塔の上から半身を出している戦車兵に礼を言った。戦車兵は敬礼で返してくれた。

「連れとはぐれたの!あっちもゴーレムに追いかけられているわ!助けて」

 カトリーヌが両手を広げ、ぴょんぴょん跳ねながら戦車兵にアピールしている。

「乗れ!探しに行こう……俺は、オットー・カリウス陸軍中尉だ!」

「ロイ・ロジャース空軍少尉です。改めて有難うございます」

 オレ達はチャレンジャーの砲塔の上に乗った。チャレンジャーは千二百馬力のジーゼルエンジンを全開にして走り出した。



「オリビア・・・・・・」

「シッ!静かに・・・・・・」

 マリアとオリビアは森の中に逃げていた。木の陰に隠れている。彼女達を追う五体のゴーレムの足音が森に響いている。

「オリビア!オリビア!」

 マリアはオリビアに抱きついた。オリビアはマリアを安心させるように頭を撫でる。ふと、マリアの胸元に違和感があった。オリビアはマリアの胸元に手を入れた。

「きゃっ!」

「陛下・・・・・・これは?」

「それはリンクスのおじ様から貰ったネックレスよ・・・・・・絶対に外すなって・・・・・・あんまり可愛くないけど・・・・・・あれッ光っている」

 ネックレスの中央に配置された赤いLEDがチカチカ点滅している。

「さっきのトラックの衝撃で・・・・・・陛下・・・・・・助かるかも・・・・・・救難信号が・・・・・・」

「ホント?」

 バキボキバキ!

「陛下こっちへ!」

 木の枝が折れる音を聞いて、オリビアはマリアの手を引き、走りだした。狭い森、足場が悪く、早く走れない。木の枝を折る音はドンドン近づいてきている。

 ドーン!

「な!」

「きゃあああ!」

 突然頭上からゴーレムが飛び降りて来た。目の前に立ち塞がる。行き場を失った二人は左に逃げた。

 ブン!

 ゴーレムが手に持っていた木を振り回した。その衝撃で二人は森の外へ吹き飛ばされた。

「きゃあああ!」

 転げ回る二人、マリアは痛みを堪えて立ち上がった。近くにいるオリビアはピクリとも動かない。マリアはヨロヨロとオリビアの元へ行く。

「お、オリビア・・・・・・オリビア!」

 マリアは愕然とした。オリビアの腹部に鋭利な刃物と化した木片が深々と突き刺さっていた。彼女の腹部は鮮血に染まり、ドクドクと血液が噴出していた。マリアはその場に立ち竦んでしまった。今、自分が何をしたら良いかも解らなかった。声も出ない。脚はガクガクと震え、卒倒しそうになるのを感じた。

「ダメ!ダメ!ここで気を失ったら、オリビアは死んじゃう・・・・・・」

 オリビアはピクリとも動かない。最悪の状況がマリアの脳裏をよぎった・・・・・・。



「くっそう・・・・・・やりやがったな・・・・・・」

 ハイネマン伍長はひしゃげたトラックの中から這い出てきた。右手にバレットM82を握っていた。

 バキボキバキ!

「森の中か!」

 ハイネマン伍長は十三キロもある銃を手に、緑色のポンチョを翻し、森に向って走り出した。

 森の中で、茶色の塊が蠢いているのを見た。あれは間違いない、異世界の兵器だ。ハイネマン伍長はその場に伏せ、M82を構える。スコープを覗くと、青マントを着た魔道士がゴーレムの頭の部分に乗っているのが見えた。青マントのゴーレムは他のゴーレムとは色が違っていた。くすんだ青色をしている。

「青マント専用か?」

 バキボキバキ!

 ハイネマン伍長が引き金を引こうとした瞬間、十時方向から別のゴーレムが現れた。その距離六メートル。

 ハイネマン伍長は咄嗟に起き上がり、バレットを撃つ!

 ダン!ダン!ダン!

 三発の炸裂弾がゴーレムの頭、肩、胴と順番に吹き飛ばして行く。ゴーレムは岩の塊に戻って行った。

「くそっ!青マントを見失った!」

 ハイネマン伍長は森の奥へ駆け出して行った。

 


 マリアはオリビアを抱きかかえ様とした。

「ごふっ・・・・・・」

 オリビアは吐血した。絶望感がマリアを支配する。

 ズシン!ズシン!ズシン!ズシン!

 地面を伝わって来る振動を感じた。マリアは顔を上げた。周りは三体のゴーレムに囲まれていた。

「おや・・・・・・?エミリーではないのだな・・・・・・」

 青マントの男がゴーレムの上で腕を組みマリア達を見下ろしていた。

「まあ、いいでしょう。そちらの女性はもう虫の息ですね・・・・・・今、楽にしてあげましょう。ゴーレムで人間を潰すのは気分がいい・・・・・・・」

 青マントのゴーレムが腕を振り上げ、マリア達を潰そうとした。

 マリアはオリビアを引き摺って逃げようとした。振り返ると、そこは川だった。マリア達は逃げ回っている内に、川に出て逃げ場を失っていた。背水の陣だった。

 ガン!ガン!ガン!ガン!

 青マントのゴーレムに短い間隔で四発の銃弾が命中した。命中箇所で小さく爆ぜたが、ゴーレムの表面を凹ますだけで、破壊には至らなかった。

「俺が相手だ!」

 ハイネマン伍長がマリアと青マントのゴーレムの間に割って入る。

「このゴーレムは岩ではない・・・・・金属で出来ている。お前の武器は強力だ。私だって学習するよ。もう、その武器は通用しない」

 青マントが右手を上げると控えていた二体のゴーレムが前に踏み出てきた。

 マリアは祈った。神様、仏様、観音様、ありとあらゆる神様に祈った。

「神様お願いします。助けてください。オリビアを助けて下さい。私にとって、姉のような大切な人です。絶対に失いたくはありません。助けてくれたら、何でもします。もう仕事をサボって王宮を抜け出したりしません。お願いです。助けて・・・・・・お願いだから・・・・・・・私はどうなってもいいから・・・・・・・もう大切な人は失いたくないから・・・・・・・お願いよおお!」

 マリアの頬に止め処なく涙が伝う。両手をギュと握り祈った。今のマリアにはそれしか出来なかった。

「ピピピッ」

 マリアの祈りが通じたのか、胸元にあるネックレスから電子音が聞こえた。

 バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ。

 空気を裂く連続音が聞こえて来た。その音はどんどん大きくなってきている。

 森の木々の間を縫って、川の水面スレスレでマリア達の背後に現れたのは、緑色の山猫。ターボシャフトエンジンが回転翼を軽快に回している。

「バトルフィールド・リンクス!」

 マリアがそう叫んだ瞬間、リンクスに装備されていた三十ミリチェーンガンが火を噴いた。

 ブモオオオオオオオオオオ!

 桁違いの発射速度のせいで、銃声とは似ても似つかない射撃音だった。マリアはオリビアに覆い被さり、耳を塞いだ。ハイネマン伍長は地面に伏せた。

 三〇ミリ砲弾の嵐はゴーレムたちを無残に引き裂いた。青マントのゴーレムもバラバラになってしまった。三〇ミリチェーンガンが放つタングステン弾の前ではただの紙でしかなかった。

 銃撃が止み、リンクスはマリア達の傍に降りた。

「オリビアを助けて!エドワード!おじ様!」

 ハイネマン伍長が駆け寄り、オリビアの上着から下着からナイフで切り裂き、傷口を出した。マリアは顔を背けそうになった。が勇気を振り絞って、オリビアを見た。

「目を背けちゃダメだ。オリビアを助けたいなら目を背けちゃダメだ!」

マリアは自分の心に言い聞かせた。

 リンクスのおじ様が医療キットを持ってきた。

「傷口をガーゼで押さえろ!木片は抜くな!出血が酷くなる!」

 ハイネマン伍長がマリアに怒鳴りながら指示を出す。マリアはガーゼでオリビアの傷口を押さえた。ガーゼが見る見る赤くなる。マリアの手に生暖かいオリビアの血が付く。

「いいか!ヘリに運ぶ!マリアは傷口を押さえていろ!オッサン、俺と二人で担ぐぞ!」

 ハイネマン伍長とリンクスのおじ様がオリビアをヘリに運んだ。おじ様はコクピットへ行き、エンジンをスタートさせる。

「いいか、マリア。ウィリアムズ大尉に話しかけろ、話しかけ続けるんだ。そうすれば絶対に助かる。大尉が意識を持てるように話しかけろ!」

「わ、解ったわ」

 ハイネマン伍長はポンチョを脱ぎ、オリビアにかけた。オリビアの手を取り、マリアに握らせる。そして、背中に背負っているL96A1狙撃銃を右手に持ち、弾丸を装填した。

「な、何するの?エドワード・・・・・・ここに居て!行かないで・・・・・・」

「青マントは逃げた。オレはヤツと決着を付ける。野放しにするとまた狙われるからな。俺のことはいい。早くウィリアムズ大尉を基地の病院へ連れて行け!ヘリならすぐだ」

 ハイネマン伍長はそれだけ言い残して、ヘリを降り、森に向って駆け出していた。

ギュワワワワアアアン!

 リンクスは急上昇して、基地に向かう。乗り心地なんて行ってられない。むしろ今はこの乱暴なスピードが有難いと思う。マリアはオリビアに話しかけた。

「オリビアは好きな男性はいるの?結婚しないの?」

「へ、陛下・・・・・・私は陛下と共に居ます・・・・・・・結婚なんて・・・・・」

「オリビアはフツーの女の子になって。私みたいなわがままな女王に付くなんてもったいないわ・・・・・・・・」

「だから・・・・・私が必要なんですよ・・・・・・」

「有難う・・・・・・オリビア・・・・・・」



 ハイネマン伍長は森の中を注意深く歩く。青マントは逃げた。見つけることが出きるか?ヤツは魔法使いだから、テレポートとかそんな魔法を使われたら終わりだ。

 バサバサ!キキッ!

 森の野鳥の鳴き声が聞こえた。羽ばたく音。同じ方角から聞こえた。ヤツはまだ森の中に居る!

 ハイネマン伍長は音がする方向に向け銃を構える。スコープを覗くと青いマントが見えた。派手で豪奢な模様が、周りの景色から浮いて目立つ。丸見えだ。よろよろと歩いている。魔法が使えないのか?

 ハイネマン伍長は地面に伏せ銃を構える。暗視ゴーグルを付け、スコープを覗く。薄暗い森の中でも、昼のように見える。見る先は青マント。

「オレが軍に入ったのは、オリンピックの射撃競技で金メダルを取りたかったから・・・・・・人を撃つなんて事はしたくなかった。だけど今の俺は、お前が憎い。ウィリアムズ大尉のお返しだ。第三〇二飛行隊のモットーは《やられたらやり返せ、倍にして》だからな・・・・・・・」

 ハイネマン伍長の引き金に掛かる指が動く。

 タン! 

 一発の銃声が森に響いた。



 マリアとオリビアを乗せたヘリはリントン空軍基地の病院へ着いた。オリビアは屋上のヘリポートからストレッチャーに載せられ手術室へ運ばれた。

「後は専門家に任せて祈るしかないな・・・・・・・・お嬢ちゃん」

 私はリンクスのおじ様の手を握っていた。不安を紛らわそうとしていたんだと思う。

「俺も一緒に居てやるよ・・・・・・・」

 おじ様は胸のポッケから煙草を出して、一本咥えた。私は突っ込まずには居られなかった。

「おじ様・・・・・・・・病院は禁煙です」

「厳しい世の中になっちまったな・・・・・・・・・」

 おじ様は煙草を箱に戻し、胸のポッケにしまった。

「ところで、おじ様の御名前は?まだ聞いていませんでした」

「マーフィー・・・・・・・フランク・マーフィーだ」

「有難う。マーフィーさん」



 ドドドドドドドドドド!

 リントン空軍基地のゲートにチャレンジャーが着いた。ゲートが開き、チャレンジャーが基地の中を走る。砲塔の上にはオレとカトリーヌとエミリーとハイネマン伍長が乗っていた。

 チャレンジャーは司令部の前で止まった。オレとハイネマン伍長がチャレンジャーの砲塔から降りた。

「伍長。マリア陛下とウィリアムズ大尉は病院だよ。そっちに行った方がいいよ」

「了解。かたじけない……お前も降りるんだ。怪我をしてるだろう」

ハイネマン伍長は後手に縛った、青マントの魔導士をチャレンジャーから引きずり下ろした。

「くそっ……史上最強の魔導士と言われたこの私が……人間に虜囚の辱めを受けるとは……」

 青マントの魔導士の顔が悔しさに歪んでいる。まあしょうがねえだろう。お前がどんなに高貴な身分でも、今はただの捕虜だ。

「お前の国はハーグ陸戦協定に調印してないが……安心しろ、それなりの扱いはしてやる」

 ハイネマン伍長は青マントの魔導士を引っ張って行った。

「ロイ!」

カトリーヌは降りられないようだ。上から困り顔でオレを見ている。

「だっこ」

 カトリーヌは両手を広げオレに抱っこしてチャレンジャーから降ろしてくれとアピールしている。オレはチャレンジャーのエンジン・ベイの上に乗り、カトリーヌを抱っこして降ろしてやった。

「また・・・・・・ずるいです・・・・・・」

 エミリーがカトリーヌを睨んでいる。オレはカトリーヌを地面に降ろした。わき腹が痛むが、カトリーヌにバレないように我慢した。

「エミリー、カリウス中尉達をフューリアスまで案内してくれ」

「わかりました。参りましょう、カリウスさん」

「オーケー。行こうか。オレ達が乗る艦に」

 チャレンジャーは地響きを立て、走り去っていた。

 オレは司令部のフォンシュタイン大佐の所へ行こうとしていた。任務終了の報告と、作戦の準備のために。オレが歩き出そうとしたら、カトリーヌがオレの右手を掴んだ。腕がグッと引っ張られ、脇腹がズキズキ痛んだ。オレは顔に出ないよう、ポーカーフェースを演じた・・・・・・・つもりだった。

「ロイ。あなた、怪我してるわね・・・・・・・・どうして言ってくれないの」

 オレはドキッとした。バレていた。カトリーヌの手を引き、建物の影に二人で隠れた。オレはカトリーヌの両肩を掴んだ。目と目が合う。

「頼む。内緒にしてくれ。怪我がバレりゃ、この作戦から外される。肋骨が二、三本折れたらしい・・・・・・オレは、最後までやり遂げたいんだ。エイヴォンのオトシマエも付けたい」

「私は、あなたが心配だから、怪我の事を大佐たちに話したいわ。作戦に参加しなくて良くなるから。でもそんな事をしたら、あなたに嫌われそう。どうすればいいのかしら」

「頼む。カトリーヌ、なんでもするから・・・・・・・」

「そうね、考えておくわ。内緒にします」

「有難うカトリーヌ」

 カトリーヌは目をそらした。凄く悲しい顔をしている。本気で心配してくれてるんだろうな。でもオレは死ぬ死なないより、今自分が出きる事をやり遂げたいと思っている。オレに課せられた使命だから。

「本当に大丈夫、戦闘機のGって凄いんでしょう?私は体重重くないけど、私を抱えて痛いなら、空中戦は無理じゃないの?」

「まあ、九Gは掛かるけど・・・・・・。そう……昔、人類で始めて音速を突破したチャック・イェーガーはその前日、落馬してアバラを折った。周りに隠して、音速突破した。アイツに出来て、オレに出来ない訳がない」

「その自信は何処から出て来るのかしら・・・・・・くれぐれも無理はしないでね」

「ああ」

 オレ達は司令部へ向った。



「おお!でけえ」

 私たちは戦車の前に佇み、フューリアスを眺めていた。艦長である私には見慣れた光景だけど、チャレンジャーⅡの乗員の皆さんは一様に驚いた表情をしている。私たちが人間界に来るまでは、空中巡洋艦みたいな高度な兵器は人間は持っていないと聞かされていた。だけど、人間界に来てみたら、空中巡洋艦ですら時代遅れの兵器となっていた。この戦車だって、どんな能力があるのか想像もつかないわ。

戦車の乗員の皆さんは、フューリアスを見上げて、感嘆の声を漏らしていた。チャレンジャーはフューリアスの前に佇ずんでいた。皆さんの驚いた顔を見ていると、フューリアスが誇らしく見えて、ちょっと嬉しい。

「ところで、少尉。フューリアスの艦長に会って御挨拶いたいんだが。海軍では艦長が最高責任者で、艦長を頂点とした家族のような物と聞いたが?」

 私が着ている制服の徽章を見て、戦車のおじさまは私の事を空軍少尉と思っているのね。

「そうですね、海軍にはそんな風習みたいな物があるかも知れません」

 言われた通り、我がフューリアスの乗組員は一心同体。一人は皆の為に、皆は一人の為にがこの船の合言葉よ。

「そうだよな、陸軍は《土木工事》、海軍は《家族》、空軍は《サラリーマン》、海兵隊は《チンピラ》って言うもんな」

「ミハエル、ここは空軍の基地で、こちらは少尉さんだぞ、滅多な事を言うんじゃねえ。誤解されるだろ」

「ああ・・・・・・カリウス、すまねえ」

 私はなんだか楽しくなって「クスクス」と笑ってしまった。戦車の乗員の皆さんも笑顔になった。この人たち、いい人達なんだろうな……。よかったわ。

「いやあ。こんな美人のお嬢さんが乗っているのなら、俄然ヤル気が出るよな」

「そうだな」

 でも……そろそろ皆さんの勘違いを、訂正させて貰わないとね。

「皆さん、有難う。今頃言い難いのですが、艦長は私です。マリア・エリザベート・ジョゼファ・ジャンヌド・フォン・ブランバンドです。これはフォンシュタイン大佐からお借りした空軍の制服です。こんな小娘で申し訳ありませんが」

 皆さんはは目を丸くして固まってしまった。よっぽど驚いたのね。そして我に返ったように不動の姿勢で敬礼した。

「申し訳ありません。艦長殿。若い女性と聞いていましたが、ここまでとは・・・・・・自分はチャレンジャー2の戦車長(コマンダー)オットー・カリウス中尉です。」

「自分は操縦士(ドライバー)のエルンスト・バルクマン曹長です」

「自分は装填手(ローダー)のミハエル・ヴィットマン少尉です」

「自分は砲手(ガナー)のアルベルト・ケルシャー少尉です」

「有難う御座います。皆さん。私たち魔法使いの戦争に巻き込んで申し訳ありません」

 エミリーは一人ずつ、戦車兵全員と握手した。カリウスは顔が赤くなってしまった。

「気にせんで下さい。自分達はいくさが商売なんでね」

「貴方達とは上手くやれそうです。お願いします。さあ、艦内を案内しましょう」

 私達はフューリアスに乗り込んだ。



 フォンシュタイン大佐は司令部に特設されたラジオブースに居た。

「ああーあああ。本日は晴天なり。バカが見る、ブタのケツ」

「何をする気だ、大佐は?」

 ジョーズはガラス張りのブースの外から大佐を見ている。腕組みをして、訝しげな表情だ。

「何でも、降伏勧告をグレイ公爵にするんだと。FMラジオを使って。FMラジオは通信可能らしい。周波数が低いから、魔法の影響を受けないようだ」

 ヴァルチャーがヘッドフォンをつけ、大佐に指示を出している。

「最近じゃ、基地司令官もラジオに出演するのか?声優さんみたいだな。今度は主題歌を歌ったりして」

 相変わらずマーリンの脳みそは異次元の彼方をフライとしている。痛々しい。

「スリー、ツー、ワン、ボムズ・アウェイ!」

 ジョーズのキューで放送が始まった。

「こちらリントン空軍基地。俺はリントン空軍基地指令、フォンシュタイン大佐だ。ノッティンガム公爵に告ぐ。直ちに武装解除し、降伏せよ。我々との戦力比は比べようがない。貴君らの戦力はもはや形骸である。敢えて言おう!雑魚であると!その軟弱な集団がこの第三〇二飛行隊を打ち破るなど不可能である。これ以上の戦闘は国家そのものの危機である。降伏後の身柄は保証する。明日の八時まで猶予を与える。」

 何かカッコイイ物言いだけど・・・・・・。

「あの原稿、誰が書いたんだ?」

「俺だよ!」

 マーリンが胸を張って答えた。やっぱりか。

 大佐に代わってマイクの前に立ったのはマリアさんだ。悲壮感漂う顔でマイクに向った。

「私はマリア・・・・・・マリア・グレース・ラトバリック・イザベラスです。私は今、リントン空軍基地に居ます。私の遠縁のフォンシュタイン大佐と行動を共にしています。軍統合最高司令官として、全ての将兵へお願いがあります。この事態を静観して下さい。《兵は国の大事にて滅多やたらに動かすものではない》と孫子の兵法にあります。これ以上事態を拡大したくはありません。私は私を支持してくれる人たちと王宮を取り返します。異世界の人たちへハイテク兵器を渡し、異世界を戦乱の世にしようとしたノッティンガム公爵を許せません。また引き換えに、魔法の力を手に入れ、国民のささやかな平穏を目茶目茶にした事も許せません。私の大切な人を傷つけた事も許せません。私は明日、王宮を取り返しに行きます!警察、消防の各機関は治安維持と人命を最優先に行動してください。私のお願いです」

 放送は終わった。ラジオブースは静まり返った。

「さあ出撃まで一七時間だ、各員休養と、出撃の準備を・・・・・・段取り八割、現場二割だ」

「イエッサー」

 後で聞いたんだけど、マリアさんとエミリーにチャレンジャーを取りに行かせたのは、囮だった。敵がマリア達に気を取られている間、機体の修理と出撃の準備が整えられていた。誰にも気付かれる事無く。チャレンジャーがオレ達を迎えに来たのも、リンクスを送ったのも大佐の差し金だったそうな。ジジイ、何てことしやがる。お陰で酷い目にあったじゃねえか。



 オレ達は司令部を後にした。各員個々に出撃の準備をした。俺はカトリーヌを探した。おっ、居た。司令部の玄関に立っていた。

「カトリーヌ、頼みがあるんだ。君しか頼めないんだよ」

「えっ?・・・・・・・・そんな・・・・・・まだ早いわ・・・・・・せめて二人の時にして・・・・・・」

 は?何言ってるんだ?カトリーヌは顔を真っ赤にして意味不明な言葉を話している。出撃前で緊張してるんだろう。多分。

「医務室へ行って、湿布取ってきて欲しいんだ。自分で行くと怪我がバレるから」 

「はあーっ・・・・・・そんな事だろうと思ったけどねッ!・・・・・・わかったわ。待機室で待ってて・・・・・」

 オレは素直に待機室へ向った。脇腹がジンジン痛む。湿布で誤魔化せるだろうか・・・・・・願わくば、戦闘の緊張感で痛みが消えてくれるといいんだが・・・・・・。

 待機室には誰もいなかった。椅子もテーブルも整理整頓されている。オレはパイプ椅子に座り、カトリーヌを待つ。ロッカーから自分のヘルメットを出した。サインペンで落書きをして見た。ヘルメットは個々人で様々なマーキングをしている。サインペンがキュッキュと音を出している。

《bone to kill!》って描いてみた。

「お待たせ・・・・・・・・」

「ロイ殿!」

 待機室に入って来たのはカトリーヌとアリシアだった。カトリーヌは湿布をアリシアは包帯を持ってきたくれた。カトリーヌはニコニコ顔、アリシは心配顔。対照的な二人だった。カトリーヌは何をニコニコしてるんだ?

「さあ、上着脱いで。湿布貼ってあげる」

 オレは上着を脱ぎ始めたら、カトリーヌに脱がされた。アリシアが湿布を手に持って待機している。

「ハイ、奥方様・・・・・・」

 アリシアが湿布をカトリーヌに渡して、湿布を貼ってくれた。ひんやりした感触が脇腹にあった。

「もう、何て顔してるのよ。死ぬと決った訳じゃないでしょ」

「だけど、また人を殺すことになる。殺すってことは、殺される覚悟も必要だ。殺されても文句言えないよなあ・・・・・・。」

 オレはいつの間にか人殺しになっていた。じゃあ、逆に殺される事もある。それが戦争だよ。

「そんな事でどうするのよ!生きて帰って来ないと悲しむ人がいるでしょうが!」

「いないよ。そんな人・・・・・・いてててて、痛いよカトリーヌ」

 オレはカトリーヌにギュッと両ほっぺをつねられた。脇腹の痛みより痛い。

「わかった?それが残された人の心の痛みよ!」

 カトリーヌが目を真っ赤にして怒っている。

「泣いて・・・・・いるのか?」

「そうよ!自分から生き残る事を諦めている男は見るに忍びないわ・・・・・・情けなくて泣いているのよ」

 カトリーヌはぐしぐし目を手の甲でこすり、涙を拭っていた。どうやらオレはカトリーヌを傷つけていたらしい。

「すまん・・・・・・」

「カトリーヌ殿はロイ殿の様子がおかしいと心配しておられたのだ。彼女の気持ちも汲んであげて欲しい」

「そうか・・・・・・ゴメンな・・・・・・。じゃあ、死なないよ」

「ちゃんと帰ってくる?」

「死んだら、空を飛べなくなるだろ」

「じゃあ待ってる」

 カトリーヌがオレの右のほっぺにちゅーした。

「私は左でいいですか?」

 アリシアが左のほっぺにちゅーした。

「二人とも・・・・・・どうしたんだ?」

「にぶチン!」

 オレは何も言うことが出来なった。

「空のロイ殿と地上のロイ殿・・・・・・どちらが本当のロイ殿ですか?」

アリシアが「残念なヤツ」って眼で訴えている。久々にみたあの冷たい鋭い眼だ。

「そうよ……全く、戦闘機に乗ると、自分の命や怪我なんて顧みないで突っ込んで行くくせに、地上に降りたら、ヘタレで優柔不断なんだら!」

「全くです同感です。やはり、ロイ殿は騎士には向いていなのでは?」

 いつの間にかオレの悪口大会になっていた。面目ねえ。

「うん……そうね、ロイの奥さんになったら苦労するわ……きっと」

「あら?カトリーヌはレースをリタイヤするのですか?エミリー皇女に譲るのですか?」

「それは……嫌。私は、ロイを……って、ロイ、居たの?今の話、聞いてた?」

 カトリーヌはファントムのリヒート炎よりも顔を真っ赤にして怒っている。

「オレは最初っから居たし、聞いていたに決まってるだろ……イテテテテ!いひゃいよ!」

「忘れなさい!今聞いた事、忘れてよ!」

 オレはカトリーヌに思いっきり両ほっぺを抓られた。

 何でオレばっかりこんな目に……と言うより、カトリーヌのお陰でだいぶ気が晴れで、救われた気分になったよ。「有難う、カトリーヌ」と言ってみたけど、抓られているお陰で、聞き取り不能な言葉になってしまった。



 最後晩餐・・・・・・・にならないように、フューリアスの晩餐館にみんな揃って夕食を取った。夕食は豪勢なメニュー。みんな大好きハンバーグだった。

「空軍のメシは豪華だな。羨ましいぜ。陸軍のコンバット・レーション食わしてやりたい・・・・・・」

 戦車兵のカリウス中尉ががっついている。陸軍スタイルか?ちなみにコンバット・レーションって戦闘用携帯食料の事。オレは食った事がない。噂では不味いらしい・・・・・・・。

「マリア様・・・・・大丈夫ですか?」

 カトリーヌがマリアさんの横に座り、気遣っている。見るとマリア陛下は食事に手をつけていない。多分ウィリアムズ大尉の容態が気になるんだろうな。当然オレも気になるが、オレは兵士だから無理やりでも食う。兵隊がメシを食うのは、銃に弾を込めるようなもんだって昔言ってた人が居たっけ。

「そうだ、わかった・・・・・・・お知らせします」

 スチュアート副指令が内線電話で誰かと話ししている。一緒に食えばいいのに・・・・・・・。その副指令が、いきなり大声で話始めた。

「ウィリアムズ大尉は無事だ。もう大丈夫だ。だが数日間は絶対安静だが・・・・・・」

 おお、それは朗報だ。皆安堵の表情を浮かべた。

「マリア様、良かったですね」

 マリアさんも安堵した表情を浮かべた。だがすぐに厳しい顔になった。

「私は皆さんを戦わせたくありません。この時間が永遠に続いて、明日の出撃の時間か来ないことを望んでいます。オリビアとエイヴォン大尉が傷付いた事でも心が張り裂けそうです。苦しいです。でも、私一人では戦う事は出来ません。皆さんが傷つくのは耐えられません・・・・・・私はどうすればいいのでしょう」

 マリアさんが涙を流しながら自分の気持ちを皆に伝えた。十九歳の心優しい少女がそこに居た。

「その言葉だけで十分です。俺は今の陛下の言葉で救われました。「戦争に行け!」、「殺して来い」と言われたことは山ほどありますが、「戦争に行くな」と言われたのは初めてです」

 ジョーズが立ち上がり陛下に対して、頭を下げた。

「過去において、マリア陛下のような方が居られれば、あんな悲しい戦争は起きなかったでしょう。マリア陛下の元であれば戦う意義もあります」

 ヴァルチャーだ。死線をくぐった二人の言葉には重みがある。

「巻き込んだのは私です。私は生涯かけてこの事件に関わった人に謝罪し続けるつもりです。それが私に課せられた義務です」

 エミリーも責任を感じている。高貴な人は身に受けている責任も大きいって事か。

「年端も行かない子供が何言ってる。俺達に任せておけばいい。好きで兵隊やってるし、色んな戦場に行って帰って来た俺達だ。いまさら戦う事になにも感じないぜ」

 リンクスのパイロットだ。この人も、戦場に行ってたんだな・・・・・・皆、マリアさんとエミの心の負担を軽くしようと励ましている。みんな尊敬できる戦友だ。

 オレにだって思いはある。戦っている理由はある。

「オレは巻き込まれたとは思っていません。最初に引き金を引いたのはオレです。巻き込んだとするなら、オレが皆を巻き込みました。だから、この手で終わりにしたいのです」

 オレはずっと思っていた事を言った。怪我を推して、カトリーヌに止められたけどやり遂げたった理由はこれだった。他にはない。

「諸君、心使い感謝する。作戦通り、各員がその力を発揮してくれれば、皆無事に帰って来れる。安心しろ。そして、後の処理は我々老人に任せる事だ」

 フォンシュタイン大佐が胸を張って威張ったように胸を叩く。そうだな、後の問題はジジイに任せて、オレ達は景気良くガンをぶっ放せばいいんだ。そう考えると少しきが楽になった。

「ゴメンなさい。湿っぽくしちゃって・・・・・・・明日全員で晩餐会が出来るよう祈りましょう」

 その後は楽しい会話に花が咲いた。皆敢えて、明日の話は避けていた。でもそれでいいと思った。もう準備は完了しているし、可能性は低いけど明日までにノッティンガム公爵が白旗上げりゃ万事解決となるんだから。

 晩餐は早々にお開きとなり、皆、待機室へ戻った。十分睡眠をとって、出撃だ。

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