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第6話 戦術偵察

 待機室内・・・・・・

「全く、怪我ばっかりして・・・・・・」

 オレは左腕を負傷した。対空砲弾の破片が左腕に刺さっていたらしい。戦闘の緊張感で刺さっていた事に気づいていなかった。火傷もしていた。

 カトリーヌに上着を脱がされ、消毒してもらっている。カトリーヌの後ろではアリシアが包帯を持って消毒が終わるのを待っている。包帯を巻く気満々なのがわかる。

「ドンだけモテるんだ?お前は。死にぞこないのくせに」

 マーリンが頬杖を付き、細い目でこちらを見ている。羨ましがられているようだが、これはこれで結構恥ずかしい。遠山の金さん宜しく、もろ肌脱いで、治療を受けているから。カトリーヌとアリシアは何故か赤い顔をして、ニコニコしている。

「まあ、モテることはいいことじゃねえか。早く結婚して、子供作って、家建てて、酒に溺れて、離婚して、孤独のうちに死ぬのが男の人生だぜ」

 ジョーズが夢も希望も未来も無い人生を語っている。

「それは少佐の人生観じゃないですか?オレはもっと楽しく、幸せに生きて生きたいです」

「まあ、結婚したら男は夢を捨てることだな、嫁さんと子供の為に身を粉にして働くのが男ってもんだ。家族の幸せが、自分の幸せってな・・・・・・結婚は墓場だぜ・・・・・・・」

 ヴァルチャーも、夢も希望も無い人生を語っている。

「そ、そんな事ありませんわ。私たちは明るく幸せな家庭を築きます」

 堂々と言い放つのはエミリー皇女。待機室にお茶を運んでくれた。皇女自ら、お茶持ってきてくれるなんて、凄くフレンドリーな人だ。

「アールグレイをベースにフレーバーとしてミントを入れました。癒し効果があります。ロイ様どうぞ」

 エミリー皇女がオレのマグカップに紅茶を淹れてくれた。

「有難う」

 オレは紅茶を一気に飲み干した。ほんのりと暖かく、飲みやすい温度設定だ。

「美味しい?」

「うん、美味い」

「良かった・・・・・・・ロイの為に淹れたの」

 エミリー皇女はニコニコしている。つられてオレもニコニコしてしまう。

「エミリー皇女は紅茶を淹れるのが・・・・・・・イテテテテ!腕の傷口に消毒液の脱脂綿をグリグリって・・・・・・・・」

「あら、ゴメンなさい。手元が狂ったわ」

 カトリーヌが「むむう!」と唸りながら、俺の傷口を消毒してくれている。

「ロイ殿、優柔不断は良くないですよ・・・・・・」

 アリシアが意味深な事を言っている。よくわからんが・・・・・・。

 バン!

 待機室のドアが開いた。ドアを開けたのは我が陛下、マリア様だった。

「緊急事態よ!これを見て!」

 マリア様は待機室に置いてあるテレビをつけた。緊急ニュースが流れていた。

『グレイ公爵の突然の王位継承宣言により、王室は大混乱となっています。マリア陛下は家出されたとの情報があり、現在行方不明です。グレイ公爵によるとマリア陛下のわがままにより、国政の混乱を避ける為急遽王位に付いたと宣言されました!』

「私はここにいるわよ!」

 マリア様がテレビに向かって怒っている。悲しいかな、テレビって一方通行なんだよな。

「これはクーデターか?」

 ジョーズの言っている事がにわかには信じられなかった。

「電話してみれば」

 ヴァルチャーの一言。そうだよな、マリア陛下が電話で一報入れれば、家出なんて言われなくて済むはずだ。

「駄目なのよ、携帯電話も基地の電話も通じないの・・・・・・どこにも連絡出来ないのよ」

 ジョーズとヴァルチャーの顔が険しくなった。

「情報遮断とは・・・・・・どうやら本気のクーデターのようだな・・・・・・」

 ジョーズは基地の内線電話を取り、電話をかけ始めた。

「ここも危ねえかもな、いざとなりゃ、俺達でマリア陛下をお守りしないと」

 ヴァルチャーは懐から、ブローニング・ハイパワーを出して弾装の確認をしている。

 凛とした空気になった。みんなの顔に緊張感が走った。

「みんな聞いてくれ」

 電話を終えた、ジョーズが立ち上がり状況を話し始めた。

「フォンシュタイン大佐と話した。現時点を持って、リントン空軍基地は無期限の臨戦態勢となった。基 地への出入りは別命あるまで一切禁止だ。そして電話だが、どうも国内すべての電話が使用不能となっているようだ。」

『あっ!ノッティンガム公爵の演説が始まるようです。』

 皆テレビを見入る。

『私、ノッティンガムがこの国の新しい秩序を作ります。貴族の復権。階級社会の構築。人間は平等ではありません。我々選ばれた貴族が、平民の上に立つのです。既に私はこの国の通信、電力、水道のあらゆるライフラインを手中に収めました。何人たりともこのノッティンガムに逆らう事は出来ません。宰相、軍、警察の首脳は私に対する服従を要求します。まずは妻子を人質として差し出せ。抵抗を試みるなら、どうぞご自由に。三日の猶予を与えます。それでは良い週末を・・・・・・・・ああ、リントン空軍基地の第三〇二飛行隊は大人しくしているように。』

 ブッツ!

 ノッティンガム侯爵の演説が終わると、テレビは消えてしまった。

「名指しされたとは光栄だね。それだけ、オレ達が脅威なんだろう・・・・・・多分」

 ジョーズがしかめっ面で嘆息した。

「ノッティンガム侯爵ってヤツ、パラス家と手を組んだな。ライフラインを奪ったって、魔法の力で使えなくしただけじゃねえか?そうか、さっきの空中戦艦は囮だな。武器を流してたのも・・・・・・ヤツか」

 ヴァルチャーが毒付く。皆次第に事の重大さを感じ始めていた。

「それよりも、王宮を取り返さないと、あそこは私のお家なのにノッティンガム公爵は勝手に使って・・・・・・・頭にくるわ!侯爵の分際で女王陛下に盾つくなんて」

 一人エキサイトしているのは我が女王陛下。そりゃそうだろう。誰だって家を取られた怒るに決っている。

「オリビア、王宮へ戻ります。私は家出なんてしてないわ」

「待って下さい、陛下。ここで王宮へ戻ったら、ノッティンガムの思うツボです」

 女王陛下は奥歯をギリギリ鳴らしながら、地団駄を踏んでいる。もう女王の威厳とか、オーラとか全く無くなっていた。気の短いフツーの女の子だな。

「陛下、なりませんぞ。今は自重してください」

「ヴェルナールおじ様」

 待機室に現れたのは基地指令、ヴェルナールFフォンシュタイン大佐だった。陛下の口ぶりから、二人は知り合いのようだ。

「まずは、女王陛下がこの基地にいらっしゃる事を秘匿しますぞ。まあ、バレテるかも知れんが……陛下、制服に着替えて下さいな。その格好は目立ちます。ウィリアムズ大尉、頼む」

「イエッサー。さあ陛下、行きましょう」

 陛下・・・・・・・もう陛下っぽく見えないから、マリアさんと呼ぼう。マリアさんはウィリアムズ大尉に手を引かれ、待機室を出て行った。ハイネマン伍長はバレットM82A1を担いで、大尉の後に付いて行った。護衛なんだそうだ。

「諸君。聞いて欲しい」

 フォンシュタイン大佐が神妙な面持ちで姿勢を正した。オレ達も気を付けの姿勢となった。緊張した空気が待機室を包む。

「便宜上、我々は反乱軍となったようだ。だが、怯むことは無い。グレイ公爵の方が反乱軍だ。我々の最高司令官はマリア女王陛下である。陛下は我々と行動を共にしていらっしゃる。これは官軍の御旗は我らに在る証明である」

 話長げえよ。ジョーズは欠伸を堪えているし、ヴァルチャーは・・・・・・立ったまま寝ている。すっげなあ。

「結論は何ですか?我々は協力を惜しみません」

 うわあ、大佐殿の演説を遮った人がいる。すげえ度胸・・・・・・・・と、見たら、エミリー皇女だった。この人なら身分的にOKか。

 フォンシュタイン大佐は我に返り、「うおほん」と一つ咳払いをした。

「写真偵察を行う。王宮がどのような状態確認する。そして作戦を練る」

 まあ敵の状態を知るのは戦略の定石だ。

「了解、早速飛ぶか・・・・・・・・ケストレル行くぞ。」

 ヴァルチャーが行く気満々だ。オレに付き合えってか?さっき戦闘したばっかりだけど、そんな事言ってられる状況じゃない。

「オレのファントムはまだ修理中です。代替機ありますか?」

「あるよ!植民地海軍機が。操縦性は変わらんから大丈夫だ」

 米軍から買った中古ファントムだ。まだ何機か予備機がある。

「あのう・・・・・・・・私も連れて行ってくれませんか?パラス家の企みを知りたいのです。さっきグレイ公爵と映っていたにはパラス家の魔法使いです」

 エミリー皇女の突然のお願い。皆、びっくりしている。

「でもなあ、エミリー皇女、やめた方がいいですよ。戦闘機だから、身体に悪いですよ」

 ジョーズが渋い顔をエミリー皇女に近づける。王家の人に失礼極まりない。

「連れて行ってあげて下さい。ボイド少佐・・・・・・・私からもお願いします」

 制服に着替えたマリアさんが入って来た。制服に着替えたマリアさんは、軍服コスプレーヤーに見える。

「空軍の制服は可愛いのよね。着られて嬉しいわ」

 クルクル回ってスカートをひらひらさせている。

 ジョーズはにやにや、腕組みしている。目の保養ってか。

「危ねえしなあ、射出座席の訓練も受けていないし」

 エミリー皇女は目をうるうるさせて両手を胸元で組み、オレを見ている。そんな目で見ないでくれよ。何とかしてやりたくなるだろ。

「お願いします・・・・・・ロイ様・・・・・・」

 ジョーズを見る。ヤロウ目を逸らしやがった。フォンシュタイン大佐をを見る。大佐は「イタタ・・・・・・古傷が痛む・・・・・・・」と。絶対嘘だろう、それ。キティは何故かムスっとしている。オレの負けだよ・・・・・・。

「オレの後ろへ乗っていいよ・・・・・・乗り心地は保障できないよ・・・・・・」

「有難う!ロイ!」

 エミリー陛下はオレに飛びついて来た。回りの視線が痛い。

「俺は留守番か……お前ばっかり……畜生め!」

 マーリンが呆れ顔で待機室を出て行った。

「ロイ、気をつけてね・・・・・・私、待っているから」

 周りから「おおおお・・・・・・」って歓声が上がる。キティがオレの手を取って、指をふにゃふにゃ弄っている。オレは何か照れくさくなってきた。

 ふにゃふにゃふにゃ・・・・・・ぎゅー、ぼきぼき!

「いっててえええええ!カトリーヌ!何するの!オレの指が折れる!」

 カトリーヌは指四の字固めを掛けて来た。この娘はプロレス好きか?指四の字固めなんて・・・・・・・指先器用だね。

「行きましょう、エミリー陛下。パイロットスーツ着せてあげるわ!」

「え、ええ・・・・・大丈夫ですか?ロイ様の・・・・・・」

 台詞も途中でエミリー皇女はカトリーヌに連れて行かれた。

「さあ、戦場の空を飛ぶぞ」

 ヴァルチャーがヘルメットを担いで、待機室を出て行った。ヴァルチャーって女の子嫌いなのかな?

 オレもヘルメットを持って、待機室を出た。



 駐機場では出撃準備に大忙しだ、整備員が走り回っている。ヴァルチャーの黒いファントムは給油作業と平行して、胴体中央の兵器ステーションへ偵察ポットの装備作業が進められていた。オレが乗るファントムはサイドワインダーとバルカンポッドの装備している。ヴァルチャー機が写真偵察。オレが護衛の役割分担。理由は機体の違いから。オレの乗る植民地海軍型F‐4JファントムⅡは偵察ポッドの運用能力が無い。ヴァルチャーのF‐4MファントムFGR・2は偵察ポッドの運用能力がある。

 オレはファントムの前席に座り出撃の準備をする。借り物ファントムは絶好調だ、アジアマイナー・スキームの対地攻撃用迷彩塗装に身を包んでいる。所謂、ベトナム迷彩塗装。

「ロイ!エミリー皇女を連れて来たわ。乗せてあげて」

 カトリーヌがエミリー皇女の手を引き、オレの機体の傍に来た。カトリーヌが手を引いているのは駐機場にミサイルや爆弾や二〇ミリ弾や航空燃料が置いてあって危ないからだ。カトリーヌはその危険性をよく知っているからあり難い。エミリー皇女が怪我しないよう気遣いしている。

 オレはコクピットに据付られた梯子に身を乗り出し、エミリー皇女の手を引く。エミリー皇女はジェットインテークの上を歩き、後席に座る。

「意外と高いですね・・・・・・・うわっ狭っ」

「棺桶より狭いって言われています。ベルトを締めます」

 オレはエミリーにベルトを装着している。否応なしに彼女に近づき、触れる。油臭いコクピットに不似合いな淡いジャスミンのいい匂いが鼻腔をくすぐる。だが直ぐに、オレの脳みそは戦闘モードに切り替わる。

「エミリー皇女。オレの言うことを確実に頭に叩き込んで下さい!」

「えっ?ええ・・・・・・」

 ちょっと声が大きかったようだ。ごめんな。エミリー皇女がビックリしている。緊張しているようで、顔が強張っている。

「このファントムにはイジェクション・シート。つまり、脱出装置が付いています。その使い方を教えます」

 今度は声のトーンを少し抑えて話す。エミリー皇女は「ふんふん」と頷いている。

「オレがイジェクト!イジェクト!イジェクト!って三回叫んだら、この頭の上のリングを思いっきり引っ張って下さい」

「これ?このリング?」

 エミリー陛下がリングに手を伸ばそうとしているのを制止する。 

「エミリー皇女。今引っ張ると、ロケット・モーターに点火して座席が飛び出します」

 ファントムが装備しているマーチン・ベイカー製射出座席は《ゼロ・ゼロシステム》と呼ばれている。 高度ゼロ、速度ゼロでも射出し、安全にパラシュートで降下可能な高度まで押し上げる。

「わかりました。イジェクトって三回聞こえたら、リングを引くのね。その時ロイに返事した方が良いのかしら・・・・・・」

「その時オレはもう機内には居ないですよ。とっくに脱出しています」

「ええ?そ、そんな・・・・・・」

「嘘です」

「もう!脅かさないで下さい」

 緊張がほぐれたかな・・・・・・・。まあ、ベイル・アウトするような事態にはしたくないが。

 エミリー陛下にヘルメットを被せ、酸素マスクを装着してあげる。各種ハーネスを締め、準備完了。後は飛ぶだけだ。

 オレは前席に戻ろうとした。

「楽しそうね・・・・・・私の時はこんなに優しくしてくれなかったのに・・・・・・・」

 カトリーヌが梯子の上で怒っている。なんでそんなに怒ってんだ?

「カトリーヌは軍用機に慣れてるから、オレは安心して任せられるんだ。皇女はそうじゃないだろ。オレは一緒に飛ぶならカトリーヌの方がいいよ」

 カトリーヌの顔が一瞬にして、笑顔になった。相変わらず感情の起伏が激しい娘だな。

「そっか・・・・・・・そっか・・・・・・・なら、いいわ・・・・・・・気を付けてね。グッドラック」

「有難う、じゃあ行く」

 オレは前席に座った。ヘルメットを被り、酸素マスクを付けた。エミリー皇女と通話テスト。

「ああ、本日は晴天なり。バカが見る、ブタのケツ。聞こえますか、エミリー皇女」

「聞こえますわ。私の事はエミリーと呼んで下さい。皇女では呼びにくいでしょう」

「了解。じゃ皇女のTACネームはエミリーにしましょう」

「有難う御座います。でも相手の顔が見えないのは不安ですね」

 エミリーは小柄なせいで、後席の計器パネルに身体が埋もれて、顔がおが見えない。機内マイクの声が頼りだ。

「じきに慣れますよ。キャノピーを締める時、腕を挟まないように」

 ヴァルチャー機に続き誘導路を走る。滑走路手前で一旦停止。

『こちらヴァルチャー。コールサインはエミに敬意を表して《フューリアス》で行く。こちらフューリアスワン。リクエスト・フォー・テイクオフ』

 ヴァルチャーがコントロール・タワーに離陸の許可を取っている。

「こちらフューリアスツー。リクエスト・フォー・テイクオフ」

 オレも離陸の許可を求める。

『フューリアス・リーダー。クリャードフォー・ノーマル・テイクオフ』

 コントロール・タワーから離陸の許可が出た。滑走路へ出た。ヴァルチャー機のリヒートが点火され、オレンジ色の炎が排気ノズルから盛大に噴出す。

 オレもスロットル・レバーを前に倒し、アフターバーナーを点火する。

 キイイイイイイイイイイイ!

 ターボジェットエンジンの轟音が響き渡る。壊れたパイプオルガンのような音だ。ヴァルチャー機とは全然違うエンジン音。

 ヴァルチャーの合図を見て、ブレーキをリリース。三〇トンの機体が弾かれたように加速する。

 滑走路も半ばで、ランディングギアが地面から離れた。

「くうううっ・・・・・・」

 エミリーの辛そうな声がインカムから聞こえた。オレ達にとっては普通の離陸だけど、訓練を受けていないエミには厳しいか・・・・・・ゴメン、戦闘機ってこんなもんだよ。身体に悪いんだ。

『HQよりフューリアス・リーダー。ヘディング〇三〇。マックワンポイントツー。アルチ三万〇〇〇〇フィート』

『フューリアス・リーダー、了解』

 指令部よりターゲットの指示が出た。と言っても王宮なんて目立つ目標だ。迷いはしない。エミリーが乗っているから、高度も抑えて飛ぶ。ヤツらには魔道レーダーある。どこかで見つかると思うが・・・・・・。

「エミリー。約十五分で、目標に到着します・・・・・・」

「了解しました・・・・・・この会話は外にも聞こえているのですか?」

「いや。機内マイクだからオレ達に限定されています」

「やっと二人きりになれましたねロイ。私もロイと一緒に空を飛びたかった」

 微妙な空気が機内に漂う。

「何か、話してください・・・・・・何か話していないと・・・・・・飛行機って結構怖いですね」

 エミリーは戦闘機初体験だったな。飛行機怖い人って結構居るから・・・・・・可哀想だから、何か緊張がほぐれる話を・・・・・・・。

「何話そっか?そうだ、楽しい話を。これはフォンシュタイン大佐に聞いた話だ。大佐が現役の頃、アブロ・バルカンって爆撃機で夜、空を飛んでいたら鉛筆が火を噴いて飛んで行くのを見た。それは何か全然わからなかった。とにかく鉛筆が火を噴いて飛んで行くのを何本も見たそうだ。連日の出撃の疲労で、幻覚を見ているのか、夢を見ているのかもわからなかった」

「鉛筆が火を噴いて飛んで行くって、魔法ですか?私が扱える魔法で《炎の矢》があります。炎を纏った矢を飛ばす攻撃魔法です」

「そんな感じだと思う。とにかく、何本もの炎の矢を見たそうだ。そして今度は炎のリングを見た。」

「炎のリングですか?そのような魔法は思い当たりませんね。人間界にも新型魔法を研究している人が居るのかしら・・・・・・・」

「いいや。人間界に魔法を使える人はいないよ。多分ね・・・・・・・・多分」

「じゃあ、その炎のリングって何ですか?」

 エミリーは興味津々。この話はここからが面白い。

「フォンシュタイン大佐はその炎のリングを見ていた。リングはどんどん大きくなって、自分の方へ近づいて来る。どんどん大きくなって近づいて来る。」

「それで・・・・・・・・どうなったの?」

「そのリングは大佐の目前、三メートルくらいまで近づいて・・・・・・爆発した」

『爆発ですか?』

「そう。爆発した。その瞬間、機体はコントロール不能、コクピット内は煙が充満し、破片と血飛沫が舞っていたそうだ。喧しくアラーム警報が鳴っていた」

「そ、それって・・・・・・」

「うん。大佐は撃墜された事に気付くのに随分かかった。高度はどんどん落ち、地面が目の前に迫ってくるのが見えた。大佐は我に返り、機を捨て、脱出した。そして気が付いた時は病院のベッドの上だったそうだ」

「そ、その炎のリングって魔法は凄く強力な魔法なの?その魔法って何かしら・・・・・」

「その魔法、炎のリングの正体は・・・・・・SAM《Surface-to-Air Missile》地対空ミサイルだ。炎の矢は別な機体へ向って飛んで行くSAM。炎のリングは自分に向って来るSAM。リングの正体は噴き出す炎をミサイル本体が影になるから、リング状に見える」

「じゃ、じゃあ、炎の矢は安全で、炎のリングは危険なの?」

「そうだよ。だから、炎のリングを見たらこう叫ぶんだ。『ミサイル・アラート!』って」

「ミサイル・アラートですか・・・・・・・・ところで、この話のオチは?」

「オチは・・・・・・無い」

「十五分損しました。ロイはユーモアが無いですね。女の子と楽しい会話の方法を勉強した方がいいと思いますよ。それと女の子の気持ちに気づいて欲しいですわ」

 エミリーはうふふと笑う。バカにされた気分だ。とっておきのネタだったのに。

『こちらフューリアス・リーダー。ダイブする。アルチ三〇〇フィート』

「エミリー!ここからが戦場だ。覚悟しろよ」

 ヴァルチャーがキャノピー越しに手を振って合図している。

『フューリアス、レフト・ターン・・・・・・ナウ!』

 ヴァルチャーの合図で左旋廻降下する。天と地が入れ替わる。左の翼を中心にして、地面がぐるぐる回っている。高度がどんどん下がる。エミリーは・・・・・・声も出なくなったか?

 目標高度に達すると降下を停止し、水平飛行へ移る。

『ケストレル。手はず通り頼むぞ・・・・・・目標まで、五マイル』

「了解」

 高度三〇〇フィート。メートル換算で高度一〇〇メートルくらい。首都の古びた町並みが眼下に広がる。人の気配が凄く希薄に感じる。魔法でライフラインが死んでるから、人の動きがないのか?この感覚にひどく寂しさを感じる。

『ブレイク・ナウ!』

 オレは操縦幹を引き、アフターバーナー点火。高度三〇〇〇フィートまで一機に駆け上がる。オレは上空制圧担当。ヴァルチャーが偵察ポットで写真撮影。

 


「さあ、カメラ担いで対空砲火に突っ込むぞ。アクション映画も真っ青な迫力映像を撮ってやるぜ」

 俺は愛機のブラックファントムを王宮に向け飛ばす。対空砲の歓迎はまだ無い。

「ニーン!カメラ作動。撮影開始だ」

「了解」

 俺のファントムに装備した偵察ポッドには赤外線カメラ、高感度カメラが装備されている。前方、左右、後方の撮影が可能だ。そして、こいつらはフィルムとVTRで記録する。そう、旧式も旧式。最近のデジカメじゃない。当然魔法使いのせいで、最新電子機器は使えないからこの旧式アナログの撮影がベストマッチだ。

「ニーン!王宮が見えた。速度を落とすから、しっかり撮影しろ」

「こきやがれ!この俺がしくじるかよ」

 ニーンの応答。まあ、ヤツはしっかりと目的を果たすだろう。

 ドンドンドンドンドンドンドン!

「対空砲火だ、やっぱり来やがった!」

 砲弾は機体の後方で爆ぜる。レーダーでオレ達を探知していないせいか、対空砲がファントムのスピードに追いついていない。これはラッキーだ。

 バンバンバンバン!

 対空砲火に混じって火炎放射が飛んでくる。魔法使いの連中だな。ディアナさんが言っていたやつか。そんなのでやられる程ファントムは遅くねえ。火に炙られたって、時速八〇〇百キロじゃ炎が当たるのは一瞬じゃ!

「ヴァルチャー!王宮が見えた。王宮の前に敵艦一!後方に一!」

「ようし!フレア弾発射!王宮の上を通過して遁走するぞ!」

 オレはリヒートを点火!音速を突破する。

「ヴァルチャー何をする気だ?」

「ソニックブームでビビらせてやるゼ!」

 さあ、戦闘機の武器はミサイルだけじゃねえ!音速衝撃波を喰らいやがれ。

 俺は真っ直ぐ王宮を目指した。音速を超えた戦闘機が王宮上空を通過した。

 ドゴオーン!

 大音響が王宮を包んだ。王宮の古いレンガは崩れ、壁にはヒビが入る。窓ガラスはずべて破砕し、王宮の中はガラスまみれとなった。

「見ろ!セイレーンの像がぶっ倒れたぜ!世界遺産申請中の王宮を破壊したら重罪だぞ。ヴァルチャー」

 ニーンが文句を言っている。オレは決定的な一言を返す。

「あそこは王宮じゃねえ。今は敵司令部だ」

 オレは機体を上昇させ王宮から離脱する。ケストレルは何処だ?オレはアイ・ボールセンサーでケストレルを探す・・・・・・。

「いた!」

 ケストレルはいた。スリーオクロック・ハイ!敵戦闘機と交戦中だった。

「ケストレル!任務完了だ!遁走するぞ!」



 オレはエミリーを後席に乗せたまま、ドッグ・ファイトに入っていた。上空制圧役として、わざと敵に見つかるように飛んでいた。その結果、敵機が二機迎撃に上がってきた。ヴァルチャーが写真偵察を終えたら、アフターバーナー焚いて、とっとと逃げる予定だったのに・・・・・・・・・。パラス家にはまだベニヤ戦闘機があるのか?

「きゃあああああああ」

 エミリーがハイG旋廻をする度、悲鳴を上げている。悲鳴を上げている内は良いが・・・・・・。

「エミリー!悲鳴はいいけど、舌噛むなよ!」

 オレはリヤビュー・ミラーに目を配る。敵機の黒い点が映った。ケツを取られている。このままでは撃たれる。アリシアさんとのDACTで、敵の装備は七・七ミリ機銃か一二・七ミリの小さい弾だとわかっている。被弾しても重篤な損傷にはならないが、当たり所が悪ければ、たたじゃすまない。オレは回避運動から一気に敵の後ろに回り込もうとした。

「待って!一機、ヴァルチャーさんの方へ行きます!ヴァルチャーさんは気付いていません」

 エミリーが、叫ぶ。ヴァルチャーが危ないと叫んでいる。

「エミリー!どっちだ?」

「一時の方向。下よ!」

 言い換えると「ワン・オクロック・ロウ」ってヤツか。オレは一時方向下を見る。ヴァルチャーを追いかける敵機が一機。

「十秒で命中だ!やってやる!」

 左に操縦幹を倒し機体をロールさせ、そのまま降下。植民地海軍のファントムは加速力がオレ達の王室空軍ファントムより若干落ちる。

 降下の助けにより増速した結果。敵の背後に着いた。ミサイルの射程には近すぎる。兵装コントロールパネルをガン・モードに選択。光学照準器にレティクルが映し出された。

 敵機をレティクルに捕らえるのに十秒は掛からなかった。オレは引き金を引いた。

 ブモモオオオオオ!

 バルカン砲が唸りを上げ、二〇ミリ弾を吐く。敵機に向って真っ直ぐ飛んで行くが・・・・・・。

「ヒットしねえ!」

 一秒掃射で約一〇〇発。一発もヒットしなかった。バルカンポッドの射撃は難しい。敵機はオレの射撃に気が付き、反転回避。ヴァルチャーを追うのを止めた。当初の目的は果たしたが、何か悔しい。射撃はヴァルチャーに叶わんのか?

「ロイ!じゃなかった。ケストレル!ミサイル・アラート!七時方向!炎のリング!」

 エミリーが炎のリングを見たと警告している。オレはフレア弾を放ち回避運動を取る。

 スティンガーは、ミサイルの発見が早ければ、フレア弾と急旋回で回避できる。ファントムって運動性能が高い。そりゃあ戦闘機だもの。

 ドン!

「きゃっ!」

 回避運動でかわしたミサイルはオレ達の頭上、遥か上で爆発した。機体に損傷は無い。また、敵機がオレ達の後ろを取った。ミサイルを回避して速度が落ちた所を狙って来た。

アフターバーナー点火。速度を上げ、上昇。敵を振り切るように見せかけ左横転降下。敵はオレの機動に気付かず、やすやすと後ろを取らせてくれた。

「サイドワインダー・・・・・・・フォックス・ツー!」

 サイドワインダー発射。敵機に向って一閃。左翼を吹き飛ばした。

『ケストレル!任務完了だ!遁走するぞ!』

 ヴァルチャーからの命令。オレはアフターバーナーを点火して逃げる。こんな所、とっととおさらばだ。

「ケストレル!ミ、ミサイル・アラート!六時方向だわ!」

「了解」

 オレは冷静にフレア弾をばら撒き、回避運動。スティンガーはあさっての方向へ飛んで行き。爆発。フレア弾に命中したようだ。こっちは高度を上げ、音速で逃げる。もうスティンガーの射程外だ。脅威は消えた。

『こちら、フューリアス・リーダー。RTB』

「ケストレル。了解」

 一路、リントン空軍基地へ向った。オレはエミリーの無事を確認したかった。

「おい!エミリー聞こえるか?大丈夫か?」

「ええ、大丈夫よ・・・・・・王宮に停泊していたのはパラス家旗艦のシェフィールドとコベントリーです。強力な火砲を搭載しています。六〇ポンド砲を五門搭載しています」

「あの空中戦の最中で良く見ていたね・・・・・・基地で詳しい話を聞くよ」

「ロイは・・・・・・・地上にいる時と戦闘機に乗っているとき別人のようですね・・・・・・私のロイは戻ってきてくれましたか?」

「ああ。大丈夫だよ。ゴメン・・・・・・どっちもオレだよ。って・・・・・・すいません。皇女。オレって暴言を吐いていました。お許し下さい」

「別に良いです。フツーに接してくれて有難う・・・・・・この会話は私とロイだけが出来るんですよね」

「そうです。機内インカムなんで、無線には通じていません」

「ホントに、本当ですね」

「ホントに、本当の本当です」

「じゃあ・・・・・私は懺悔します・・・・・・」 

 懺悔って・・・・・どうしたんだ、エミリーは・・・・・・何を話そうとしている?まさかとは思うが・・・・・怪我でもしたのか?

「ロイ・・・・・・・ゴメンなさい。そして笑わないで下さい・・・・・・・・少し・・・・・リバースしてしまいました・・・・・・皆には内緒にして下さい」

「了解、良かった。怪我じゃなくて・・・・・・・・オレも忘れるよ・・・・・」

 暫く沈黙が支配する。オレは王宮に陣取る敵艦とどうやって渡り合おうか考えていた。

「ロイ・・・・・・・お願いです。今は私の事を考えてください」

「えっ?何ですか?」

 オレはエミリーが言っている言葉が理解できなかった。

「私は、皇女です。生まれの運命により、皇女である事が決められていました。羨ましいと人は言います。ですが、耐え忍ぶ事も多いのです。私は好きな人とは結婚できないと思っていました。政治の道具なの。ロイ・・・・・・・あなたはその避けられない私の運命から、私を救ってくれる人と思えました。だって……不可能な事を可能にしているから……。迷惑でしょうが、これ以上私は自分の気持ちに嘘は付けません。私はあなたの気持ちが知りたいのです・・・・・・・・」

 エミリーはオレに想いをぶつけてきた。エミリーの本音であることは間違いない。これは真面目に答える義務があるが、いい答えが思いつかない・・・・・・・・。

「すまない、何か気の利いた返事が出来ればいいんだけど・・・・・・・どうやら今のオレには戦闘機で飛ぶ事しか出来ないようだ。もっと人間としての価値を磨いたら、返事させてもらうよ・・・・・・・。曖昧な返事でゴメン」

「わかりました。私は待っています。ですが、ただ待っているとは思わないで下さい。待ちきれなくなったら、行動を起こします」

 エミリーが「うふふふ」と笑う。何とかエミリーの問いかけに答える事が出来たのかな?

『フューリアス、クリアード・トゥ・ランディング。ウィンドウ、スリー・ナイナー・ゼロ、ワン・シックス』

 オレ達の会話を遮るように管制塔から着陸の指示が出た。

『了解、クリアード・トゥ・ランディング』

 二機のファントムは無事帰投した。

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