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第4話 DACT

 本日も天気晴朗。絶好のDACT日和。

 結局、ディアナ機と模擬空戦をやる事になった。昨日、パラス家の魔法使いに襲撃されたのに。テロには屈しないと言う事らしい。さすが軍隊。

 オレのファントムは重整備の為、格納庫でバラされている。そこで今日のオレの乗機はBaeホークT・A1。単発ジェット練習機。ハンガーから出され、駐機場に佇んでいた。

 練習機と言って侮るなかれ。こいつの機動性は戦闘機並みだ。アクロバット飛行チームに採用されるくらいの抜群の運動性能を持っている。オレもこれに乗って訓練をしていた。

 ちなみにT・A1型は練習機にサイドワインダーの運用能力を付加した改良型。今日のオレの乗機には翼端にそのサイドワインダーを模した訓練弾を装備している。発射は出来ないがロック・オンが出来るので、撃墜判定に使用する。

 そして本日の最強の敵機はこのお方かも知れない。オレは朝から憂鬱だ。

「何で私があんたの後席なのよ・・・・・・」

 そこにいらっしゃったのはカトリーヌ・フランソワーズ少尉だった。パイロットスーツを着込み、ヘルメットを小脇に抱えて俺の前にいらっしゃる。トレードマークのツインテールは解かれ、お尻の所で赤いリボンで結んでいる。「オレが呼んだわけじゃねえぞ」って言ってやりたかったけど、この人に引け目があるから、何もいえない。情けなねなあオレ。

 どうやらスチュアート中佐の差し金で、電子戦要員と戦闘機パイロットが上手くコニュニケーション出来るよう、練成訓練が設定された。そう、電子戦要員を乗っけて空中戦だ。

 しかも相手は正体不明の魔道ベニヤ戦闘機。厄介の種がバラバラ降ってきた。

 フランソワーズ少尉って電子戦要員だったんだ。何処の部隊だろう。リントン空軍基地には電子戦用機は配備されていない。

「すいませんね。二時間程、我慢してください。任務ですから」

 彼女は無言でコクピットに取り付けてあった梯子を上り、後席へ座る。オレは「♪気にしない~」と歌を口ずさみ、機体の点検を済ました。オレも梯子を上り、前席へ座る。リヤビュー・ミラーでカトリーヌ少尉がちゃんとベルトをしているかチェック。

「!」

 目が合った。彼女はすぐさま視線を逸らした。MAX嫌われているなオレは。気が滅入るから、仕事に没頭。チェックリスト。マスタースイッチオン。エンジン始動。地上整備班と連絡を取り合い離陸準備。 車輪止めを外して誘導路向った。

「キャノピーを閉じます。腕を挟まないようにして下さい」

 オレは後席のフランソワーズ少尉さんに注意を促した。キャノピーってかなり強力なパワーで閉まるから、腕を挟んだら、複雑骨折間違いなし。

「了解」

 簡潔な返事だった。それはそれで仕事はし易い。

「HQ、こちらカン・オープナーワン。これから離陸し、演習ポイントへ向います。オーバー」

『こちらHQ了解した』

 この声はジョーズだ。指揮所でこの演習の監督をしているな。

『ケストレル!俺達はお前に今月の給料賭けてるんだ。負けんなよ!』

 勝手にやってろ。博打好きに付ける薬はねえ。


「?」

 今の無線・・・・・・ケストレルって言ったわ。間違いない。ケストレルって言った。って事は・・・・・・この前に座っている人がケストレルさん?

 私は俄かには信じられなかった。だって、覗き魔が命の恩人だなんて・・・・・・。いや、私が更衣室を間違えたんだけど、何か言い出し難くて、あんな態度をとってしまった。

 うーん・・・・・・どうしよう・・・・・・結構後悔している私・・・・・・凄く胸が苦しいわ。


 離陸準備完了。オレは管制塔に離陸の許可を求める。

「こちらカン・オープナーワン!レディ、トゥ、ゴー」

『カン・オープナーワン。クリャードフォー・ノーマル・テイクオフ』

 管制塔から離陸OKが出た。

「了解。カン・オープナーワン。クリャードフォー・ノーマル・テイクオフ!」

 スロットル・レバー全開!滑走路から車輪が離れた。ギアップ。操縦幹を引き、上昇。軽量、堅牢な機体は軽快に上昇する。この瞬間が気持ちいい。やっぱ操縦している時は楽しいな。

 オレは高度二万フィートまで上昇し、水平飛行に移る。演習ポイントまでは約二十分で到着する。そう言えば後ろのカトリーヌ少尉は静かだな。まさか目を回してるんじゃないかな?そんなに激しい機動はしていないはずだ。あんまり話し掛けたくは無いが、機長としての責任感で心配になった。機内マイクで話かける。

「大丈夫ですか?気分が悪くなったら、遠慮しないで言って下さい。戦闘機は初めてなんでしょ?」

 暫しの沈黙。オレが心配して話し掛けたのにシカトかよ。もういいよ。そうやって、むくれていろよ。さっさと演習終わらせて、帰ろう。

「最悪の気分よ・・・・・・なんで気付かなかったのかしら。なんか自分に腹が立つわ・・・・・・」

 訳のわからん言葉が聞こえた。彼女は何を言ってるんだ?

「ねえ!ロジャース少尉。あなたのTACネームはもしかして、ケストレル?」

「そうです。オレのTACネームはケストレルです。それがなにか?」

 またまた沈黙。オレの言葉は少々怒気を孕んでいた。

「あのう・・・・・・おとといも昨日も助けてくれて有難う。そしてごめんなさい。あなたがケストレルだった なんて知らなかったから・・・・・・本当にごめんさい!」

 えっ?何?昨日は覚えてるけど、おととい?

「おとといって?」

「そう・・・・・・じゃあ、私はE2C、パーソナルネームミネルバのキティといえばわかるかしら」

「おお。あの時のAEWのオペレータさんか?」

 あの人だったのか・・・・・・そうか、カトリーヌを英語読みでキティか。

「あなたに助けられていなかったら、今頃・・・・・・私も、皆も、死んでいたわ」

 暫しの沈黙。ミラー越しに彼女の顔を見ると、青ざめていた。怖かったんだろう。

「ねえ!いい眺めね。戦闘機って見晴らし最高ね。エルベ山が綺麗」

 彼女は三時方向に見えるエルベ山を指差している。ちょうど山頂とオレたちの高度が同じくらいだ。山頂にはまだ雪が残っていた。キラキラ銀色に輝いて見える。

「私の乗っているE2Cはパイロット席しか窓が無いのよ。飛行中は景色なんて見れないもの」

「まあ、戦闘機は視界が良くないと、敵機の位置が確認出来ないからね」

 フランソワーズ少尉は「わあ!綺麗!」とか言って景色を楽しんでいる。喜んでくれてオレも嬉しいよ。

「ねえ!こうして二人っきりで飛んでると、デートしてるみたいだね」

 ぶほっって吹きそうになった。変な事言うなと思って。ミラーでフランソワーズ少尉を見ると下を向いてモジモジしている。そんな事言われると、オレも意識しちゃうだろ。恥ずかしいなぁ。

「ねえ!エミリー皇女と結婚するの?」

 また、ぶほっって吹きそうになった。この娘、変な事聞くな。

「誰から聞いたか知らないけど、結婚はしないよ」

 オレは簡潔に答えた。

「どうして?美人だし、お金持ちだし、将来安泰じゃない」

「うん。でも昨日見たろ、やっぱオレの身分とか気にしているようだし、期待されてもオレは皇女の役には立てないよ。第一、住む世界が違うだろ。オレ、魔法とか出来ないし」

「そうよね、結果この模擬戦闘なんてやる事になったのよね。わざと負ければ?」

「それとこれとは別。空中戦では負けたくないね」

 昨日ディアナさんに「魔法が使えない」とか「剣が使えない」とかさんざんバカにされたから、空中戦は勝つよ。

「ケストレル・・・・・・ロジャース少尉・・・・・・」

「空に上がっている時はケストレルでいいよ」

 オレは彼女にTACネームで呼ぶようお願いした。

「じゃあ、ケストレル・・・・・・彼女さんとかいるの?」

 三度、ぶほっって吹きそうになった。やっぱりこの娘、変な事聞くよな。

「いないよ」って答えてやった。機内マイク越しに彼女がなんかもごもご言っているようだ。どうして、 こんな話を女の子としてるんだ?オレは。

『カン・オープナーワン。こちらHQ。交戦エリアに入る』

「了解。エンゲージ」

 いよいよ戦闘開始だ。

「フランソワーズ少尉。戦闘開始だ」

「了解。私もキティでいいわ」

「じゃあキティ。対空監視。アイ・ボールセンサーマークワン」

「了解。上空を見て、敵機を探せばいいのね」

「そうだ。特に六時方向や、太陽の中を見るんだ。今日は雲ひとつ無い快晴だ、隠れる場所はそこしかない」

「了解」

 キティはヘルメットのバイザーを下ろし対空監視を始めた。オレも対空監視を始める。敵が気付くより先にこちらが見つければ俄然有利になる。

 ホークにはレーダーって気の利いたものは装備していない。自分の目が頼りだ。もっとも魔法の力でレーダーが利かないが。

「タリホー!スリーオクロック・ハイ!ボーギーワン。太陽に隠れているわ!」

 キティが敵機発見のコール。オレはバイザーをおろし、敵機を目視確認する。キティの言う通り、三時方向上空、太陽に飛行機の陰がある。以外にやるじゃんキティ。

「敵機の方が有利な位置にいる。回避してこっちが有利なポジションに移るぞ」

「了解」

 太陽の中から敵が降下してこっちに突っ込んでくる。オレは右に急旋回して敵機の攻撃をかわす。キティが乗っているから、出来るだけGを掛けないようにする。

 ガンガン!

「きゃっ!」

 機体に変な振動が出た。キティの悲鳴も聞こえて来た。この振動は間違いない!

『HQ!ターゲットが発砲してきた!実弾を使っている!何発か喰らったぞ!』

 オレはジョーズに現状を報告した。

『こちらHQ!模擬戦闘中止!即時帰投せよ!繰り返す。模擬戦闘中止!即時帰投せよ!』

 ジョーズからの戦闘中止命令だ。

「カン・オープナーワン了解」

 オレはジョーズに対して応答を返す。そして機内マイクでキティの状況を確認するそれが一番気になっていた。

「キティ!無事か?怪我は?」

「大丈夫です。怪我はありません。左翼外側に二発ほどヒットしたようですが致命弾ではありません。それと……ディアナさんから復唱が来ません」

「あいつ、まだヤル気なのか?」


 全翼機のコクピットにはディアナが居た。床から突き出た操縦幹を握り、スロットル・レバーを握っている。

 全翼機は空気抵抗が少ない。構造が単純で軽量。その軽量から来る運動性能の高さが利点であるが、機体の安定性が非常に悪い。飛ばすには絶妙な操舵が必要となる。現代においても実用化されたのはつい最近である。コンピュータ支援によるフライ・バイ・ワイヤを使って初めて飛べる。魔法界の全翼機は操縦者の魔力を吸い込んで飛んでいた。

「ロイ・ロジャー、お前のような軟弱者で優柔不断な男は戦場では生きて行けない。私が今、楽にしてやる。そしてブランバンド家を護る」

 ディアナはコクピットで、つぶやいていた。


 オレは頭に血が上るのをはっきりと感じた。なんて事しやがる訓練で実弾ぶっ放すなんて、オレを殺す気か?エミリー皇女とオレの事がそんなに気に入らねえのかよ!言いがかりもいい所だぜ!

オ レはリヤビュー・ミラーで後方を確認した。ヤツがオレの後ろに入るのが見えた。まだやる気だ。

「HQ!敵機は食い下がってくる。止める気はないようだ」

 オレはジョーズに無線で知らせるのと同時に、敵機が射撃ポジションに入らないよう回避運動を取る。目の前の景色がグルグル入れ替わる。身体に掛かるGもキツくなってきた。 

 キティは無事か?後席を見る。なんと、彼女は果敢にもベルトを外して、身体を起こし、後方の敵機を監視していた。

「左に回り込もうとしているわ!ブレイク・ライト!」

 オレはキティの言うとおり、右旋廻!ディアナ機のガン・アタックを回避する。

「大丈夫かキティ!コンソールに身体ぶつけるなよ!」

「了解!左に逃げて!」

 左急旋回。敵機も食い下がってくる。ホークはファントムと違って、リヒートが無い。エンジンの出力を利用した急加速、急上昇が出来ない。オレは敵機の攻撃をかわす急旋回の合間、高度を確保していた。隙を見て降下の位置エネルギーを利用し、一気に加速して逃げるつもりだ。こっちが有利な点は、旋廻性能がディアナ機よりホークのほうが優れている事だ。

「ダメよ!追いつかれるわ!撃たれる!」

 キティが叫ぶ。ダメだこのままじゃ追い詰められる。俺は操縦幹を左に倒し、機体をロールさせた。三連続ロール。飛行機ってロールしたり、旋廻したり運動させると補助翼とかが空気抵抗になって速度が落ちる。三連続ロールのお陰で敵機がオレを追い越し、俺の前に出た。

 どうする?反撃するか?サイドワインダーは訓練弾だが、このホークにはADEN三〇ミリ機関砲が装備されている。幸か不幸か実弾が一二〇発程、実弾が装填されている。こいつをぶっ放せば、ベニヤ戦闘機なんて粉々になる。

「!」

 敵機が上昇して逃げた。オレが判断を躊躇していたら、射撃のタイミングを失ってしまった。オレも上昇して敵機を追う。後ろに付いている限り、攻撃されない。

「HQ!このままじゃなぶり殺しだ。反撃の許可をくれ!」

 オレはともかく、キティも巻き添えにしちまう。

『ネガティブ。何とか逃げろ!』

 冗談じゃないぜ。そんな事出来るならとっくにやってるよ。これ以上キティを危険に晒す訳にはいかん。ジョーズの命令を無視するか?

『ロイ様!聞こえますか?エミリーです。反撃してください。私の家臣ディアナの行為は重大な命令違反です・・・・・・ブランバンド王国皇女エミリー・ブランバンドの名においてディアナを死刑とします』

 なんかトンでもない事になった。エミリー皇女はオレに死刑執行人になれと言っている・・・・・・いいのか?

『こちらHQ。カン・オープナーワンへ反撃を許可する。聞いた通りだ。ただし、ヴァルチャー達がそっちに急行している。あと五分程で到着する。それまで持ちこたえろ。どうしても無理だったら反撃しろ。フランソワーズ少尉と自分の命が最優先だ。オーバー』

 反撃の許可は出た。待ちに待った反撃の許可。だが、いざその許可を貰っても心に引っ掛かる事がある・・・・・・正直、撃ちたくはない。昨日当人と会っちまっているから。殺した寝覚めが悪いに決まっている。何とか解決策はないか?

 とか何とか言ってる内に敵機は上昇しながら、太陽に飛び込みやがった。眩しさで眼がくらむ。

「ロストした!反転して逃げるぞ」

 オレは機体をひねり込んで降下した。垂直降下で速度を稼ぐ。それで逃げようとした。

「シックス・オクロック!敵機がこちらを追ってくるわ!ブレイク・レフト!かわして!」

 キティが後方の敵が攻撃態勢である事を告げた。オレはキティの言うとおり左急旋回。強烈なGが身体を襲う。

「ううんん・・・・・・」

 キティがGで苦しむ声がヘルメットのレシーバから聞こえた。すまんキティ。

 ガンガン!

 更に何発か喰らった。

 パン!パン!パン!パン!パン!

 コクピット内、オレの周りを、何かの破片が兆弾した。何処に被弾しやがった?

「キティ無事か!」

「ええ・・・・・・私は大丈夫よ・・・・・・」

 状況は最悪だ。このままじゃ殺される。それにキティが・・・・・・持たない。もう問答している場合じゃねえ。反撃するぞ!

 リヤビュー・ミラーを見る。敵機が俺達のケツに喰らいついている。ようし!付いて来い!もっと近寄れ!

「キティ!両腕で首をガッチリ抑えろ!そして歯を食いしばって舌を噛まないようにしろ!必殺技を使う!」

「りょ、了解」

 オレはリヤビュー・ミラーでキティが両腕で頭を抑えている姿を確認した。

やってやるよ。ベニヤ戦闘機、覚悟しろ!


 全翼機のディアナは目の前のホークへ止めを刺そうとしていた。

「ロイ・ロジャース。貴様は陛下には相応しくない。私が貴様の無能を証明してやる」

 ディアナの目前にホークが映る。彼女の照準器はロイ達を捕らえた。左手の機銃発射ボタンに指をかけようとした時だった。

「?、何?消えた?」

 照準器に捉えていたホークが忽然と消えた。まさに神隠しの様に消えた。

「何処だ!何処へ行った?さては魔法か?バカなこのような巨大なものをテレポートさせる魔法などない!」

 ディアナはコクピットの中で酷く狼狽していた。


「残念だが、オレは魔法を使えないんだよ!」

 オレは敵機の後ろにいた。絶好の射撃ポジション。HUDの真ん中にベニヤ戦闘機を捕らえていた。十分に接近して・・・・・・。

「ファイヤー!」

 ダン!ダン!ダン!

 機体に軽い振動。オレは短く引き金を引き、三発だけ撃った。撃った弾は敵機の右翼端に命中。翼端一メートルを削り取った。それで十分だった。全翼機は繊細なバランスで飛行しているから。片翼が削られただけでも安定を失うはずだ。案の定ベニヤ戦闘機は高度下げふらふらと飛んでいる。飛ぶだけで精一杯の様子。コンバットマニューバーなんてもう出来ないだろう。何とか飛んで、基地には帰れると思う。

「キティ。もういいよ。終わった。無事か?」

「えっ、ええ。私は大丈夫。さっきのは何だったの、いろんなGが掛かって、正直気持ち悪くて吐きそうよ・・・・・・」

 ミラー越しにキティがバイザーを開け、酸素マスクを外しているのが見えた。その顔は青い。

「木の葉落としって技さ。ホークのような小型軽量な機体だから出来た技だよ」

「コノハオトシ?なにそれ」

「第二次世界大戦で、ニッポンのゼロファイターのエースパイロットが使っていた技さ」

「へえ。そうなの・・・・・・私は早く基地に帰りたいわ」

『ケストレル。生きてるか?こちらヴァルチャー。後は任せろ』

 九時方向にファントムが二機。先頭は黒い機体。ヴァルチャーだ。ヤツの言う通り、あとは任せて帰ろう

「了解。こちらカン・オープナーワンRTB」

 オレ達は先に基地へ戻った。



「痛いです。って言うか、消毒液が傷口じゃなくて目に入って痛いんですよ。もっと丁寧にお願いします」

「ごめんなさい。だって傷口は一箇所じゃなくて、二箇所あるんですもの」

 オレとキティは待機室にいた。無事、基地に帰って来れた。一時はどうなるかと思ったんだけど、何とか切り抜けた。

 オレ負傷していた。ホークを降りて、ヘルメットを脱いだら、頭から血が流れてた。オレの顔は流血したプロレスラーみたいになっていた。オレはキティに引っ張られ、待機室で傷の手当を受けていた。流血したけど、傷自体はたいした事が無かった。どうやら、空中戦で被弾した時、何かの破片がヘルメットの中に飛び込んだようだ。キティは無傷でよかった。

「なんだか、最近こんな治療ばっかりしてるような気がするわ」

 キティが後ろからオレの髪の毛の奥にある傷口を消毒してくれている。なんだか急に優しくなった気がする。

「あら、仲良くなったのね。もしかして恋人?」

 オレとキティは声がした方を見た。女性の士官が立っていた。徽章から大尉だとわかる。昨日、蒸気船フューリアスのお茶会にいた人だ。誰だっけ?

 オレが立ち上がって敬礼するより先に、キティ……カトリーヌが怒りだした。

「ち、違いますよ!またからかってますよね」

 大尉さんがオレの方を向いた。

「ミネルバ、機長の《イカロス》ダイアン・ローズ大尉です」

 ああ、おとといのE2Cの機長さんか・・・・・・。

 オレも自己紹介する。

「第三〇二飛行隊ロイ・ロジャース少尉、TACネーム《ケストレル》です」

「あなたがケストレル?そう、改めてお礼を言うわ。助けてくれて有難う。あなたのお陰で、皆無事だったわ」

 イカロスは改まって礼を言って来た。なんか照れくさい。

 イカロスはカトリーヌの方を向いた。

「やっぱり恋人じゃない。お似合いよ、カトリーヌ」

 そう言われてキティが顔を真っ赤にして俯いてしまった。彼女たちは何を話しているんだ?さっぱりわからん。

 イカロスが出て行った後、入れ違いで入ってきたのは、わが女王陛下とエミリー皇女が待機室に入ってきた。従姉妹同士だっけ?こうして並ぶと、二人はそっくりだ。髪型と服装が違う以外は。我が陛下は相変わらず、ミニスカートにブラウスって活動的な格好で、エミリー皇女は重々しいドレスだ。

「ロイ様・・・・・・此度は家臣の不祥事、大変申し訳有りません。家臣の不始末は主の不始末。私が謝罪いたします」

 頭に包帯を巻き終えたオレに、エミリー皇女が頭を垂れ、謝罪している。皇女が一般人に謝罪しているって凄いよな。オレは一番気になっている事をストレートに聞いた。

「ディアナさんはどうなるんですか?」

 オレの質問と同時にエミリー皇女の瞳にぶわっと涙が溢れた。溢れた涙が止め処無、く流れている。そして、何かに絶えられなくなった陛下は顔を両手で覆い、しゃがみ込んでしまった。「ううっ、ううっ」と嗚咽が聞こえる。

「エミリーの家臣ディアナは死刑になるわ。エミリー自ら処断したのよ・・・・・・」

 我が陛下マリア様も涙を流している。

「死刑って、何故ですか?」

 オレは何故ディアナさんが死刑になるか理解できなかった。そりゃあ、墜されかけたけど死刑は厳しすぎる。

「家臣が主の婚約者を殺そうとしたのよ・・・・・・・エミリーの世界じゃ死刑を間逃れないわ・・・・・・」

「こんな・・・・・・こんな事で死ぬ必要なんてないぜ。おかしいだろう」

 オレは泣きじゃくるエミリー皇女に訴えた。

「エミリー皇女だって死なせたくないんだろう!」

「だけど仕方がないじゃない!ディアナが・・・・・・ディアナが望んでいるのよ!他の家臣に示しが付かないって!」

 オレのせいだ。オレがエミリー皇女の事ではっきりしなかったからだ。

 おかしい・・・・・・おかしいぞ!人が死ぬなんて。

 オレはエミリー皇女の両肩をガシッと掴み・・・・・・。

「エミリー皇女!どうすればいい?オレに出来る事は何でもするよ」

 エミリー皇女は顔をあげ、オレと目を合わせた。その目は真っ赤だ。

「ロイ様がディアナを許して下さる事。そして、ディアナが私に許しを請う事です。ロイ様、ディアナを 説得してください。私に許しを請うように・・・・・・お願いします」

「ディアナさんに会わせてくれ!」



 蒸気船フューリアスの船倉の奥に独房がある。オレとエミリー皇女とマリア様、カトリーヌが薄暗い船倉を歩き、独房へ向かう。独房に入る為の第一扉。とても頑丈で、ちょっとやそっとで開きそうにない。しかも、ノブが無い。どうやって開けるんだ?

「聖なる偉大な海、母なる大洋、ブランバンドの名に於いて命ずる。この扉の鍵を開け放て」

 エミリー皇女が呪文らしき物を唱え、扉に向かって手をかざした。

 ギギギギギギギギイイイイイイ・・・・・・。

 と重苦しい音を立てて、扉に開いた。

「ロイ様・・・・・・この先にディアナがいます・・・・・・あの・・・・・・その・・・・・・・」

「ああ。会ってくる。エミリー皇女は待っていてくれ」

 オレは扉の開いた牢獄へ入った。オレの後をととっとカトリーヌが付いてきた。オレの左手の袖口をギュッと掴んでいる。

「私もディアナさんが死刑になるのは嫌だわ」

 中には鉄格子が並んでいる。独居房だ。照明が付いていて、結構明るい。

 一番奥の房に人影が見えた。ディアナさんだろう。オレは影が見えた房の前に立った。

「見ちゃダメ!」

「ぶはあっ!」

 オレはカトリーヌのとび蹴りを喰らって、壁に激突した。痛い。特に怪我した頭が痛い。

「いいのだ。フランソワーズ殿・・・・・・・咎人は身包み剥がされ、牢獄に入るのが決まりだ」

 オレがカトリーヌに蹴られた理由は・・・・・・・一糸纏わぬ姿のディアナさんが牢に居た。白い肌の綺麗なお尻をこちらに向け、長い黒髪がサラサラと揺れていた・・・・・・ところ迄みえた。その先はキティのとび蹴りで ビジュアル・コンタクト出来なかった。アイ・ボールセンサーは封じられた。

 オレはディアナさんの牢に背を向け立つ。前にはキティが居る。多分、ディアナさんの方へ振り向くと、カトリーヌのライダーキックが飛んで来るだろう。

「ロジャース殿、何故、私を殺さなかった。貴方の腕前なら、簡単な事だっただろう」

 ディアナさんは最初っから死ぬ気だったのか?

「ディアナさんは敵じゃない。それにあれは模擬空戦だよ。殺し合いじゃあない」

「私は貴方を殺す気でいた……フェアじゃない」

「そうかい……じゃあ、ハッキリ言うよ。ディアナさんはオレを殺さなきゃ『自分に勝ち目はない』と思った。だけど、オレはディアナさんに『怪我をさせなくても勝てる』と思っていた。これが貴女とオレの差だよ。そうじゃないのかい?」

 背中越しに彼女のため息が聞こえた。

「ロジャース殿。済まなかった。私は貴方がひ弱で優柔不断な男だと思っていた。だが空の貴方は違った・・・・・・私の負けです。エミリー皇女に相応しい男性で有ると証明できた」

「それは命を掛けてすることじゃあねえだろ」

「ブランバンド家の為だ。家の為なら、命は惜しくない。騎士団長のプライドだ」

「ディアナさんはそうやって生きて来たんだろう。それは否定しない。だが死ぬことは逃げる事になるんじゃないか?」

「逃げる?私は死を恐れない。エミリー皇女の為なら死ぬ事は怖くない」

「それが・・・・・・エミリー皇女の為になっていないぞ。だってエミリー皇女は泣いていた。ディアナを失いたくないって」

 ディアナから返事が返って来ない。ディアナだってエミリーと別れたくないんだろう。

「オレ達戦闘機パイロットは死ねない。死ねと言う命令はない。絶対に生きて帰らなきゃならないんだ。 生き残って戦え!ってね。そして、無事に家に帰ることが勝利だってね。あんたも騎士なら、生きて戦えよ!エミリー皇女の為に。簡単に死ぬんじゃねえ・・・・・・」

「死ぬ事は負けだと言うのか?」

「そうだ。負けだ。ガッツが無いヤツだ。生きて一緒に戦おう。敵ははっきりと分かっているんだろう。 さっさっと戦争を終わらせて家に帰ろう」

「一緒に戦ってくれるのか?私を許してくれるのか?ロジャース殿」

「ああ。許してやるよ。誤射なんてどんな戦場でも起こり得る事故だろ」

「有難う。ロジャース殿」

「エミリー皇女に謝って、許して貰うんだ。死刑は回避される」

「わかりました・・・・・・・・本当はエミリー皇女に許して欲しいのです」

 オレは牢獄を出て、エミリー皇女の前に出た。エミリー皇女は心配そうな顔をしている。目は泣き腫らして真っ赤っかだよ。

「皇女様。ディアナさんを許して下さい。死刑の撤回をお願いします。彼女は生きて陛下の為に戦いたいと・・・・・・騎士団長から二等空士に格下げでもいい。頼みます」

「ディアナが騎士団長の解任を受け入れ、私の許しを請うのですね。それで、この件は終わりにします」

「良かった・・・・・・・」

「うん。良かったわ・・・・・・」

 マリア様とカトリーヌは手を取り合って喜んでいる。この二人意外に気が合うようだ。

「有難うございます」

 オレはエミリー皇女にお礼を言い、この事をディアナへ伝えようと再び牢獄へ入った。

「ディアナ!死刑は取り消しだ!」

 大声で叫んだ。オレも嬉しかった。ホッとしたぜ・・・・・・。

「有難う!ロジャース殿!だが、来るな!来ないでくれ!」

 オレはディアナの房の手前で立ち止まった。

「すまぬ、ロジャース殿。騎士団長となって女を捨てたつもりだったが・・・・・・貴殿に肌を見られるのは・・・・・・恥ずかしいのだ・・・・・・」

 そうだ。ディアナさんは裸だった。オレはムーンウォークで後退しながら、牢獄を出た。

「ロイ様!」

 大きな声で呼ばれた。エミリー皇女だ。オレが振り向いた先に立っていた。

「エミリー皇女、どうかしましたか?」

 エミリー皇女は真剣な顔で、オレを見上げている。殆ど睨んでいると言っていい。

「私は身分の差とか、魔法を使えないとかで、ロイ様の価値を判断している訳ではありません!誤解しないで下さい。私は・・・・・・私は本当にロイ様の事が好きなんです。その仲間を思いやる気持ちと最後まで諦めない意思の強さが好きなんです」

 突然の事に、オレはなにも言う事が出来なかった。

「そして、フランソワーズさん!あなたには負けません。私は知っています。あなたの想いが向う先を知っています。だから負けません!」

 エミリー皇女は言いたい事を言って出て行ってしまった。その場に残されたオレとカトリーヌは顔を見合わせた。

「何だ?今の皇女は・・・・・・・驚いたな・・・・・・・・」

「ロイは今のエミリー皇女の言葉・・・・・・どう思うの?」

「皇女は・・・・・・・・疲れているんだろ、多分。異世界に来て疲れているんだよ」

 カトリーヌが「がっかり」と言いたげな顔になっている。どうした?

「ロイ・・・・・・・あなたは戦闘機の操縦しか出来ないの?」

 オレにはカトリーヌが怒っている理由がさっぱりわからなかった。

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