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第3話 皇女と女王陛下

 首都から離れた郊外。立派な王宮があった。この王国の宗主者の住まう場所。ハリファックス王宮。城の外は春の風が吹く静かな場所。綺麗に手入れされた庭の木々が綺麗は花を付けている。だが王宮内は喧騒が支配していた。

「なりませんぞ!陛下。事態の全容が判明しておりません。このような状況で、現地へ向かうなど危険ですぞ」

 初老の執事が両手を広げ、大の字になって、扉の前に立ちはだかっている。

「どきなさい。セヴァスチャン。私は行かなくてはなりません。エミリーがこちらの世界に来たのは、緊急事態のはずです!」

 初老の前に立つ人はこの国の女王陛下マリア・グレース・ラトバリック・イザベラスであった。二年前、父である前国王崩御により、女王に即位した。歳はまだ十九歳の若い女王だった。亜麻色の綺麗で長い髪。

 この王宮にもリントン空軍基地の事件の報告が入り、蜂の巣を突いた状態になっていた。

「魔法省の人間を向かわせました。彼らが上手くやってくれるでしょう。陛下自ら行かれずとも、事は良い方向へ向かいます!」

 セヴァスチャンはさらに両手を広げ、扉の前に立ち、私を外へ出すまいとしている。さすが元バスケットボールのオリンピック代表。五十年くらい前だけど。身長も百九十センチ以上の大柄な人。

私 はどうしてもリントン空軍基地にいるエミリーに会わなきゃいけないと思った。何か直感的なものだけど。なんとしても鉄壁のディフェンスを誇るセヴァスチャンのブロックを突破しないと・・・・・・そして外にいる近衛兵隊長のオリビアと合流しないと。

「セヴァスチャン。わかったわ。ここは自重しましょう。リントン空軍基地へはまたの機会にしましょう・・・・・・親代わりであるあなたの言う事は尊重しませんと」

「おお!わかって頂けましたか。執事生活二十五年。陛下に親代わりと言われるのは、末代までの誉れ」

 セヴァスチャンはおいおいと泣き出した。チャンス!私は駆け出しセヴァスチャンの股ぐらをくぐった。小柄な私はすり抜けるようにくぐった。大きく豪奢な扉に飛び付き、力任せにバン!と開いた。スカートが捲れようと気にしていられない。セヴァスチャンに捕まったら。王宮の執務室に缶詰にされる。私は廊下を全力疾走して叫ぶ。

「オリビア!ヘリコプターを用意して!すぐにリントンへ行きます。」

「はい!直ちに」

 いつの間にか、オリビアが私の隣にいた。併走している。私たちは女子百㍍競争見たくなって廊下を駆けた。

 オリヴィア・ウィリアムズ大尉は私専属の近衛隊隊長。私が女王に即位した時に、隊長に任命された。 私が女だから、女性の隊長が良いとなって。私より少しばかりお姉さん。

 裏庭のヘリポートには既に一機のヘリコプターが待機していた。緑と茶色の縞々模様。げっ!軍用じゃん。あいつはうるさくて、乗り心地が悪いのよ。

「申し訳ありません。急な事でしたので、軍用しか手配出来ませんでした。」

 オリビアがすまなそうに答える。

「まあ、しょうがないわ・・・・・・でも確かこのヘリコプター、速いんでしょう」

「AH・9GTバトルフィールド・リンクスです。世界最速のヘリコプター(王室陸軍自認)で、武装強化型です。三〇ミリチェーンガンが標準装備です」

「じゃあ、今日は速度記録を塗り替えるわよ!」

 私はヘリへ乗り込もうとしたが、軍用なので、階段なんて付いていない。無精ひげで目つきの鋭い機長さんが私をひょいと持ち上げ、ヘリに押し込んでくれた。

「ちょっと!乱暴はやめて」

 と言う隙を与えてくれない機長さん。そのままシートへ押し込まれた。私の軍用が嫌いな理由はこのシート。乗り心地最悪なんだもん。だってシートといってもパイプにキャンバス布を張っただけ。さらに、 機長さんが「規則ですので」と言って、私のお気に入りの帽子を取り、乱暴にヘルメットを被せた。私の首に緊急用発信機をネックレス代わりに掛けた。墜落遭難した時に使うらしい。

 機長さんがベルトと締めてくれたんだけど、なんかパイプ椅子に荷物を括りつけるようにされた。向かいに座るオリビアは慣れた手つきでベルトを締めている。さすが兵隊さん。 

 機長が私の顔に近寄り、親指を立てる。私は「ははは・・・・・・」と愛想笑いをして親指を立てる。機長さんがニッっと笑いながら、バッシっと私の頭をヘルメット越しに叩いた。VIPの扱いが最悪だわ、わが軍は。

 なんて考えていたら、急にヘリは上昇した。離陸も乱暴。民間の航空会社を見習いなさい。いまどき《親方日の丸》じゃなかった、《親方ユニオン》なんて流行んないわよ。

 ギュワワワワアアアン!

 ヘリが急旋回した。早速、気持ち悪い。私が女王陛下って事を忘れているみたいね。私の精神力がリントン到着までもつかしら。女王陛下が乗り物酔いでリバースなんてあってはイケナイ事よ。



 私たちのミネルバは何とかリントン空軍基地にたどりついた。不調の機体を飛ばし続けていた機長のイカロスは疲労困憊の様子だった。私たちは機体を整備班へ預け、待機場所である士官食堂へ向かった。クラレンス先任大尉は衛生兵に連れられ、医務室へ直行。

 待機室は私たちミネルバのクルー三人だけだった。

 私たちに振舞われたコーヒーはインスタントで美味しくない。私はミルクと砂糖をいっぱい入れて、あまーい、あまーいコーヒーを作った。

 このリントン空軍基地に到着して、ケストレルさんに会って、お礼を言いたかったんだけど、基地内は騒然としていてそれどころじゃないみたい。私たちも士官食堂で待機せよといわれただけで、それっきり。早く着替えて、ケストレルさんに会いたい。

 私はテーブルに突っ伏して、「ハアー・・・・・・」とため息をついた。

「どうしたの?さっきの空中戦、そんなにショックだったの?クラレンス先任大尉は軽傷だったし、バイパーワンも無事だったからいいじゃない」

 イカロスが私の隣に座って、コーヒーを飲んでいる。女子の少ないこの職場では、私の話し相手として貴重な存在。私よりちょっと年上の彼女は良き相談相手。

「それとも、愛しのケストレルに逢えなくて残念って感じ?」

「ち、違います。そんなじゃありません。わ、私はただ、助けてくれたお礼を言いたいだけです」

「そお?顔が真っ赤だけど。必死に言い訳する所がねえ・・・・・・怪しいわ」

「もう!からかわないで下さい」

 と、言ったものの、正直ケストレルさんの事は気になる。あくまで気になるだけだけど。だって声を聞いただけで、顔は見た事が無いんだもの。素敵な人だと勝手に想像してしまう。

 いやん、ドンドン期待が膨らんで行っちゃうわ。私って、会った事もない人を好きになっちゃったのかな?

 イカロスとお喋りしていたら、突然、食堂のドアが開いた。佐官クラスの制服を着た男性が入ってきた。腰まで届きそうな長いサラサラの黒髪。美中年って感じ。その人は私たちの座るテーブルに来た。

「ミネルバの乗員の方達ですね。私はこのリントン空軍基地の副指令、スチュアート中佐です」

 不意を付かれた私たち。ビックリしながら起立して敬礼する。

「あっ、そのままで良いですよ。椅子に掛けていて下さい」

 物腰が柔らかく優しそうな人。軍隊では珍しいタイプだわ。私たちは椅子に座りなおす。

「あなた達のE2Cは見た目より損傷が酷く、修理しないと飛べません。この基地ではE2Cのリペアは出来ません。部品も無いですし、E2Cを整備する機材、人員もいません。誠に申し訳ないが、しばらくはこの基地に滞在して頂く事になります。貴方達のホームベース、ボスコム空軍基地のレオ少佐には話を付けました」

 紳士的な人だわ。私たちが女だから、気を使っているのね。

「ミネルバ機長のダイアン・ローズ大尉です。ご配慮感謝します。それで、私たちのE2Cが飛べるようになるまで、何日掛かりますか?」

 イカロスが立ち上がり、スチュアート中佐に尋ねた。

「それが分からないんだ。修理部隊を派遣してもらうか、バラして陸送するか。いずれにせよ、この基地は非常事態だから、そこまで手が回らないんだよ。それと、君たちは今回の事件に絡んだ為に、行動に制約が出来てしまった。そんなに長くはないと思いますが、しばらくこの基地にいてください。案内はこちらのセシリア准尉に任せてあります」

 スチュアート中佐が紹介してくれたセシリア准尉は一歩前に出て、敬礼した。「私はこれで」と言いつつ、中佐は出て行った。忙しそうね。中佐が出て行った後は静けさだけが、残った。

「セシリア准尉です。何でも御申し付け下さい」

「とりあえず着替えたいわ」

 私はもうパイロットスーツを脱ぎたかった。



 リントン空軍基地の滑走路南端に白い蒸気船が佇んでいた。蒸気船の周りには基地警備隊のサクソン装甲車が取り囲んでいる。装甲車の周りには自動小銃を構えた兵士がいる。

 その兵士たちの後方三十メートル程後方に一機のヘリコプターが着陸した。茶色と緑の縞模様。AT・9GTバトルフィールド・リンクス。機体横の扉が開き足の長いスタイルの良い女性がサッととび降りた。そして小さな少女がヘリコプターパイロット二名に腕をつかまれ、降ろされていた。その光景はまるで人間に捕まった宇宙人の写真のようだった。少女はパイロットたちの手を離れ、よろよろと歩き出した。その顔は真っ青で、口をハンカチで押さえていた。

「や、やっぱりダメだった。ううっ!また吐きそう。もう吐き出す物なんてないはずなのに・・・・・・ ヘリコプター嫌い!無精ひげのパイロットも嫌い!」

「陛下。こちらへ」

 蒸気船の船底に乗り込み口が開いていた。乗り込み口には旅客機のタラップが付いていた。オリビアはそのタラップの前で女王陛下マリアの手を引いて、蒸気船へ乗り込んで行った。

 蒸気船の廊下は広く、マリアとオリビアが二人並んで歩くのに不都合がない広さ。少し歩くと黒いマントを羽織った女性が立っていた。長い黒髪をポニーテールのように結わえている。長身でスタイルのいい女性。オリビアといい勝負だわ。

「マリア陛下ですね。騎士団長のディアナです。エミリー皇女がお待ちです。こちらへ」

 私たちはディアナさんに案内されて大きな扉の前に来た。ギイイイイと音を立て扉が開く。赤い絨毯が敷かれた部屋。奥の玉座に一人の少女が座っていた。

「マリア!」

「エミリー!」

 玉座からマリアが飛び降り、長いドレスの裾を引きずり、こちらに向かって、走ってくる。私も彼女に向かって走り出す。私たちは抱き合い、感動の再会をした。

「エミリー無事でよかったわ。」

「逢いたかった。マリア。ごめんなさい。遅くなってしまって。」

「いいのよ。こうして再会出来たのだから」

「マリア様、エミリー様ここでは何ですので、あちらの部屋へ」

 私とマリアとオリビアはディアナさんに案内され、場所を移した。



 オレはパイロット装備を外したかった。重くてかなわん。ファントムを降りた後、そのまま応接室に連れて行かれたから、装備を付けたままだった。さっきの会話のあと、解散となった。オレは重いのが嫌で、皆より一足先に更衣室へ向かった。

 更衣室のドアを開け、自分のロッカーへ向かう。ロッカーの中には装備品を吊るすハンガーが備えられている。アルファベット順番で並んでいる。ロジャースは《R》だから、奥の方にある。

 奥まで歩く。この並びを左に曲がるとオレのロッカー。

「キャッ!」

 変な声が聞こえた。女の声?バカな、ここは空軍基地で、戦闘機パイロットの更衣室だ。女の声は空耳だ。そう思い、オレは声の方を見た。そこに居たのは筋骨隆々の鍛え上げられた肉体を持つ、逞しい男。 いいや、暑苦しい漢と言うべきか・・・・・・と思ったら違った。白く細い手足。長い金髪。金髪を赤いリボンで左右に分けている。所謂ツインテール。ふくらみと、くびれと、まあるい桃尻が織り成す美しい曲線美。航空力学的に言うなら、完璧なエリアルール形状。超音速飛行に最適な機体構造だ。白い下着がフレア弾のように眩しい。リアル、ビーナスだ。と、ここまで来て初めて目の前の人が女性と理解できた。

「わあああ!間違えました!御免なさい!」

 オレは大慌てで更衣室を飛び出した。ドアを閉め、その場にヘタリ込んだ。

「何だ・・・・・・これは何だ?」

 オレはドアを見た。間違えなく、パイロットの更衣室。オレがいつも使っている更衣室だ。女子更衣室はもうワンブロック先にある。オレは気を取り直し、立ち上がった。

 ガチャ

 ドアが開いた。更衣室の中から軍服を着た。少女が出てきた。さっきの人。空軍の女性用制服。袖の階級章から、少尉さんだ。少女と言っては失礼かも知れないが、オレにはそう見える。

 最近採用になった女性用軍服は前衛的なデザインになっていた。青が基調の制服。短いプリーツスカート。長いブーツ。それだからなおさら少女っぽく見える。

「すみません。見ていません。聞いていません。俺は更衣室に入っていません!」

 オレはへんてこな言い訳をしていた。気が動転しているようだ。

「あんた、バカじゃないの?それに、何で私と眼を合わせないの?いやらしい眼で見てたわ・・・・・・」

 蛇に睨まれた蛙とはこの事だ。蛙の気持ちが理解できたような気がする。

「すみません・・・・・・見ました。見ちゃいました。美しい姿に、心奪われました」

 オレは俯きながら素直に白状した。今度は自白する犯人の気持ちを理解できたような気がする。

「あんた、名前は?」

 少女が下からオレの顔を覗き込み、睨む、赤い顔をして怒っている。

「ロイ・ロジャース少尉です」

 オレは冷や汗をかきながら、名前を言った。少女は翻り、廊下を歩きだした。

「もう、二度と私の前に現れないで!」

少 女の最後通告だ。まあ、二度と会うことはないだろうから、少しホットした。だって空軍基地はでかくて、広くて、いっぱい人が居るから。ちょっとした地方の町ぐらいの規模だ。一生会わない人だってたくさん居るはずだ。

 オレは更衣室に誰も居ない事を確認してから入った。



 私とオリビアがディアナさんに案内された部屋はティールームだった。私たちは紅茶を飲みながら、今回の出来事について話し合った。お茶請けに出されたラスクは美味しそうだったケド、ヘリコプター酔いの後遺症で、手を付けられなった。

 部屋の中には私とエミリーとオリビア、黒マントさん、そして魔法省のリンガー氏。

「マリア、私、不安で、不安で・・・・・・あなたの国を私たちの世界の戦争に巻き込んでしまいました。謝っても、謝り足りない・・・・・・それにパラス家が大軍でこの世界に来たらどうしましょう・・・・・・」

 エミリーが俯いて、眼に涙を浮かべていた。何とか励まさないと。この世界で彼女が頼れるのは私しか居ない。それに私の血縁者はもう母とエミリーしか居ないのだから。

「エミリー、大丈夫よ。あなたの安全は私が保証しますわ。私は強力な軍隊を持っているのよ。陸軍、海軍、海兵隊、沿岸警備隊、そして空軍。五つも持っているのよ。パラス家なんてぎゃふんって言わせてやるわ!」

「有難う・・・・・・マリア。そうだわ!私、お会いしたい殿方がいるの。私たちを助けてくれた人。パラス家の精鋭空中巡洋艦ランカストリアンを一人で沈めた人・・・・・・ケストレル様・・・・・・さぞかし高名な騎士様でいらっしゃるのでしょう。会ってお礼を言わせて頂きたいですわ」

 マリアは頬を赤く染め、俯いてしまった。私は王宮で聞いていた。わが軍の一機の戦闘機が四機の敵機を撃墜して、空中戦艦を一隻沈めた事を。エミリーはそのパイロットにお礼を言いたいのね。まあ、エミリーがそう言うなら、会わせて上げましょう。容易い御用ですわ。

「よろしいわ、エミリー。探してあげる。オリビア!」

「はい。陛下」

「ケストレルと言う名のパイロットを探して」

「はい。マジェスティ」

 オリビアはティールームを後にした。

 私たちはケストレルと言う名のパイロットがどんな人か想像し、語り合った。エミリーは彼に対する思いをドンドン膨らませ始めた。彼女はすごく楽しそう。「強く、逞しく、そして優しくて……髪はさらさらと風に靡く銀色、瞳は翡翠のような緑色で色白の騎士様」とか。

 エミリー、そんなに期待しちゃって本人とあってガッカリしないようにね。

 非常時だけど、こんな話でもしていないと、私たちは不安で押しつぶされそうだった。

「決めたわ、マリア!私、ケストレル様のお嫁さんになるわ!」

「ええっ?」

 その場の全員の目がエミリーに注がれた。突然の彼女の発言を私は冗談とは思えなかった。その彼女の真剣な眼差しから。でも彼女は皇女だから、結婚だって自由に出来るはずは無いんだけど。悲しい事だけど、彼女の世界では、娘は政治の道具だから。

「エミリーどうしたの?どうしてそんな事を」

 皆が聞きたかった事をストレートに聞いてみた。皆を代表して。

「だって私……もう婚約者がいるのよ。生まれたときから決まっていた婚約者。隣国の王子様で、私より十歳も年下よ……。嫌よ。会った事も、お話した事も無いのに。」

「でも、エミリー、貴女の世界では……」

 彼女はブンブンと大きく首を横に振った。自分の運命を否定しているのだと思う。

「ケストレル様は、私を助けてくれました。だから、きっと、私の逆らえない運命からも助けてくれるはず……。それにケストレル様は、我がブランバンド王国の上級騎士の誰もが成しえなかった大戦果を挙げた。お父様……国王陛下だって認めてくれるはずよ」

 エミリーの気持ちもわかるわ。私だって、他人事とは思えないもの。

「じゃあ、エミリー。そのケストレル様にお会いして、お話してみましょう。オリビアが探し出してくれるわ。この空軍基地にいる事は間違いないから」

「うん、有難う。マリア」

私たちは両手を固く、握りあった。



 オレは待機室で、報告書をタイプしていた。もしかしてパイロットは空を飛んでいる時間よりも、ドキュメントを作成している時間の方が長いんじゃねえかって思うことがある。オレは報告書を書くのが苦手だ。文才が全くない。物書きさんにならなくて良かった。ラップトップパソコンと格闘する事二時間。ようやく報告書を書き終えた。ちなみにパソコンも嫌いだ。時計を見ると勤務時間はとっくに終わっていた。だが、今基地は臨戦態勢となっていたので、宿舎には行かず、パイロットたちは待機室で寝る。

「おーい!ケストレル。作戦会議室に集合だってよ!」

 マーリンがオレを呼びに来た。今度は作戦会議室かよ。今日は帰れえな。オレ二人は三階にある会議室を目指す。

 パイロット待機室は二階だから、エレベーターに乗り三階へ上がる。オレはエレベーターの前で上釦を押した。《チン》と言いい、扉が開いた。そこにいたのは金髪碧眼ツインテールの少尉さんを筆頭に女性二名。もう二度と会わないはずだったに、早速出会ってしまった。オレとマーリンはエレベーターに乗ってしまった。気まずい。重苦しい空気がエレベーターを支配する。

 横目で金髪碧眼ツインテールの少尉さんをチラっと見た。ツンとしてそっぽ向いている。完璧に嫌われたな。そうだろうよ着替え見ちまったんだから。早く三階に着かないかな。時間の流れが止まったように感じる。

《チン!》

 やっと着いた。オレは早足でエレベーターを降りた。作戦会議室をめざす。

「おい!どうしたんだ?」

 マーリンがオレの後を小走りで追っかけてきた。

「耐えられない空気ってあるよな・・・・・・」

「誰かエレベーターの中で、おならでもしたのか?」

 あほか、コイツ。



 会議室にはオレが所属する第三〇二飛行隊のパイロットが集まっていた。総勢十四名。会議室に並べられたパイプ椅子に座る。オレは下っ端だから、列の一番後ろに座る。右隣の席はマーリンが座っている。左隣は・・・・・・何故か金髪碧眼ツインテールの少尉さんだった。何故にオレの隣に座る。居心地悪いじゃん。当然彼女はそっぽ向いている。それになんで彼女がここに居るんだ?第三〇二飛行隊に女性パイロットは居ない。

「起立!」

 ジョーズの掛け声で全員起立。フォンシュタイン大佐が入ってきた。さっき応接室での事を発表する気か?フォンシュタイン大佐の後に続いて、魔法省のリンガーも入って来た。

 そして小奇麗な格好をした女の子と偉く場違いな格好をした少女が入ってきた。小奇麗な格好をした少女はどっかで見た事があるような、ないような・・・・・・場違いな格好をした少女は、なんと言うか、中世の貴族のような派手なドレスを着た人。オレの脳内検索で一番近いのは、そう、マリーアントワネットの肖像画がそのまま飛び出してきたような感じだ。

「着席してくれ」

 フォンシュタイン大佐は応接室で話した事をパイロット達に伝えた。

「只今より二十四時間の臨戦態勢とする」

 やっぱりか・・・・・・(いくさ)が始まる。

 少女が壇上の中央に上がり両腕を腰に当て偉そうに仁王立ちになった。どっかで見たことあるんだよな・・・・・・。

「私がこの国の女王!そして軍統合最高司令官のマリア・イザベラスでる!」

 そう言やそうだ。どっかで見たことがあると思ったら、女王陛下にそっくりだ。威厳が・・・・・あんまりない。だって、服装がその辺の女子高生の私服とそんなに変わらない。髪の毛はボサボサだし。

 女王 陛下が軍統合最高司令官なのは名目上で、実際は総理大臣が務める事がこの国の憲法で定められている。

「王室空軍第三〇二飛行隊は魔法界パラス公国より飛来する空中戦艦を迎撃し、こちらのエミリー・エリザベート・ジョゼファ・ジャンヌド・フォン・ブランバンド皇女を御守りせよ!これは最高司令官である女王の命令である」

「なに?あの蒸気船の艦長さんか?」

 やべえ!オレは声に出して言ってしまった。全員の注目が集まる。

「シーっ!」

 飛行隊パイロット全員がオレの方を見て、口に人差し指を当て、静かにしろと合図した。ちょっと恥ずかしいぞ。

 その後、フォンシュタイン大佐が応接室で聞いたリンガーの話を飛行隊員全員に話した。

 隊員たちは一様に「信じられない」と言うような事を口にしていた。当然だよ、俺だって、この目で現物を見たけど、未だに信じられないもん。

 だいたい、船が空飛ぶか?船が空飛ぶなら、ライト兄弟の苦労は無意味になっちまう。船を飛ばす魔法ってすごく便利みたいだだけど。

「以上解散。ロジャース少尉とキャッシュ少尉は残れ!」

 ジョーズの解散の合図で、皆、ゾロゾロ会議室を出て行った。隣に居た金髪碧眼ツインテールの少尉さんはオレを一瞥して出て行った。まるで汚い物を見るような眼で。寒気がした。

 会議室に残ったのはフォンシュタイン大佐とジョーズとリンガーとマリア女王陛下と蒸気船の艦長さん。皇女さんだっけ。そして、オレとマーリン。

「じゃあ、後は宜しく」

 それだけ言って大佐とジョーズは出て行った。オレたち二人を残して……全軍撤退の囮にされた・・・・・・。

 そりゃ誰だってこんなヘンテコな事件に巻き込まれたくはないよな。オレには逃げ場がないよな。敵機を四機撃墜して、黒船を大破させたんだから。

 フォンシュタイン大佐とジョーズが出て行ったのと入れ替わりで女性が二人は言ってきた。陸軍の制服。近衛兵か?もう一人は黒マント。どうやら女王陛下の従者のようだ。

 オレ達二人は起立して、不動の姿勢をとった。一応相手は女王陛下だ。白い蒸気船の艦長さん。エミリー・エリザベート・・・・・・何とかさんがパイプ椅子の隙間を縫って、駆け寄ってきた。

「ケストレルさん!逢いたかったですわああ!」

 エミリー・エリザベートさんはオレのべっちゃと派手に転んだ。そんなドレスで走るからだよ。オレはエリザベートさんの手をとり、助け起こした。

「大丈夫ですか?」

「あっ、はっ、ごめんなさい。私、はしゃいじゃって。えっと、は、初めまして、私はエミリー・エリザベート・ジョゼファ・ジャンヌド・フォン・ブランバンド第二皇女です。エミリーと呼んでください。」

 そりゃあ助かる。そんな長い名前覚えられない。俺は気をつけの姿勢となって。名前を名乗った。

「自分は第二空団、第三〇二飛行隊のロイ・ロジャース少尉であります」

「ロイ・ロジャース様ですか?あの・・・・・・ケストレルさんではないのですか?」

「はい。ケストレルはTACネーム、パイロット同士の通称です。ロイ・ロジャースが本名であります」

 オレは取って付けたような軍人言葉で話していた。

「まあ、ロイ様と呼んで宜しいでしょうか。」

「はあ・・・・・・」

 オレは間の抜けた返事をしてしまった。

「あの……ロイ様?」

 彼女は不思議な顔でオレを見ている。どうした?

「髪の毛はサラサラした銀髪では無いのですか?ツンツンした髪型をされていますが……」

「サー!質問の意味が不明でありますが、自分は見ての通り、黒色の短髪であります」

「瞳は……翡翠の緑では無いのですか?」

「サー!質問の意味が不明でありますが、自分は見ての通り、黒の瞳であります」

 オレとエミリー皇女の横に我が女王陛下がいらっしゃった。

「エミリー、想像とはだいぶ違う感じだったわね……」

 こいつら……と言っては失礼だが、オレを値踏みしてやがったな。

「だ、大事なのはハートですわ!」

エミリ―王女が顔を赤くしてそっぽを向いた。所でオレには何の用なんだろう?

「パラス家のブリストル級巡洋艦ランカストリアンとその艦載機を単機で撃破された。あなたはわが国の救世主です」

 エミリーさんは両手でオレの手を握り、オレの顔を見つめている。いやあ、照れるな。でも、見つめ方が尋常じゃない。なんか思い詰めているようで且つ、何か言いたそうだ。

 それに、だんだん目に涙を浮かべ始めた。と言うか殆ど泣いている状態だ。

 オレは何かまずい事でもしたか?

「あの・・・・・・ロイ様。不躾で、非常識で申し訳ありませんが、わ、私の旦那様になって下さい!」

「・・・・・・?はい?・・・・・・サー、言葉の意味が全く不明でさぁ……」



 翌日オレ達は白い蒸気船へ案内された。魔法使いたちが持っている武器をその目で見ろって事なんだと思う。フォンシュタイン司令や、ジョーズ達は昨晩の内に見たそうな。

 次はオレ達の番って訳だ。空軍側の参加者はオレ、マーリン、ヴァルチャーそして金髪碧眼ツインテールの少尉ほか女性の士官。徽章から大尉だ。この女性陣はこの事件とどんな関わりがあるのだろう。

 情報部の人間か?でも制服は空軍航空隊の物だ。気にはなるんだけど、彼女達に事情を聞くのははばかれた。任務外だし。何より金髪碧眼ツインテールの少尉が「私に話し掛けないで!私を見ないで!」オーラを出していた。とりあえず、彼女達の存在は気にしないで置いとこう。

 実はそんな事より、もっと重大な事態が発生していた。オレ達を案内してくれているのは、エミリー皇女とマリア女王陛下だ。何故にこんな御偉い方直々に、オレ達下っ端兵隊が案内されるだろう。思い当たる事はひとつある。昨日のあれだ。マリアさんがいきなりオレを旦那にするとか言って。わからん事だらけだ。オレはただファントムで飛べばいいんじゃねぇのか?めんどくせえなあ。

「どうぞこちらへ」

 艦長であるエミリー皇女が箒に乗ってふわふわ浮いている。オレ達に魔法ってヤツを見せ付けているようだ。

「す、すげえ・・・・・・・これが魔法ってヤツか?」

 オレは種も仕掛けも無い手品を見ているようだった。マーリンがもう、大はしゃぎだ。

 箒に横座りしながら、乗り込み口から、オレたちを招き寄せる。

「箒に乗るのは、初歩的な魔法ですわ・・・・・・・まあ、わからない事があったら、何でも聞いてください」

 魔法界の箒って、オレ達の世界で言う所のキックスケーターみたいな物か?

エミリー皇女が何でも聞いてくれと言っている。聞きたい事は山ほどあるぞ。オレは意を決して質問してみる。でも一番ソフトな質問から。どうせオレは小心者さ。

「何故、皇女自ら艦長として、指揮を執ってらっしゃるんですか?」

 艦長とは軍人の仕事だろう。普通は。しかも大佐クラスの佐官でジジイがやる。

「この船は我がブランバンド王国の旗艦です。旗艦の艦長は王族が就任することが我が国の慣習となっています」

 そうですか。まあ、国王自ら戦場に赴くのはどうかと思う。随分古い考えの軍隊だな。

 オレたちはタラップを上がり、船内へ入る。エミリー皇女はすたっと箒から降りた。

 タラップを上っている時に気づいた事があった。

「やっぱり、船体は木で出来ている・・・・・・」

 船体に触れてみた。やっぱり木だ。パラス軍の艦も木で出来ているなら、大火災になったのは納得行く。

「これは、ただの木ではありません。わが国の最先端技術で作られた物です。パラス軍の艦には装備されていません」

 エミリー皇女が説明してくれている。彼女はニコニコ顔で説明している。自分の国の技術に自信があるようだ。

「これは木を圧縮して、木目が交差するように何枚もの板を特殊な接着剤で張り合わせたものです。非常に強靭で軽量な板となっています」

 そ、それは・・・・・・オレたちの世界でも馴染がある材質だぞ。

「それはベニヤ板だな。ホームセンターで買えるぞ」

 ヴァルチャーが回答した。この艦、外板はベニヤ板で出来ているんだな。そりゃ、燃えるわ。

 オレたちは艦内を歩く。廊下は広い、居住性はよさそうだ。最新のイージス艦の廊下はこんなに広くない。

 きゅっ。

 突然右手が握られた。右を向くとエミリー皇女がオレの手を握っていた。ニコニコしながら。

「ごめんなさい・・・・・・御迷惑ですか?」

「いいえ。光栄で有ります」

 正直、悪い気はしない。そりゃあ、こんなに美人な皇女様と一緒に歩けるなんてそれだけでも名誉な事です。

 次に案内されたのはゲストルーム。宮殿のゲストルームが再現されているような豪奢な造りだ。

「これが軍艦か?こんな立派な部屋があるなんて」

 思わず声に出して喋っちまった。置いてあるテーブル。椅子。絨毯。どれも素晴らしい品なんだろうな、と疎いオレでも想像は付く。こんな綺麗で立派な部屋が軍艦の中にあるのがびっくりだ。オレの知っている軍艦は戦闘行為に特化して、性能の追求を第一に考慮された無機質なものだ。少なくとも現用の軍艦じゃそう言う造りになっているはず。オレは海軍じゃないけど。

「この艦は平時においては、国賓をおもてなしする遊覧船にも使われます。この部屋は会議室、ティールーム、そして晩餐館として使います」

 そうなのか。やっぱりオレの世界とは価値観が違う。

「立派な部屋ね。私の王宮にはこれだけ立派なお部屋は無いわ」

 我が女王陛下、マリア様が羨ましいの一言。そりゃしょうがないだろう。わが国は財政問題を抱えているから、税金の無駄遣いはできないんだよ。

 オレ達がいつまでもファントムなんて古い戦闘機を延命して使っているのは、国防費削減とか言って最新鋭機タイフーンの調達数を減らしたからだろう。まあ、戦闘機って一機、百二十億円くらいするけど。

「憧れます。こんなお部屋に来たら、お姫様の気分になります」

金髪碧眼ツインテール少尉の一言。オレは何気なく声のした彼女の方を見たら、目が合っちまった。彼女は真っ赤な顔してオレを睨んだ。意外と可愛い所あるじゃんか。女の子っぽい所が。

「お茶にしましょう。皆さん、席について下さい」

 えっ?見学じゃなかったの?この格好で、こんな豪華な部屋でお茶するの?そういや、エミリー皇女は綺麗なドレスだし、我が女王陛下も正装してらっしゃる。金髪碧眼ツインテール少尉達女性陣は制服だから違和感なし。問題はオレとマーリンとヴァルチャーの三人。だってパイロットスーツにフライトジャケット着てるだけ。見事に場違いな格好だ。軍艦の見学って聞いていたから、この方が動きやすいと思ったんだ。この格好でこの綺麗な椅子に座ったら、この格調高い椅子に申し訳ない気がするぞ。

「ありがたい。じゃあ、遠慮なく頂こうか」

 ヴァルチャーがそう言って、席に着いた。

「大尉。この格好で、この人たちとお茶飲むんですか?アラート・ハンガーでマグカップのカプチーノす すってんのとは違うんですよ」

 マーリンが、ヴァルチャーに詰め寄った。マーリンもこの格好が気になるようだ。

「いいじゃんか。フライトジャケットはファイターパイロットの正装って考えりゃ」

 ヴァルチャーのむちゃくちゃ理論。一般的には屁理屈と言う。

「そうですわ。今は平時ではないのです。ドレスコードなんて気になさらないで下さい」

 エミリー皇女の言葉でマーリンも納得したようだ。ヤツも席に着いた。オレもマーリンたちの方、つまり身分の高い方達とは離れた席へ行こうとした。あれっ?オレの右手をギュッと握り、行かせないように抵抗するものがあった。振り返るとエミリー皇女がオレの右手を握っていた。そうだ、この艦に入った時から握られていた。

「ロジャース様はこちらへ」

執事さんらしき人がオレを招いてくれた。オレの席ってエミリー皇女の隣?テーブルを挟んで向かいには、我が女王陛下、近衛隊のウィリアムズ大尉、金髪碧眼ツインテールの少尉たちそしてヴァルチャー、マーリン。オレは何故かブランバンド王室側に座らされた。

「エミリー、お似合いよ。昔のパパとママ。国王陛下と皇后妃を思い出すわ」

 我が女王陛下よ、それはオレとエミリー陛下が結婚する前提ってことか?

 エミリー陛下は赤くなった。オレは青くなった。

「ロイ。良かったじゃねえか。王家なんて最上級の逆玉だぞ」

 ヴァルチャーめ。ヒト事だと思いやがって。

「新しい、TACネームは《マジェスティ》でいいか?」

 マーリンてめえ!今度、お前のケツに三〇ミリ弾ぶち込んでやる。

「・・・・・・」

 金髪碧眼ツインテール少尉さんはジト眼で睨んでいる。孤立無援とはこの事か?

 給仕さんが紅茶を運んでくれた。いい香りがする。高そうなお茶と食器だ。それと大量のお菓子とケーキ。オレは甘いものは大好きだけど、この量は食いきれないぜ。

「ロイ様。私色々とお聞きしたい事がありますの。宜しいですか?」

「ああ。別に構わんけど・・・・・・」

 エミリー陛下の目は爛々と輝いて、オレの顔を覗き込んでいる。なんだか楽しそうだね。

「ロイ様達が乗っていらっしゃった飛行機械。素晴らしいですわ。何という御名前なのですか?」

「マクダネル・ダグラス F‐4K ファントムⅡ。空軍呼称はファントムFG・1です」

「まあ。何と勇ましい名前でしょう。《亡霊さん》ですか。さぞかし腕のよい工房で御造りになられたんでしょう?何処の工房ですか?」

「マクダネル・ダグラス、セントルイス工場です」

「初めて聞く工房ですわ。さすれば、高名なマイスターがいらっしゃるのですね」

「設計主任はデイビット・ルイスです」

 これでいいのかな?オレはまじめに答えているつもりだけど、イマイチ噛合ってない。

「そうですか。我が国では飛行機械はステータスシンボルですの。飛行機械を持っている騎士様をどれだけ抱えているかが、王家の力となるのですよ。この国はいくつあの飛行機械があるのですか?」

「このリントン空軍基地には十機配備されています。国全体で言うと、古い機体だから三十機かな。最盛期には百六十機はいたと思います。殆どは退役しました。今はタイフーンとトーネードが主力です」

「す、凄いですわ。私の国には二機しかいないのに。敵国のパラス家だって十機なんて大軍でしたのに。 マリア、貴方の家は凄いお力を持っていますね」

「はははは・・・・・・まあね」

 我が女王陛下のほっぺが引きつっているのが見えた。明らかに常識のレベルがエミリー皇女と我々とでは違う。大体、兵器はマリア陛下の財産じゃなくて国民の血税で買ったものだ。

「あのう、すみません。敵のパラス家が十機の飛行機械って言っていましたよね。四機撃墜したから、残り六機しかないって事ですか?」

 金髪碧眼ツインテール少尉さんが右手を小さく上げて発言している。そうだ。オレもそこん所聞きたい。

「そうですわ、残りは六機です……多分。彼らが、人間界侵攻の為に新たな騎士団と飛行機械を雇ったとの情報もありますので、正確には不明です。

 エミリー皇女の情報だと不明なれどあと六から十機の規模だ。我、三〇二飛行隊の全機で対応すれば何とかなるんじゃないの?

「マリア陛下、このシフォンケーキ、凄く美味しい!」

「まあ、本当。美味しい。ねえ、こっちのモンブラン食べて、食べて!」

「いやーん!美味しい!もう、幸せ!」

 エミリー皇女の話を全く聞いていないヤツが若干二名……我が女王陛下と金髪ツインテールの少尉さんだ。ケーキ食うのに全神経を注いでいる。

「このミルフィーユ最高!・・・・・・ところで貴方の御名前は?」

「申し遅れましたマリア陛下。私はカトリーヌ・フランソワーズ空軍少尉です」

「フランソワーズ少尉。よろしくね。私に力を貸して下さい。従姉妹のエミリーを助けたいのです」

「はい。微力ながら、お力添えしたいと思います。このチェリータルト食べてみて下さい」

「この甘酸っぱさのバランスが最高ね」

 ほう。我が女王陛下はしっかりしてるな。ああやって、人の心を掴むんだ。

 そして金髪碧眼ツインテール少尉さんの名前がわかった。

「ところで、フランソワーズさん。貴女、恋人は居るの?」

「ま、マリア陛下?なにを……私は……その……」

「恐れながら陛下、カトリーヌ・フランソワーズは恋焦がれる、片想いの男性がいるのです。寝ても、覚めても彼の事ばかり考えています」

「イカロス、ローズ大尉!何を言ってるの!」

「そうね、そのフランソワーズさんの真っ赤な顔を見れば、良くわかりますわ。貴女の恋が成就すると良いですね。応援しますわ」

「へ、陛下。恐れ多くて……あっ、マリア陛下、このガト―ショコラとマカロン食べてみて下さい。凄く美味しいですよ!」

 食意地が汚い二人はほっといて、エミリー皇女の話は進む。彼女たちは全く会話に参加していない。何の話をしてんるんだ?

「ロイ様はお一人で宿敵パラス家の飛行機械の四割を退治した事になります。これはわが国の歴史始まって以来の大戦果です」

 全然実感が沸かないんだけど。もしかして……。

 もしかして、エミリー皇女の世界では飛行機は凄く高級品で、数が揃えられないのですか?」

 マーリンにオレが思っていた疑問を言われてしまった。学校の授業で、閃いた答えを先に言われた見たいで、なんか悔しい。

「そうです。高額な上に何より、製作に時間が掛かります。腕の良い工房でも、一機作るのに五年近く掛かります。なんでも六、七十年ぐらい前、人間界で戦争に負けた国からもたらされた技術だとか・・・・・・・非常に不安定な乗り物なので、箒に乗る魔法を応用した内燃焼式噴流発動機で飛んでいます」

 皆、「へー」って声が揃ってしまった。どうりでホルテンHo229やYB‐49にそっくりだと思った。なんと言うか、兵器と言うより、工芸品に近い感覚なんだろうな。エミリー皇女の国は。もちろん兵器としては生産性が悪すぎて失格だ。

「こんな大戦果を上げた。ロイ様を好きになりました」

 そんなキラキラした眼で見られても・・・・・・困ったな。

「あの、敵飛行機械へ止めを刺した魔法は何という魔法ですか?空中へ凄く速い炎の魔法を放ったように見えたのですが?」

「AIM‐9Lサイドワインダー空対空ミサイルです」

「初めて聞く魔法ですわ。何の属性ですの?魔法の詠唱は?」

「赤外線ホーミング誘導方式です。ロック・オンして撃つだけです。あの、非常に誤解をされているようですが、自分は魔法を使えません。騎士でもありません」

 エミリー皇女が驚きの表情を見せている。胸元で手を組み、目をうるうるさせていた。オレなんかマズイ事いったかな?

「ロイ様は騎士ではないのですか?ご身分は何ですの?」

 身分か。そりゃ高貴な方は気になるんだろうな。相手の家柄とか、職業とか。隠してもしょうがない無いから、正直に言うか。そしたらこのエミリー皇女も諦めてくれるだろう。

「オレの身分は・・・・・・国家公務員です。そして、フツーの人だ。皇女にわかり易く言えば平民ってトコです」

 エミリー陛下の目のうるうるが臨界を超え、頬に涙が伝うのが見えた。オレが一番気になっていたのはこの身分ってヤツだ。別にエミリー皇女がオレを慕ってくれた事はいい。むしろ嬉しい。魔法使いとかは関係ない。だけど、絶対に破られない身分の壁があるよな。だって、現にエミリー陛下はそれを気にしていらっしゃる。こんな平民と一緒になるなんて、王家末代までの恥とか。だからオレはいまいち乗り気じゃなかった。この国は昔、階級社会で、貴族とかいた。もう廃れているけど階級社会の名残がある。だから余計に乗り気じゃな無かった。

 ―どうせ振られるのだから、傷つくのはもう嫌だな―  と昔の記憶が蘇った。

「いいえ!ロイ様!貴方は騎士様です。騎士様になれる資格は十分すぎる程ありますわ。あのような多大な戦果を上げました。どんな上級騎士でも成し得なかった戦果を上げました。私が教会へ進言すれば、一足飛びに上級騎士になる事も可能です。そうなれば私との婚儀、誰も文句を言いますまい。私とロイ様が魔法界と人間界の掛け橋となるのです」

 言ってる事は良くわからんが、この姫さん意外に根性あるな。少し感心したぞ。と言っても、辺りには微妙な空気が流れている。

「お待ちなされ!皇女!」

 オレの後ろの方から大きな声がした。女性の声だ。振り返ると黒マントを着た女性が立っていた。長い黒髪。切り揃えられた前髪。その前髪にの下で鋭い眼光が光る。まさに戦士の眼だ。マントには幾何学模様が刺繍されている。見るからに魔法使いぽい。

 魔法使いさんはエミリー皇女の前で片膝を付き、頭を伏せた。

「いくら何でも彼を上級騎士に抜擢するなど、他の騎士が黙っておりますまい。しかも彼は魔法が使えないと聞く。これでは皇女の伴侶となるにはふさわしくありません」

「それは・・・・・・貴方の意見でもあるのですか?ディアナ」

「はい。皇女。騎士団長として」

 エミリー皇女とディアナさんは睨んだままだ。重苦しい雰囲気がティールームを包む。この沈黙を破ったのは何と、ヴァルチャーだった。

「俺はそのディアナ殿の気持ちもわかるんだ。新参者がいきなり上級騎士になんてなったら、真面目にコツコツと努力していたヤツらのやる気が無くなっちまう」

 オレは頷いた。オレもそう思う。その騎士さんたちの事を考えたらそうだ。

「逆を言うと、ロジャース少尉が実力を見せて、皆を納得させれば良いのかな」

 ヴァルチャーが更に言い加える。おい。ヴァルチャーその一言は余計な気がするぞ。

「ロイ様の実力ならディアナも見ているでしょ。」

 エミリー陛下がオレを擁護している。話の内容はともかく、ちょっと嬉しい。

「私は、私の眼で、身体でロジャース殿の実力を確かめたい!」

 ディアナさんがオレを睨む。オレなんか悪いことしたっけ?勘弁してくれよ。

「じゃあ、ディアナと勝負してロイ様が勝てば、私との仲を認めてくれるのね」

「はい。皇女。騎士団長として」

 うっ。なんかヤバイ方向へ向かっているぞ。ディアナさんと勝負する事とオレに断る権利が無い事が、オレの意思とは関係なく決まってしまいそうだ。

 ディアナさんは立ち上がり、そして、なんと、腰に下げていた剣を抜いた。ええっ?ここでやんの?危ねーよ。そんなもん振り回したら。

「ロジャース殿。お前も剣を抜け!私と勝負だ。お前は魔法が使えないから、剣で勝負してやる。これで文句はあるまい」

 ディアナさんの眼がギラギラしている。本気だ。

「剣は持っていない。すまんが魔法だけじゃなくて、剣も使えん。オレは騎士でも武士でもない」

「・・・・・・」

 ディアナさんが落胆している。まるで「残念なヤツ」とでも言いたそうな顔で。細く、鋭い眼で睨んでくる。

「魔法だけではなく、剣も使えないとは・・・・・・貴方、本当に騎士ですか?」

「だから、騎士じゃないって。国家公務員でパイロットだ」

「じゃあ私と何の勝負が出来るんだ?白黒付けてやる!」

 困った。かくなる上は上手い事言って逃げよう・・・・・・・。

「オセロで・・・・・・」

 オレの一言で一瞬のうちにティールームは凍りついた。暫しの沈黙。オレは誰も怪我をしない手段を選んだつもりだけど。

「き、貴様!私を愚弄する気か!」

 ディアナさんが激怒して剣を構えた。ヤバイ、斬られるのか?オレはブローニング・ハイパワーを携帯しているが・・・・・・実は拳銃の射撃は苦手な上に、自慢じゃないが下手くそだ。航空機関砲の射撃は得意なんだけど・・・・・・。

「ディアナ殿。待たれよ。貴殿は飛行機械を持っているか?」

 我が女王陛下がディアナ殿を止めてくれた。さすが我が軍の最高司令官(お飾りの)。

「無論だ。私はこのフューリアスに搭載している二機の内、一機を所持している」

「彼はパイロットだから、模擬空中戦をしたら」

 おいおい陛下、それは・・・・・・。

「DACTだな」

 ヴァルチャーがトドメの一言を言った。それを言われると逃げ場が無いぞオレは。

「DACTって何ですか?」

 フランソワーズ少尉がヴァルチャーに尋ねている。やめてくれ・・・・・・その答えをヴァルチャーが言うと、決闘が確実になる。

「DACTとは(Dissimilar Air Combat Training)異機種間空中戦闘訓練。つまり異なる機種での空中戦闘訓練。同じ機種で空中戦の訓練をしても、飛行特性が同じだから実際の戦争では通用しない。異なる飛行特性の機種で戦闘訓練した方がより実戦的だ。戦場で敵は選べないからな」

 


 楽し美味しティータイムは終わりを告げ、オレ達はフューリアスを後にした。船に付いているタラップを降りて地上についた。オレ、マーリン、ヴァルチャーそして金髪碧眼ツインテールの少尉改め、フランソワーズ少尉ほか女性の士官二名。

 うん皆いるな。オレ達全員が降りた後、エミリー陛下と黒マントのディアナさんが降りてきた。これで全員だ。これから船内の格納庫に向かい、フューリアスの戦闘機を見せて貰う。オレはそっちが楽しみだ。

 オレ達の前に青色マントのオッサンが近づいて来た。この人が案内してくれるのかな?

「貴様!パラス家の冠者か!」

 その場にいるオレ達は何の事か理解できなかった。ただ唯一、ディアナさんが敵の侵入に気付いた。スラリと剣を抜き、青色マントの男と対峙する。

「バカな人間共め!魔法の力に屈するがよいわ!」

 青色マントの男が右手を空に掲げ、何か呟いている。もしかして、呪文か?

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 大音響と共に地面から岩が盛り上がって来た。

「ゴーレムだ!逃げろ!」

 ディアナさんが叫ぶ!岩は巨人の形となり、ドンドン大きくなって行く。オレ達は……その様子に見とれていただけだった。

「巨大ロボット?」

 オレ達の認識はその程度だった。

 ゴーレムは二体現れた。そのうち一体はエミリー皇女とディアナさん方へ。もう一体はオレ達の方へ・・・・・・。

 ガオオオオオオ!

 ゴーレムは雄叫びを上げて、オレ達に向ってきた。近づいて見ると、でけえなあ。三メートルはあると思う。ディアナさんが一人立ち向かって行った。

「ここは、私が食い止める!皆早く逃げろ!魔法を使えないヤツは戦う資格は無い!」

 ブウウウウウン!

 ゴーレムが拳を振り回してオレ達に迫る。ディアナの剣は炎で燃え盛り、ゴーレムの拳を切り裂いている。すげぇ……どい言う仕組みだ?

 オレ達は走って逃げた。先頭は、我が女王陛下。意外に足早いな。後ろに続くのはウィリアムズ大尉。ヴァルチャーも。その後に続くのは女性陣。オレは出遅れた。

「きゃっ!」

 オレの目の前でフランソワーズ少尉がコケた。なんてお約束な事してんだ。振り返るとそこにはゴーレムのでかい拳。ブンブン振り回している。あんなのに当たったら、全身骨折でイチコロだぜ!

 オレは転んでいるフランソワーズ少尉を脇に抱え、飛び退く。

 ズシーン!

 ついさっきまでオレ達がいた場所に、ゴーレムのゲンコツが落ちた。まるで削岩機だ。

 オレはすかさず、フライトジャケットの下に携帯していたブローニング・ハイパワーを取り出し、ゴーレムの顔面めがけ撃ち込む。これだけでかい顔なら外さねえ!

 ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン!

 十三発撃った。拳銃のスライドが後方で止まっていた。つまり弾切れ。全弾撃ってしまった。ゴーレムは何事も無かったように、再び拳を振り上げた。

 ズシーン!

 間一髪、オレはカトリーヌ少尉を抱き抱え、拳を避けた。

「あんたの拳銃下手ね!全然効かないじゃない!」

「しょうがねえだろ!九ミリパラじゃ岩相手に何が出来るんだよ!二〇ミリバルカンじゃねんだ」

 オレは再びカトリーヌ少尉を抱きかかえながら、走って逃げた。ゴーレムはズシン、ズシンと大きな足音を発てて追ってくる。デカイ割には走るの速いじゃねえか。

 オレ達がゴーレムにチョッカイを出していた間に、他の連中は逃げやがった。

「あんたが、拳銃でゴーレムの顔を撃ったから、怒ったんじゃないの?」

「ああ!そのようだな・・・・・・抱っこしているけどセクハラで訴えんなよ」

「わかってるわよ!」

 フランソワーズ少尉の軽口に付き合ってやったが、ピンチなのは変わらない。

 頼みの綱のディアナさんは・・・・・・折れた剣を持って、片膝付いている。ゴーレムにやられたか?オレも魔法学校に通学していればよかった・・・・・・・・。

 いずれにせよこのままでは追いつかれる。チラッと六時方向を見ると、そこまで迫って来やがった。拳を振り上げ、オレ達を狙っている。

「くっそう!このままじゃやられる」

「拳が来る!左に逃げて!」

 抱きかかえているフランソワーズ少尉がちょうどオレの六時方向を見られる格好になっていた。

「このおおお!」

 フランソワーズ少尉を抱きかかえたまま、左に飛んで芝の上をスライディングした。抱きかかえたフランソワーズ少尉が怪我しないよう気を使ってやった。有難く思ってくれるといいんだけど。

 ズシャ!とオレの後ろにゴーレムの拳が落ちてきた。

 ゴーレムの拳はかわしたが、オレはまだ立ち上がれなかった。ゴーレムはオレの目の前に仁王立ちしている。万事休す!逃げ場がない。ゴーレムは両拳を振り上げ、オレ達をペシャンコにしようとしている。 オレはカトリーヌ少尉を出来るだけ遠くに放り投げた。

「きゃあ!」

 カトリーヌ少尉は悲鳴を上げ、お尻から落ちた。オレはそれを確認して、ゴーレムに対峙する。が、拳は目の前に迫っていた。

「南無三!」

 オレは念仏を唱えた。

 ズダーン!

「?」

 オレの目の前でゴーレムの右拳が砕けて消えた・・・・・・?

 ズダーン!

 今度は左拳が砕けて消えた。

 ズダーン!

 ズダーン!

 ズダーン!

 銃声がする度にゴーレムが砕けていく。終には元の岩に戻ってしまった。

 銃声の方を見ると巨大な銃を構えている兵士が立っていた。緑色のポンチョを込んで、バレットM82A1を構えている。そうか、十二・七ミリ弾なら岩をも砕く破壊力だ。

「大丈夫か?」

 オレは放り投げたフランソワーズ少尉を助け起こした。

「ええ。大丈夫よ・・・・・・」

 少尉は無事のようだ。

「大丈夫でありますか?」

 M82を担いだ兵士。少年兵だな。見た感じ。徽章は伍長だ。こちらに駆け寄って来た。

「助かったよ」

「油断は禁物です。敵の気配が消えていません」

 少年兵はM82A1を構え、警戒している。そして、オレに拳銃を渡してくれた。オレも周囲を警戒する。フランソワーズ少尉は地面に伏せさせている。

「そうだ!青色マントのヤツがいねえ!アイツが指揮官だ!」

 オレは青色マントを探した。アイツが魔法でゴーレムを作った所を見たんだ。

「いた!アイツか?」

 少年兵が指を刺す。その方向にいるのは、宙を舞う青色マントの男だった。

 何と、エミリー皇女と戦っている。

「皇女自ら戦われるとは、全力を持って葬ってあげましょう」

「私たちはパラス家には屈しません」

 あれが魔法使いの戦いか・・・・・・テレビや映画の世界だと思っていたけど、現実にあるんだな・・・・・・って感心している場合じゃない。エミリー皇女を援護しなきゃ。オレは拳銃の射撃には全く自信が無いから、専門家に頼もう。間違ってエミリー皇女に当てたら洒落にならない。

「伍長。あの青色マントを狙撃出来るかい?出来れば殺さずに。捕虜にして尋問したい」

「可能です。やりましょう」

 伍長はポンチョの中から狙撃銃を取り出した。L96A1狙撃銃。伍長はサッと構えて狙い撃つ。

 タン!

 乾いた音が一発。

 宙に浮いていた青色マントが地面に落ちた。

「命中です。殺してません」

「行くぞ伍長。フランソワーズ少尉はここに伏せていて」

 オレと伍長は銃を構え、青色マントに近づく。少しでも妙な動きをしたら銃をぶっ放して蜂の巣にしてやる。

 エミリー皇女はしゃがみ込んで、「ぜいぜい」と肩で息をしていた。綺麗なドレスはボロボロになっていた。

 青色マントの男はモゾモゾ動く。死んでいないようだ。このまま捕虜にする。

「人間ごときが・・・・・・私のゴーレムを倒すなんて・・・・・・信じられん」

 青色マントが捨て台詞を吐いている。

「お前ら魔法使いはオレ達の事、ナメすぎなんだよ!自惚れが敗北を招くんだ!」

 青色マントの男は鮮血で溢れる左の肩口を押さえ、ヨロヨロと立ち上がった。

「人間め、我ら魔法使いの積年の恨みを忘れるなよ!」

 そう言って消えた。目の前から《フッ》と消えた。なんだ?また魔法か?・・・・・・。

「テレポートです」

 ボロボロのドレスを引きずって、エミリー陛下がやってきた。

「皇女、大丈夫ですか?」

 オレはフライトジャケットを脱ぎ、皇女へ着せた。ドレスの破れた所から、下着がチラチラと・・・・・・目の毒だから着せた。

 おっと、もう一人、怪我人がいた。ディアナさんが片膝付いている。オレは助け起こそうと、手を伸ばした。

「いらん!貴様の手は借りん!」

 パシンとオレの手を弾き、立ち上がって、去っていった。うーん。嫌われたな。完璧に。最近女運が悪いな・・・・・・あっ。昔からか。

「伍長、有難う。助かった。名前は?」

 ウィリアムズ大尉が伍長の肩をポンと叩く。伍長はここに来てやっと警戒を解いた。

「はい。エドワード・ハイネマン伍長です。基地警備隊です」

「ここは危険かもな。魔法使いは基地ゲートを通って来た訳ではないだろう」

 ヴァルチャーも戻ってきた。

「そうですわ、油断していました。ここまで追ってくると思っていませんでした。私の艦でこの基地に結界を張ります。ブランバンド家と契約していない魔法使いは入れません」

 エミリー陛下が両手を握り、お祈りのポーズをしている。

「テレパスよ。艦内の魔道戦士官に結界の指示を出してるわ」

 我が陛下、マリア様が汗でびっしょりと濡れた髪の毛を払いながら、オレ達の輪に入って言った。何処まで走ったんだ?女子マラソンでゴールした選手のようだ。

「オリビア、こちらの世界・・・・・・・・と言うより、王室に手引きした者がいるわね。エミリーがここにいる事は秘密のはずだし、魔法界の人間がこの世界には簡単に来れないもの」

 我が陛下はなかなか切れ者のようだ。

「はい陛下。すぐに調査致します」

「そうね、ただ、感付かれないようにね。敵の警戒レベルを上げたくないわ」

「はい。マジェスティ。ハイネマン伍長、一緒に来て私たちを警護しなさい」

「イエッサー!」

 我が陛下とウィリアムズ大尉はエミリー皇女と艦に戻った。陛下たちを警護する形でハイネマン伍長も続く。

「俺たちはアラート・ハンガーで待機だな」

 オレは芝の上にヘタリ込んでいるカトリーヌ少尉に手を差し延べた。

「大丈夫です。一人で立てます」

 彼女は立ち上がり、パンパンとお尻を払った。ほっぺをプーと膨らまして。赤い顔して怒っている。

 こっちの女性にも嫌われている。オレはつくづく女運が無い。少し・・・・・・いや、かなり傷ついた。オレ達はアラート・ハンガーに戻って行った。

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