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第2話 未確認飛行物体

「もう!ロイったら早くしてよね」

 オレの手を引く彼女、付きあって三カ月がたっていた。周りから見れば、オレ達は幸せの絶頂なんだろうな。

「ねえ、私、ジェラート食べたい。一緒に行こうよ。ロイ」

 放課後、学校帰りのオレ達は、帰り道にある、アイスクリームショップへ向かって歩いていた。

「カレン!」

 彼女を呼び止める大きな声が、オレ達の背後から聞こえて来た。

 オレとカレンは振りかえった。そこには一人の男がいた。

「トーマス……」

 彼女が男の名前を呼んだ。察するにこの二人は知り合いなんだろう。

「カレン済まない……僕が悪かったよ。君の気持ちをちゃんと思って上げる事が出来なかった。許して欲しい。もう一度やり直せないか!僕は君が居ないと生きて行きない」

「トーマス……」

 彼女は顔面蒼白で、オレと男を交互に見る。そして、泣き出してしまった。

「ごめんなさい!ロジャース!私、好きな人がいたの!私……寂しかったから、あなたに甘えてしまって……。私は自分の本当の気持ちに嘘は付けない。」

 彼女はトーマスの方へ駆けだした。二人は抱き合う。

「トーマス……好きよ」

「カレン、僕もだよ」

 二人は腕を組み、オレの前から去って行った。夕陽に溶け込むように去って行った。オレは何一つ言い返す事が出来なかった。

 オレは振られた。付き合って、三ヶ月も経たないうちに。相手の女の子はハイスクールの同級生だった。彼女の方から交際を申し込まれたのだが、どうやら彼氏さんと喧嘩した腹いせでオレと付き合い始めたらしい。オレの立場って何?

 まあ、二股かけられるよりかマシだな。なんと言おうか、惨めだけど。以後、オレは女の子が苦手になっていた。オレのハートは相当傷ついたらしい。

 初めて付き合った女の子にそんな振られ方をしたら、誰だって傷つく。深く傷つく。

失意のうちに、ハイスクールを卒業した。オレの名はロイ・ロジャース。当時はまだ十八歳の春だった。

凄く残酷な話だった。



「いい天気だなあ」

 オレは部屋の窓から、空を眺めていた。春、麗らかな青空。暑くもなく、寒くもない。丁度いい季節。 オレはこの季節が大好きだ。仕事も暇だし、眠くなってくるぜ。決して座り心地の良くない、パイプ椅子に座り空を眺めていた。ハイスクールの頃の苦い思い出を思い出して。

「あんなこともあったけな……」

 失意のうちに、ハイスクールを卒業して、割と給料がいい仕事に就いた。ここはヨーロッパの小国ながら、先進工業国として名を馳せている。仕事を努力すれば、見返りも得られるもんだ。

 でも今は暇。凄く暇。今のオレはただ、ひたすら待つのが仕事。これで給料がもらえる。

割の良い仕事かと言えば、これでもちょっとは危険な仕事だ。世の中に楽な仕事なんて存在しないと思う。

 もし、ハイスクールの時、彼女に振られていなければ、この職業に就けたか自信が無い。多分、情に流され、『彼女と離れたくない』と思って、地元から離れると言う冒険もしなかったであろう。

「今、あの娘はどうしているだろうか」

 昔の事を思い出し、そんな事を考えしまった。未練がましいな、オレは。反面、凄く傷いたんだなぁ、と当時を振り返る。

 そんな思いとは裏腹に実はその娘の顔を殆ど思い出せない。そうやって辛い思いでも少しずつ忘れていくのだろうか。そして思う事は一つ。

「美人で、可愛くて、優しくて、御淑やかで、オレの事を一番大切に思ってくれる彼女が欲しい」と。これは万国共通の、男の、永遠のテーマであろう。でもそれは、幻想だ。

 どんなに素敵な彼女と付き合っても、いつかは振られんじゃないかと思うと、女性と仲良くなれない。むしろ辛い目に遭うくらいなら、彼女なんて居ない方がいいとも考えてしまう。完璧な人間なんていやしない。決して女の子が嫌いじゃないけど。どちらかと言うと好きだけどさ。

 こんな事くだらない事を考えてしまうくらい暇だ。もう三時間以上パイプ椅子に座り、待っている。


 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリン!


 突然ベルが鳴った。火災報知器のように強烈なベルの音。けたたましく部屋中に鳴り響いている。そこに居た四名全員が、壁に付いている警告指示灯を注視した。

「ホット・スクランブル!」

 オレ達はパイプ椅子から飛び降り、扉を乱暴に開き、部屋から飛び出し、駆けた。

 春の日差しは暖かく、駆け抜けるオレの頬に心地よい風が当たる。草木が芽吹く匂いを感じながら、走る・・・・・・なんてハートウォーミングな感想を言ってる場合じゃねえ。

 今のオレは一分一秒を争い、全力疾走する。

 扉の前には、巨大な格納庫が二つ並んでいる。オレは向って左側の格納庫に全力疾走。

 オレと並んで格納庫に十人ばかりの男たちが飛び出して来た。

 格納庫出入り口の扉を押し開く。扉の先にある物は・・・・・・。

 全長十九メートルの戦闘機。F‐4Kファントム。空軍呼称ファントムFG・1と呼ばれる二人乗りの双発大型要撃戦闘機。オレの愛機はエクストラ・ダーク・シーグレイと呼ばれる青いグレイの洋上迷彩塗装が施されている。

 機体シリアルナンバーXT597。垂直尾翼には部隊マークの剣に巻きつく蛇が描かれている。

 オレは愛機のコクピットに立てかけられた梯子に飛び付き、前席コクピットに座る。

 SC。スクランブル発進。対領空侵犯措置行動。この国の領空へ接近する国籍不明機に対して迎撃行動をとる。

 オレが前席に座ると後席のRIO(迎撃士官)の相棒も乗り込んできた。相棒の名前はジョニー・キャッシュ少尉。

 オレはヘルメットを被り、ベルトを締め、酸素マスクをつける。エンジン・マスター・スイッチON。 スロットル・レバーをIDLE(アイドル)ポジション。イグニッション・スイッチ……エンジンスタート!

 ヒュゴゴゴゴゴゴオオオオオ

 ターボ・ファンエンジンが始動し始めた。ジェットエンジンは始動に時間が掛かる。

「マーリン!慣性航法攻撃装置作動!」

《マーリン》とはジョニー・キャッシュ少尉のTACネーム。まあパイロット同士が呼び合う通り名みたいなものだ。

「了解、ケストレル。慣性航法攻撃装置作動」

《ケストレル》はオレのTACネーム。愛機のコールサインはバイパーセブン。

 ヒューイイイイイイイーンンンンンン

 エンジンのタービン音が高鳴って来る。ジェネレーターの発電量が上がって来た。IFF(敵味方識別信号)・ON、INS・ON!

 整備班がミサイルについている安全ピンを全て外したと手信号で合図する。搭載している兵装は全て実弾だ。

「こちらジョーズ。バイパーワン、バイパーセブン、スクランブル発進!」

 右側のアラート格納庫(ハンガー)の隊長機から発進命令が下った。整備員が車輪止めを外した。オレは整備班に敬礼し、キャノピーを閉じる。隊長機の左翼後ろに付き、誘導路を走る。

『バイパーワン、バイパーセブン。クリアード・フォー・テイクオフ』

 管制塔から離陸の許可が下りた。スクランブル発進の場合、誘導路から全速で滑走路へ飛びこみ、リヒート全開で飛び上がる。通常離陸の時は誘導路を徐行し、滑走路で一時停止する。だが、緊急発進は全てに優先される。

「行くぜ!」

 オレはスロットル・レバーを前に倒す。MAXポジション。F‐4はあっという間に離陸し、身体に強烈なGを与える。左の目の前には隊長機が放つオレンジ色のリヒート炎が見えている。

『バイパーへ。ターゲットポイント、ヘディング二七〇、アルチ三万〇〇〇〇フィート、スピード、マック、ワンポイントスリー。現場でドラゴン隊がインターセプト』

 AEW(早期警戒機)よりターゲットポイントの指示が出た。既に別ユニットが迎撃している。オレたちは増援と言う訳だ。

「バイパー・リーダー了解」

 隊長より指示に対する応答が出た。目標まで八分少々掛かる。F‐4は全速で飛ぶ。あっという間に音速を超え、速度マッハ一・三。コクピットの横にある空気取り入れ口のスプリッター・ベーンの先端から 音速衝撃波の白い筋が見えている。

 愛機にはスカイフラッシュ空対空ミサイル四発。サイドワインダー空対空ミサイル四発。翼下に三七〇ガロン増加燃料タンク二本。胴体下に六八〇ガロン増加燃料タンク一本を装備している。標準的な要撃戦闘装備だ。

『バイパーへ目標位置修正。ヘディング一九〇、アルチ一万〇〇〇〇フィート』

「バイパー・リーダー了解」

 無線で情報を聞く。いつもと違う事があった。オレはマーリンに機内マイクで話かける。機内マイクは無線に通じていない、パイロットとRIOのみの会話で使用する。

「AEWのオペレータの声、女だな。珍しいな」

「そうだな。よく、ラジオのDJとかって、声のイメージで自分勝手に容姿を想像するだろ。その後、本 人の写真見て、イメージと合ってたら、嬉しいよな」

 マーリン、こいつ、緊急発進中に何言ってんだか。さすがこの訳あり飛行隊へ配属された事はある。

 隣の隊長機はエア・ディフェンス・グレイと呼ばれる淡いグレイの防空迷彩塗装が施されている。上空で目立たない配色だが・・・・・・隊長である《ジョーズ》ラッセル・アルバート少佐の機体は垂直尾翼が真っ赤に塗られている。迷彩塗装が台無しの真紅。おまけに、TACネームの由来で、機首のレードーム下面には《シャークマウス》が書き込まれている。戦場で目立つ色にしてどうするんだ?

 ジョーズは飛行歴二十年の大ベテラン。しかもこの第三〇二飛行隊の飛行隊長でもある。一方オレは最近実戦配備となったルーキー。実はスクランブルは三回目だったりする。故に、ベテランとルーキーの組み合わせなんだ。

『こちらドラゴン。機体不調だ。現場を離脱する!』

 なんだ?変な無線が入った。機体不調とは今どき珍しい。整備をサボったか?

『ドラゴンへ、こちらAEWミネルバのオペレータ《キティ》 です。機体不調は一番機か?それとも二番機か?』

『こちらドラゴンワン。両方だ。タイフーン二機とも不調だ。オーバー』

 何だと?タイフーンF・2は最新鋭多目的戦闘機マルチロールファイターだ。実戦配備されて間もない機体だ。それが、二機とも不調とはあり得ん。

『了解。ドラゴン、離脱を許可する。バイパーは現場へ急行せよ』

 AEWから指示が出た。

『バイパー・リーダー了解』

 何か変だ。オレの第六感が囁く。これはヤバイ感じがする。確証は全く無いが・・・・・・。

「なあ、マーリン。おかしくねえか?タイフーンが揃って二機不調なんて」

 オレは後席のマーリンに話かける。

「気のせいだろ。最新鋭機だって所詮は機械だ。生産ブロック毎の不良なら、二機揃って不調になるんだろ」

 まあ、マーリンの言ってることは間違いじゃねえが、でも、オレには別に何か原因があるような気がしてならない。

『レーダー、コンタクト!ヴィクター・ツー・イレブン。ターゲットワン!』

 隊長機の後席 《エイヴォン》スティーブン・ライアン大尉からの敵発見コール。

「マーリン!」

「おうよ!捕まえた。距離五八ノーチカルマイル。機数一!」

 機数は一機・・・・・・そんな事は無いだろう。レーダーの分解能なんてあてに出来ない。四機が密集編隊を組めば、レーダー・スコープには一機で映る事もよくある。単機で領空侵犯なんて考えられない。

『各員、アイ・ボールセンサーマークワン』

 隊長から指示が出る。アイ・ボール、すなわち『自分の目玉で目視確認せよ』と言っている。今日は快晴。視界を遮るものは一切無い。そろそろターゲットが見えてくるはずだ。

「マーリン、スカイフラッシュ、ロック・オンだ!」

「了解。スカイフラッシュ、ロック・オン」

 オレはマーリンに中射程ミサイルのロック・オンを命じた。レーダー上でロックオンする。敵機は目視出来ていないが、なにかあったらすぐにぶっ放せる状態にする。

 レーダー・スコープの敵機はどんどん迫って来ている。

 オレは十一時方向、下に空に浮かぶ黒い点を見つけた。直感的に【敵機】と認識する。この商売、ある程度携わっていると、黒い点だけで、敵か、友軍機か見分けが付くようになる。

「タリホー!敵機(ボギー)。イレブンオクロック、ロウ!」

 オレは敵機発見のコールを発した。

『ダイブして接近する。バイパーセブン、続け』

「了解」

 オレは隊長機の指示に従う。

 二機のF‐4戦闘機は一糸乱れぬ綺麗なターンを決め、敵機に向かって突っ込んで行く。

 黒い点がドンドン大きくなって行く。機数は一機。不自然に一機。大形爆撃機か?見たこと無い形だ。いいや・・・・・・飛行機か?変な形だ。えらくゆっくり飛んでる。

「何だ?ありゃ・・・・・・」

 オレ達は思わず口にしてしまった。

『おい!見ろ!』

「信じられない・・・・・・」

『あり得ない・・・・・・』

 俺達が見たものは・・・・・・・目を疑う光景だった。

「船が空を飛んでいる・・・・・・」

 見たまんまを言う。船が空を飛んでいる。その船は大きな蒸気船。航空力学を完全に無視して空を飛んでいる。船の形は・・・・・・そう、昔の蒸気船みたいで大きな外輪が船の両舷でクルクル回っている。あれが推進装置か?

「こちらケストレル。信じてもらえないかもしれないが、船が空を飛んでいる」

 


 ケストレルたちが急行したポイントから南に百キロの上空。一機の飛行機が飛んでいた。その飛行機の背面にはポリバケツの蓋のような大きな円盤を背負っていた。円盤は一分間に六回の速度で回転している。

 AEW(早期警戒機) E2Cホークアイ、パーソナル・ネーム《ミネルバ》が上空で国籍不明機の監視を続けている。その垂直尾翼には名前の由来か、女神様が描かれている。

 機内でレーダー・スコープを凝視する女性がいた。彼女はパイロットと同じセージグリーンのフライトジャケットを着込み、頭にはヘッドセットを付けていた。

 まだ幼さが残る顔立ちで、長く美しい金髪を左右に分けて縛ってある。今風に言うと、ツインテール。 スコープを見つめる瞳は深い青色。

「ロスト・コンタクト!ターゲット消失・・・・・・いや、再びコンタクト有り!レーダーが不調のようです」

「キティ、焦らなくていい。どうやら強力なECMがあるようだ。」

 彼女の名はカトリーヌ・フランソワーズ。TACネームは《キティ》この職場、実戦配備されてまだ日が浅い。隣のレーダー士官クラレンス先任大尉のアドバイスを受けながら任務を実行している。

 キティはレーダー・スコープを見つめながら、なんとも言えない不可思議な感触を味わっていた。

「レーダーの不調でもない。ECMでもない。だってコンソールパネルの警告灯は一切ついていないもの。どっちかって言うとターゲットがレーダー波を反射していない感じ?」

 こんな事は初めてだ。ステルス爆撃機・・・・・・にしてもレーダーの反応がなさ過ぎるわ。ステルス だって、レーダーに映りにくいのであって、全く映らないわけではない。キャッチできなくても、多少なりとも痕跡は残るわ。排気煙の反応とか・・・・・・私が操作しているレーダーは先進的な最先端装備。第三国の中古レーダーじゃない。そのレーダーが全く反応しなくなるなんて事は有得ない。ECM対して、ECCMを実行しているし。

 私はそのターゲットを目視してみたかった。責任感半分、怖いもの見たさ半分かな?

「クラレンス先任大尉、レーダーの反応がよく有りません。もう少しターゲットに接近したいのですが・・・・・・」

 私はクラレンス先任大尉に接近を進言した。どうかしら、だめかな?

 クラレンス先任大尉は私の横で逡巡している。

『こちらケストレル。信じてもらえないかもしれないが、船が空を飛んでいる』

「?」

 ミネルバの搭乗員全員の目が点になった。ケストレルに何があったの?船が飛んでるなんて、不明瞭極まりない報告だった。

「クラレンス先任大尉!インターセプトのバイパー隊の事が心配です」

 私の好奇心は最高潮になった。

「そうだな、接近してみよう。ケストレルも気になるが、ドラゴン隊が揃って不調になった原因がわかるかもな。キャプテン、頼む」

「了解、ヘディング〇二六、全速」

 ミネルバのキャプテンTACネーム《イカロス》ダイアン・ローズ大尉が機体を大きくバンクさせ、目標へ向かう。



『バイパーセブン、ターゲットの左後方へつけるぞ。速度を合わせろ』

「了解」

 オレは隊長機の後方へ付き、ターゲットに接近する。ターゲットはゆっくり飛んでいる。速度を合わせるのが結構難しい。戦闘機ってゆっくり飛ぶのが苦手なんだよ。オレの愛機のコクピットはピーピーと失速警報が鳴りオーケストラを奏でている。

 ターゲットに接近。船の上に人影はない。船体は・・・・・・木で出来ているみたいだ。純白で美しい船体だと思ってしまった。

『バイパーセブン、こちらジョーズ。一応、警告を実施してみようか。このままターゲットが直進したら、領空侵犯しちまう』

「バイパーセブン了解。マーリン、警告を実施せよ」

 オレは後席のマーリンにターゲットに対する警告をするよう指示した。

「おい、ちょっと待てよ。警告するのか?大体何語で警告すればいいんだ?英語?ロシア語?どれも通じそうにないぞ」

 まあ、お前の気持ちもわかるが・・・・・・。

「これも任務だ、取り敢えずやってみろ」

「わかったよ。まずは英語で・・・・・・Attention!  Attention! We are ROYAL AIR FOCE. You are approaching ROYAL air domain. Take revise Corse immediately! 」

 ターゲットは反応なし。やっぱりか。

「マーリン通じてないな。残念だけど」

「そら見ろ。空飛ぶ船は異世界の乗り物なんだろ……いいや、こんな高性能な飛行物体を作れるのは日本人しか居ねえ!こうなったら、日本語で警告してやる」

 マーリンは日本語が堪能だった。それは何故か?日本製のDVDソフトが趣味だから。独力で勉強したらしい。マーリン、その情熱は本業に回せよな。

「警告する。我々は王室空軍だ。貴機は王室の領空へ接近している。直ちに進路を変更しろ!」

 マーリンが日本語で何か言ってる。ほかのやつには理解できんな。オレもわからん。

 するとターゲットが進路を変えた。ゆっくりと、右へ旋回し始めた。

『やるじゃねえか、マーリン。言葉が通じた見たいだぞ。こんな訳のわからんヤツにはさっさとお引取り願おう』

 ジョーズから無線が入った。確かに空飛ぶ船とは関り合いたくない。トラブル臭がぷんぷんとする。

「そら見ろ。空飛ぶ船なんて凄い物を作れるのは、日本人くらいだ」

 だけど・・・・・・このまま、引き取って貰っていいのかな。空飛ぶ船なんて、どう見たっておかしいだろう。

『ミネルバよりバイパーへ。こちらも目視確認した。引き続き、監視と写真撮影を実施されたし。オーバー』

 さっきの女の人の声。俺は愛機のコクピットから上空を見上げた。戦闘機のコクピットは視界がいい。俺の真上に小さな黒い影。ロートドームを背負った早期警戒機。ミネルバのようだ。

 オレは視線を戻して前を見る。光学照準器越しに隊長機の赤い垂直尾翼が見える。その先に空飛ぶ船が見える。そして、オレはキャノピーの枠に取り付けられた、リヤビュー・ミラーを見る。パイロットは後方警戒を怠らないものだ。

 そのミラーに不思議な光景が写っていた。

 水しぶきを上げ、真っ黒いものが“浮上”して来たように見えた。不思議な光景に見とれてしまって、反応が遅れた。その黒い塊が、煙を吐いて、浮上してくる。どう見ても蒸気船だ。黒い蒸気船。そう見えた瞬間、オレは「はっ」と我に返った。

「チェック・シックス!ニューターゲット!シックス・オクロック!」

 オレは怒鳴るように叫んだ。マーリンが後方を確認している。

『ブレイク!ナウ!バイパーセブン!』

 ジョーズから散開の指示。オレは訓練でやっていた通り、左へ急旋回する。強烈なGが体を襲う。隊長機はそのまま急上昇。ニューターゲットの黒船は・・・・・・オレ達に目もくれず、真っ直ぐ白い蒸気船に向かって突き進んでいた。

「マーリン!ニューターゲットを捕捉できるか?」

 オレは旋回して黒船の後方につけた。レーダーでロック・オンを掛ける。

「だめだ!レーダーに反応がない!前方の二隻は全く反応がない!」

 マーリンが慌てたように答える。ターゲットは目視出来るのに、レーダーの反応はない。それなら・・・・・・オレは冷静に対処した。レーダーが壊れる事だってあるのだから。

「ミネルバ!ニューターゲットを捕捉できるか?」

 オレはミネルバに同じ事を問う。

『ネガティブ!こちらのレーダーにも反応がありません。全く映らなくなってしまったわ!それどころか、探知システムは全てエラー表示。コクピットの飛行計器の表示もおかしいわ!飛んでいるだけで精一杯よ!』

 ミネルバも慌てているようだ。

『落ち着け!目で見えてりゃ勝負になる!ドッグ・ファイトに持ち込め』

 ジョーズだ。さすが百戦錬磨のパイロット。言い放つ言葉に重みがある。

 ジョーズはオレの後方に付いた。オレがオフェンスでジョーズが援護。機位を入れ替えた。

「黒船はデカイぞ!あたご型ミサイル護衛艦よりもデカイ。あいつとドックファイトなんて出来っこねえ!」

 マーリンは相変わらず訳のわからん事をいう。まあオレも船相手にドッグ・ファイトは無理だと思う。

『ジョーズ!ケストレル!警戒しろ!黒船の船底から何か飛び出した!艦載機だ!四機!』

 エイヴォンの警告。この一言で一気に緊張度が増した。発進した艦載機は全翼機でブーメラン見たいな形をしている。結構大きい。A‐4スカイホークと同じくらいだ。特徴的なのはその塗装だ。四機それぞれ派手な色使いをしている。金色のヤツ。紫のヤツ。シルバーのヤツ。そして白いヤツ。よく見ると、装飾なのか派手なラインや、紋様が機体に入っている。戦場で非常に目立つ。

 ドン!ドン!ドン!ドン!

 黒船の艦首がピカピカと光が瞬いた。あの光は間違いない・・・・・・。

「黒船発砲!目標は白い蒸気船だ!ヤツらドンパチ始めやがった。」

 状況はどんどん悪い方向へ向かっている。母国の領空スレスレの場所で、得体知れないヤツらがドンパチ始めやがった。黒船から発進した艦載機は蒸気船に向かって機銃の反復攻撃をしている。

『バイパーセブン。一度散開して距離を取る。巻き込まれたらたまらん!』

「了解。ブレイク!ナウ!」

 ジョーズの意見は賛成。今回はオフェンスのオレが散開の指示を出す。オレが垂直上昇し、ジョーズが左急旋回を決める。蒸気船から離れようとした時、黒船から長い火柱が上がるのが見えた。その火柱は隊長機に向かって真っ直ぐ飛んで行く!

「パイパーワン!SAMだ回避!」

 オレは隊長機に向かって叫んだ。艦対空ミサイル(SAM)が隊長機目掛け至近距離で発射された。隊長機はチャフとフレアをバラ撒き、回避機動を行った・・・・・・。

 ドゴーン!

 対空ミサイルは隊長機の後方で爆発した。隊長機が黒い煙を吐きながら降下して行った。

『メイデイ!メイデイ!こちらバイパーワン!被弾した。離脱する』

 その言葉を最後にバイパーワン。ジョーズとエイヴォンは消えた。

「くっそったれ!巻き込みやがって!」

 オレは一瞬で怒りが全身を駆け巡るのがわかった。黒船にオレの怒りの矛先が向く。

「こちらバイパーセブン、マーリン。隊長機がアン・ノンに撃墜された。増援の要請と反撃の許可を!」

 マーリンが状況をHQ(中央作戦司令室)へ報告する。

『こちらHQ!今、リントンABからSCが発進した。あと五分持ち堪えろ!オーバー』

「五分も持つか?こっちは一機だけだぜ!」

 マーリンの言葉には不満が滲んでいた。物事真面目に考えりゃ不満の一つも出るもんだよな・・・・・・だが、そんな事言ってる暇はなさそうだ。ミネルバがピンチだ。


「いやあああ!」

 私は見てしまった。友軍機が撃墜される瞬間をレーダー・スコープ越しに。人が死ぬ瞬間を。この仕事に就いて日が浅い私にとって、凄まじい衝撃となった。足がガクガクと震えだした。涙も出てきた。正直怖い。自分が死ぬかも知れない、仲間が死ぬかもしれない。兵隊になって覚悟は出来ていると思っていたけど、実際にその瞬間に立ち会うとすごく怖い。クラレンスン先任大尉が私に向かって何か言っているけど、全然耳に入らない。

 ふと見上げると白い飛行機が私に向かって飛んでくるのが、操縦席の窓越しに見えた。ドンドン大きくなってくるのが見えた。

「回避!間に合わない?()られる!」

 イカロス機長の声で我に返った。私たちも殺される。敵機は目の前。私は涙が流れている眼をギュッと瞑り、今から起こる自分の死の瞬間を見ないようにした。そして、思わず口から出てしまった言葉・・・・・・。

「お父さん・・・・・・お母さん・・・・・・ミリィ・・・・・・」



 ピーピーピーピー・・・・・・・・・・・・。

 オレの愛機のコクピットは再び警報音のドルビーサラウンドのフルオーケストラだった。赤外線探知装置の警報が鳴りっぱなしだ。レーダーとかのアクティブ・センサー類はダンマリだが、赤外線センサーとか、パッシブ・センサーは生きている。

 オレは白い敵機がミネルバに向かって飛んで行くのを見た。ヤツはミネルバを撃墜しようとしている。

「マーリン!ミネルバが狙われている!救援に向かう!」

 オレはスロットル・レバーを前に押し込み、リヒートを点火した。操縦桿を引き急上昇。ミネルバへ向かった敵機を追う。AEWを失う訳にはいかない。指揮管制の中枢を失う事になるから。それより、なにより、これ以上友軍に犠牲は出したくない!

「覚悟しやがれ!てめえらが喧嘩売った相手は、実弾装備した戦闘機だ!反撃される覚悟はあるんだろうな!」

オレは身体の中が熱くなって行くのを感じた。

 白い敵機と愛機との距離は見る見る縮まって行く。速度はこっちの方が速い。

「ミネルバを殺らせてたまるか!シーカーオープン」

 オレは火気管制装置の兵装選択パネル、サイドワインダーを選択。

ピーピーピーピーピー。

 サイドワインダーが敵機を探知している断続のトーンが聞こえる。さっきから赤外線探知装置は動作しているから、サイドワインダーは使えるはずだ。

 プーーーーーーーー・・・・・・・・・・・・。

 断続トーンが連続のトーンに変わった。光学照準器のレティクルが真っ赤になった。

「ロック・オン!」

 だが、まだ撃たない。絶対に外さない距離まで詰めてからぶっ放してやる。敵機はどんどんミネルバに迫っている。こっちもリヒート全開で敵機を追う。

「あと三秒我慢・・・・・・間に合ってくれ!」

 三秒がやたら長く感じた。

『お父さん・・・・・・お母さん・・・・・・ミリィ・・・・・・』

 そんな声が聞こえた・・・・・・彼女の声か?

「フォックスツー!くたばりやがれ!」

 オレはトリガーを引いた。機体に軽い振動。愛機の右翼からサイドワインダーが飛び出して行った。特徴的なジクザクの航跡を出しながら。

 ズドン!

 敵機が爆発するのが見えた。機体が破片を撒き散らしながら、落下して行くのが見えた。

「ナイス・キル!」

 マーリンの命中コール。ミネルバは・・・・・・健在だ。よかった。

『ひっく、ひっく』

 無線から嗚咽が聞こえた。あの娘だろう、たぶん。マーリンが言っていたように、オレの脳内で、可愛い女の子が泣いている姿が浮かんだ。確かTACネーム《キティ》っていったけ。まあ、オレの勝手な想像だけどよ。

 オレはミネルバへ無線を開いた。

「安心しろ!キティ。敵機は撃墜した。早いとこ安全圏へ離脱しろ!オレ達が囮になるから」

『ひっく、ありがと・・・・・・でもあなた達一機で、敵三機相手するには・・・・・・』

 キティはよほどショックだったのか、喋り方がフツーの会話みたくなっている。

「お前ら丸腰なのに何言ってやがる。邪魔だ!両親にまた会いたいなら、ここは任せろ!」

 オレはミネルバの左横に並び、右腕をグルグル回す。オレに任せろの合図。キティとオレ、お互いに顔は見えないけど。そして再び、残りの敵機を叩き墜す為、オレは白い蒸気船へ向け左急旋回した。

 『ミネルバキャプテンの《イカロス》ダイアン・ローズ大尉より、ケストレルへ。救援感謝します。我々は足手まといのようだ、現空域を離脱します。御武運をオーバー』

 女性の声だが、キティとは違う。

「タリホー!ボギー!ツー、ワン、ファイブ!」

 マーリンからのコール。二時方向下。金色の敵機が一機で白い蒸気船に襲い掛かろうとしているのが見えた。とにかく、あのうるさい艦載機を黙らせないと。

 オレは操縦桿を左に倒しバレルロールしながら降下。機体が水平になった所で、金色の後ろを取った。絶好の射撃ポジション。

「サイドワインダー!ヒート!」

ピーピーピーピーピー・・・・・・・・・・・・。

敵機は光学照準のど真ん中に捕らえている。

 敵機がオレの存在に気づいたのか、左急旋回で回避行動を取った。これで白い蒸気船への攻撃を阻止できた。オレも左急旋回で敵機の後方に喰らい続ける。敵機は闇雲にジグザグに逃げるだけだった。

「そんな機動で逃げられると思っているのか?」

オレはリヒートに点火し、一気に距離を詰める。

プーーーーーーーー・・・・・・・・・・。

「ようし!ロック・オンだ!フォックスツー」

 サイドワインダーが金色に向かって飛翔していく。

 ズドン!

 命中だ!このやろう!

 金色の左翼が吹き飛んだ。ヤツは錐揉みしながら、墜ちていく。

「ビンゴ!」

 マーリンの命中コール。敵機はあと二機。サイドワインダーはあと二発。

「?!」

 リヤビュー・ミラーが一瞬煌いた。オレは反射的にラダーペダルを蹴飛ばし、操縦桿を左に倒した。

「ガン・アタックされたぞ!紫のヤツだ!回避しろ!ケストレル!」

 スレスレで敵の銃撃をかわした。マーリンが後方を監視している。

 オレは操縦桿を引き急上昇。リヒートを点火し上昇し続ける。リヤビュー・ミラーを再び見る。敵機はファントムに追いつけなかった。敵機は上昇を止め、降下を始めた。位置エネルギーを使い切ったようだ。

 オレはリヒートを止め、操縦桿を引く。機体を捻り込んで、降下を開始。敵機を追う。

 敵の後ろを取った。光学照準器の真ん中に敵機を捕らえた。レティクルが赤く点灯した。ロック・オン!

「フォックスツー!」

 サイドワインダーが飛び出した。敵機は旋回してかわそうとしているが、ミサイルは完璧に追尾し・・・・・・命中。

「残り一機!どこだ!」

 マーリンが叫ぶ。見つけた!目の前に銀色の無尾翼機。

「ヘッドオン!真正面だ!左側ですれ違うぞ!」

 ヒュン!

 銀色の影が一瞬のうちに俺達の後ろへすっ飛んで行く。

 オレは左急上昇旋回。インメルマルターンを決め、銀色を追う。急旋回強烈なGで体がシートにめり込む。下半身に装着した耐Gスーツに空気が入り、足腰を締め上げている。こうしないと、Gで血液が下半身へ落ち、脳に血が巡らなくなって失神してしまう。戦闘機は体に悪い。

 またもや敵機の後ろを取った。躊躇わずロック・オン。敵機のパイロットは錬度が低いんじゃねえか?

 プーーーーーーーー・・・・・・・・・・・・。

 サイドワインダーが敵機を捕らえた。

「フォックスツー」

 オレはトリガーを引く。サイドワインダーは一直線に敵機へ飛んでいった。

ズドン!

 銀色の敵機は空中で飛散した。

「やったぜ!ケストレル!隊長の仇は取ったぜ!」

 マーリンが後ろでガッツポーズを取っている。

「まだだ!デカイのが二隻残っている」

 オレ達は上空から蒸気船と黒船の様子を伺う。相変わらず黒船が白い蒸気船を追いかけ、艦砲射撃を加えている。だが、白い蒸気船の回避が上手いのか、黒船の射撃がヘタクソなのか全然命中しない。良く見ると……黒船の装備している艦砲は大砲と言う言葉がよく似合う。中世で使われたような大砲。あれじゃ当たる訳ない。多分照準だって目視式だ。隊長機に向かってSAMを飛ばしたのに、艦砲は随分時代遅れだ。

「マーリン。あの黒船を黙らせたい」

 何とかあの二隻の砲撃を停戦させたい。もうすぐ、増援も来るはずだ。友軍に被害はもう出したくない。

「でもどうするよ。こっちにはスカイフラッシュが四発残っているだけだ。空対空ミサイルで船は攻撃できないぜ」

 その通りだよマーリン。実は空対空ミサイルの爆発力って結構弱い。飛行機を壊す為のミサイルだから、威力は弱くていい。爆発で吹き飛ぶ破片でダメージを与えて墜落させれば良いから。携帯ガスコンロのボンベの方がよっぽど爆発力がある。当然空対空ミサイルが船に命中しても損傷は軽微で終わってしまう。

 だが、オレには名案があった。

「ドロップタンクにはまだ燃料がある。これを黒船に投下する。その瞬間フレア弾発射だ。運がよければ引火して火の海だ」

 名案と言っても問題が二つある。まず投下する燃料だ。JP4って燃料だけど、これは平たく言うと灯油だ。灯油の火力が大きいヤツ。だからガソリンと違って揮発性があんまりないから、引火しにくい。もう一つはフレア弾が上手く命中するかだ。

「上手く行くかなぁ?ドロップタンク投棄とフレア弾の同時発射は禁則事項だぞ」

 マーリンも半信半疑だ。

「手持ちの武器がない以上、やるしかねえだろ!禁則事項って事は、引火するかも知れねえって事だ!」

 オレはファントを急上昇させた。黒船の直上へ駆け上る。リヤビュー・ミラーで黒船が小さくなったのを見て反転降下。

「マーリン!操縦代われ。ユーハブコントロール!」

 オレ達のファントムは後席にも操縦装置があるタイプ。マーリンが黒船に向け操縦し、オレがタイミングを計ってドロップタンク投下とフレア弾発射をする。この操作は操作パネルの位置関係上、操縦しながら出来ない。マーリンと役割分担する。

「了解。アイハブコントロール!」

 光学照準器に黒船を捕らえる。第二次世界大戦で流行した『急降下爆撃』の要領だ。昔のパイロットはこんな危険な攻撃をしていたんだよな。尊敬するぜ。

「行くぜ、マーリン。オレが合図したら、機体を引き起こせ!」

 光学照準器の中で黒船がドンドン大きくなって来る。

「まだ、まだ、もっと近づいて・・・・・・ナウ!ボムズ・アウェイ!」

 オレはドロップタンクを投棄した。胴体下の六百八十ガロンタンクと翼下の三百七十ガロンタンク二本。それぞれのタンクから、残った燃料が噴出しているのが、ミラーで見えた。

 すかさずフレア弾発射。ありったけ撃った。眩い光の玉が白煙を上げて機体後方へ飛んで行く。

「マーリン!プル・アップ!」

 マーリンへ引き起こしの指示。その瞬間強烈なGを感じ、視界から黒船が消え、真っ青な空が見えた。

 オレは上を見上げる。機体は宙返りした状態になっていたので、黒船がオレたちの真上にいる。

 突然黒船の後部甲板に炎が立ち上がった。



「ゆっくり高度を下げて、一番近いリントン空軍基地へ向かいます。機体損傷は軽微だからフライトに支障はないわ」

 ミネルバは高度を下げて、飛んでいた。ケストレルに救われたが、至近距離で敵機が爆発した為、少なからずダメージを受けていた。

「大丈夫ですか?痛くありませんか?」 

「たいした事はない・・・・・・有難うカトリーヌ」

 私はクラレンス先任大尉の額にガーゼを当てて、止血作業をしている。傷が深く、なかなか血が止まらない。敵機が爆発した時、その破片が機体を貫通して飛んで来た。運悪くクラレンス先任大尉の額をかすめた。もっと運が悪かったらと思うと・・・・・・。

 隣に座っていた私は無傷だった。僅か数十センチの差が明暗を分けた。

「ケストレルに感謝しなくちゃな。あいつが助けてくれなかったら、今頃、こんなカスリ傷じゃすまなかった。全員戦死だ・・・・・」

 みんなの顔に安堵と恐怖が入り混じっている。私もそう。

「確かリントン空軍基地ってケストレルたちのホームベースでしたよね。後でお礼を言わなきゃ・・・・・」

 私は天に祈った。ケストレルたちが無事である事を。危なくなったら・・・・・・逃げて・・・・・。



「マーリン!見ろよ!燃え過ぎじゃね?もしかして、本当に木造なんじゃねえか?」

 オレたちは黒船の上空を大きく旋回しながら火災の状況を見ていた。ドロップタンクで黒船に火をつけた。黒船は巨大で、最初は大した事ない火災だったが、次第に炎の勢いは増し、今では甲板上の構造物が全て燃え盛っている。黒船は速度を落とし、蒸気船に対する攻撃を停止していた。まあ、黒船の戦闘行為を黙らせる目的は達成したけど。

「確かに燃えすぎだ・・・・・・おい!見ろ!人が・・・・・人間が出てきて、消火活動をしている」

 マーリンの言う通り、甲板上に人が出てきて、なにやら消火活動らしき事をしている。上空からじゃ、その人間たちの姿を詳細に確認出来ない。黒船は停船した。

「ケストレル!もっと近寄れないのか?」

「無茶言うなよ!これが、限界の最低速度だぜ!」

 オレはファントムが飛び続ける事が出来る最低速度でゆっくり飛んでいる。フラップ・ダウン。エア・ブレーキ全開。ランディング・ギアダウン。BLC装置まで使って低速飛行だ。コクピット内は失速警報が鳴りっぱなし。ゆっくりとは言っても、これで速度は二〇〇キロ以上出ている。相手が停止しているから、これ以上接近するのは無理。それに、ファントムは低速での操縦に難しい『癖』があって、ゆっくり飛ぶのが苦手な飛行機だ。

「ドラックシュート開けよ!速度が落ちるだろ!俺はファンタジーの世界の住人を見てみたい」

「アホかてめえ!ドラックシュート開いたら、あっつーまに失速して黒船にズームインして、あの世行きだ!」

 オレたちがすったもんだしていると、徐々に黒船が空の中に沈み始めた。

「マーリン!見ろ!ヤツら潜航して逃げる気だ!」

「追え!ケストレル!ファンタジーを逃がすな!」

 マーリンが無茶な注文を喚く。不思議の世界を見たくてしょうがないようだ。その間にも黒船はドンドン沈んで行った。

「どうやったら、空中に潜航出来るんだ?もう訳わからん」

 黒船は完全に空中へ沈み、消えてしまった。

 残るは白い蒸気船。オレ達の遥か前方を飛んでいる。次はヤツか。

「ケストレル、白い蒸気船が残っている。ヤツはどうする?」

 ファントムの兵装はスカイフラッシュ四発しか残っていない。機首と胴体に半埋め込みの専用ステーションに装着された四発。

「接近して白い蒸気船の艦橋へ無誘導でブチ込むか?蒸気船の指揮系統を混乱させることは出来ると思う」

 オレにはこれぐらいしか思い付かなかった。

「それしかないだろうな。そのうち増援も来るだろう。時間稼ぎにはなる」

 オレとマーリンの意見は合った。早速行動へ移る。オレはスロットル・レバーを前に押し込み、ランディング・ギア・アップ。フラップ・アップ。エア・ブレーキ・クローズ。上昇して高度を稼ぐ。また上空から一気に降下してスカイフラッシュをぶち込んでやる。

ファントムは一瞬の内に駆け上がる。兵装選択パネル、スカイフラッシュを選択。操縦桿を右に倒して、手前に引く。機体は反転降下を開始した。またもや強烈なGが体に掛かる。オレはそんな事は気に留めず。光学照準器の真ん中に白い蒸気船を捕らえようとした。

「ターゲット補足、行くぜ!マーリン」

 照準器の真ん中に捕らえた白い蒸気船がドンドン大きくなる。このままミサイルのロケット・モーターに点火して発射だ・・・・・・。

「?」「!」

 オレは標的としていた白い蒸気船の艦橋に翻る《旗》を見つけた。

 オレはミサイルを撃たず、機体を引き起こした。

「どうした?何で撃たねえ?」

「マーリン。白い蒸気船が白旗掲げているぞ。白旗ってファンタジーの世界でも通じるのか?」

 オレが見つけたのは白旗だった。白い蒸気船は交戦の意思は無いって事か?

 機体を旋回させ、蒸気船の艦橋左側を通過。今度ははっきりと白旗が見えた。

「本当だ。白旗があった。接近しても反撃が来ない」

 マーリンも白旗を確認したようだ。

 何とかコミュニケーション出来ないかな?もう一度警告してみようか。

「マーリン。もう一度日本語で警告してくれないか?武装を解除し、帰順せよと」

「了解」

 無線のチャンネルを切替える。ターゲットは受信してくれるだろうか。

「警告!警告!こちら王室空軍。直ちに、こちらに帰順せよ!抵抗しなければ、貴間の安全は保障する。 了承の場合は国際チャネルで応答せよ!」

 マーリンの警告にターゲットはどう反応するか・・・・・・暫しの沈黙が流れた。

『こちらはブランバント王国。巡洋艦フューリアスです。私たちに交戦の意思はありません。あなた達に帰順します』

 ターゲットから応答が来た。英語で。何だよ、言葉通じるじゃん。しかも女性の声で。言葉尻の柔らかい話し方だ。

『バイパーセブン生きてるか?こちらバイパーツー。援軍に来たぞ』

 今度はむさ苦しいオッサンの声が無線に入って来た。バイパーツーと名乗るオッサンは《ヴァルチャー》リチャード・アレイ大尉。美しい女性の声の後には聞きたくなかった。

 ヴァルチャーが搭乗する機体は漆黒に塗装されたF‐4M。空軍呼称ファントムFGR・2。ノーズに雷の紋様が描かれている。夜間であれば、迷彩効果がある塗装だが、こんな天気の良い日中は目立つ事この上ない。僚機であるバイパーフォーは淡いグレイの防空迷彩。こちらは背景に溶け込んでいる。そっちを見習え。

「こちらバイパーセブン、ケストレル。ターゲットは白旗を掲げこちらに帰順する様子」

『了解。HQ聞こえるか?指示を求む』

 ヴァルチャーが指揮を執る。オレは少し安堵した。難しい判断は上官に任せる事が出来る。しかも、オレのファントムは兵装と燃料が乏しい。

『こちらHQ。ターゲットを誘導し、リントンABへ強制着陸させよ。オーバー』

『こちらバイパーツー。了解』

 ヴァルチャーのファントムを先頭に三機で白い蒸気船フューリアスを囲む。ヴァルチャー機を見ると、翼下のパイロンにシーイーグル空対艦ミサイルを装備している。この対艦ミサイルは大型巡洋艦を一発で葬る威力を誇る。この蒸気船が木造なら、このミサイルで文字通り木っ端微塵になるだろう。

『ケストレル、白い蒸気船へ通達だ。オレの機体の後に続け。リントンへ案内すると。不審な動きをしたら、シーイーグルを撃ち込んで、火星までぶっ飛ばしてやると』

『ケストレル。了解』

 オレは無線のチャンネルを切り替え、蒸気船へ通信を行う。機体を艦橋の傍へ寄せ、翼を振ってみた。

「フューリアス。聞こえるか?こちら王室空軍。前方の黒い機体の後に続け。最寄りの空軍基地へ誘導する。繰り返すが、抵抗はするな」

 聞こえたかな。さっきは英語で応答してきたけど。

『こちらフューリアス、貴殿の言うとおりにします』

 ほっ。通じたようだ。

『あの・・・・・・先ほどは私たちを助けてくれた事を感謝します。艦長としてお礼を申し上げます。私はフューリアス艦長、エミリー・エリザベート・ジョゼファ・ジャンヌド・フォン・ブランバント第二皇女です。よろしければ、青い飛行機械の方お名前を・・・・・・』

 名前なげえよ。覚えられねえって。それに、助けたつもりは無いんだけど。でも女性の艦長とはね。それにオレに名乗れってか?どうしたものか。名乗っていいのか?声だけ聞くと凄い美人を想像してしまうが・・・・・・。

『ケストレル、女性を待たせるもんじゃねえぞ。紳士ならな』

 ヴァルチャーが名乗れといっている。まあいいか、只のTACネームだし。

「こちらはケストレル。王室空軍のパイロットです」

『有難う。ケストレル殿。貴殿の御武運を祈ります。王室空軍の方であれば・・・・・・マリア女王に会 わせて下さい。お願いします!』

 何?マリア女王は我が国の女王陛下だ・・・・・・何で女王陛下の事を知っている?

「ケストレルよりHQ、今の聞いたか?」

『こちらHQ・・・・・・照会中・・・・・・バイパー隊は現任務を引き続き実施せよ』

「ケストレル、了解」

 まあ、難しい事は偉い人に任せるか・・・・・・。


 もう二十分もするとリントン空軍基地だ。フューリアスはヴァルチャーの後についている。あの蒸気船結構スピード出てるじゃん。時速七〇〇キロだ。

『バイパーツーよりバイパーセブンへ。先にランディング・アプローチしろ。燃料がもう無いだろう』

 ありがたい。オレの愛機は燃料が乏しくなってきた。

「こちらバイパーセブン。フューエルビンゴ。ランディング・アプローチに入る」

 オレは編隊を離脱し、リントン空軍基地へ着陸した。


 オレは機体を駐機場に回し、エンジン停止。マスタースイッチOFF。右手で首を欠き切る仕草をする。地上整備班にエンジンと主電源の停止を知らせる。マーリンが後席から降りたのを確認してから、機長であるオレが降りる。まあ、それにしても疲れたな。梯子下りて自分の足で地上を踏んだ時の感覚。生きてるなって実感が沸く。体につけたパイロット装備が重く感じる。実際に装備一式、二十㎏ぐらいあるんだけど、今日はやけに重く感じる。

「おお、無事だったか。ご苦労さん」

 背後から声を掛けられた。そこに立っていたのは、ジョーズだった。生きていやがった。

「撃墜されたんじゃなかったんですか。少佐」

 オレはニヤニヤしがら少佐に尋ねた。上司の失敗は蜜の味ってか。

「墜ちてたまるか。這ってでも帰って来てやるぜ」

 這っている時点で墜落していると思うんだけど。と心の中で突っ込む。

 ジョーズは指をビッと指した。その先にあったものは・・・・・・ミサイルにやられてボロボロになったファントムがあった。右主翼は半分が脱落していた。右水平尾翼も外板が剥がれ、中の桁が露出している。右エンジンノズルはバラバラ。垂直尾翼の方向舵も脱落してなくなっていた。真っ赤な垂直尾翼が黒く焦げていた。驚くのはこの状態で良く飛んで帰って来た事だ。

「よく帰って来れましたね。海に墜ちたと思ってましたよ。ひひひ」

 マーリンが嫌みったらしく言う。普段シゴかれるからこれ見よがしに敵討ちだな。ジョーズもニヤニヤしながら答える。

「スティンガーだな。たぶん」

 スティンガーとは携行地対空ミサイルの事だ。歩兵が肩に担いでぶっ放す。何でファンタジーの連中がスティンガーなんて持ってるんだ?

「おっ!本日の獲物が来たぜ・・・・・・間近で見るとでかいな。凄くデカイ」

 エイヴォンが空を指差す。そこには白い蒸気船が今まさに着地しようと空から舞い降りてきた。

「VTOLなんですね。あの船」

 オレは感心して船を見ていた。上空から垂直に降下している。ヘリコプターみたいに。

 ピッ!ピー!

 車のクラクションが鳴った。オレ達四人は音がした方へ一斉に振り返った。白いランドローバー ウルフ。屋根に赤灯。MP(ミリタリー・ポリス)の連中だ。

「ラッセル・アルバート少佐以下三名。司令部へ出頭せよ。至急との命令です。さあ車に」

「やっぱり来たか・・・・・・」

 ジョーズがぼそりと話す。オレは予想が付いていた。あんな事があったんだ。然るべき処置がとられるのだろう。オレたち四人はパイロット装備を付けたまま、車に乗り込んだ。

 向かった先は司令部の横にある管理棟。オレ達四人は管理棟一階の応接室に入れられた。応接室?司令官達上級将校による質問攻めがあると思っていたオレは少々面食らった。

 応接室は豪奢な造りとなっていて、テーブルや椅子も格調高い逸品が置かれていた。ふかふかの絨毯。何とかさんが描いた名画。たぶんレプリカ。それなりの階級や身分の人を持て成す空間となっている。こんな所に金使うなら、オレの給料上げてくれ。もしくは、アラート待機室のパイプ椅子をリラックス・チアぐらいにしてくれ。とは言えない。下っ端はつらいね。

 中には背広を着た男が一人いた。深くソファに腰掛け、足置組んでいる。年の頃は三十代後半。眼光鋭く、異様にこけた頬が特徴的だった。

「官僚組みか?」

 ジョーズがその男に問いただす。男はにニヤリとい笑い、立ち上がった。

「いかにも。私は魔法省次官のデレック・リンガーだ。お初にお眼に掛かる」

 リンガーと名乗った男は軽く会釈をした。相変わらずニヤニヤしている。ずいぶん失礼なヤツじゃないか?コイツ。

「魔法省なんて聞いた事が無いぞ。嘘つくならもっと騙しやすい嘘ついた方がいいぜ」

 エイヴォンの言う通りだ。オレも魔法省なんて聞いた事がない。オレたちは呆れ顔になっていた。馬鹿馬鹿しくて付き合ってられねえ。

「まあ、あなた達の言われるのもっともだ。魔法省は他の省庁と異なり、王室直下省庁で、連邦議会や行 政府から干渉を受けない。存在が秘密の省庁なのだよ」

 胡散臭いなぁそんな事いきなり言われても信用できねえだろう。そう思っていると、男は身分証明書を出した。確かにさっき男が言った通りの事が書いてある。

「本物っぽいけど、あんたの言ってる事が信用できない。僕は猜疑心が強い方でね」

 マーリンの言うことはもっともだ。

「もっと信用できる話をしてくれよ。そうすりゃ、協力でも何でもしてやるよ。なんせ、オレ達は信じられない物を見たんだから」

「ロイ・ロジャース少尉の言うことも一理有る。では話しましょう。あの蒸気船は異世界から来たものです。あの船は魔法の力で飛んでいます。そして、貴方たちの最新鋭装備、電子機器は使用不能になったはずです。それも魔法の力です」

 オレ達は目が点になった。この男、どうして、オレ達のファントムのレーダーが利かなくなった事を知っている?

「わかった。とりあえず、全部話せ!オレ達は軍人だ、機密は護る。機密を漏らしたら、軍人年金貰えなくなるから……」

 ジョーズがマジ顔だ。この中の面子じゃ、一番年金受給者に近い年頃だからな。軍人恩給だって欲しいだろうな。

「その話、俺も聞きたいな……」

 不意にドアが開いた。立派な勲章をいっぱいぶら下げた。上級将校が入ってきた。

「フォンシュタイン司令」

 オレ達は一列に整列し、不動の姿勢となった。気をつけの姿勢。フォンシュタイン指令が右手を上げた。オレ達は一糸乱れず、休めの姿勢となる。

 ヴェルナールFフォンシュタイン大佐。なんと言っても外見で特徴的なのは、左腕が無い事だ。フォンシュタイン大佐も元パイロット。大型爆撃機のパイロットだった。冷戦真っ只中、東側の戦闘機と接触事故を起こし墜落。大佐は大切な搭乗員三名と一緒に自身の左腕を失ったそうだ。

「これは只ならぬ事態だ。国防省とか魔法省とか言ってられないのでは、諸君」

 リンガーは頷き、話始めた。

「その異世界は魔法使いのみが生活する世界なのです。八百年前、この世界にいた魔法使いと人間が争い、人間が勝利しました。人間の方が物量に勝ったのです。魔法使い達はその力を使い、異世界を作り、そこへ逃げ込みました。以来我ら人間との交流はなく、別々に暮らしていました。この国に魔法使いや魔女の伝説が残るのはこれが理由です」

 オレ達四人はふんふんと頷いて聞いていた。

「だが、一部の人間は魔法使い達と交流を続けていました。この国の王室です。魔法使いの王家と交流を続けていました。我ら魔法省は魔法使い達の情報を収集管理し、王室と魔法使いとの仲立ちをする事が役目です。」

「そうか。で、魔法使いが何でわが国の領空でドンパチ始めたんだ?」

 オレは、単純に知りたかった。大佐以下全員の目がオレに向く。

「魔法使いも一枚岩じゃないんですよ。いまだに魔法使いの間で覇権争いが続いています。そう、ちょうど中世ヨーロッパの時代のように。その中で、ネストリア公国のパラス家は超革新派で、人間界へ武力侵攻し、再び人間を従える野望を持っていました。その準備が整い、侵攻を始めたのが、始まりでした。黒い蒸気船がそうです」

「侵攻の準備が出来たというのは、さっきの最新鋭電子機器を使用不能にするってことかい?」

 ジョーズが興味津々で尋ねた。

「そうです。高性能コンピュータ、携帯電話、あらゆるハイテク電子機器が使用不能になる魔法を編み出し、増幅させる機械を彼らは作りました。この兵器を人間界で使われると大混乱になるでしょう」

 そりゃ大変だ。オレ達人間の生活基盤が失われるのに等しい。

「そうか、最初タイフーン二機が不調で離脱したのも、ミネルバのE2Cの探知装置が使用不能になったのも、最新鋭電子機器をダメにする魔法せいか・・・・・・」

 エイヴォンが手のひらに拳を打ち付けて納得している。そういえばそうだった。オレのファントムのレーダーもいかれた。

「でも、どうして僕らのファントムはちゃんと飛べたんだ?確かにレーダーはダメになったけど、ちゃんと飛べたし、パッシブ・センサーは使えたし、何より、サイドワインダーは命中した」

 マーリンの言う通りだ。オレ達のファントムはちゃんと飛んだ。オレはその理由をしっている。簡単だよ。オレが教えてやる。

「それは、オレ達のファントムはローテクで退役間近のロートル機だからさ。ハイテクな電子機器、アビ オニクスを搭載していなし、フライ・バイ・ワイヤシステムも積んでいないアナログ制御だ。サイドワインダーは単純な赤外線パッシブホーミングだし。何より三十年間以上この国の空を護ってきた、古い戦闘機だからだよ」

 これが訳あり飛行隊の理由。ファントム達は俺より年上。あと数年すればこの飛行隊は閉隊。新鋭機のタイフーンに切り替わって行く。

「それが黒船の誤算だったようですな、ロジャース少尉たちに反撃され、ほうほうの体で逃げた」

 リンガーも納得しているようだ。オレ達のファントムがある以上はまだ戦えるって事だ。

「だが、白い蒸気船は何だったんだだろうね。黒船の攻撃を受けていたんだろ。黒船の敵なのか」

 大佐が思い出したように白い蒸気船、フューリアスの事を切り出した。そうだ、あいつは拿捕して、今この基地にいる。

「あの蒸気船はパラス家の侵略が開始されたのを知らせに来ました。それとさまざまな魔法に対応する術をもってきたのです。だから黒船に追われました」

「そんな事をして、白い蒸気船の連中になんかいい事でもあるのか」

 人って利益がないと動かないだろう。魔法使いだって一緒のはずだ。

「白い蒸気船の主、ブランバンド家はパラス家と敵対関係。我々の力を借りたかったんでしょう。そして、蒸気船の艦長、エミリー・ブランバンド様はわが国の女王陛下マリア様の従姉妹に当たる人です。いま魔法省の人間が接見しています」

「?」

 オレ達は今世紀最大の衝撃を受けた。信じられん。

「もう一つ。これはオフレコです」

 リンガーが手招きして、オレ達を招き寄せる。おっさん六人がおでこを触れさせんばかりの距離まで近寄る。はっきり言って息苦しいぜ。そんなに近寄んな。おっさん臭がする。

「わが王室にパラス家に通じている者がいます。こちらの世界の武器を流している可能性があります。その輩はエミリー様の失脚を望む者です。私はエミリー様が心配です。皆さんにも協力して欲しい。信じていますよ、貴方たちは女王陛下の王室空軍なのでしょう」

 ジョーズが間近でにやりとした。だから、気持ち悪いんだよ。

「ふははははは。案ずるなリンガー殿。今の話で俺の腹は決まった。俺がスティンガーでやられた理由も説明が付く。そいつらは《敵》だ。俺たち第三〇二飛行隊のモットーは《ヤラれたら、ヤリ返す、倍にして返せ!》だ」

 ジョーズの言うとおりだ。オレもそうだ、やられはしなかったが、一歩間違えれば戦死していた所だ。 ミネルバたちもそうだ。思い出して、再びハラワタが煮えくり返ってきた。

「久々にやる気が出てきた。リンガー殿、王室の方は任せた。アルバート少佐たち第三〇二飛行隊は全力を持って黒船を排除するのだ」

 フォンシュタイン大佐が拳を高く付きあげて叫んだ。

「イエッサー」

 まもなく大戦(おおいくさ)が勃発することになるだろう。オレの悪い方の予感は凄くよく当たる。


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