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第十節 朝の邂逅 ②

 おそらく、ソウは感知ができない。


 人もだとすると――たぶん、魔獣の気配も捉えられない。気配の種類は違っても、感知の拾い方は同じだから。


 そのことをランドに話すと、


「……能力が無い……それはよくあるのか?」


 わたしは考える。 


「まったく出来ないっていうのは聞いたことないね。範囲が狭いとか、人によるけど」


「それなら……」


「なんだろう……気配を意識してる戦士の動きじゃないんだもの。無防備で」


「……勘だな」


「そうだけどさ……。


 じゃあ、ほとんど無い。この距離で気づけないなら、戦線では意味を持ってないと思う」


 ランドは、ソウの方へ視線を向けた。「飛躍してる気がするけどな」


 わたしたちは、建物の影からソウの様子を伺っている。


 朝、ソウが家を出て通りを歩きだした瞬間、気配を捉えたわたしは、ランドを連れてあとをつけた。


「……だって、気配の感知だよ。こうして、わたしたちが隠れてるのだって、相手が()()()なら、本来すぐにバレるんだから」


 そのソウはいま――呑気に――ご飯屋で朝ごはんを食べている。


「……鈍感なだけじゃないか?」と、ランドはつぶやいて、ふっと笑った。


 ――確かめる方法が、ひとつある。


 全部答えが出て、昨日のことを忘れてるようなら、余計に効く。


「ねえ、ランド。……圧、飛ばしていい」


 ランドは怪訝そうにわたしを見る。


「……なあ、それは」

「うん。分かってる」


 昨日あれだけ怒ってたのに、なんで同じことするんだ、でしょ。


「ケンカになるんじゃないのか……」


 わたしは、わざとらしくにやっと笑ってみせた。


「受けて立つ」


 ランドがため息をつくのを横目に、建物の影から顔を出し、ソウに圧を送った。


 わたしはここだよ、という意思を込めて。



 ――ああ……。


 やっぱり、間違ってなかった。



 そんな戦士、ホントにいるんだ……。


 視界だけで戦ってきたの……?


 だとしたら――どこから魔獣が来るかも分からない広い戦場で、背中側だけずっと死角のまま、ひとりで放り出されてる……そんな感覚ってこと……?


 まるで、暗闇の中で戦ってるみたいな……。


「……無いんだな」


 わたしの様子で、ランドも理解した。


 わたしはゆっくりとうなづいて、「追跡は終わり。あとは、話し合いだね」


「行くのか」


「ううん、まだ」わたしは視線を通りの先に向けた。


「こっちが場所を選べるなら――()の方がいい」


 準備を整えた戦士が、このあと向かう場所なんて、ひとつしかないから。



 十二番戦線は丘陵地帯。岩場が多く、周りを見れば岩だらけの戦場が広がっている。もちろん、領域の北から南まで全部が岩ってわけじゃないけれど、だいたいのイメージは、岩の戦線で間違ってない。


 あちこちに散らばった岩には大きな傷がない。つまり、長い歴史のなかで強大な魔獣がここまで侵攻してきたことはないということ。


 十二番線は魔獣の最終防衛戦線。ここまで踏み込んでくる魔獣の等級は、大魔獣(たいまじゅう)級。


 わたしは、街と戦線の境界あたりでソウを待ち受けている。


 正直、なにを話すかまだ決まってない。


 ランドが言ってたように、「カルラに誘われてるよ」って伝えるだけでよかったのかもしれない。でも、後をつけたせいで、更にややこしくなった。


 感知はできないのに、圧は送れる。


 感知ができないなら、圧を受け取った戦士がどう感じるかまでは、分かってないのかもしれない。


 それでも、あれだけ遠くからわたしを狙って飛ばしてきた精度と、そこに何かしらの意思があったのは確かで……――


 そうなった以上、わたしとしては警戒するしかない。


 しばらくして、ソウはやってきた。


 感知がないぶん視認は強いみたいで、街中の通りでも、かなり遠くからわたしに気づいたっぽい。


 それでなぜか、小走りでこっちに向かってきた。


 わたしはまっすぐ立ちつつ、いつでも動けるように意識を引きしめる。


 そして、近づいてくるなり、



「ああっ! やっぱ昨日の……!」



 ……は?



 にこやかに話しかけてくる彼に、混乱しつつも顔には出さず、わたしは黙っていた。


「悪かった。ついうっかりヘンなことしちまったんじゃねェかと。でも結果的に良かったのか」


 ()()()は、まだ話続ける。周りを見まわして、


「隣にいたやつは一緒じゃないんだな。ケンカでもした?」


 まさか……ホントに、昨日の圧の危険をまったく理解してないってこと?


 それに、予想通り、感知も出来てない。ランドは、わたしの左斜め前の岩の裏にいるし――そこからこいつの背中が丸見えなのに、気づく気配がない。


 わたしが無表情でいると、何かを勘違いされたらしい。


「そうだよなぁ。女と男じゃ、そういう時もあるよな」


 腕を組んで、なぜかしんみりと二回うなづいた。


 と思ったら、急ににっこり笑った。


「じゃあ、行くか。


 アンタも戦士なんだろ?


 傷心中なら任せてくれ。今日のオレは調子いいんだ」


 このままいったらなぜか一緒に戦線に行くことになりそうなので、わたしはようやく口を開く。


 いまにも近づいてきそうなそいつを(さえぎ)るように手をふって、


「ちょ……ちょっと待ってくれる?」あまりに呆れて、わたしはその手で顔を抑える。


 昨日から色々考えてたけど、ぜんぶ、こいつがおバカだったで説明がついたんじゃないの。


「え? そっか……ケンカしたんだよな。そりゃ落ち込むよ。おいおい、あの男はなんなんだ。こんな子をひとりにして……! こんなに……」


 下を向いていても、下から上まで見られてるのが分かる。


「こんなに……トンデもなくカワイイのになぁ」


 ……はぁ。


 もうどうでもいいやと思って、わたしはゆっくりと話し始める。


「あのさ……一応聞くけど、ソウでいいんだよね?」


「嬉しいねぇ。いかにも。街の誰かに聞いた?」


「あのね……うっかりでも、あんなことされたらこっちは警戒するって知ってた?」


 わたしが声に潜ませた意図に、ようやく気づいたらしい。ソウが固まった。


 沈黙。


 そのあいだも、ソウは口を結んだまま、じっとこっちを見てきた。


「……どうやら、そのようで」


 そう言って、ソウは深く頭を下げた。


「失礼した」


 それは、いままでのくだけた口調とは変わって、言葉づかいも態度も整って、凄く礼儀正しく見えた。

 

「何かがふと視界に写ったなと思って、見たらえげつない美女がいるんだよ。向かいにはこれまたキレイな顔の男。いや、ふざけんなと。なに見せつけてくれたんだと」


 あ。


 わたしこいつダメかも。


「アンタもあるだろ? 思い出しイラつき。それが今回、前にいるであろう猛者の力を見誤り、つい気が漏れ、こんな状況になった次第」


 ごめん、カルラ。


 ……帰ろうかな。適当に言うだけ言って。


 わたしは、頭を下げたままのソウに言った。


「きみ、カルラに誘われてるよ。どっちでもいいけど……来る?」


 その途端、空気が変わった。


「あァ?」


 あたりにバヂヂ……という音がし始める――。


 ソウの周りに魔力が揺らぐ。


「誰が、何つったって?」


「ふーん。昨日の話、聞いてなかったんだ」わたしは淡々と言った。


「わたしはあなたに、カルラに誘われてるよ、って伝えにきたの」


「どこまで調子乗ってんだ……。人を巻き込んで。


 あのクソがよ……!」


 ああ……こいつは、ホントに……。


「ねえ……なにがあったか知らないけど、言いすぎじゃないの」


「ならカルラに言っとけ、テメェが正面から来いってな。ぶっ飛ばしてやるからよ」


「自分で言えば」


 ()()なったら、もう引く気はない。


「聞きたいんだけど、そんな隙だらけで、後ろから刺されたらどうするつもりだったの?」


「戦いの気配に気づけないほどヤワじゃねェや。


 それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 そう聞いて、思わずにやりとしてしまった。


 わたしの体から風の魔力が吹く。流れる圧で、足元の砂が舞う。


 宙に浮いて、ソウと対峙した状態で、ゆっくりと後ろに下がる。


「やれやれ、戦線の女はどうしてこうも……なァ?


 ……いつまでも、可愛いだけじゃいれねェのか」


「なめないでくれる?」


 バヂヂという音はすでに激しくなっていて、ソウのまわりの空気が、裂けそうなほど尖っていく。


「さっきから前に立たれてムカついてんだ。どけ」


 こいつは、雷の魔力。


 特性は――伝導。


「嫌だ」


「どけよ。オレの前に立ってていいのは、カルラだけだ」


 音はいつしか低い唸りに変わっていた。


 ――ああ、そう。


「さっきからずっと何言ってるか分かってんの? ねえ」


 感覚が研ぎ澄まされていく。


 静寂。


 やがて、ソウが口を開いた。



「押し通る」



 やるんだよね。


 知ってた――。

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