第二十五節 明日へ向けて (第一章完)
夜の川を、ふたりで歩いている。
予定どおり、まずはリガ街まで。次の目的地とは逆方向だけど、もう夜も遅いし、いちばん近いから仕方ない。
リーダーが去ったあと、ランドはひとこと、
「すごいな……」とつぶやいただけ。
それっきり、あごに手を当てたまま、沈黙を貫いている。
なんで?
リーダーが強烈すぎたかなあ。
――こういうとき、何から話せばいいのかな?
話さなきゃいけないことばっかりな気がするけれど。
わたしは、さすがに、疲れていて、なにも浮かばない。
「……とまあ、こんな感じだよね……」
まとまらないまま、とりあえずしゃべり出してみた。
「いろいろあったねえ。明日は遅くまで寝て、起きたらヤジェ街に向かおうね……十二番戦線だから、ランドにとっては、魔獣戦線を最初からはじめるみたい……。おなかすいた。あ、今日のうちに手紙書かないと……ランドのでかい荷物も拠点に送っちゃおっと……ひひ」
ランドがこっちを見た。
「……疲れたのか?」ランドは、わたしの口調から察したらしい。
「荷物は送らないけどな」と、続けて言った。
「うん……まあ。リーダーが来てから、どっとね……。荷物は絶対おくるから。減らさないと無理だよね。笑っちゃうから」
「……そうだな。……確かに」
そう言って前を向いたランドは、視線を下げて、
「……悪いが、ひとつ、聞いていいか?」
「……エ」わたしは考える。
「……ひとつだけ、でいいの……?」
「ああ」
……なんだろう。リーダーのこと――律の奏邪のところに行けない理由、かな。
「どうぞ」
「……十二番戦線を、戦線の始まりだと言う。考えたら、これまで聞いた戦線の仕組みからして、一方向からの脅威しか考慮されていないよな。東からの魔獣の侵攻だけだ」ここで、ランドは言葉を切った。
――えぇ……。予想外のことをまた……。
「何で、気がつかなかったんだろうな……」
ランドは、ぽつりとそうつぶやいてから、
「他の方向は、どうなってるんだ? 例えば……言葉通りの――世界の果てへ、案外すんなりたどり着けるとしたら。
そこに神がいるなら、誰かが行ってみることもできたんじゃないか……。ただ、誰もそうしようとしなかっただけで……」
わたしは、ランドを無言で――真顔で――見つめる。
下を向いていたランドは、ふと、その視線に気づいてわたしを見た。そしてまた、何かを察したらしく、慌てはじめた。
「……いや、違う。別に……そっちへ確かめに行こうってわけじゃないんだ」
ランドは少しの間のあと、首をふった。
「……あれだけリオナに諭されたしな……。それに、リーダーが言ってただろ。試練の先にしか答えはないって。なんとなく、そんな気がするよ」
そう言ったあとも、ランドはなにやら考えている。そしたら、急に語りだした。
「……手を伸ばせば見つかったかもしれないのに、おれは、自分のくだらないエゴで、森に閉じこもってた。外に出るよう誘われたとき、流されることを決めたのもおれだ。
だから、これからも、そのエゴの通り、流れに乗るだけだ。
組織に、付いていく。これは、変わらない」
わたしは、頭の中でランドの言ったことを繰り返す。
――うん……わからないよね。
それでもわたしは、悠然とうなづくことにした。
「わかった。ついてきて」
そして、最初に聞かれた残りの三方向のことを、少し整理してから、話し始める。
「――ランド? 他の方向の果てはね、やっぱり黒い森しかないよ。その向こう側は、誰も知らない。わたしたちの生まれたこの世界は、黒い森に覆われているんだから」
「……そうか」
「それでも、魔獣が来るのは、東からだけ。これは、長い歴史から見ても事実かな。……でも、詳しくは、あとで話す、でいい? 今日は……もうね」
「わかった。
……リオナ……?」
「……ん?」
わたしを見るランドは、微笑んでいた。その瞳の青は、夜に浮かぶ蒼い星のようで――あ、まずい……――
「……助かる」
「――――――――――!」
*
ようやく、落ち着いたわたし。
「苦手なのか……?」と、ランドは言った。
「その……よく知らないけどな」
「当たり前でしょ!」落ち着いてないかもしれない。
「なんで」
「知らないよっ!」
「……はあ」
わたしは話を変える。
「……と、というか、聞きたいことって、あれだけでよかったの? もっとこう、リーダーのこととか、律の奏邪のこととかさ……」
「りつのそうじゃ……?」
「うん。ウロ・ドライブ。三つ目の名を持つ英雄の通り名は、名前につくと読みが変わるの」
「そうか。……ドライブ、そうじゃ。……蛇の召喚獣と駆けるんだろうな。おそらく」
「え」
「厄災と似てしまうから、リーダーのトラウマと一致するんだろ」と言ったランドは、顔を伏せた。
「ランドは、ホントにすごいねえ……」
わたしも、考える。
「――あ」
遠くに、リガ街の明かりが見えてきた。
――もうすぐ、今日の旅が終わる。
「明日はね、六番から十二番まで行くよ。
戦線ひとつで、だいたい五十マイル。だから、明日の夜までには着くかなあ」
「は?」ランドは驚いている。
「……なあ、計算どうなってるんだ? 魔力の移動は詳しくないが、限度ってものがある気がするけどな……」
「いけるよ、いける!」
――言ってたら、なんかちょっと元気出てきた。
「リガ街には、わたしが昨日泊まったおあつらえむきの宿屋があるよ! 着いたらまずご飯かな。なに食べる?」
「え? ……ああ、特に、嫌いなものはない」
「……そういえば、ランドって、お金あるの……?」
「あー……」ランドは、もごもごしている。
「森の家に、置いてあったやつがな。それなりに……」
「やば……」
「……返しに行く、必ずな」
「……そうしようね」
――あっ。
……あと、言ってないことがあった――大事なこと。
「へ、部屋は別だからね……もちろん」
ランドは、きょとんとした。「なにを言ってるんだ? 当たり前だろ?」
「はァ?」
「一緒の部屋に泊まりでもしたら……想像がつく。いや……つかない、のか?」
「はあああああああ!」
ランドは少し考えてから、
「……よく、知らないけどな」
そんな言い方ある? 普通!
言い返してやろうかと思ったら、ランドは、笑っていた。
…………。
……まあ、いいか。なんでも。
また、眠くなってきたし。
今日ぐっすり眠れば、明日にはすべての機能が回復しますからね。
うん。




