義父は私を嫌っていない。〜無自覚公爵様は私のパパです〜
私の名は、ラヴィエン・フォン・シュヴァルツェン。公爵家の長女です。と言っても、公爵家の尊い血筋ではありません。
母が再婚したお相手が、なんとこのオロルフ王国の筆頭公爵家シュヴァルツェンのご当主でした。
前公爵夫人は病弱な方で、長男であるテオドールを出産してしばらくしてご病気で亡くなられています。
その6年後に、国王陛下の計らいで私の母と再婚をしました。母はラース伯爵家の令嬢。年も公爵と近く、お互いに伴侶と死別しており、尚且つラース伯爵家がシュヴァルツェン公爵家の傘下に下っても勢力図に問題はないとの事で選ばれたそうです。
政略的な再婚でしたが、公爵は母を受け入れたし、母も公爵に献身的に尽くしました。幼い私には愛はよく分かりませんでしたが、家族としての温かさは感じていました。
それは母が馬車の事故で亡くなった後も変わりませんでした。私の誕生日には祝ってくれましたし、プレゼントもくれました。忙しくてあまり食事をご一緒にはできませんでしたが、時々お茶に付き合ってくださったり···。
公爵は母が亡くなってからは、新たにご夫人を迎えませんでした。
(さすがに3人目の夫人は外聞が良くないのかしら?)
――とにかく、だから私はお義父様に嫌われてはいないのです。
❉❉❉❉
「――姉上!」
「テオ」
アッシュグレーの髪に空色の瞳、お義父様にそっくりなこの人は、テオドール・フォン・シュヴァルツェン。私の義弟です。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「何を呑気に!姉上は聞いていないのですか?婚約の件です」
普段感情をあまり表に出さないテオドールが、こんなに慌てた様子を見るとやはり噂は事実だったのでしょう。
私が最北のグリエン公爵に嫁ぐ事が。
グリエン公爵と言えば、たしかお歳が50代前半。最北の地を収める獰猛な方で、素手でアイスベアを倒すとか倒さないとか。
何にしても、この縁談はお義父様が決められたとのこと、私にとって良い縁談であることは間違いないのでしょう。
私はお義父様に嫌われてはおりませんから。
「お義父様は今夜お戻りになるのよね?ならばその時にお話し下さるでしょう」
「僕は反対だ!いくらお父様の決定とはいえ、野蛮な噂が多々ある御仁と···」
「テオ。お義父様の決定に口を出すことは出来ないわ」
頭を撫でて落ち着かせてやりたかったけど、テオドールも16歳。手が届かないのでしませんが、手が届いたとしてもしない方がいいのでしょうね。私は肩をぽんぽんと叩き、テオドールを落ち着かせました。
❉❉❉❉❉❉
「お嬢様、あのお噂は本当なのでしょうか」
侍女のメアリの耳にも噂が届いているようです。心配そうに言う彼女に、私は最近読んだ書物の話をしました。
「まだわからないわ。でも、本当だったとしても何か裏があるのではないかしら?例えば、北部の公爵様の息子との縁談だとか。その息子はとても見目麗しく、冷酷ながらも不器用な優しさを持っているかもしれないじゃない?」
「お嬢様、それは使用人の間で流行っている【雪原の次期公爵との秘密の花園】じゃないですか!いつの間に読まれたのです」
呆れながら言うメアリに、 答えながらも笑みが溢れてしまいました。
「ナタリアに借りたのよ。面白かったわ。メアリは好きじゃないの?」
「いいえ!大好きですとも。擦り切れるほど読んでおります。特に····」
それからは【雪原の次期公爵】の話で盛り上がりました。楽しい時間でしたが、その日の夜、お義父様はお戻りになりませんでした。
❉❉❉❉❉❉
「あら!ラヴィエン嬢。まだアカデミーに通われて大丈夫なのですか?花嫁修業など···北部の習慣に慣れなくてはならないのでは?」
「アレリア嬢」
キンキンと甲高い声に振り向くと、いつもの顔ぶれが勢ぞろいしています。
アカデミーでの私の同級生。アレリア伯爵令嬢とリニア侯爵令嬢、マリエンヌ伯爵令嬢もいますね。
この御三方は、入学当時から飽きもせず私に構って下さるのですが、毎回骨が折れます。ご自分達が言いたい事だけを言って去って行かれるのですから。私も自分の立場を理解しておりますので、無駄に彼女達を刺激はしませんが、今日は遠慮してほしかったです。
この日は私も気分が良くなく、つい口を開いてしまいました。
「どういう意味でしょう?」
「北部のグリエン公爵家に嫁がれるのでしょう?恐ろしい噂は多々聞きますが、やはりただの噂だったのでしょうね?」
(にやにやと、何がそんなに嬉しいのかしら)
「と言うと?」
「だってそうでしょう?ラヴィエン嬢は、いつもシュヴァルツェン公爵閣下に愛情を頂いていると仰っているではありませんか。ならば閣下がラヴィエン嬢をそのような悪しき地に嫁がせる訳がありません」
「そうですよ。確かグリエン公爵領は、魔獣が街を練り歩き、住む者は皆武器を持ち各々で退治したりするとか。グリエン公爵閣下もそれはそれは巨体で、魔獣すら逃げ出すほど恐ろしいとも聞きましたが、きっと噂だけでしょう」
「ふふっ。ですからラヴィエン嬢は心配なさる事は何もないですよね?すぐに北部へ向かわれるの?もう少しで卒業パーティーですが、参加出来そうですか?シュヴァルツェン公爵閣下は来てくださるのかしら」
「もうしばらく公式行事でも一緒に出席していらっしゃらないでしょう?わたくし達も心配なのです。ラヴィエン嬢がお一人で参加することになるのではないかと」
やはり今日は体調が悪いようです。いつもなら聞き流せる高い声が、今日は頭にガンガンと響くのですから。
「私が心配するとしたら、今の令嬢達の発言でしょうか。北部は魔獣から実害を受け、現在国王陛下が一番憂慮している地域です。このアカデミーにも御親戚や支援に行かれた家族をお持ちの生徒もいますのに····なんて配慮に欠けた発言なのかしら」
「な、何ですって···」
令嬢達は私がいつも以上に言い返した事に動揺していました。周りを見ると、冷めた視線を感じる事に気付いたのでしょう。
「も、もう行きましょう」
足早に去っていく令嬢達を一瞥して私もその場を去りました。
彼女達は、いつも周りに人がいる所を好んで私を陥れようとします。今回は少々発言が過激だったので、周りの生徒も彼女達に加わりはしませんでしたが。
気分が、優れないままアカデミーを早退しました。
邸の門に、馬車が見えます。
(お義父様の馬車だわ。お戻りになっている)
「お義父様···」
お義父様の瞳は、テオドールより少し暗いブルーの瞳です。そのせいか、いつも視線に冷たさを感じてしまうのです。
「ラヴィエンか。早いな。アカデミーはどうした?」
「あ、少し気分が優れず、早退したのです」
「ならばうろうろせず、部屋で休みなさい」
お義父様にお会いするのは半年ぶりです。聞きたい事がたくさんあるのに、なかなか口が開けません。
グリエン公爵様との婚姻は本当ですか?3日後の卒業パーティーは来てくださるのですか?今日は夕食をご一緒できますか?
······聞きたい事はたくさんあるのに、私の口は開きませんでした。
❉❉❉❉❉
「おはようございます。お嬢様」
「おはよう、メアリー。あの、お義父様はまだいらっしゃる?」
「はい。朝食もご一緒出来そうですよ」
ラヴィエンは少し浮かれてホールへ向かった。扉の前まで来ると、先に来ていたテオドールとお義父様の声が聞こえる。
「アカデミーはどうだ?剣術と勉強は邸でも出来るが、アカデミーでしか得られない経験がある」
「分かっているつもりです。横との繋がりも大事にしていますよ」
2人の会話を邪魔しない様、静かに扉を開けた。にも関わらず、2人の会話はピタリととまり、ラヴィエンは泣きたくなった。
(一通り会話が終わってから入室すればよかったわ)
「おはよう。ラヴィエン」
「おはようございます。お義父様···」
挨拶をしてくれたと言うことは、そこまで邪険に思っていないはずだ。
――が、ラヴィエンが席に着くと公爵はおもむろに席を立った。
「私は先に失礼する」
「えっ、お義父様あまり口にされてないじゃありませんか」
明らかに食事途中のまま席を立つ公爵に、ラヴィエンは慌てて止めようと駆け寄った。
するとサッと避けられた。まるで触られる事すら嫌かのように。
少し気まずい空気が流れ、公爵が言う。
「私は気にせず、食事を続けなさい」
公爵はそのまま足早に部屋を出た。
行き場のない手を掲げたまま、ラヴィエンは立ち尽くした。
テオドールが気まずそうに声をかける。
「とりあえず、座ったら?姉上」
「え、えぇ。」
(避けられた?避けられた!)
放心状態のまま、席に着く。
「あ、テオ。お義父様から私の婚約のお話は聞いた?」
「いや。姉上が聞いただろうから、姉上から聞こうかと」
「私も聞いてないわ」
「えっ?でも昨日早めに帰ったと聞いたけど?父上と話さなかったの?」
テオドールの顔色が曇る。
「······待って姉上、まさか卒業パーティーの事もまだ話をしてないとかないよね?」
そう、婚約の件も気になるが、公爵に早急に確認しないといけない事は他にあった。アカデミーの卒業パーティーは、異性の家族のエスコートを受けて入場するのが常だ。だいたいが父親を同伴して出席している。
ラヴィエンも例外ではなく、公爵に頼もうとしている。しかし問題は、卒業パーティーを3日後に控えていると言うのに、未だ伝える事すら出来ていない事だ。
目を逸らすラヴィエンを見て、テオドールは慌てた。
「姉上、僕もその日は遠征があって戻れるか分からないんだ」
「そ、そうなの···」
ラヴィエンは小さく動揺を隠した。実は公爵が無理そうならテオドールに頼もうとしていたからだ。
「もっと早く気付くべきだった。すまない」
見当違いの謝罪に、ラヴィエンは慌てて否定した。
「どうしてテオが謝るの。私がお義父様に言えずにいたのが悪いのだから」
「でも···どうして父上に聞かなかったの?確かに最近はよく留守にされてるけど」
卒業パーティーは1年前から決まっていた。言う機会は何度もあったのだが、ちょうど1年ほど前から、公爵の態度が変わった。今まで手渡ししてくれていたプレゼントも、使用人を挟むようになり、アカデミーの様子も尋ねなくなった。今日のように避けられた事も実は初めてではない。
「テオ、私、お義父様に····」
嫌われていないわよね?
聞こうと思ったものの、テオから決定的な事を言われては立ち直れない。ラヴィエンは聞くのを止めた。
「大丈夫。心配しないでテオ。お仕事の関係で、一人で参加する生徒もいるのだから」
「うん。ぼくもなるべく早く帰れるようにする」
「ありがとうテオ」
その日から2日間、公爵は戻らなかった。
❉❉❉❉❉
卒業パーティー当日。ラヴィエンは寝不足のままベッドから出た。
(はぁ。お義父様に言えないまま当日になってしまったわ)
考えても仕方ない。手元のベルを鳴らす。
いつとならすぐに来てくれるメアリが来ない。バタバタと走る音がする。
「お嬢様、遅れて申し訳ありません」
「メアリ。どうしたの?何かあった?」
メアリが難しい顔をする。
「閣下が、明日から来客が来る為に準備を指示なさって····」
「まぁ。邸に滞在なさる様なお客様が来るのは珍しいわね。どなた?」
「····北部のグリエン公爵様です」
ズシリと空気が重くなったように、ラヴィエンは感じた。
「そう···なのね」
このタイミングでグリエン公爵が来ると言うことは、そういう事なのだろう。
(お義父様は、私とグリエン公爵の婚姻を本気で考えているのだわ)
グリエン公爵に子供がいない事も分かっている。噂のように恐ろしい人ではないかもしれない。それでも、ラヴィエンとグリエン公爵の年の差は義父より離れている。
ラヴィエンは雑念を払うように軽く頭を振った。
「お嬢様···」
メアリが心配そうに声をかける。いつもの様に微笑う事は出来なかったが、ラヴィエンは少し笑顔を見せて言った。
「パーティーの支度を始めましょう」
❉❉❉❉❉❉
卒業パーティーのホールまではメアリが一緒に来てくれた。
「テオドール様は間に合いませんでしたね」
「そうね。仕方ないわ」
こうなっては早々と入場してしまいたい。入場の際に一人一人名が呼ばれているので、時間がかかり入り口付近が混み合っている。
「あら!ラヴィエン嬢。やはりお一人なのですね」
「リニア嬢」
また捕まった。この人混みのなかからよくもまぁ見つけれたものだ。リニア侯爵令嬢が嬉しそうに嗤う。
「おや?こちらは?」
「お父様、こちらラヴィエン嬢です」
わざと家名を言わずに紹介する所を見ると、リニア嬢の父もラヴィエンの噂を知っているようだ。仕方なく挨拶する。
「ラヴィエン・フォン・シュヴァルツェンです。はじてましてリニア侯爵閣下」
「ああ。君がシュヴァルツェンの···今日は閣下はいらっしゃらないのか?」
カーテシーまでとって挨拶したにも関わらず、侯爵は名乗りもしなかった。
「ええ。お義父様は仕事が忙しく」
「ふふ。あら。私のお父様がお仕事が忙しくないとでも?」
にやにやと口角を上げながら言うリニア嬢をメアリが睨む。
「まぁ。ラヴィエン嬢。貴方のメイド、目つきが悪すぎない?公爵閣下も、貴方だからその程度のメイドを付けたのでしょうけど···もう少し教育しといてくださらないと」
ブチッ。
頭の中の何かが切れた。
「リニア令嬢。言葉が過ぎますね。今の発言はシュヴァルツェン公爵家を侮辱しているととられてもおかしくありませんが」
「なっ、公爵家を侮辱したつもりはありません!私は貴方を····」
「ラヴィエン?」
ここに居るはずのない人物の声。もしかしたら、私の事を嫌っているのかもしれないけど、ラヴィエンはその安心する声を聞いて泣きそうになってしまった。慌てて表情を繕う。
「お義父様来てくださったのですね···ありがとうございます」
シュヴァルツェン公爵は、ラヴィエンの表情を見ると、低い声を出した。
「どうした?顔色が悪いようだが」
対峙しているリニア侯爵とリニア令嬢に視線を移す。
「ふむ。それで?我が公爵家ではなく、ラヴィエンを侮辱すると言うのか?」
公爵の冷気を帯びた声に、リニア侯爵は慌てた。
「い、いいえ閣下!そのような事は」
「言っていたではないか。たった今君の娘が」
リニア令嬢は震えて声が出せない。
公爵はリニア令嬢を一瞥し、リニア侯爵の肩を掴んだ。どのくらいの力で掴まれたのか、リニア侯爵の顔が痛みで歪む。
「侯爵、娘達の卒業パーティーだ。騒ぎを起こしたくはないから大目に見るが、次はないぞ。娘の教育をし直すことを勧める」
「ラヴィエン。遅くなってすまないな。会場に入ろう」
公爵が差し出した手を恐る恐るとる。震える指先に公爵が言った。
「羽虫の言う事など気にすることは無い」
ラヴィエンは呆気に取られて口をパカッと開けてしまった。
(羽虫?リニア令嬢のことを羽虫と言ったの?)
「シュヴァルツェン公爵閣下、並びにラヴィエン公爵令嬢の入場です!」
ラヴィエンは慌てて顔を引き締めた。
(ま、まさか来てくださるなんて)
シュヴァルツェン公爵の姿に、会場がざわめく。
シルバーグレーの髪に、涼しげに冷たく光る蒼い瞳。整った顔立ちと溢れ出る気品から、既婚者であるにも関わらず多くの貴婦人たちの視線を集めている。その上、社交活動は最小限なのでお目にかかれる機会は少ないのだ。
我先にと挨拶に来る貴族たちを、公爵は視線で制した。会場に入ると、公爵はすぐにエスコートの手を離した。
ラヴィエンは公爵の後ろを歩く。
「皇太子殿下もいらしているな。私は挨拶をしてこよう」
「あ、では私も···」
「お前はいい。ここにいなさい」
公爵がラヴィエンから離れると、周りの囁き声が大きくなった。
「まぁ。ラヴィエン嬢は挨拶にも連れていってもらえないのね」
「見ました?エスコートの手をすぐに離されて」
自分に聞こえる様に囁く令嬢達を、睨み付けたものの、すぐに目を逸らした。
(来てくださっただけで十分だわ。お義父様に多くを望んではいけない)
突如、会場がざわめいた。
「アサルト・グリエン公爵が入場されます!」
入り口を見ると、藍色の髪に髭を蓄え、2メートルは優に超すであろう巨体が見える。顔には歴戦の傷と、歳を感じる濃いシワが刻まれている。
「グリエン公爵?どうしてアカデミーに」
「まぁ···!あの噂は本当でしたのね」
「シュヴァルツェン公爵令嬢を迎えにいらしたの?」
会場のざわめきに飲まれながら、ラヴィエンはシュヴァルツェン公爵を目で探した。
(お義父様····!)
周りにいた令嬢たちが声をあげる。
「グリエン公爵様!婚約者はこちらにおいでですわ!」
「さあ!ラヴィエン令嬢、婚約者の所に行かれませ!」
声を聞きつけグリエン公爵がラヴィエンを見る。獰猛な赤い瞳に、ラヴィエンは震え上がった。後ろから押すように肩を掴む令嬢たちから逃れられない。
「わ、私は···」
「――どういう事だ」
シュヴァルツェン公爵は令嬢達から奪うようにラヴィエンの肩を抱き寄せた。
「アカデミーでは身分差は関係ないとされているが、気安すぎる。このままでは寄付金を断ってしまいたくなるな」
「お義父様」
ホッとして見上げると、公爵は慌ててラヴィエンを離した。
「ああ、すまない。近すぎたな」
「姉上、父上、何の騒ぎですか?」
人を掻き分けてテオドールが駆け寄ってきた。アカデミーの騎士服を着ている。遠征帰りにすぐに駆けつけてくれたようだ。
シュヴァルツェン公爵は眉をひそめた。
「先ほどから、何かおかしな話が聞こえるのだがどういうことだ?ラヴィエンに婚約者などいないだろう。テオドール。私の知らない間に何か手を回したのか?」
テオドールは憤慨するように言った。
「僕は何もしていません!父上でしょう?姉上を北部のグリエン公爵に嫁がせるなど!」
公爵がピタリと固まる。
「····何だと?」
徐々に空気が重くなる。
「何を言っている。グリエンに嫁がせる?そんな訳ないだろう。あんな熊のような男に娘をやるわけがない」
会場が静まり返った。ラヴィエンも言葉が出ない。
「熊とはひどいな。旧友に」
口を開いたのはグリエン公爵だった。シュヴァルツェン公爵がくるりとグリエン公爵に向き直り、怒号を上げる。
「グリエン!貴様は何故アカデミーに来たのだ。邸に来い!紛らわしい」
「お前の娘の卒業パーティーと聞いて、祝おうと思ってな。空気を察するに、私の行動のみが原因ではなさそうだぞ」
「なに?」
ラヴィエンが口を開く。
「お義父様、私を北部に···グリエン公爵に嫁がせるわけではないのですか?おそらく、アカデミーでも邸でも、皆がそのように思っております」
シュヴァルツェン公爵が目を見開いた。感情のない瞳のままだが、衝撃を受けていることが分かる。
「な、何の冗談だ。そんな訳がない。嫁がせる事すら抵抗があるのに、北部だと?遠い上に、相手と歳が離れすぎているではないか」
周りに立っていた令嬢がぽつりと言った。
「あえてそうしたのかと聞いたけれど···違うのね」
令嬢が口を開いたことにより、周りでもぽつりぽつりと聞こえはじめる。
「あら?シュヴァルツェン公爵はラヴィエン嬢を遠い地へ行かせたいのではなかったの?」
「そうよね?あえて歳の離れた方を充てがったのだと」
シュヴァルツェン公爵が聞くに堪えないと言うように低い声で言った。
「どうやらおかしな噂が飛び交っていたようだな。アカデミーの教諭らは何をしている。この状況を放置していたとは」
空気が重くなり、令嬢達は口をつぐんだ。
テオドールが頭をガシガシと掻きむしる。
「父上、父上にも原因があります。この所の姉上への態度、誤解させるには十分でした」
「何がだ」
シュヴァルツェン公爵は鋭い視線を息子に向けた。
「邸でも姉上と顔を合わせないようにしたり、公式行事へ急に参加しなくなったり、エスコートすらしなかったり」
シュヴァルツェン公爵は顎に手を当てて思案した。
「あれか···。それはそうだろう。ラヴィエンはもう17歳だ。父親が近くにいると嫌だろう?必要以上に構ったり、朝は特に私も加齢臭がな」
会場が静寂に包まれた。
「――は?」
誰もが口を開けないなか、果敢にも息子であるテオドールが公爵に詰め寄った。
「何を言って····そんな事を気にしていたのですか?」
シュヴァルツェン公爵はいたって真顔だ。
「当然だろう。私は娘に嫌われたくはない」
シュヴァルツェン公爵は、ちらりとラヴィエンを見ると固まった。ラヴィエンの目から落ちる涙に動揺している。
「どうしたラヴィエン?何を泣いている?」
ラヴィエンは呟くように言った。
「では、私はお義父様に嫌われていないのですね?」
シュヴァルツェン公爵は、ラヴィエンが言っている意味が理解出来ないのか、助けを求めるようにテオドールを見た。テオドールがため息を吐く。
「ラヴィエンは父上の一挙一動に傷付いていましたよ。嫌われていると勘違いするのも当然です」
普段、表情を変える事のないシュヴァルツェン公爵も、この時ばかりは表情が崩れた。まゆ尻は下がり、口を開けたり閉じたり、なんとも情けない表情だ。
ラヴィエンは思わず微笑う。
「ははは。ライナスのその様な顔は初めて見るな。来た甲斐があった」
グリエン公爵が豪快に笑った。ライナスとはシュヴァルツェン公爵のファーストネームだ。2人の仲が窺える。シュヴァルツェン公爵はグリエン公爵を睨んだ。
「お前が言ったんだろう。娘に嫌われたくなければ匂いや距離感に気をつけろと!」
(そうなの?)
ラヴィエンはグリエン公爵をじとりと見た。グリエン公爵は赤い目を細めて謝罪の変わりの様に笑う。
「お義父様、私はお義父様の匂いも距離感も気になりません、離れてしまう方が嫌いになってしまいます」
目に見えて肩を落としているシュヴァルツェン公爵の手を握り、ラヴィエンは言った。
卒業パーティーの帰り道、ラヴィエンとシュヴァルツェン公爵は同じ馬車で帰った。
今まで話したかった事がたくさんあり、邸に着くまで話題に尽きなかった。
読んでいただきありがとうございます。
溺愛パパはこれからアカデミーでラヴィエンにつっかかっていた3人のご令嬢の家門に圧力をかけたり忙しくします。
楽しく書いたので、感想などいただけると嬉しいです。




