冬の日だまり
妻に頼まれていた布団干しの為、ベランダに出る。
流石に布団干しを頼むだけあって、良い天気だ。空を見上げると青一色。風もなく太陽の暖かな光がベランダに降り注いでいる。
暖かくていい気持ちだ。僕は布団を干すのを忘れてベランダの欄干に肘をかけてぼーっとしながらあたりを見渡した。
僕の視界には、都会の三分の一程の密度で建つ家々、田んぼ、畑、その向こうに低い丘、さらに向こうには山々が映る。いつもの見慣れた田舎の風景だ。
今日の太陽は僕に優しい。夏には僕を炙り殺そうとしていた太陽と同一人物とは思えないほどだ。そして僕もそうだ。夏にはあれほど憎んだ太陽が、今は愛おしいとすら思っている。
不意に風が吹いた。その冷たさに今は冬なのだと再認識させられる。その風の冷たさに、より一層この太陽の光の暖かさが貴重なものに思われた。
冬の太陽の光の貴重さを思う時、ふと僕は光を最大限に利用し、美しい姿を見せるガラス工芸のことが頭に浮かんだ。
ガラス工芸で有名な場所はイタリアのヴェネツィア、チェコのボヘミアなどヨーロッパ各地、あるいは日本でも江戸切子、薩摩切子などがある。共通しているのは、はっきりとした四季があるということ。いや、もっと極端に言えば日照時間が短く太陽が弱々しい冬があるということだ。冬の弱った光をいかに最大限に活用するか、美しく見せるかという工夫が、これらの地域のガラス工芸を発展させる原動力の一つになったのではないかと僕はとりとめもなく考えてみた。
ああ、そうだ。布団を干すのだった。布団にもこの太陽の恩恵を分け与え、その柔らかく分厚い体にできるだけ太陽の光をため込んでもらわないといけない。
さあ、布団達よ、思う存分日光浴をしてくれ。そうすれば、太陽の光をはち切れんばかりに吸い込んだふかふかの布団を今夜は堪能できるのだ。
僕は急いでベランダの欄干に布団を干した。そして、布団のおかげでいくぶん柔らかくなった欄干に肘をかけて再び、ベランダからの風景をぼーっと眺めはじめた。




