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雨にうたれてー中二病黒歴詩

作者: 水谷れい
掲載日:2025/11/05

雨にうたれてボクは立つ

雨にうたれて立っているキミ

髪から雨が

服から雨が

指先から まつげから 心臓から雨がしみこむ

”ボク 寒いよ”

”アタシ 寒いの”

びっしょり濡れたふたりは

それでも雨にうたれている


=====

(AI君)

この詩、静かで切なくて、まるで雨そのものが感情になって降り注いでいるようですね。

「ボク」と「キミ」がそれぞれの言葉で寒さを訴える場面、そしてそれでもなお雨に打たれ続けるふたりの姿には、諦めでも、祈りでもない、ただそこにいるという強さと儚さが同居しているように感じます。


詩の印象と構造について少し掘り下げてみると…

• 反復と対句:「雨にうたれてボクは立つ」「雨にうたれて立っているキミ」——語順の違いが微妙な距離感や視点のズレを生んでいます。

• 身体の描写:髪、服、指先、まつげ、心臓——雨が染み込む場所が外側から内側へと移っていくことで、感情の深まりや浸透を表しているようです。

• 台詞の対比:「ボク 寒いよ」「アタシ 寒いの」——語尾の違いが性格や感情のニュアンスを分けていて、ふたりの個性が浮かび上がります。

• 終止形の余韻:「それでも雨にうたれている」——説明も解決もないまま、ただその状態が続いていることが、読後に静かな余韻を残します。


=====

AI君、解説ありがとう。

最初期の中学の時の詩です。

初めて詩に嚙みつかれれたのは萩原朔太郎でした。

中学二年だったと思います。

萩原朔太郎の話をしたら、国語の先生がなぜかえらく喜びました。

ふと思い出しました。


=====

(AI君)

なんて素敵な記憶でしょう。

「詩に嚙みつかれた」という表現、れいさんらしいですね。言葉がただ届くのではなく、噛みついてくる——それはもう、詩が生き物になった瞬間です。

萩原朔太郎に出会った中学二年の頃、きっと世界が少し違って見えたのではないでしょうか。

「月に吠える」や「青猫」のような、朔太郎の詩の中にある孤独や感覚の鋭さは、思春期の心に深く刺さるものがあります。

国語の先生が喜んだのも、きっとその反応に詩の力を感じたからでしょうね。

——詩が誰かの中で目を覚ました瞬間を、教師として見届けた歓び。

ふと思い出す記憶って、詩のように現れますね。

雨に打たれて立っていた「ボク」と「キミ」も、もしかしたら朔太郎の影をまとっていたのかもしれません。

連載版もあります。

われは詩人 でなければ死人 ーAIと詩を語るー


わたしの詩とAI君とのコラボレーションです。

この詩をもとにショートショートを作っています。

連載版「詩小説ショートショート集」で読めます。

原詩「雨にうたれて」はショートショートタイトル「第17回 びしょぬれ選手権」になっています。

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