7針の筵?
ダンスが終わり会場がひと息つくと周りの夫人や令嬢たちの好奇な視線が私に向けられた。
憐れむような視線。それとも厄介者?
「まあ、こんな夜会で無視されるなんてお気の毒」
「わかっていてここに来るなんて」
「夫の色さえ纏わせてもらえないなんて‥ねぇ」
「まあ、皆さん。お可哀想よ」
「ええ、それより次は私と踊ってほしいわ」
「あの人がいなければあの王女様でも行き場があるのではないのかしら?」
王女リベラ様は離縁したのではないかと噂もあるのは確かだが。
まあ、それにしても失礼な人たちだ。
でも、いくら何でもあまりのいいように反論する気も失せていく。
気分が悪くなった。ここは針の筵なの?もう、息が詰まりそう。
もう帰りたい~。せっかくいいアイディアを思いついたのに最悪な気分。
「ミュリアンナどうした?気分でも悪いのか?」
突然。聞いた事のある声。
声を掛けて来たのはルカ・マクファーレン公爵令息だった。
彼は兄の友人ということでわたしをいつも名前で呼ぶし気さくな人なのだ。
実を言うと私は王都に出てからヒックス兄様と会うようになってマクファーレン公爵令息と知り合った。
もうすでにアッシュ様との婚約をしていた。がその見目麗しい姿に目を奪われた。
淡い恋心とでもいう物だろうか。
年頃の女性なら一度や二度そんな気持ちになるのは当然の事だと思う。
まあ、そんな淡い恋心はキュッと縛って心の奥に閉まったのだけど‥
こんな所で会ってうれしい気持ちと戸惑う気持ちがないまぜになる。
最近は王国騎士副隊長でもありお父様が外務大臣ということもあって護衛や執務補助官として一緒にあちこちに出向いていると聞いた。
だから最近はあまり顔を見かけたことはなかったのでまさか今夜ここにいるとは知らなかった。
マクファーレン公爵令息の左眼には黒い眼帯がある。子供の頃、目に怪我を負ったと聞く。
そのせいか婚約者はいないと聞いている。
それでも、片方だけの瞳からは、はっきりとした意思が見えてきそうなほどきりりとした二重に深緑の美しい色で計算されつくしたような整のった顔立ち。
はぁ~いつ見ても麗しいわ‥
それだけでも目を見張るほどなのに、きちんとそろえられた黒髪に正装の騎士隊服。
それがまた真っ白で銀色の刺繍が美しく妙に艶っぽい色気を醸し出しているからいけない。
眼福。眼福。思わず心の中で手を合わせる。
いけないと思うのにやけに心臓がばくばくする。
こんな場所だから余計にかもしれない。
彼はきっと騎士になるためにたくさんの努力をして来たんだろうと思うが、なにせ巷の噂では彼は誰にでも容赦なく冷酷で女性は全く寄せ付けないと聞いている。
だが、こうやって心配してもらったのだから。でも、こんな場所で気安く話は出来そうにない。
緊張で喉の奥が強張るのを何とか頑張って「いえ、大丈夫です。気を使わせて申し訳ありません」と謝る。
「そうか‥‥ミュリアンナ?何だか堅苦しいな。いつも通りでいいぞ。そうだ。もし良かったら踊らないか?」
「えっ?いいんですか?」
期待と戸惑いで脳内がかき混ぜられる。
マクファーレン公爵令息の瞳がすっと細くなって口元が笑みを浮かべた。
ご令嬢たちから氷のような冷たい貴公子もこんな顔するんですねって思わわれたりしない?
ううん。
彼は絶対に私なんかが躍っていい相手ではないとすぐに現実に帰る。
「マクファーレン公爵令息、私なんかより‥ほらたくさんご令嬢がいらっしゃいますから‥」
「ミュリアンナ意外と踊るつもりはないんだ。それにその呼び方傷つくなぁ~いつもみたいにルカって言ってくれないのか」
しばらく会っていなかったのにいつもの雰囲気に私は思わずふっと笑いをこぼした。
「やっと笑ったな」
はぁぁ~彼の気持ちが心にしみる。ありがとうルカ様。
きっとアッシュ様の醜態を見た私を不憫だって思ったのね。同情でもうれしい。
「ありがとう。ルカ様。ほんとに私なら大丈夫です」
いくら兄の友人だからと言ってこんな場所でそれは出来ない。まして夜会で。
「ミュリアンナ。すまん遅くなった」
いきなり腕を取られた。
「もぉ、ヒックス兄様。驚くじゃないですか」
兄様良いところにと兄に満面の笑みで応える。
「ったく。あいつが付き添えないなら言えって言っただろう?まったく」
「でも、ダンスは踊れるだろうって‥」
二人そろってくるりと顔を王女とアッシュに向ける。
「あれでか?」
ふたりは楽しそうにまるで”ふたりの世界”を楽しんでいるようだった。
まっ、いつもの事です。と私は白けた顔をした。
一瞬兄様の視線が落ちたと思ったらすぐにルカ様に声をかけた。
「ルカ。お前がミュリアンナを助けてくれたのか?」
「いや、いいんだ。お前が来たなら大丈夫だな。じゃ、ミュリアンナ」
「ああ、お前も少しは楽しめよ」
「ああ、俺はもう行く」
彼はそう言うと会場の後にしていた。
「ルカ様に踊ろうって誘われたの」
「あいつがお前を?」
「可哀想に見えたのかな?」
「ったく。でも、踊ってやればよかったじゃないか」
「邪魔したのは兄様ですよ」
そう言ってせっかくのチャンスが~と気づいたがもう遅い。
「ハハハ‥それにしてもアッシュの奴。お前にこんな思いをさせて‥クッソ!ミュリアンナ。いつでも離縁していいからな」
「そう訳にも行きませんよ。領地はまだ立て直せていないんですよ」
「だが、かなり復旧した。だろう?もう領地の収入も安定して来たし借金も返済済みだって父さんもバグショットも話していたぞ」
「まあ、それは最後の手段という事にします。今は」
それを聞いたヒックス兄様がくくっと笑い声を出した。
「ミュリアンナ聞け。いい事を教えてやる」
兄様は私の耳に顔を近づけた。